【旅行記】まだ見ぬ九州に出会う旅 沖永良部島・徳之島編 ~JAC 鹿児島-沖永良部線に搭乗する~

2つの島をバスと飛行機で巡る初めての離島旅
鉄道やバスに揺られて、これまでも何度となく旅を重ねてきた九州地方。筆者が住んでいる場所でもあり、数日に及ぶ旅から日帰りの旅まで、さまざまな形で各地を訪ね、いろいろな路線を巡ってきた。しかし、そんな九州の中にも、まだ知らない場所は数多く残されている。昨年は長崎県の平戸島・生月島周辺を路線バスで巡った。コロナ禍をきっかけに始めた「九州再発見の旅」を久しぶりに再開した形だったが、そこでまた一つ、新たな九州の姿を見ることができたように思う。そして今年もまた、身近な九州を再発見する旅に出かける。
九州再発見の旅でありながら、今回は九州を「新発見」する旅と言った方が妥当なのかもしれない。これまで九州を旅する中で、先述の平戸島・生月島をはじめ、九州本土と橋でつながった島々はいくつか巡ってきた。しかし、橋で直接つながっていない離島には、まだ足を運んだことがなかったのである。これは九州に限らず、日本全体で見ても同じことだった。そこで今回は、この一連の旅の中で、人生初となる離島への旅を企画した。
九州地方には数多くの離島が存在する。特に長崎県と鹿児島県には、有人離島が多い。博多湾に浮かぶ能古島のように、気軽に訪れることができる島もあるが、今回はあえて少し遠くの島を選んだ。目的地としたのは、鹿児島県の奄美地方に位置する沖永良部島と徳之島である。南北に隣り合うこの2つの島を、2泊3日で巡る計画だ。離島の旅であっても、公共交通で旅するという筆者の旅の基本は曲げない。今回は鹿児島空港を旅の起点・終点とし、飛行機で2つの島を巡りながら、各島内を路線バスで回っていく。もちろん、それぞれの島でいくつかの観光地も訪れることにした。
目的地は、筆者の住む場所からすれば比較的近く、これまでにも何度となく訪れている鹿児島県である。前回旅した静岡の方がよほど遠いのだが、やはり初めての離島旅ということで、出発前は少し緊張していた。九州の旅でこんなに緊張したのは初めてかもしれない。離島の交通に触れると同時に、それはそこに暮らす人々の生活に触れる旅でもある。鉄道やバスを通して地域を見るという、これまで続けてきた旅の延長でもあった。果たして、どんな出会いが待っているのだろうか。そう考えると、少し緊張する。そんな思いを抱えながら数日を過ごし、ついに旅の当日を迎えた。
【前旅】大井川鐵道のんびり乗り鉄紀行
夜明けの鹿児島空港から旅をはじめる

今回の旅の起点は鹿児島空港。早朝便の利用だったため、車で鹿児島空港へアクセスする形で旅を始めた。ようやく空が明るくなった頃に空港へ到着し、保安検査を受けようとすると、JALの保安検査は6時30分からとのことで、しばらく開始を待った。
鹿児島空港は筆者もよく利用する空港の一つである。羽田、伊丹、神戸、那覇など、これまでに利用してきた路線も多いが、同時に飛行機の撮影でも普段からよく訪れている。九州では福岡空港に次ぐ利用者数を誇り、国内の空港利用者数ランキングでも、毎年全国9位にランクインしている。地方空港としては最大規模を誇る空港である。
こうした要因の一つには、この空港がカバーする利用圏の広さがあるが、県内離島へのハブ空港としての役割を果たしていることも大きい。鹿児島空港は、日本航空グループで主に鹿児島県の離島路線と西日本の小規模路線を担当する日本エアコミューター(JAC)の拠点となっている。このほか、JAL系ではJ-AIRも離島便を運航しており、さらにスカイマークも奄美大島便を就航させている。1日の発着便数のうち、その3分の1ほどを離島便が占める。これは全国的にも珍しい。
保安検査を受け、制限エリア内へ入る。搭乗口近くの窓側の席に腰掛けると、まもなく遠くの山の背後から朝日が顔を出した。手前には、離島各地への便に使用されるJACのATR機がずらりと並んでいる。霧島連山の一つ、新燃岳からは薄く噴煙が上がっている。その噴煙が風に乗り、一直線に伸びている。離島旅にふさわしい、穏やかな旅の始まりとなった。

出発便が案内されたディスプレイには、東京、大阪をはじめとして、各地への便が並んでいる。奄美大島や種子島など、県内離島への便が多く表示されているのが、この空港らしい。空港は朝7時から大忙し。この時間帯だけでも9便が相次いで出発する。その中で離島便第一号として表示されている沖永良部行き、JAL3801便が、今回の搭乗便だった。
そもそも、数ある九州の離島の中から奄美の島々を目的地に据えたのは、鹿児島空港を訪れるたび、出発案内のディスプレイや館内放送で案内される各地の地名に、憧れを感じていたからである。今回訪れる沖永良部島や徳之島をはじめとした大隅諸島・奄美群島の島々の名前自体は、鹿児島空港のおかげでとても馴染みがある。しかし、その先に広がる景色を筆者はまだ知らない。デッキからATR機が飛び立っていくのを見るたびに、いつかは行ってみたいと思っていた。その日が、ついにやってきた。
JAC運航の鹿児島-沖永良部線に搭乗する

これから搭乗する鹿児島-沖永良部線は、1日3往復が設定されており、すべてJACによる運航である。2025年冬ダイヤにおける鹿児島発沖永良部行きの便は、早朝、正午前後、夕方の3便が設定されている。正午前後の便に搭乗すると、到着後の行動の選択肢が少なくなるため、今回は早朝便で沖永良部を訪ねることにした。
この路線では基本的にATR42-600が使用されているが、便によってはATR72-600で運航されることもある。筆者が搭乗した便はATR42-600での運航だった。JAC運航便は、過去に鹿児島-福岡線で利用したことがある。しかし、この会社が担う離島路線に搭乗するのはこれが初めてだった。
今回利用する飛行機のうち、行きと帰りの便は特典航空券を利用した。やはり離島旅では天気を無視できない。特典航空券であれば1,000円で払い戻しができるため、よほど悪天候が続くようであれば、旅行はキャンセルするつもりだった。離島は天気が変わりやすく、過去の天気予報を見ても晴れが続く時期はそれほど多くない。しかし、3月のこの時期であれば毎年比較的天候が安定しているようだったため、この時期に旅に出ることにした。結果、雲が多いという予想ではあったものの、天気が大きく乱れる心配はなく、予定どおり旅に出ることができた。(写真は以前、鹿児島空港で撮影した搭乗機JA09JC)

搭乗した7時25分発のJAL3801便は、伊丹行きのJAL2400便と並び、この日の鹿児島空港発のJAL便の中で最も出発時刻が早い便となっていた。同時に、鹿児島空港から離島へ向かう便でも、この便が先陣を切る。搭乗便の後には、喜界島、奄美大島、徳之島、種子島と離島便が相次いで出発していく。
出発時刻の25分前、7時には搭乗が始まり、まずはバスへ乗り込む。朝早すぎるせいか搭乗客はほとんどおらず、あっという間に全員が揃った。乗客はわずか6人。バスは沖止めされている搭乗機へ向かった。
乗車(搭乗)記録 No.1
JAL3801便
鹿児島空港→沖永良部空港
ATR42-600 ※JAC運航

機材の準備が整うまで、しばらくバスの車内で待機した後、ハンドリングスタッフの合図を受けてバスは搭乗機へ近づく。バスを降り、階段を数段上がって機内へ進んだ。この日の鹿児島本土は、寒の戻りで氷点下の冷え込み。南の島へ向かうため上着は置いてきたが、この季節の変わり目に沖縄方面や北海道へ行こうとすると、いつも服装に困る。
乗客の搭乗もすぐに終わり、搭乗機はドアを閉める。ターボプロップのエンジンが起動し、プロペラが回り始めた。飛行機が離陸の準備を整えると同時に、筆者も初めての離島旅へ向かう覚悟を決める。出発機が立て込む時間帯のため、搭乗機はしばらく駐機し、スカイマークのピカチュウジェットの後ろを追うように誘導路を進んだ。
初めての離島旅ということで、旅行前はかなり緊張していたが、この離陸前の瞬間が一番緊張する時間でもある。飛び立ってしまえば、その緊張から解放されるのだが、先発機の離陸待ちで、もどかしい時間を過ごす。やがて順番が回ってきて、搭乗機は滑走路34から離陸した。ジェット機より軽やかに空へ舞い上がり、機窓に空港周辺の茶畑や霧島連山を眺めながら、高度を上げていく。
不思議なことに、飛び立つと緊張も一つ軽くなる。もう行くしかなくなるから、心も無駄な抵抗をやめる。それと同時に期待が膨らんでくる。どんな島なのだろうか。どんな出会いがあるのだろうか。期待に胸が弾む。
薩摩半島やトカラ列島を眺めながら沖永良部へ

鹿児島空港を北に向かって離陸した搭乗機。羽田や伊丹へ向かう便は、そこから霧島連山側へ旋回し、宮崎県の都城市方面へ飛んでいくが、奄美・那覇方面へ向かう便は反対側へ旋回する。目的地である沖永良部空港へ針路を合わせると、あとは基本的にまっすぐ飛行して沖永良部へ向かう。まもなく搭乗機は鹿児島市街の真上を飛行する。眼下には伊集院や吹上浜など、薩摩半島各地が広がった。

南さつま市の加世田を眺めたあと、搭乗機は枕崎の市街地を見下ろしながら海上へ出る。指宿枕崎線の線路が市街地の途中でぷつりと切れる様子も、機窓から確認できる。ターボプロップ機はジェット機に比べて低い高度で飛ぶ。実際、この日の搭乗機の巡航高度は1万6千フィート(約4,900m)で、地上の景色をよりはっきりと眺めることができた。
機内では客室乗務員が飲み物の提供を始める。実はJACが運航する路線で飲み物の提供があるのは、比較的運航距離が長い鹿児島-沖永良部・与論線と、伊丹-種子島・屋久島線に限られている。筆者もないものだと勝手に思い込んでいた。JAL便に搭乗したら、いつもスカイタイムと決めている。朝から何も飲まず食わずだったので、朝の一杯が身に沁みた。

洋上を進む飛行機。やがて客室乗務員から「左手に屋久島がご覧いただけます」との案内があった。反対側の窓の先に山影が見える。以前、那覇便を利用したときも似た経路で飛んだが、あの日はあまり天気が良くなく、点在する離島を見ることはほとんどできなかった。反対側の座席の方が島は見えやすい。ただし、朝の便なのでこの時間は眩しい。
こちら側の機窓にも、時折小さな島が姿を現す。搭乗機はトカラ列島の上空を通過していく。口永良部島や中之島などは真下すぎて見えないが、黒島や臥蛇島(がじゃじま)、さらには宝島などを楽しむことができる。航路上の天候もよく、搭乗機は滑らかに飛行を続けた。

その後、奄美大島の近くまで来ると、上空には雲が広がり始めた。この日の奄美群島の天気は曇り時々晴れの予想。東にある低気圧の影響を受けて、3日間とも同じような天気が続く予報だった。雲は一帯を覆っているわけではなく、雲の隙間からは引き続き青い海が見える。
機内では飴が配られる。1つ貰おうとしたが、客室乗務員の勧めでもう1つ貰った。やはりJACといえば黄金糖は欠かせない。座席ポケットの中には地図が入っている。黄金糖を口の中で転がしながら、今飛んでいる場所を地図で確かめ、フライトを楽しんだ。

奄美大島の西へ差しかかるあたりで、搭乗機は降下を開始した。やがて眼下には、マリンブルーの海岸線が広がる大きな島が見え始める。2日目の午後以降に渡る予定の徳之島である。島の南側は雲で覆われていたが、明日、明後日に利用することになるであろう徳之島空港を機窓に眺めることができた。ついに旅の舞台へやってきたのだという実感が湧く。沖永良部島は徳之島のやや南に浮かぶ。搭乗機は雲を突き抜け、高度を下げていった。

次第に海が近づき、時折白波を上げる様子が見える。まもなく機窓の先には、目的地である沖永良部島が姿を現した。雲が広がる中で、空港周辺だけが晴れている。まるで「目的の島はここだよ」と教えてくれているかのように、太陽がスポットライトを当てる。勾玉のような形をした沖永良部島。空港周辺はやや細い形をしている。その奥には白波が立つ海岸線が続き、島が大きく広がっている。

この日は北風が吹いていたため、搭乗機は南側からの着陸となった。島を右手に眺めながら高度を下げ、これからお世話になる和泊の街を機窓に眺めると、そこでくるりと旋回して反対側を向く。今度は太陽が眩しくこちらを照らす。搭乗機はじわじわと島へ近づいていき、滑走路04から沖永良部空港へと着陸した。

着陸した飛行機は滑走路の途中で反転し、駐機場へと向かう。小さなターミナルがこちらの機窓に見えた。駐機場に到着するとマーシャラーの誘導を受け、ターミナル横に駐機する。まもなくベルトサインが消え、1時間10分ほどの朝のフライトは、静かに幕を下ろした。
沖永良部の空の玄関口、沖永良部空港に降り立つ

時刻は8時45分。搭乗機は定刻より少し早く沖永良部空港に到着した。取り付けられたスロープを下り、今、沖永良部島に初めて降り立つ。いつもならようやく出勤する時間に沖永良部に立っていることが、なんだか不思議だった。それと同時に、1時間近く空を飛んできたのに、まだ同じ鹿児島県の中にいる。そんな経験も初めてだった。
この規模の空港を使うのは初めてだった。飛行機のエンジンが止められた空港は、空港とは思えないほどの静けさに包まれている。周囲に吹く風の音が耳元を通り過ぎていく。旅に出る前はあんなに緊張していたのに、それはもうどこかへ消えている。今ここに、沖永良部島を巡る旅の始まりを心の中で宣言した。
沖永良部空港はとてもコンパクトで、到着口での荷物の受け渡しも手作業で行われる。筆者は荷物を預けていなかったので、その作業を横目にそのまま制限エリアの外へ出た。そこから小さな待合スペースを抜ければ、あっという間にターミナルの外へ出ることができる。
外へ出て、空港前に広がるのんびりとした雰囲気に触れる。鹿児島空港はあんなに寒かったのに、沖永良部は暖かい。着陸時、客室乗務員から「沖永良部は鹿児島より18℃も高い16℃」だと案内があった。鹿児島は寒かったので上着は置いてきたものの、長袖を着ていた。しかし空港前を歩く人たちは皆半袖で、自分の格好だけが場違いのようだった。

搭乗した鹿児島線のほか、那覇線、徳之島線の計3路線が就航する沖永良部空港。決して便数は多いわけではないものの、島の空の玄関口としての役割を果たしている。沖永良部島は百合の花が有名で、空港には「えらぶゆりの島空港」という愛称が付けられている。
全便がJAC運航のJAL便のため、カウンターは一つだけ。あとは土産物売り場を併設したレストランと、お手洗い、待合スペースがあるのみである。雰囲気としては空港というより、国鉄時代からの鉄道駅のような空気が漂っていた。
この時間、ターミナルは折り返しの鹿児島行きに搭乗する人たちと、それを見送りに来た人たちで賑わっていた。保安検査場の前で手を振り合う人たちの姿には、どこか哀愁が漂う。一方、その隣では横断幕で見送られている人の姿もあった。後々調べてみると、前日に沖永良部で行われたイベントに出演していたアーティストだったらしい。乗客たちが制限エリア内に吸い込まれていくと、ターミナルは再び静寂に包まれる。

まだ心の中には、朝の鹿児島空港の喧騒が残っている。どこか焦りのようなものがあり、自分が浮いているような感覚がある。島に流れる時間と、筆者の時間との間には、少しばかりの乖離があるように思えた。これから島を巡りながら、この島に流れる時間やリズムに身を委ねていくのだろう。
空港からは路線バスで、さっそく島の路線バス巡りを始める。しかし乗り継ぎには30分ほど時間があった。この30分という時間がまた心地よい。初めての離島に到着した余韻に浸る間もなく次へ進むより、今はこの空港前に流れる時間に、なんとなく身を委ねていたかった。
ロータリー前の道路を見ると、農作業用のトラクターが通過していく。大きな空港ではまず見かけない光景である。そのガタガタという音の向こうからは、まるで高速道路が近くにあるかのような音が聞こえてくる。風に乗って、いろいろな場所から海の音がこの耳に届いているようだった。

ターミナル横の駐車場から、折り返し出発の準備を進める搭乗機を眺める。やがて搭乗が始まり、乗客たちが次々と機内へ入っていった。やはり折り返しの便は満席に近い利用があるらしい。筆者が搭乗した朝の第一便は、この折り返し便のための送り込みの役割を果たしているのだろう。早朝の鹿児島空港で各離島への便が相次いで出発していくのは、島から鹿児島へ向かう乗客を迎えに行くためでもある。
乗客が揃うと飛行機はドアを閉め、再びエンジンの鈍い音が空港周辺に響き渡る。プロペラを回転させた飛行機は自力で展開し、滑走路へ向かっていった。島へと誘ってくれた搭乗機を見送ると、少し心細さが残る。やがて、そんな筆者の心情に応えるかのように、これから乗車するバスもターミナル前ののりばへ姿を現した。初めての離島を訪ねた余韻に浸ったところで、筆者もいよいよ島を路線バスで巡る旅に出た。
続く