【管理人室】私と鉄道ジャーナル

2015年9月 高徳線・鳴門線の池谷駅にて
2015年9月 高徳線・鳴門線の池谷駅にて
 2025年6月号を最後に、休刊した鉄道ジャーナル。最終号が手元に届く数か月前に休刊のお知らせを見て、「ついにこの時が来てしまったか」と思っていましたが、いよいよ本当にこれが最後の一冊に。最終号が届いた時は、ダイヤ改正日の前日に、往年の名列車が静かに引退していくのを見送るような、そんな寂しさで胸がいっぱいでした。
 筆者にとって、この本は、物心つく前から今に至るまで、鉄道の面白さや奥深さを教えてくれた本で、いわば“鉄道ファンとしての私を育ててくれた恩師”のような存在でした。私は20代後半ですが、愛読歴も二十数年になり、人生のほとんどの時間、この本を読んできました。ここでは、少し私とこの雑誌について書きたいと思います。
 なお、このエッセイは昨年、鉄道ジャーナルが休刊するにあたって、サイトで公開したいと書き留めておいたものを再編集したものです。

最初の出会いと、原点としての一冊

 鉄道ジャーナルを初めて読んだのは、まだ幼稚園に通っていた頃。すでに電車好きだった私に、母が本屋で買ってきてくれたのが最初の出会いでした。母によると、「図鑑や絵本ではない鉄道の本を買ってあげよう」と書店で選んでいたところ、この本が目に留まったとのこと。少し専門的な内容だったからこそ、選んだのだそうです。
 そのとき買ってくれたのが、2001年2月号。「写真で見る 鉄道のいろいろ 大集合」という特集が組まれており、普通鉄道やケーブルカー、トロリーバスなど、さまざまな鉄道が紹介されていました。当時踏切が大好きだった私は、表紙に映る大井川鐵道の駅の遮断機や、特集の中にあった東急世田谷線の踏切の写真が特にお気に入りで、何度もページをめくるうちに、本がバラバラになってしまうほど見返していたのを覚えています。当時、私は4歳。親戚の家に行くときにも、その本を持って歩いていたそうです。
 その後、2002年頃からは、地元の書店を通して母が定期購読の手配をしてくれるようになり、鉄道ジャーナルが届くのが、毎月の楽しみになりました。小学校、中学校、そしてその後進学した高専とずっと定期購読を続けており、「今月号はどんな内容だろう」とワクワクしながらページをめくっていたのを思い出します。社会人になってからも、引き続き定期購読を続けて今日に至りますが、私にとって毎月後半にこの本を読むというのは、20数年のルーティンとなっていました。

都市の鉄道への憧れ、鉄道を通して街を知るという視点

 幼い頃から読んでいたこともあり、私はじっくり記事を読み込むというより、パラパラとページをめくりながら、まず写真を眺めて、気になった写真があればその記事を読む、そんなスタイルで親しんできました。全国のいろんな路線や列車の存在をこの本を通じて知り、鉄道の今と未来、抱える課題やトレンドを自然と学ばせてもらいました。
 いろいろな特集がある中で、幼少期に特に楽しみにしていたのが、都市部の鉄道に関する特集でした。自分の住む地域は田舎で、列車の本数も少なく、利用者数もそれほど多くはありません。だからこそ、子どもの頃の私は、都市部の鉄道に対する強い憧れを抱いていました。
 鉄道ジャーナルでは、都市部の鉄道事情に関する特集がよく組まれており、それが毎号の楽しみのひとつでした。路線のダイヤ構成や進行中の工事の様子、沿線の街の特徴など、この本を通じて多くのことを知ることができました。物心がついたときには、すでに自分の地域だけでなく全国の鉄道に関心を持っていましたが、それは間違いなく鉄道ジャーナルのおかげです。
 中学校を卒業後、私は高専に進学しました。高専は大学受験がないぶん、高校生年代でも自由な時間が多く、私はその時間を使って、各地への旅に出るようになりました。最初は「できたらいいな」くらいの夢だった“乗りつぶし”という趣味も、旅を重ねるうちに、いつの間にか全国の鉄道全線乗車が一つの目標となっていきました。
 そうして実際に乗りつぶしを始めるようになると、鉄道ジャーナルに掲載されている各路線のルポ的な記事も、大きな楽しみのひとつになりました。高校生が通学で電車に乗り込む姿や、川と並走して走る列車の写真、そんな日常の中の鉄道の風景が写る写真を見るたびに、「いつかは自分もこの路線に乗ってみたい」と心が動かされました。すでに乗車した路線についての記事を読むときは、「ああ、あのときの風景だな」と懐かしさを感じながらページをめくっていました。
 旅に出る前には、目的地に関連するバックナンバーを引っ張り出して、事前学習に活用することもしばしばありました。そして今、自分が書いている旅行記の文体や、写真の構図の取り方が、鉄道ジャーナルのルポ記事にどこか似ているのは、間違いなくこの雑誌を読み込んできた影響です。

鉄道趣味を育ててくれた一冊との別れ、そして次の一歩

 こうして振り返ってみると、私の鉄道趣味は、生まれてから今に至るまで、鉄道ジャーナルと共に歩んできたのだと、あらためて実感します。私の鉄道好きは、たくさんの人に支えられて育まれてきました。幼いころ、電車を見せに駅へ連れて行ってくれた両親や祖父母。駅に電車を見に行ったとき、優しく声をかけてくださった駅員さん。そして高専時代、鉄道旅を共にしてくれた友だち……その誰もが、私の趣味を支えてくれた大切な存在です。
 それと同じくらい、鉄道ジャーナルもまた、私に鉄道の“今”を伝え続けてくれた恩人のような存在でした。街と街を結ぶ鉄道の役割、人と人をつなぐ存在としての鉄道、そして鉄道と地域との関わり、そうした“田舎に暮らしているだけではなかなか見えてこない視点”を、この本は教えてくれました。
 私は、ほぼ生まれてこのかた鉄道ファンですが、きっとこれから先も、鉄道のことを考えない日はないでしょう。そんな、もはやライフワークのような、あるいは「シリアスレジャー(本気の趣味)」とも言えるこの鉄道趣味を、自分に与えてくれたのが、鉄道ジャーナルだったと思っています。
 一方、休刊の後、これからはどうやって鉄道の情報を得ていけばいいのか。それが、いまの自分にとって一つの悩みでもあります。鉄道ジャーナルは、鉄道の“今”と“これから”を俯瞰的に見るのに、ちょうどいい媒体でした。特に旅をする者にとっては、現地の鉄道の現状や沿線の街の様子など、興味深い記事がたくさんありました。
 私は一応、ギリギリZ世代にあたりますので、YouTubeもInstagramもよく見ます。鉄道系の動画も見ないわけではありません。でもどちらかといえば、ただ電車が走っているだけの映像を流し見することが多いです。もちろん、YouTubeも情報源としては役に立つ面がありますが、どうしても“誇張された部分”が目立つ気がしてしまうことがあります。珍しさや新しさ、あるいは乗客の多さ・少なさ、本数の過多といった要素は確かに話題になりますし、面白くはあります。でも、“ふつうの鉄道”や、街のありのままの姿というのは、なかなか見えてこないなと感じています。
 だからこそ、これからは改めて、自分自身の目で見て、肌で感じて、確かめていくことが大切になるのだと思います。私自身、このサイトで旅行記をまとめていますが、そこでもなるべく、”ふつうの鉄道と街の様子”を旅した記録を付けていければいいなと考えています。それと同時に、鉄道ジャーナルに代わるような媒体を、これから少しずつ探していきたいと思います。
 自分に鉄道や旅の面白さ、奥深さを教えてくれた鉄道ジャーナル。その休刊は、本当に寂しいことです。あまりに寂しくて、こうして自分とこの本との思い出を綴ってみました。定期購読していた鉄道ジャーナルは、今も家に250冊ほど残っています。過去の号も、当時の路線の様子や車両の概要を調べるときにとても役立ちます。これからも旅の計画や調べものの際には、手に取り、頼りにしていきたいと思っています。 
 最後に、忘れてはならないのが、地元の本屋さんの存在です。母が定期購読を始めてくれてから約20年あまり、毎月欠かさず、鉄道ジャーナルを届けてくださいました。特別に言葉を交わす機会は少なかったものの、毎月変わらずこの一冊を届けてくださるその存在が、どれだけ私の生活に安心と楽しみをもたらしてくれたか、言葉では言い尽くせません。この本の休刊と共に、そんな日常も一区切りを迎えますが、長年にわたるお付き合いに心から感謝したいと思います。