【旅行記】まだ見ぬ九州に出会う旅 沖永良部島・徳之島編〜JAC沖永良部-徳之島線と路線バスで亀津を目指す〜
沖永良部島と徳之島を路線バスで巡る、初めての離島旅。2日目も路線バスの旅を楽しんだ後、いくつかの観光地を訪ね、沖永良部での旅を終えた。ここからはJACが運航する沖永良部-徳之島線に搭乗し、お隣の徳之島へと舞台を移す。ここでは、国内で2番目の短距離路線として知られるこの路線の搭乗と、徳之島到着後に乗車した徳之島総合陸運の空港線について振り返る。
国内第2の短距離路線、JAC沖永良部-徳之島線に搭乗する

沖永良部空港へ戻り、この島での旅を終えて、徳之島へと舞台を移す。沖永良部空港からは、国内屈指の短距離路線の一つとして知られるJACの沖永良部-徳之島線に搭乗した。
離島便といえば、主要空港と離島を結ぶ路線を思い浮かべがちである。しかし、南西諸島では離島同士を結ぶ航空路線も数多く運航されている。こうした「島から島へ」の移動を体験してみたいというのも、この旅の大きな目的の一つだった。なお、沖永良部から徳之島へはフェリーでも渡ることができる。どちらも1日1往復の運航である点は同じだが、所要時間はフェリーがおよそ2時間であるのに対し、飛行機はわずか20分である。
フーチャの海岸線からも見えていた通り、沖永良部島と徳之島は比較的近い。最も接近する地点での直線距離は約33km、空港間でも約47kmに過ぎない。33kmといえば、九州本土で考えれば博多-久留米間(いずれも直線距離)とほぼ同じ距離に相当する。飛行機からすれば、50kmというのはかなりの短距離である。
実は、これから搭乗する沖永良部-徳之島線は、国内航空路線の中でも屈指の短距離路線であり、現在は第2位の短さとなっている。かつては琉球エアコミューター(RAC)の北大東-南大東線が最短で、本路線は第3位であったが、2024年夏に同路線の運航が終了した。現在は、同じくJACが運航する奄美-喜界島線が最短となっており、本路線はそれに次ぐ位置づけとなっている。
沖永良部-徳之島線が属する”アイランドホッピング”という路線
今回搭乗する沖永良部-徳之島線に使用される機材は、午前中に奄美大島を発ち、そこから徳之島、沖永良部、那覇へと島伝いに飛行。その後、那覇からは来た経路を戻る形で運航されている。この海域を航行するフェリーが各離島に寄港しながら鹿児島と沖縄本島を結んでいるのと同様に、航空路線もまた似た形態で運航されている。このように島伝いに移動するルートは「アイランドホッピング」と呼ばれ、JACでは2018年にこのルートでの運航を開始した。現在は、沖永良部-徳之島線を含むこのルートと、奄美大島から与論を経由して那覇へ向かうルートの、2つのホッピング路線が運航されている。
このルートの利点は、機材を効率的に運用できる点に加え、奄美-那覇間を通しで利用する乗客だけでなく、奄美・那覇と沖永良部島・徳之島との間、さらには沖永良部島と徳之島の間といった、さまざまな区間需要を一体的に担える点にある。実際、今回筆者が利用するような沖永良部から徳之島への移動需要はそれほど多くなく、乗客の多くは乗り継ぎ客で占められている。
JALのマイレージサービスでは、FLY ONポイントやLife Statusポイントによって上級会員制度が設けられており、搭乗回数もそれらを獲得するための指標の一つとなっている。運航距離に関係なく1搭乗としてカウントされるため、短距離路線でも回数を稼ぐことができる。このため、いわゆる「修行僧」と呼ばれる人々のうち、搭乗回数でステータス獲得を目指す層には、短距離路線を乗り継いだり、同一路線を何度も往復したりする利用者も少なくない。アイランドホッピング便で奄美-那覇間を移動すると、片道で3回、往復で6回の搭乗実績となるため、こうした上級会員志向の利用者にとっても人気の路線として知られている。
一方で、こうした需要が地域路線に影響を与える側面もある。2026年2月には、JALのLife Statusポイントキャンペーンにより、RACの宮古-多良間線に利用が集中し、地元住民が搭乗しづらくなる事態が発生した。このため同路線はキャンペーン対象外となり、地域住民の足としての航空便という役割とのバランスをいかに保つかという課題も浮き彫りとなった。
離島路線は輸送人員が限られ、その維持には航空会社の努力が欠かせない。しかし同時に、地域にとっては生活を支える重要な交通手段でもある。過去には、こうした小規模路線の維持を目的として、修行僧向けのキャンペーンや空港での特別な対応が行われた事例もある。特に利用者の少ない路線においては、いわゆる修行僧と呼ばれる利用者に依存している側面があるのも事実である。沖永良部-徳之島線を含むアイランドホッピング路線についても例外ではなく、修行利用によって搭乗率が支えられている一方で、地域利用とのバランスという課題を併せ持っている。

沖永良部から搭乗したのは、15時50分発のJAL3710便徳之島行き。今回の旅では、鹿児島-沖永良部、徳之島-鹿児島のフライトで特典航空券を利用した一方で、沖永良部-徳之島間は航空券を購入した。5か月前に「スペシャルセイバー」運賃で予約し、運賃は8,800円。さすがにこの区間でマイルを消費するのはもったいない。
搭乗機材の前便である那覇からのJAL3715便は、定刻15時25分着のところ、この日は20分ほど早い15時06分頃に到着した。沖永良部空港では、乗り継ぎ客も一旦制限エリア外に出て、保安検査を受け直す必要がある。乗り継ぎ客が多く、到着後は保安検査の混雑が予想されたため、搭乗機をターミナル横から撮影した後、すぐに搭乗待合室へと向かった。
やがて到着便の乗客がターミナルに流れ込むと、再度保安検査を受けた乗客で待合室もやや混雑し始める。やはり乗り継ぎ客の多さが目立つ。一方で、沖永良部から搭乗する人も一定数見られた。この日は、搭乗便の前に出発する鹿児島行きが機材繰りの影響で欠航となっており、徳之島での乗り継ぎに振り替えた乗客もいたようだった。
乗り継ぎで利用する乗客は、やはり修行僧らしき人も多いが、この先の徳之島や奄美大島へ向かうと思われるビジネスマンの姿も見られ、さまざまな目的地・用途の人々が一堂に会していた。それもまた、このアイランドホッピング便ならではの光景といえる。なお、徳之島や奄美大島へは那覇からの直行便は運航されていない。

出発時刻の20分前、15時30分には搭乗が開始された。いよいよ沖永良部島を発つ時間がやってきた。この島に着いた昨日の朝は少し緊張していたが、今ではもう離れるのが名残惜しく感じられる。搭乗改札を通り、歩いて搭乗機へ向かう。機材は昨日と同じATR42-600型機で、座席も同じ位置を指定していた。
乗客の搭乗は数分で終了し、定刻より13分早くドアが閉まった。機内は窓側がほぼ埋まり、通路側にも数名が座る程度の搭乗率。決して総数は多くないが、機材が小さいため、やや混雑しているような印象を受けた。
乗車(搭乗)記録 No.7
JAL3710便
沖永良部空港→徳之島空港
ATR42-600 ※JAC運航

ドアが閉まるとすぐに客室乗務員による案内と安全についての説明が行われる。その間にエンジンが始動し、プロペラが回り始めると、まもなく地上係員の見送りを受けて、搭乗機は駐機場でターンし、滑走路へと進んだ。
その後はターミナルを横目に見ながら、ゆっくりと滑走路04の端へと向かう。滑走路端でUターンを行い、出発時刻より7分早い15時43分、搭乗機は沖永良部空港を飛び立った。

空港近くの海岸線をかすめるようにして大空へと上がる。通常であればここから高度を上げていくが、この便の目的地である徳之島空港は、飛行機からすれば目と鼻の先にある。飛行高度はおよそ400mと、東京スカイツリーの展望台よりも低い高さで飛行する。海が真下に広がり、風の影響で時折機体が揺れる。白波を立てる海面がすぐそこに見え、通常のフライトでは味わえないスリルがあった。

離陸から2分ほどで、「ポンポン」とサイン音が鳴り、客室乗務員から「当機は最終の着陸体勢に入りました」との案内があった。これまで様々な路線に搭乗してきたが、どんなに短くても飛行時間は45分程度はあり、巡航時間も5〜10分ほどは存在していた。しかしこの便には、いわゆる巡航と呼べる時間はなく、離陸直後に着陸態勢へと移行する。もちろんシートベルト着用のサインが消えることもなく、飴が配られることもない。鉄道でいえば、幹線から分岐する短い支線に乗り、発車した直後に「次は終点です」と案内される、あの感覚に近い。

しばらく海上を進むと、沖永良部空港を出て5分もしないうちに、次なる目的地・徳之島の姿が見え始めた。搭乗機は島の西海岸に沿うように飛行しながら高度を下げていく。機窓からは、翌日に路線バスで通る予定の伊仙町や、戦艦大和の慰霊碑で知られる犬田布岬などが見えた。サンゴ礁の隆起によって形成された沖永良部島に対し、徳之島は中央に山地を擁する起伏のある地形が特徴的で、また異なる島の表情を見せてくれる。

さきほど格納したばかりの車輪を、わずか数分で再び下ろすと、そのまま西海岸の断崖絶壁をかすめるように降下していく。この島の西海岸は想像以上に険しい地形をしており、その様子が機窓からよく分かる。この断崖の途中にある「犬の門蓋」と呼ばれる景勝地には、翌日訪れる予定である。
やがて海と陸地が目前に迫り、徳之島空港が近づく。機窓には平土野(へとの)と呼ばれる市街地が広がっていた。風の影響で機体がやや左右に揺れながらこの街の横を通過し、エメラルドグリーンの海岸線が視界に入った直後、搭乗機は徳之島空港へと着陸した。

スマートフォンの時計を見ると、着陸時刻は15時55分。15時43分に離陸しているため、飛行時間はわずか12分だった。定刻の出発時刻(15時50分)を基準にすれば、出発予定時刻の5分後にはすでに目的地へ到着しているというのも、なかなか珍しい体験である。この日は北風の影響で、沖永良部・徳之島ともに滑走路の南側から離着陸する運用となっており、それもこの短時間フライトにつながっていた。
徳之島空港に着陸した搭乗機は滑走路上でUターンし、駐機場へと向かう。沖永良部より一回り大きなターミナルの前に機体を止め、わずか20分の空の旅は幕を閉じた。ドアが開き、2つ目の目的地である徳之島へと降り立つ。

機体を降り、駐機場を歩いてターミナルへ向かう。定期航空協会加盟の航空会社が保有する機材の中では最小クラスとなるATR42-600。遠目には小さく可愛らしいが、間近で見ると意外なほど大きい。滑走路側を向いて降機するため、尾翼や機体後部を眺めながら歩くという、少し珍しい体験もできた。
徳之島到着後、この機材は奄美-那覇間のアイランドホッピング往復の最終区間である奄美大島行きとして運航される。徳之島と奄美大島も近く、フライト時間は20分ほど。いつか今回搭乗した区間以外にも乗ってみたいと思いながら、ターミナルへと歩いた。

徳之島空港は、沖永良部よりもやや規模の大きいターミナルを備えている。鹿児島県内の離島空港の中では、中核的な役割を持つ奄美空港に次ぐ規模を持つ。沖永良部では乗り継ぎ客も再度保安検査を受ける必要があったが、こちらでは乗り継ぎ客専用動線が設けられており、そのまま搭乗口へ進むことができる。搭乗していた乗客の多くが乗り継ぎ利用であったため、そのまま搭乗口へ向かっていった。筆者もその流れに乗って誤って搭乗口側へ進んでしまった。よく見れば「出口」と「搭乗口」の案内はしっかり表示されていたのだが、完全に見落としていた。
そんな小さなハプニングもあったが、無事に到着口へ進み、徳之島空港の外へ出た。搭乗していた乗客のうち、到着口へ向かったのは筆者を含め6人。そのうち2人は一度外へ出る乗り継ぎ客、3人は那覇からの通し利用客だったようで、沖永良部-徳之島間のみを利用していたのは、どうやら筆者1人だけだったらしい。
“徳之島子宝空港”から次なる島、徳之島の旅をはじめる

徳之島の北西部に位置する徳之島空港。徳之島は出生率が高く、「子宝の島」として知られている。そのため、この空港にも「徳之島子宝空港」という愛称が付けられている。空港ターミナルは沖永良部空港と比べるとかなり広い。島の人口は沖永良部島が約1万人であるのに対し、徳之島は約3万人と多く、空港の規模もそれに比例している。
この空港には現在、定期便として鹿児島、奄美大島、沖永良部の3路線が就航している。沖永良部空港は滑走路が短くターボプロップ機のみの運用だが、徳之島空港はジェット機の発着も可能である。鹿児島線にはJACに加えてJ-AIRも就航しており、E170を中心に運航されている。またJ-AIRは、多客期の季節運航として伊丹便も設定しており、年末年始やお盆には伊丹から徳之島へ直接アクセスすることもできる。

この島の中心地は、南東部に位置する亀津という町である。空港とは島の対極に位置しており、車でおよそ45分ほどかかる。島の規模が大きい分、バスの本数も多いことを期待したいところだが、実際には沖永良部島と大きくは変わらない。おおむね到着便に接続する形で運行されているが、基本的には鹿児島便に合わせたダイヤとなっており、奄美大島や沖永良部からの便に対する接続はない。そのため、ここでは1時間30分あまりの待ち時間が生じた。
沖永良部でも感じたことだが、すぐに次の移動に移るよりも、一呼吸おいて島の空気に触れる時間は悪くない。しかし、1時間30分というのはやや長く感じられるのも事実である。特にすることもないので、空港の周辺を歩いてみる。敷地を一歩出れば、のどかな風景が広がっている。遠くからは子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。早合点かもしれないが、「子宝の島」という言葉がふと腑に落ちる瞬間だった。

そうこうしているうちに、乗ってきた飛行機が奄美大島へと飛び立つ時間になった。フェンス越しにその様子を見送る。徳之島から奄美大島へのフライトが、一連のアイランドホッピングの最終区間となる。乗り込む乗客の顔ぶれは、先ほどの沖永良部-徳之島間とほとんど変わらないように見えた。
乗客が乗り込むとエンジンが始動し、プロペラが回り始める。その風はフェンス越しのこちらまで伝わってくる。ターボプロップ機の力強さを体で感じられるのも、離島空港ならではの体験かもしれない。隣では、飛行機に手を振りながら友人との別れを惜しむ女性の姿があった。どこの空港でも見られる光景ではあるが、飛行機を介して生まれる人と人とのつながりや、誰かを想う気持ちに触れるたび、胸が熱くなる。
やがて滑走路へ進んだ機体はターンし、大空へと飛び立っていった。乗ってきた飛行機に置いていかれるようで、少し心細さを覚える。しかし、初めて沖永良部に降り立った昨日ほどの不安はもうない。そこに人の温もりがあることを、この旅で知ったからだろう。
ところで、奄美大島へ向かったこの機体は、その後奄美大島で折り返し、再び徳之島へ戻ってくる。そして最終的には徳之島発鹿児島行きの最終便として、本拠地である鹿児島へと帰投する。島伝いに鹿児島-那覇間を往復するこの運用は、短距離区間の積み重ねながら、1日に10フライトにも及ぶ過密なものとなっている。
徳之島総合陸運の路線バスで島の中心地亀津を目指す

さて、その後も空港でのんびりと過ごし、徳之島空港からは路線バスに乗車して、徳之島の中心地であり、宿を取っていた亀津へと向かった。
徳之島では、徳之島総合陸運という会社が路線バスを運行している。やがて空港ターミナル前には、この後亀津行きとなるバスが到着した。緑の車体にオレンジのラインを纏った徳之島総合陸運のバス。沖永良部バスもオレンジと青で島のカラーを表していたが、徳之島のバスは緑が印象的である。飛行機から眺めた通り、中央に山が聳える徳之島。その豊かな緑が、この島のイメージを形作っているのだろう。
この徳之島総合陸運が運行する路線バスの幹線となっているのが、これから乗車する亀津-空港間の路線である。かつては島を一周する形で路線バスが運行されていたが、現在は一部がデマンド化され、定期運行として残るのは、亀津-空港線、亀津-平土野線、その区間便である亀津-犬田布線、そして亀津-与間名線の4路線となっている。このうち亀津-与間名線は朝夕のみの運行で、来訪者が利用するのは難しい。そこで今回は、まず亀津-空港線で亀津へ向かい、翌日に亀津-平土野線に乗車して、島の南側を一周することにした。
この日は、発車前に到着する鹿児島からの飛行機が15分ほど遅れていた。そのため、このバスもその便からの乗り換え客を待ち、15分ほど遅れて徳之島空港を発車した。この後も奄美大島からの便が到着するが、それに対する接続はなく、この便が空港から亀津へ向かう最終便となる。空港では筆者のほかにもう1人の乗客が乗り込んだ。
乗車(搭乗)記録 No.8 徳之島総合陸運 亀津-空港線 亀津待合所行 空港→亀津待合所

徳之島では、空港を起点に亀津を経由して伊仙まで県道80号が通っており、バスも基本的にこの道をたどる。徳之島空港を発車すると、浅間地区を経由してまずは天城町の中心地・平土野(へとの)へ向かう。浅間は戦時中、浅間陸軍飛行場が置かれていた場所である。バスが通る県道と直角に交わる道路は、その滑走路跡を転用したものとなっている。この飛行場は特攻隊の出撃中継基地として使われ、その後空襲で周辺も被害を受けて、多くの命が失われた。
一方、浅間地区の背後に聳えるのが通称「寝婆山」という山である。左側を頭にして横たわる妊婦のように見えることから、「子宝の島」の象徴とも言われている。

バスは樟南第二高校の横を通り、平土野の市街地へと入る。県道は手前で島の東海岸側へと折れ、このバスもそちらへ進むが、いったん平土野の市街地を巡回する。徳之島には徳之島町、天城町、伊仙町の3つの自治体があり、空港や平土野は北西部の天城町に位置している。この平土野には、翌日、島の南側を回る路線バスで再び訪れる予定である。バスは市街地を一巡するものの、この便に乗車する人の姿はなかった。

再び県道80号へ戻ると、小さな峠を越えて西海岸から東海岸へと向かう。車窓には山あいののどかな風景が広がる。坂道を進む車内からは、空港や浅間地区を一望できる地点もあった。
沖永良部島がサンゴ礁の隆起によって形成されたのに対し、徳之島はプレートの沈み込みに伴う付加体によってできた島である。隣り合う島でありながら、その成り立ちも地形も大きく異なる。徳之島は中央部に山地が広がり、想像以上に起伏に富んだ島だった。やがてバスは天城町から徳之島町へと入る。

バスは花徳(けどく)から東海岸沿いを進む。やがて車窓には海が広がり、夕暮れの海岸線をなぞるように、点在する集落の中を走っていく。写真では分かりにくいが、遠くにはいくつかの島影が見えた。奄美大島の南に浮かぶ請島と与路島、そしてその間から顔を覗かせる加計呂麻島である。今朝は沖永良部島の知名から沖縄本島を望むことができたが、こうして一日を通して眺めてみると、この海域に点在する島々の位置関係が、より実感を伴って理解できるようになってきた。

花徳を通りすぎて、バスは母間地区を通過する。アップダウンとカーブが連続する県道からは、島の北側の海岸線を望むことができる。小さな岬を回ると、車窓には走ってきた海岸沿いの集落と、その先へと続く海岸線が広がる。夕日を浴びた雲はオレンジ色に染まり、海面もまたそれを映して輝いていた。そうした景色を眺めながら、バスはしばらく海岸沿いを走っていく。ここまで乗車する人はいなかったが、下志久という集落の付近で2人の乗車があった。

その後も海岸沿いを進むと、バスは井之川地区へ差し掛かった。ここから県道はやや内陸へと進む。バスはこの地区を抜けたところでいったん県道を離れ、神之嶺地区を経由して再び県道へと戻る。のどかな風景を眺めながら内陸部を走るうちに、いよいよ亀津の街が近づいてくる。夕方ということもあり、対向車の数も次第に増えてきた。この日の旅もいよいよ終わりが近づく。この先にある徳之島の中心地はどんな街なのか、期待が膨らむ。

やがてバスは下り坂を進み、畑が広がる丘の上から港へと下っていく。亀徳地区を通り過ぎ、亀徳川を渡ると、まもなく亀徳新港の前を通過。亀津の市街地へと入った。亀徳新港は徳之島の海の玄関口の一つであり、島内最大の港である。沖永良部を経由する鹿児島-那覇間のフェリーもここに寄港する。この時間、港にはマリックスラインのフェリーが停泊していた。マリックスラインはマルエーフェリーとともに鹿児島-那覇間を結ぶ航路を担っている。この後、亀津の街を歩いていると、市街地に汽笛が響き渡り、出港を告げる汽笛の音がとても印象に残っている。

亀津の市街地へ入ったバスは、時計回りに市街地を巡っていく。亀徳新港で1人が下車し、その後、徳之島町役場前で2人が下車した。亀津の市街地はコンパクトながらも意外なほど都会的で、島の中心地であることを感じさせる。夕方のこの時間帯は街に灯りがともり始め、多くの車が行き交うと同時に、歩く人の姿も見られ、賑わいを見せていた。

市街地を縦断して南側へ進むと、バスは右折して中央通りへ入る。その途中にある亀津待合所バス停がこの便の終点だった。運賃を支払いバスを降り、徳之島の中心地・亀津へと降り立った。飛行機の遅延の影響で15分ほど遅れての到着となったが、なんとか日没前に着くことができた。
初めて乗車した徳之島の路線バス。旅を計画する中で事前に調べていた際、この地域のバスは「バス好きでも難しい」との記述を目にしていた。実際に利用してみると、確かにそれを実感する場面が多かった。
時刻表はホームページや乗換案内アプリに掲載されており、運行時刻も正確である。しかし、掲載されているのは主要な停留所のみで、実際にはそれ以外の停留所も多く存在する。また、ホームページ上の停留所名、現地の標柱に記された名称、車内アナウンスで案内される名称が一致しない場合もあり、それが分かりにくさの一因となっている。例えば、ここ亀津待合所も、ホームページでは「亀津本社」、車内では「亀津停留所」と案内されていた。
加えて、個々の停留所ごとの時刻が詳細に掲載されていないため、平土野や亀津の市街地内での運行経路も把握しづらい。乗車前は実態がよく分からなかったが、実際に乗ってみて、すべての便が亀津の市街地では時計回りに巡回する運行であること、上下便で始発地・終点が異なることも分かった。
もし観光などで利用する場合は、運転士に行き先を伝え、最寄りの場所で降ろしてもらうのが最も確実である。徳之島のバスは、亀津の市街地以外ではフリー乗降制を採用している。運転士の方も温かく親切に対応してくださるため、降車場所に迷った際は気軽に尋ねるとよい。こうした分かりにくさも、バス好きにとってはどこか“謎解き”のような面白さがあり、興味深い体験でもあった。
商店が軒を連ねる街の中心部に位置する亀津待合所バス停。バス停の脇には屋根付きの待合室があり、いくつかのベンチが並んでいる。バスの車窓からも都会的に見えた亀津の街だが、バス停周辺も建物が立ち並び、車通りも多い。離島でありながらも、どこか離島じゃないそんな雰囲気が漂っている。
この日は亀津のホテルに宿泊する。近くの地元スーパーに立ち寄ったり、市街地を歩いたりしながら、この街の雰囲気と規模の大きさを感じつつ、日没とともに2日目の旅を終えた。最終日は徳之島で路線バスと観光地を巡り、夕方の飛行機で鹿児島へ戻る予定である。亀津の街については、翌朝あらためて散策することにし、その様子は次話で記すことにした。
続く