【旅行記】広島電鉄再訪と萩・芸予諸島を数珠つなぎで巡る旅~「スーパーはぎ号」と普通列車を乗り継いで広島へ~

 
 博多からバスや列車、船などを数珠つなぎに乗り継ぐ山口・広島の旅。1日目は高速バス「萩・長門おとずれ号」に乗車して、山口県の萩市を訪ねている。世界遺産ビジターセンターを見学後は、コミュニティバスに乗車し、東萩駅へ。ここからは「スーパーはぎ号」に乗車して新山口駅へ向かった後、山陽本線の普通列車を乗り継ぎ、広島へと移動した。

鉄道における萩の玄関口・東萩駅

 萩の中心市街地からコミュニティバスに乗車し、市街地の東側に位置する東萩駅で下車した。次に乗車するバスは、萩バスセンターや萩・明倫センターにも停車するが、ここが始発となっている。この街に列車でアクセスする機会は少ないものの、鉄道における萩の玄関口ということで、バスを始発地から乗るついでに訪問してみることにした。
 この地を走る山陰本線は、中洲に形成された萩の市街地には入らず、その周辺をぐるっと迂回するような形で走っている。この路線には西から玉江、萩、東萩の3駅が設置されており、それぞれ市街地がある中洲の西側・南側・東側に駅がある。そんな事情から、一つの駅がターミナルとしての役割を果たしているというよりも、3つの駅がそれぞれにターミナル駅の役割を引き受けている。実際、数年前に下関から益田へ普通列車を乗り通した際にも、長門市などから乗車した人の多くは玉江で下車していったのを覚えている。
 一方、これら3つの駅の中で、最も拠点性が高いのは東萩駅で、ここが現在も一応の萩の玄関口という位置づけになっている。1985年に米子~博多間で運行を開始し、その後、運転区間を縮小しながら2005年まで運転された特急「いそかぜ」も、萩では東萩に停車していた。現在も新下関から運行されている観光列車「◯◯のはなし」がここを始発・終点としている。普通列車は本数の減少によって長門市~益田間で運転される列車が増えたが、現在も早朝・夜間に当駅を始発・終着とする列車がある。駅前からは新山口駅、山口駅へのバスも乗り入れており、ここを始発・終着とする路線が多い。
 萩では唯一の有人駅であり、みどりの窓口も営業している。おそらくここで発売されるきっぷは、萩から列車を乗り継ぐきっぷよりも、バスでアクセスできる新山口駅からのきっぷのほうが多いのではないだろうか。駅自体はさほど大きくはないものの、駅の横には商業施設とホテルが入る大きな建物が建っており、玄関口としての風格が漂っていた。
 
 駅前の交差点は交通量が多いため、地下道が設置されている。その地下道を通り抜け、道路の反対側へ出ると、そこには阿武川の分流の一つである松本川が流れており、萩橋という少し大きな橋が架かっている。この橋を通っているのは下関と増田を結ぶ国道191号線。阿武川の河口部の三角州に形成された萩の市街地は、益田・山口・長門とどの方向から来ても大きな橋を渡る必要がある。萩橋は、玄関口である東萩駅と、萩の中心市街地を結ぶ役割を果たしている。少し時間があったので、橋をゆっくりと対岸まで歩いてみた。
 
 萩で日本海に注ぐ阿武川は、山口県北部の山口県・島根県の県境付近に端を発し、その後いったん南に流れて、徳佐から長門峡にかけては山口線と並走する。その後は進路を北に変え、険しい峡谷を流れながら、日本海を目指していく。ずっと山口県内を流れる河川だが、全長は80kmを超え、山口県内でも大きな河川の一つとなっている。
 ここ萩橋は、河口までは1kmほどと近く、川は全幅を使って、流れているというよりは漂っているように見える。風が心地よく橋の上を吹き抜ける。水面もその風によって波を立て、キラキラと輝いていた。夏の平穏な萩の日常を少し垣間見る。短時間ではあったが、今回の萩訪問はこれにて終了。再び駅へと戻って、次の目的地へと進んでいく。

萩から防長交通「スーパーはぎ号」で新山口駅へ

 東萩駅からは明日の旅に備えて、今回の旅の一番の目的地である広島を目指す。萩から広島への直通の交通手段は、ありそうでない。したがって広島へ行くには、基本的に新山口駅を経由することになる。今回は、各地から萩への主要なアクセス手段となっている「スーパーはぎ号」で萩を後にすることにした。
 萩と新山口駅を結んでいる「スーパーはぎ号」。同区間を1時間ほどで結んでおり、萩へのアクセス手段の一つとして定着している。もともとこの区間には、特急バス「はぎ号」が運転されており、JR中国バス(現・JRバス中国)と防長交通の2社により運行されていた。JRが運行する便は湯田温泉や山口駅を経由する一方、防長交通は美祢市の美東地区を経由し、運行ルートが異なっていたが、新山口~萩間の利用については、両便とも乗車券が共通化されていた。
 萩は道路事情があまりよくない場所だったが、近年では高規格道路の整備が進んでいる。「スーパーはぎ号」は、2015年の萩を舞台とした大河ドラマ「花燃ゆ」の放映に伴う観光需要を見込んで運行を開始。高規格道路を経由しながら、新山口と萩をおよそ1時間で結び、現在ではこの間の主要なバス路線として定着した。従来の「はぎ号」は数度の再編を経て廃止され、現在は一般路線バスと「スーパーはぎ号」の2本立てという形態を取っている。
 もともと観光用に運行を開始したバスであるため、運行時間は日中に集中しており、現在はJRバスが2往復、防長交通が4往復を担当する形で、計6往復が運転されている。停留所は萩市内3か所と新山口駅のみで、途中はノンストップである。
 バスは東萩駅が始発。駅正面玄関前のバス停で待っていると、やがて乗車するバスが姿を現した。この路線は高規格道路と山陽道を経由するため、4列の高速バスタイプの車両で運転される。所要時間は1時間と短いため、トイレの装備はない。防長交通は近鉄グループに属する。そのため、近鉄からやってきたバスが、そのままの塗装で山口県内でも走っている。この車両もそのうちの一台。もともと「KINTETSU」と書かれていた部分は、上から「BOCHO LINER」と萩のキャラクター「忠義の猫 萩にゃん。」のステッカーが貼られていた。
 
乗車記録 No.3 防長交通 スーパーはぎ号 新山口駅行 東萩駅前→新山口駅前
 
 5人ほどの乗客を乗せ、バスは東萩駅を出る。萩市内では東萩駅のほか、萩バスセンターと萩・明倫センターに停車し、乗客を拾う。新山口駅行きは萩市内では乗車専用となるため、萩市内のみの利用はできない。なお、Yahoo!乗り換え案内では、途中停車地が萩バスセンターのみとなっているが、これは誤りである。
 東萩駅を出ると、先ほど歩いた萩橋を渡って、萩市内中心部へと向かう。直後に交差点を曲がると、車窓の反対側には、どんどんといううどん屋が見える。どんどんは山口県のうどんチェーンで、食券を買って席に着くよりも早くうどんが提供される店として有名。東萩駅に程近い場所にあるこの店舗は、「秘密のケンミンSHOW」をはじめ、さまざまなテレビ番組で取り上げられている。
 
 東萩駅へ向かうのに乗車した萩循環まぁーるバスとは別の経路で萩市街地の中心部へ向かい、やがてバスは萩バスセンターに到着。ここでは1人が乗車した。先ほど訪ねたときには、窓口は休憩中で閉まっていたが、この時間は午後の営業を再開している。バスが到着すると案内放送が行われ、昔ながらのバスターミナルの雰囲気が漂う。
 萩バスセンターを出ると、バスは萩・明倫センターへ。ここでも数人の乗客を拾い、計10人ほどでこの便の乗客は確定となった。ここを出ると、次は終点・新山口駅までノンストップで進んでいく。駐車場内のバス停を発車し、車窓から先ほど見学した明倫学舎の建物を眺めると、バスは国道262号線へと入り、市街地から徐々に離れていく。
 
 午前中に乗車した「萩・長門おとずれ号」と同じ経路で国道262号線を南下し、橋本川に架かる橋を渡って、さらには山陰本線の跨線橋も越えると、バスは萩ICへ差し掛かる。萩ICから山陰道へ入れば長門方面へ、直前の交差点を左折すれば山口市内へ向かう国道262号線へ進むことになるが、このバスはそのまま直進し、県道32号線へ入って、萩の市街地を出た。まもなく車窓は山間の景色へと変わる。
 
 この県道32号線は、阿武川に沿って進む国道262号線を短絡する形で作られている。国道262号線を道なりに進んでも結局同じ場所にたどり着くが、この県道の方がトンネルでショートカットしているため、現在は萩への主要道の一角を構成している。現在、萩~山口間では高規格道路の建設が進んでいるが、このショートカット区間はそのままその一部として活用されることになっている。
 山間の景色を眺め、少し進むと、やがて車窓には道の駅萩往還が見えた。萩往還は防府と萩を結んでいた昔の主要道で、このあたりでは今走っている県道32号線に近い場所を通っていた。道の駅に隣接した県道上には、立派な門が建っていて、「またきて萩」と書かれている。直後にバスは萩往還隧道というトンネルへと吸い込まれ、トンネルを出ると、迂回する形で走ってくる国道262号線と再び合流する。
 
 道なりに国道262号線へ入ると、明木と呼ばれる集落の背後を走っていく。ちょうど集落の方から萩市街へ向かう防長交通の路線バスが出てきてすれ違う。バスはその後、角力場という交差点で右折し、再び県道32号線へと入った。バスは県道を進んだ先にある高規格道路の入り口を目指していく。明木の集落の近くでは高規格道路の建設工事が進んでおり、近い将来にはここまで道路が伸びる予定となっている。
 そのまま直進する国道262号線は萩往還沿いを進んで山口市街へと向かう。萩と山口の間の路線バスは、防長交通の萩~新山口間のバスと、JRバス中国の萩~山口間のバスが走っているが、2つのバスは萩市街からここまでは同じルートを走り、ここから防長交通の方は県道へ、JRバス中国の方は国道へと進み、それぞれ全く異なるルートで山口・新山口を目指していく。
 
 県道32号線へと進んだバスは、黄金色の稲穂が田園を覆いつくす景色を車窓に眺めながら進んでいく。やがて田園地帯は終わりを迎え、バスは峠を一つ越える。直後に別ルートで萩方面からやってくる国道490号線と合流すると、再び車窓には田園風景が広がり、バスはまもなく高規格道路である小郡・萩道路の絵堂ICへ。ここから先は新山口駅の近くまで、高規格道路・高速道路を進んでいく。
 
 絵堂ICから進む小郡・萩道路は、山陽道美祢東JCTと萩市街地を結ぶ地域高規格道路。現在は美祢東JCTから絵堂IC間が開通済み。先述の通り未開通区間も事業化され、明木までの区間は建設工事が進み、その先の区間は県道32号線を活用する形で整備が進められている。絵堂ICはスーパーはぎ号の走行経路の中間点付近に位置しており、ここから先はバスもこの道路をスイスイと進んで、南下していく。沿線は美祢市の美東と呼ばれる地域を通過。高架橋を進むバスの車窓には、のどかな里山の景色が続いた。
 
 太田、秋吉台、十文字と3つのICを経由しながら走ると、やがて本線上に料金所が現れる。バスはまもなく美祢東本線料金所を通過し、その後、ジャンクションを通って中国道へと入った。スーパーはぎ号はこの先、小郡ICまでのひと区間のみ中国道を経由する。小郡ICでは中国道を離れ、今度は別の高規格道路、山口宇部道路へ入った。
 
 小郡ICから進む山口宇部道路は、山口市と宇部市を結ぶ高規格道路。道路はそのまま宇部市内へとつながっており、宇部市交通局の特急バスや空港バスもこの道路を経由する。途中の宇部JCTでは山陽道の宇部下関線へとつながっており、中国道の迂回路としても使われている。
 バスはこの道路をまた一区間だけ走り、新山口駅最寄りの長谷ICを目指す。萩市街地から国道、県道、高規格道路、高速道路といろんな道を数珠つなぎで走っていくというのが、この路線の一つの面白さ。そういう点においては、今回の旅にぴったりな路線だった。
 
 山口線沿線の住宅街を山と山の隙間から望むと、バスはまもなく長谷ICへと差し掛かり、ここで山口宇部道路を出る。長谷ICと新山口駅は目と鼻の先にあり、ICから一度も曲がらずに駅前に到達できる。バスはまもなくバスロータリーに到着。萩からおよそ1時間で終点の新山口駅前に到着した。
 博多から乗車した「萩・長門おとずれ号」も夏休み期間の特別料金で安くなっていたが、「スーパーはぎ号」でも割引が実施されており、所定2,090円のところ、1,600円で乗車することができた。こちらは恒常的に実施されている割引のようだが、とてもありがたい割引だった。2つの割引のおかげで、博多から新山口まで萩経由で5,100円で移動してきたことになる。なんと新幹線の自由席よりも70円安い。

予定を変更し、山陽本線の普通列車を乗り継ぎ広島へ

 東萩駅から約1時間5分ほどで新山口駅に到着。時刻表上は1時間15分となっているが、かなり余裕を持たせてあるようで、10分ほど早い到着となった。萩といえば、なんだか遠いイメージがあったが、スーパーはぎ号だとそんなに遠くは感じない。なんとなくの先入観でそう思っていたのだが、割と気軽に訪ねることができる街であることに気付く。バスの車窓からは高規格道路の建設現場も見えていた。高規格道路が延伸されれば、さらに所要時間も短縮されることになるだろう。
 初めての萩訪問と高速バスの旅を終え、ここからは列車の旅へと切り替える。新山口駅もコロナ禍の頃によく来ていた思い出があるが、最近はしばらくご無沙汰となっていた。前回来たのは2022年の春。ここから鳥取行きの特急「スーパーおき」を乗り通して鳥取へ向かい、そこから丹後・但馬エリアを旅した。たかが4年だが、ものすごく昔に感じる。
 
 さて、新山口からは新幹線に乗車して、広島へ向かい、そのまま1日目の旅を終える予定だった。本当は在来線を経由したかったのだが、バスと列車の接続があまりよくなく、万が一バスが遅れると、乗り継ぎが少しシビアになる可能性があった。もし乗り継げなければ、広島へ着くのが20時を過ぎる。翌朝も朝早くから活動を開始するため、体力の温存を優先し、新幹線で移動する予定にしていた。
 しかし、バスが10分ほど早く新山口駅に到着したおかげで、時間にも余裕ができた。これなら在来線でも広島への到着もそこまで遅くはならない。ということで、ここからは予定を変更し、新幹線ではなく在来線で普通列車を乗り継いで、広島へ向かうことにした。
 現在、新山口~広島間を含むJR西日本管内の山陽本線では、全線がICOCAエリアに含まれている。ただし、下関から大阪まで、延々とICOCAで移動できるのかといえばそうではなく、一部の例外を除き、200kmまでという上限がある。急遽、在来線に乗車することにしたため、200kmはないだろうとは思いつつも、乗り換え案内アプリで一応距離を調べてから改札へと入った。この間の山陽本線の営業キロは154.5kmだが、運賃は岩徳線経由で計算する特例があるため、運賃計算上の距離は132.8kmとなる。予想通り200kmはなかった。
 ホームへ下りると、乗車する列車は入換作業中だった。反対側のホームに停車中の115系N編成を撮影する。山口地区では今年6月に227系500番台の「Kizashi」がデビューし、新たな顔ぶれが加わった。山口地区で活躍する115系には、4両編成のN編成と2両編成のT編成が在籍していたが、227系の投入に伴い、T編成が運用を離脱している。現状ではすべての車両が置き換えられる予定ではないようで、N編成については今後もしばらくは活躍する見込みだが、岡山からも国鉄型が姿を消す中で、いよいよ記録するラストチャンスになりつつある。

227系0番台”Red Wing”の山口県内運用に乗車する

 さて、新山口から乗車したのは、当駅始発の16時7分発、普通岩国行き。227系0番代3両での運転だった。先述した通り、山口エリアでは227系500番台「Kizashi」が運行を開始した。一方で、山口県内でも近年は先行して、広島地区で活躍する227系0番台「Red Wing」の活躍の場が広がっていた。これから乗車するのは、0番台の貴重な新山口運用の列車である。
 2014年に運行を開始した227系0番台は、当初、糸崎~由宇間で運行を開始。和木~由宇間が山口県内であるため、運行開始当初から山口県を走ってはいるものの、山陽本線の山口エリアに位置付けられる岩国以西での本格的な運用開始は2016年からとなり、この時徳山へと運用範囲を広げた。その後、2022年のダイヤ改正では新山口へ進出。115系に混じり、岩国~新山口間の普通列車の一部が227系での運転となった。
 「Kizashi」の運転開始後も、新山口への「Red Wing」の乗り入れは継続されている。今回乗車したのはそのうちの1本だった。新山口始発の岩国方面の列車は、朝に数本連続する時間があるものの、1日を通せばそう多くはない。乗車した列車は日中唯一の新山口始発の岩国行きとなっている。かつて徳山からこの車両に乗車したことがあるが、新山口からは初めて。新山口からすでに広島の風を感じつつ、広島を目指していく。
 
乗車記録 No.4 山陽本線 普通 岩国行 新山口→南岩国 227系0番台
 
 山口から岩国への普通列車での所要時間は、約2時間と結構な長丁場となる。仮に新幹線「のぞみ」に乗っていれば、新大阪へ着いているくらいの時間がかかる。広島への所要時間も新幹線と比較すると2時間増加するため、ふつうなら選ばないと思うが、乗り鉄にとっては2時間も余計に列車に揺られていられるというのは、幸せなことである。
 基本的に新山口を始発とする列車は、早朝・深夜を除いて、別の列車との接続をとって発車する。しかし、この列車は下関方面からの接続はなく、新山口を発車。階段裏の車両だったこともあり、車内はとても空いていた。
 徐々に日が傾きつつある夕方の山陽本線を、列車は東へと進んでいく。岩国方面の列車は、進行方向右側の座席に座った方が海を眺められて景色がいい。しかし、九州からだと午前中や午後の早い時間に通ることが多く、晴れていれば直射日光で眩しい。今回は夕方ということで、日差しを車両の後ろから浴びる形となる。今回はおそらく上り列車では初めて、進行方向右側の席に座った。
 
 のどかな景色を車窓に四辻、大道と停車すると、やがて市街地が広がり始め、列車は防府の市街地へと入っていく。こちら側の座席に座ったのが久しぶりで、高川学園が大道駅前にあることも今頃知る。山口県の甲子園常連校、ヤクルトファンから言わせれば、山野投手の出身校である。
 空いていた車内も防府でにぎやかとなり、列車は遠くに煙突がそびえる工場群を見ながら、この街を後にする。防府と徳山の間が1回目のビューポイント。列車は周防灘を車窓に進む。遠くには大分県の国東半島がうっすらと見えていた。
 
 やがて景色は入江の穏やかな海から、工業都市らしい無機質な景色へと変わり、列車は徳山に到着。車内の乗客は一気に入れ替わり、先ほどまでと比べて少し落ち着いたものの、依然として車内は混雑が続く。向かいのホームには岩徳線の列車が停車している。いつもここを通るときは、岩徳線経由が頭をよぎる。所要時間こそあまり変わらないが、乗り換えを考えると結局、山陽本線の普通列車に乗ったままの方が岩国には早く着く。車窓的に山陽本線の方が見応えがあるので、なかなか2度目の乗車の機会は訪れていない。列車は数分停車したのち、徳山を発車した。
 
 この先の山陽本線は、新幹線・岩徳線と大きく離れて、下松、光、柳井と経由して進む。徳山で乗客が入れ替わった後も乗客の数は多かったが、一駅ごとに減り、柳井に差し掛かるころには新山口を出た時と同じくらいに閑散とした。
 徳山から柳井にかけては、内陸を走っていく。田んぼに実った稲穂は、西日を受けて少し黄金色に輝いている。その光景こそが夏を旅している気分にさせてくれる。この日が傾く時間帯の列車の旅というのは、いつもどこかに落ち着きと哀愁が漂っている。
 
 柳井までは内陸を走り、のどかな田園風景を眺めるが、この先は再び海を眺める区間へと入る。松山行きのフェリーが出ている柳井港、そして周防大島町(屋代島)への最寄駅である大畠と停車すると、大島大橋をくぐり、ここから岩国市街地の手前まで海を眺める区間が続く。静かな車内から島々が浮かぶ瀬戸内海を眺める。贅沢な時間が流れていた。
 しばらく瀬戸内海を眺めると、いよいよ終点の岩国が近づいてくる。閑散とした車内も、由宇駅以降は乗車する人が増え、車内も少し賑やかになっていった。遠くに米軍岩国基地の管制塔が見えると、岩国に来たことを実感。終点の岩国はあと一駅だが、筆者は一つ手前の南岩国で列車を下車した。

朝夕に一部列車が折り返す南岩国駅で乗り換える

 広島を目指しているのに岩国まで行かず、南岩国で下車した。今回は岩国ではなく、ここで広島方面の列車に乗り継ぐ。広島方面へは、終点の岩国まで乗車し、1分で接続する列車に乗り換えるのが最速となる。しかし、せっかく岩国に降り立ったのに、その余韻に浸る時間がないというのも少々もったいない。この先、岡山方面など、さらに先を急ぐのであれば、1分で乗り継ぎ、少しでも早く進む必要があるかもしれないが、個人的には慌ただしい旅は好きではない。乗り換え地点では少し時間を設けて、一歩一歩進んでいるという感覚、ひいては各地を旅しているという感覚が欲しくなる。
 そんなわけで今回も岩国駅では1分乗り換えの列車には乗らず、次の列車に乗ろうと思っていた。時刻表を見てみると、次の列車は岩国ではなく、南岩国が始発だった。そんなわけで今回は南岩国で広島方面の列車へ乗り継ぐことにした。
 岩国は山陽本線における山口・広島両エリアの境目である。両エリアを行き来する場合、大抵の場合は岩国での乗り換えが発生する。一方、広島方面からの列車は、その一部が岩国以西に直通している。最遠では徳山まで行く列車があるが、中には岩国から数駅先の南岩国・由宇を始発・終着とする列車あり、朝夕を中心に運転されている。
 JR(国鉄)型配線と呼ばれる構造の南岩国駅。上下本線の間にある中線は、待避や折り返しに使用されるが、この駅に関しては折り返しで使用される場面が多い。これは岩国駅での折り返し本数を調整するとともに、岩国市街地の南側から広島方面へ、もしくは広島方面から市街地南側にある企業や学校へ通勤・通学するニーズに応える役割がある。
 
 ここを乗り換えで使う人というのは、おそらくあまりいない。時刻表を見る限り、ここで徳山方面の列車からスムーズに乗り換えられるパターンというのは、この時間しかなく、先述のとおり最速でもない。下りに関しては岩国で乗り換えた方が確実に座れる。ターミナルである岩国駅とは打って変わって、ここは郊外の駅という雰囲気が漂っている。本当に静かな乗り継ぎだった。
 今回はICOCAで乗車しているので、駅前に出ることはできない。跨線橋を渡って、中線のホームに停車した列車に乗り込む。乗客はほぼおらず、乗車した2両目も貸切だった。発車までのわずかな時間、少しホームからの景色を眺めてみた。駅の裏手はハスの葉で一面が覆われている。岩国はれんこんの産地らしく、南岩国駅の近く一帯にはれんこん畑が広がっている。駅の正面側には市街地が広がり、この山陽本線が市街地と畑の境界線のような形となっている。遠くに見える山の稜線は、おそらく江田島や倉橋島。画面の奥の方に、明日行く呉の街がある。

南岩国始発の普通列車で広島へ

 新山口からの列車から下車した時点で、次に乗車する列車は既に向かいのホームに停車していた。南岩国からは、普通列車瀬野行きに乗車する。停車していたのは227系の2両編成を2本つないだ4両編成。227系同士を乗り継いで、広島へと向かう。
 南岩国始発の列車も珍しいが、瀬野行きの列車もまた珍しい。広島駅を発着する山陽本線糸崎方面の列車で最も短距離となるのがこの瀬野行きで、運転本数は1日あたり平日1本、休日2本ととても少ない。南岩国発瀬野行きとなるこの列車は、始発・終点ともに少々珍しい場所を発着する列車だった。広島エリアの山陽本線は6両で運転される列車が多いが、4両、5両で運転されている列車も珍しくない。
 
乗車記録 No.5 山陽本線 普通 瀬野行 南岩国→広島 227系0番台
 
 ホームでは反対列車を待つ人の姿が多かったが、この列車に乗り込む人の姿は少なかった。4両でもわずか数人の乗客を乗せた列車は、ゆっくりと南岩国を発車。錦川の2つの分流を渡って、岩国駅へと向かう。車窓には米軍岩国基地の居住エリアが広がる。
 
 岩国では数分停車して乗客を拾う。この時間に広島方面に向かう人は少なく、岩国発車時点でも列車は空いていた。向かいのホームには、広電のラッピングが施された227系が入線。広島駅の駅ビル開業と路面電車の乗り入れを記念して、JR西日本と広島電鉄ではコラボを実施しており、227系では広電5100形「Green Mover Max」の、逆に広電5100形では227系のラッピングが施されている。
 岩国を出ると、夕暮れの街を眺めて、列車は北へと進んでいく。住宅と住宅の間から大きな石油精製所を眺めると、まもなく和木に到着。この先にある小瀬川が山口県と広島県の県境である。列車は鉄橋を渡って、広島県へと入った。
 
 大竹、玖波と停車すると、山陽本線は再び海沿いを走る。目前には厳島が広がり、いよいよ広島市内が近い、そんなことを予感させる。前空までの途中駅での乗車は少なかったが、宮島口では宮島帰りの観光客が大勢待っており、一気にすべての座席が埋まるとともに、立ち客も多数出る状況となった。前後の列車が6両なのに対し、この列車は4両編成なので、車内も少し混雑が激しくなる。
 宮島口を出ると、あたりも暗くなり、車内の灯りの方が目立つようになる。並走する広電の電車を追い越して、列車は市街地の中へと進んでいく。ここから広島駅までの区間は明日、改めて広電でも通る予定にしている。
 五日市に到着するころには完全に暗くなり、その後は夜間走行となった。西広島、横川、新白島と停車しながら、太田川の分流を跨ぐと、街のネオンで車窓も眺めやすくなる。広島市中心部へ向かうのに便利な新白島では、一定数の降車があったが、この日は近くのホールでコブクロのライブがあったようで、ライブ終わりの乗客が乗り込み、一層混雑した。
 
 最後に京橋川を渡ると、列車はゆっくりと広島へ。到着直前、車窓の奥のホームには、乗車している列車の前を走る普通糸崎行きの姿があった。時刻表上は1分の猶予があるため、走れば乗り換えられなくはないが、接続は考慮されていない。乗車した列車は広島で11分停車して、瀬野へと向かっていく。瀬野まで乗り通してみたいのは山々だが、今回はここで列車を下車。新山口から3時間の山陽本線の旅が終わった。
 博多から萩を経由して広島へ移動してきた1日目の旅。博多~広島間の移動に丸1日、11時間もの時間をかけて移動してきたが、萩の街やまだ見ぬ高速バス路線との出会いがあり、久しぶりの山陽本線で穏やかな瀬戸内海を眺めることができた。再訪と新たな出会い、それらが絶妙に交錯した、そんな1日目の旅だった。
 
 さて、2日目は広島電鉄に乗車。昨年8月に開業した駅前大橋ルートに乗車すると同時に、広島電鉄の全線を9年ぶりに再訪する。その後はバスで呉へと移動し、3日目の旅に備えた。
 
続く