【旅行記】まだ見ぬ九州に出会う旅 沖永良部島・徳之島編〜笠石海浜公園・国頭小学校・フーチャを観光する〜
沖永良部島と徳之島を路線バスで巡る旅の2日目。午前中は沖永良部バスのガジマル線に乗車後、空港線へと乗り換え、空港にほど近い島の北東部へ移動してきた。ここからは空港からも比較的近い場所にある笠石海浜公園、国頭小学校、フーチャの各観光地を巡り、沖永良部空港へ戻った。
美しい花と海岸線を楽しめる笠石海浜公園に立ち寄る
知名から乗車し、喜美留という集落のはずれで下車した。ここでは昼食の時間も兼ねて、近くにある笠石海浜公園を訪ねてみる。バスを降りる際、運転士さんが公園までの行き方を親切に教えてくださった。バスは公園の手前で島の北側にある集落へ向かうため、公園の前は通らない。バス停からも距離があるが、フリー乗降制のため、公園の近くで降りたいと伝えると、道路沿いで下ろしてもらうことができる。

和泊と国頭の中間点あたりに位置する笠石海浜公園は、沖永良部島の中でも規模の大きな公園の一つである。園内には色とりどりの花が咲き誇り、訪れる人の目を楽しませてくれる。今回訪れた時期はまだシーズン外だったが、4月中旬から5月初旬にかけては、この島の代名詞とも言えるユリの花が園内に咲き乱れ、さまざまな品種の花を楽しむことができるという。また、公園内には展望台があり、そこからは海岸線を一望できることから、島の代表的な観光地の一つとして知られている。
前日はここを会場に、この時期の島の一大イベントである「花の島沖えらぶジョギング大会」が開催されていた。公園のステージ広場は、ちょうど撤収作業が終わったばかりのようで、作業を行う人たちと入れ違いで公園を訪れる形となった。

次のバスは1時間ほど後にやってくる。実はここは当初の計画にはなかった立ち寄り先である。本来はこの時間に和泊の西郷南洲記念館を訪れる予定だったが、この日が定休日であることに気づき、前日に訪問を済ませていた。その結果生まれた時間を使い、急遽この公園を訪れることにしたのである。
展望台に登ると、公園や周辺の海岸線を一望することができた。午前中は天気に恵まれていたが、午後にかけては雲が広がる予報となっていたこの日の沖永良部島。予報通り、次第に雲が湧き始めていた。澄み渡る青空と珊瑚の海という光景にはならなかったものの、それでも目の前に広がるエメラルドグリーンの海岸線は十分に美しく、しばらくその景色に見入ってしまった。

展望台からしばらく海の眺めを楽しんだあと、広場のベンチに腰掛けて知名で調達したお弁当を広げる。平日の公園は人も少なく、ゆったりとした時間が流れている。
やがて頭上から飛行機の音が聞こえてきた。見上げると、ATR42-600が公園の近くで旋回し、空港へと降下していく。調べてみると、徳之島からやってきた便だった。この機材はこの後、那覇行きへと変わり、さらに沖永良部、徳之島を経由して奄美大島へ向かう運用となっている。実はこの後、このうちの沖永良部から徳之島へ向かう便に搭乗する予定であり、数時間後に乗る機材にここで出会ったことになる。筆者が空港へ向かっている間に飛行機は那覇まで行って帰ってくる。

お弁当を食べ終え、バスの時間が近づいてきたので、バスを降りた場所へと戻る。ユリの花こそまだ咲いていなかったが、公園内の各所にはさまざまな花が咲いており、とても美しかった。花の名前はほとんどわからなかったため、AIで調べてみると、白い花はペチュニア、奥に咲く花はベゴニアというらしい。
バスが通る道路沿いへ戻り、しばらく待つ。やがて遠くからバスが姿を現した。ここはバス停ではないため、手を挙げて乗車の意思を運転士に知らせる。次に向かうのは、少し先にある国頭地区である。

乗車した場所から国頭まではおよそ5分ほど。すでに車内には地元の乗客が数名乗っており、その人たちとともに国頭を目指す。前日は迂回運行により一部異なる経路を通ったが、この日は通常ルートでの運行となった。バスは国頭の集落内をV字を描くように走り、やがて国頭のバス停に到着する。ここで筆者を含めた全員が下車し、沖永良部バスでの移動はこれが最後となった。
乗車記録 No.6
沖永良部バス企業団 空港線 沖永良部空港行
喜美留(笠石海浜公園付近)→国頭
島の南北を結ぶ幹線道路が交わり、空港へ続く道が延びる交差点の一角にある国頭バス停。その近くにある国頭郵便局の入口には、この春、島を巣立っていく人たちへのメッセージが掲げられていた。それもまた、この島に暮らす人々の温かさがにじみ出る光景の一つだった。
日本一の規模を誇るガジュマルが校庭に茂る国頭小学校
さて、沖永良部を去る時間は一刻一刻と迫ってきて、昨日この島に来た時の緊張は、いつの間にか名残惜しさへと変わり始めている。それでも、島を去る飛行機の出発時刻までは、まだ3時間以上の時間がある。この島での最後は、この国頭周辺の観光地をいくつか巡り、歩いて空港へと向かうことにした。
まずは国頭地区の街中にある小学校へ。直前に乗車したバスは学校の前を通過するため、そこで下車することもできた。しかし下車しなかったのは、前日迂回運行だった区間を改めて正規ルートで乗車しておきたかったからである。

和泊町立国頭小学校は今も現役の小学校で、ホームページによれば2025年度の全校児童は67人だという。ここは現役の小学校でありながら、この島の観光スポットの一つとなっている。校庭に繁るガジュマルの木は「日本一のガジュマル」と呼ばれており、自由に見学できるようになっている。少し中へ入らせてもらい、ガジュマルの木を見学した。

校舎と校庭の間に生い茂るガジュマルの木。この木は1898年にこの小学校の初代卒業生が植樹し、以後、在校生や地域の住民の手によって大切に守られてきた。入口の説明によれば、樹冠(枝ぶり)と樹影(木によって影になる面積)が日本一と言われているとのこと。枝ぶりは22mを超えるといい、もはや大きな建物のようにも見える。これまで台風や干ばつの影響で危機的な状況もたびたびあったそうだが、そのたびに手入れが行われ、ここまで大きく育ってきたという。
2017年に平成天皇皇后両陛下が沖永良部へ行幸啓で島を訪問された際には、ここを訪問され、ガジュマルの木をご覧になるとともに、児童による合唱や黒糖づくりをご覧になったという。現在はそれを示す記念碑が設置されている。

木の下へ入ってみると、中央の幹から太い枝が四方へと広がっている。各所に幹を支える添え木があり、これらの補助によって木は美しい広がりを見せている。在校生が毎朝必ず周辺の掃除をしているそうで、丁寧に手入れされた姿が印象的だった。もうすぐ樹齢は130年。筆者とはおよそ100歳の差がある。この学校を見守るとともに、この島の歩みも見つめてきたであろう木の雄大さに、どこか尊敬にも似た感動を覚えた。
ちょうどお昼時だったため、学校は給食の時間だったらしい。食器の音とともに、子どもたちの元気な声が響き渡っている。ガジュマルの木は、そんな日常のひとときをおおらかに見守っているようだった。
国頭から集落や海沿いを歩きフーチャへ

国頭小学校に立ち寄り、日本一のガジュマルを見学した後は、海岸沿いにある「フーチャ」という景勝地を目指す。ここから空港へは、このフーチャを経由しながら歩いて向かう。まずは来た道を戻り、国頭の集落の中を歩いていく。沿道の教会の植え込みにはハイビスカスが花を咲かせており、穏やかな日常の風景の中に、ささやかな南国の気配が漂っていた。

海沿いの道路へ出るため、集落の中を通る細い道へと入る。途中には「国頭暗川(くにがみくらごう)」という史跡があった。1日目に永嶺線で島西部の住吉地区を通った際、運転士さんが説明してくださったように、沖永良部島はサンゴ礁が隆起してできた島のため、地表を流れる川は少なく、水は地下へと染み込み、地中を流れている。
現在は水道が整備されているが、かつてはこの暗川へ水を汲みに行く必要があった。その役目は主に女性や子どもが担っており、日々の暮らしの中で大きな負担となっていたという。今も島の集落の多くは、この暗川の周辺に形成されており、こうして生活の痕跡が静かに残されている。

足元を覗き込むと、地面にぽっかりと口を開けた暗川の姿が見える。現在は観光用に手すりが設けられているが、かつてはそうしたものもなく、人々は足場の悪い階段を慎重に下りて水を汲んでいたのだろう。1962年に水道が整備されるまで、この暗川は生活を支える水源として使われていたほか、戦時中には防空壕としての役割も果たしていたという。
集落の中にひっそりと残るこの場所には、この島が歩んできた時間が折り重なるように刻まれている。それは苦難の歴史であると同時に、この島の人々が日々を生き抜いてきた確かな証でもある。

やがて集落を抜け、海沿いの道へと出る。ここからしばらくは海岸線に沿って歩いていく。再び波の音が耳を満たし、歩みとともにそのリズムが身体に馴染んでいく。朝に比べると雲が広がり始めていたが、それでも目の前に広がる海の景色は変わらず美しい。
このあたりではウミガメの姿が日常的に見られることもあるという。海面に目を凝らして探してみたが、この日は波がやや高かったためか、その姿を見つけることはできなかった。

海岸線に沿う道は、地形に合わせて緩やかにカーブしながら、上り下りを繰り返していく。ふと振り返ると、島の北側の海岸線が遠くまで続いているのが見えた。海へと突き出す半島のような稜線の先端こそ、前日にデマンドバスで訪れた田皆岬である。
この島で過ごす時間も、いよいよ終わりに近づいてきた。振り返って眺めたその景色は、どこか静かに名残惜しさを呼び起こすようでもあり、同時に、ここまでの旅の積み重ねをそっと思い出させてくれるものでもあった。
一方で、視線を前に向けると、これまでとは少し異なる、荒々しい海岸の地形が現れ始める。島の表情がまた一つ変わっていくのを感じながら、歩みを進める。やがて道の先に目的地が見え、ほどなくしてフーチャへと到着した。
大きな口を開けた洞窟が潮を吹き上げる景勝地・フーチャ

国頭小学校から20分ほど歩き、フーチャへと到着した。「フーチャ」とは潮吹き上げ洞窟を意味する。隆起したサンゴ礁が石化してできた石灰岩の荒々しい地形が続くこの一帯では、海の浸食によって岩に穴が開き、独特の景観を形づくっている。ここも奄美群島国立公園の区域に含まれており、それを示すモニュメントが設置されていた。
空港からは車で5分ほどの場所にあり、徒歩でもまっすぐ向かえば片道30分ほどと比較的近い。バスで訪れる場合は空港線を利用し、最寄りの道路沿いで降ろしてもらう形となる。そこからは徒歩およそ15分でアクセスできる。海沿いで建物などはないが、駐車場が整備されており、気軽に訪れることができる場所となっている。

海へと続く通路を進むと、大きく口を開けた洞窟の開口部が見えてくる。開口部は2つあり、上から見るとメガネのような形をしている。田皆岬と同様に、ここも通路に柵は設けられていないため、のぞき込む際には注意が必要である。
洞窟をのぞき込むと、内部に打ち寄せた波がしぶきを上げているのが見える。洞窟の中にはゴツゴツとした岩が横たわり、波はそれらにぶつかって白い飛沫へと変わる。そのたびに、洞窟の奥から「ドーン」という重い音が響いてくる。この日は波がやや高く、のぞき込んでいると細かな水しぶきが上がってくるのがわかった。

台風時など海が大きく荒れると、洞窟から噴き上がるような迫力ある潮吹きが見られるというが、観光でその様子に出会える機会はそう多くはない。まるで裁断機のような鋭い地形に沿って吹き上がった水しぶきは、時に風に乗り、周囲の畑にまで届くこともあるという。農作物にとっては塩害の原因となるため、この一帯にはかつて同様の洞窟がいくつも存在していたものの、その多くは対策として取り壊された。現在は比較的影響の少なかったこの2つが、観光地として残されている。

周囲を見渡すと、奇岩が一面に広がっている。無数の棘が地面から突き出しているかのような、荒々しくも不思議な地形である。海岸では、その岩々に砕かれた波が絶えず白いしぶきを上げている。岩に目を凝らすと、貝殻の化石のようなものが取り込まれているのがわかる。かつて海の中にあったサンゴ礁が、長い年月を経て石灰岩となり、やがて隆起してこの島を形づくってきたというそんな時間の積み重なりが、ここには確かに刻まれている。
ベンチに腰を下ろし、広がる景色を眺めながら、ゴーン、ゴーンと響く洞窟の音に耳を澄ませてみる。その音は、どこか除夜の鐘を思わせるような、不思議と心を落ち着かせる響きであり、この島での旅の終わりが近づいていることを、静かに告げているようでもあった。
遠くに徳之島を眺めながら、海沿いの道を歩く

さて、フーチャで今回沖永良部で巡る観光スポットはすべて巡り終えた。とはいえ、沖永良部島にはまだまだ多くの見どころがある。日本鍾乳洞9選の一つである昇龍洞、奇岩が横たわるウジジ浜、田皆岬と同様に断崖絶壁の海岸線を楽しめる半崎など、今回は残念ながら訪ねることができなかった場所も多い。それらは次にこの島を訪れたときの楽しみとして、そっと残しておこうと思う。次に来るのがいつになるのかは分からないが、また航空路線に乗る機会に、この島を訪れることがあるだろう。
フーチャからは沖永良部空港へ歩いて戻る。本来であれば畑の中を抜けていくのが最短ルートだが、最後まで海の景色を楽しみたいと思い、あえて海沿いの道を選んだ。フーチャから続く道にはガードレールも柵もなく、まるで海へと続いていくかのように海岸線に沿って延びている。遠くには、うっすらとこれから向かう徳之島の島影が見えていた。次の島はどんな場所なのだろうか、そんな期待が静かに膨らんでいく。沖永良部空港からは、この海の向こうへと、わずか15分ほどのフライトで渡ることになる。

島の北東端に位置するこのあたりは、周囲に集落もなく、車の通りもほとんどない。そんな道を、急ぐでもなく、立ち止まりながら、景色を味わうように進んでいく。しばらく海を眺めながら歩いていると、やがて風景は植物が鬱蒼と茂る緑の中へと変わっていく。時間が許す限り、この海沿いの道を歩き続けたいと思った。波の音を聞きながら歩く時間は、どこか惜しむようでもあり、同時に満ち足りたひとときでもあった。

沖永良部空港の滑走路北端にほど近い場所までやってくると、白い砂浜が広がっているのが見えた。フーチャにいた頃は雲がやや厚かったが、次第に雲が薄くなり、隙間から太陽が顔をのぞかせる。亜熱帯らしい植物をかき分けて浜辺へ下りると、真っ白な砂浜が広がっていた。陽の光を受けて、海は再び青く輝き始める。その光景を、しばし腰を下ろして眺める。だが、その穏やかな時間も長くは続かず、やがて再び厚い雲が流れ込み、空を覆っていった。
いよいよ飛行機の時間が近づいてきた。この砂浜を後にし、ようやく空港へと向かうことにする。滑走路が思いのほか高い位置に見え、少し嫌な予感がしたが、案の定、空港へ向かう道は上り坂だった。最後にひと汗かきながら、この島での時間を締めくくることになった。
沖永良部空港でこの島での旅を終える

国頭から途中フーチャに立ち寄りながら、気がつけば3時間近く歩き続けていた。ようやく空港へ戻ってきたところで、今回の沖永良部での時間に一区切りをつける。
全体を通しての旅の感想は最後に述べることにするが、2日間の滞在は、いつもの旅以上に充実したものだったように思う。その大きな理由は、この島で出会った人たちの温かさにあった。路線バスでの移動という今回の旅の軸の中で、運転士さんとの会話や、乗客の方との何気ないやり取りに何度も心が和らいだ。観光地を巡るだけでは得られない、人の営みの中に触れる時間。それこそが、この旅をより印象深いものにしてくれた。温かく接してくださった人々への感謝を胸に、次の目的地へ旅立つ。
滞在時間そのものは決して長くはなかったが、この島で過ごした時間は確かな実感を伴って心に残っている。筆者にとって初めての離島となった沖永良部島での旅は、新鮮さと発見り連続だった。この島を最初の離島に選んでよかったと、素直にそう思う。この旅の思い出と経験は、これから先の旅にもきっとつながっていくことになるだろう。
さて、沖永良部島からは飛行機に搭乗し、次の目的地である徳之島へと向かう。日本で2番目の短距離航空路線として知られるJAC沖永良部-徳之島線に登場し、わずか15分ほどのフライトを楽しんだ後、徳之島空港からは路線バスで島の中心地・亀津を目指した。
続く