【旅行記】関東地方の全線完乗を目指す旅+α 〜関東最後の未乗路線筑波山ケーブルに乗車〜

 
 東京駅から高速バスと路線バスを乗り継いで筑波山に到着。一旦、路線バスの終点であるつつじヶ丘へ行った後、折り返して筑波山神社入口バス停に降り立った。ここからはいよいよ関東最後の未乗路線、筑波山ケーブルに乗車して、関東地方の完乗というこの旅の大きな目的を果たす。その後は再び路線バスを乗り継だ後、つくばエクスプレスで都心へと戻った。

筑波山神社の境内を歩き、ケーブルカーの宮脇駅へ

 路線バスで降り立った筑波山神社入口バス停は、筆者が関東地方で最後まで乗り残していた鉄道路線、筑波山ケーブルカーの宮脇駅の最寄りにあたる。バス停から宮脇駅までは徒歩でおよそ10〜15分ほど。1日目に訪ねた大山ケーブルと同様、ここもまた最寄りのバス停から駅までは少し距離がある。
 近道もあるが、せっかくなので筑波山神社の境内を通る正規ルートを歩いて向かうことにした。神社そのものも、ぜひ一度見ておきたかったからである。
 バス停近くの交差点には、筑波山神社の大きな鳥居が建っている。先ほど乗車したバスの車窓からも山麓にその姿は見えていたが、間近で見ると改めてその大きさに圧倒された。この鳥居をくぐり、坂道を登っていくと筑波山神社の境内へと入っていく。
 
 坂道沿いには旅館や土産物店、飲食店が並び、年季の入った建物が筑波山観光の長い歴史を物語っている。平日ではあったものの、観光客の姿も見られ、鳥居前はそれなりの賑わいを見せていた。
 
 やがて道路はロータリー状に途切れ、そこから神社へと続く参道が始まる。鳥居の脇には「ケーブルカーのりば」と書かれた案内が掲げられていた。階段を上りながらしばらく進むと、神随門と呼ばれる立派な門をくぐり、その先に筑波山神社の本殿が姿を現した。
 
 筑波山を神体とする筑波山神社。関東一円からその姿を望むことができるこの山は、1日目に訪ねた大山と同様、古くから山そのものが信仰の対象とされてきた。古代には修験道の修行場として栄え、江戸時代には参詣と行楽が結びつき、関東屈指の名勝として多くの人々を集めてきた。もともと山内には中禅寺と呼ばれる神仏習合の寺院(神宮寺)が存在していたが、明治期の神仏分離によって廃され、神社部分が独立して現在の筑波山神社となっている。
 
 ケーブルカーの宮脇駅は、この筑波山神社本殿から左手方向へ進んだ先にある。「神社(宮)の脇にある」ことから名付けられた宮脇駅。その名の通りの場所である。途中からはケーブルカー沿いに山を登る登山道が分岐していた。
 駅を目指して、息を切らしながら階段を上る。その階段は関東地方の鉄道路線をすべて乗り終えるための、最後の関門のようにみえた。前日の大山に続き、ここでも乗りつぶしを前に自分の体力が試される。
 「筑波山ケーブル」と書かれた青いアーチをくぐり、いよいよゴールかと思いきや、駅舎に入ってからもなお、のりばへ向かうためにもうひと踏ん張り、階段を上らなければならなかった。最後の力を振り絞り、ついに宮脇駅のケーブルカーのりばへと辿り着いた。

筑波山ケーブルカーで筑波山を登り、関東地方を完乗する

 いよいよ、関東地方で最後まで残っていた未乗路線が発着する駅へと辿り着いた。
 これから乗車する筑波山ケーブルカーは、筑波観光鉄道が運行する「筑波山鋼索鉄道線」という路線である。筑波観光鉄道は京成グループに属する鉄道会社。一見すると、筑波山と京成電鉄にはあまり接点がないようにも思える。しかし、先ほどまで利用していた関東鉄道の路線バスも同じ京成グループであり、この一帯の交通は事実上、京成グループが担っている。筑波山はその中でも、京成グループ沿線屈指の観光地として、多くのハイキング客や行楽客を集めている。
 筑波山鋼索鉄道線は、今いる宮脇駅から筑波山頂駅までを結ぶ全長およそ1.6kmの路線。高低差は約500mにも及び、終点の筑波山頂駅は、男体山と女体山の間に広がる御幸ヶ原に設けられている。男体山の山頂に近く、先ほど訪ねたつつじヶ丘から発着するロープウェイの山頂側駅である女体山駅とも、遊歩道を通って行き来することができる。なお、このロープウェイも同じく筑波観光鉄道が運行している。昨日乗車した伊豆箱根鉄道大雄山線、そして大山ケーブルに続き、この路線も今年が記念イヤーとなっており、開業からちょうど100年を迎えた。
 ちょうど先発のケーブルカーが発車した直後だったため、券売機で乗車券を購入し、ベンチに腰掛けて次の便を待つ。前日はこの秋一番の冷え込みだったが、この日は日差しが暖かく、穏やかな陽気だった。前日に訪ねた大山では、歩いてようやく体が温まる程度だったが、この日は厚着していたこともあり、少し汗ばむほどだった。
 やがて、山の上から低い駆動音が響き始め、緑色のケーブルカーがゆっくりと姿を現した。関東最後の未乗路線の終点へと誘う車両である。「これで最後か」と思うと、不思議と胸の奥に、達成感と同時に小さな寂しさが込み上げてきた。
 
 ケーブルカーは発車5分前から改札が始まる。時刻が近づくにつれて乗客も増え、改札開始の頃には15人ほどが列を作っていた。きっぷに入鋏を受け、いざ、のりばへ向かう。
 すぐには乗り込まず、まずはこのケーブルカーを写真に収める。周囲から見れば、「この人はなぜこんなに熱心に写真を撮っているのだろう」と思われたかもしれない。多くの人にとって、ケーブルカーは一般的な鉄道とは別枠の存在であり、観光地の乗り物、あるいはちょっとしたアトラクションとして認識されているのだろう。
 しかし、鉄道ファンにとってこれは紛れもなく、鉄道事業法に基づく“鉄道”である。そしてこれから乗り込むこのケーブルカーは、筆者にとって関東地方の鉄道路線をすべて乗り終える最終列車という特別な存在。関東地方の乗りつぶしにおいても、ケーブルカーの乗りつぶしにおいても、この筑波山鋼索鉄道線が最後の未乗路線となる。これまでにも、いくつかの地方で完乗を達成してきたが、鉄道路線がこれほどまでに密集した関東地方をすべて乗り終えるという達成感は、これまでに味わったことのない特別なものだった。
 
乗車記録No.18
筑波観光鉄道筑波山鋼索鉄道線(筑波山ケーブル)
筑波山頂行 宮脇→筑波山頂
 
 発車時刻になり、ケーブルカーは扉を閉めて警笛を鳴らし、ゆっくりと動き出す。ガタガタとした振動が車内に響き、ケーブルカーは山の斜面に続くレールを走り出した。両脇には豊かな筑波山の緑が広がる。紅葉にはまだ少し早いが、木々もやや色づき始めていた。
 昨日乗車した大山ケーブルも、この筑波山ケーブルカーも、紅葉の時期は繁忙期となる。筑波山神社周辺も大渋滞になるらしい。今回は利用していないが、JRバス関東やつくばエクスプレスが発売する筑波山観光のお得なきっぷは、路線バスが渋滞に巻き込まれると十分なサービスを提供できなくなるため、紅葉時期には発売が一時中断される。あと数週間もすれば、このケーブルカーも大いに賑わっているはずである。
 筑波山ケーブルカーの所要時間は約8分。車内の座席はすでに埋まっていたため、筆者は前方のドア横に立ち、前面展望を眺めていた。最初は直線だが、標高を上げるにつれて進行方向左へとカーブし始める。路線は逆「し」字状になっており、途中で線路が90度曲がる。ここまで極端なカーブを描くケーブルカーは珍しい。
 
 やがて中間地点に差し掛かると、カーブの先から赤色のケーブルカーが姿を現した。筑波山ケーブルカーは、片方が緑、もう片方が赤に塗装されている。中間の行き違い設備もまた、カーブの途中に設けられている。木々が線路の上に覆い被さるように生い茂る筑波山ケーブル。関西で言うなら、坂本ケーブルの車窓に近い雰囲気かもしれない。線路脇には登山道があり、そこから写真を撮っている人の姿も見えた。
 
 中間地点と終点の筑波山頂駅との間には、全長118mの長峰トンネルがある。ケーブルカーは走行音とともに、対向車両から続くケーブルが滑車を回す「カラカラ」という音をトンネル内に響かせながら通過していった。
 
 トンネルを抜けると、やがてカーブの先に終点・筑波山頂駅が見えてきた。いよいよ関東地方の鉄道路線完乗が、目に見える形で迫ってくる。大都会を編み目のように走る路線から、郊外をのんびり走る路線、そして山を登るこの路線に至るまで、多種多様な鉄道路線が絡み合う関東地方。路線数も膨大なだけに、停車までのひとときには、これまで出会ってきた数々の路線が次々と思い出され、とても感慨深い時間となった。やはり一つの地域を完乗するというのは、大きな達成感と満足感をもたらしてくれる。
 ケーブルカーはゆっくりと終点の筑波山頂駅へ滑り込み、静かに停車した。そしてその瞬間、長い間続けてきた関東地方の未乗路線巡りは、静かに幕を閉じた。
 
 筑波山頂への到着をもって、ついに関東地方の全鉄道路線の完乗を達成。JR・大手私鉄の幹線路線からケーブルカー路線まで、旅客運行が行われているすべての旅客営業キロが設定された路線を、すべて乗り終えることができた。
 また、関東地方の完乗と同時に、国内のケーブルカー路線もすべて乗り終えることとなった。現在、国内には22のケーブルカー路線が存在する。筆者はこのほか、2023年12月に廃止された能勢電鉄鋼索線(妙見ケーブル)にも乗車しているため、合計23路線に乗車したことになる。これら乗りつぶしについての詳しい感想は、旅の締めくくりで述べることにしたい。
 終点の筑波山頂駅の外へ出た。筑波山ケーブルカーにとっての終点であり、筆者にとっては関東地方の鉄道路線乗りつぶしの終点でもある。これまで九州、四国、中国、近畿と完乗してきたが、ケーブルカーが最後となるのは関東地方が初めてだった。関東平野を一望できる“関東の頂”の一つで締めくくるこの完乗。自画自賛になるが、非常にドラマチックな終わり方になったと思う。

御幸ヶ原から広大な関東平野を眺める

 関東地方の鉄道路線の完乗という、この旅の大きな目標は無事に果たすことができた。しかし、今回の旅はまだ行程の半分が過ぎたところにすぎない。ここからも引き続き、旅を続けていく。
 ケーブルカーの筑波山頂駅は、筑波山の御幸ヶ原という場所に設置されている。筑波山には男体山と女体山という二つの頂があり、御幸ヶ原はそのちょうど中間に位置する。ここからは関東平野の大パノラマを楽しむことができる。今回はここで1時間弱の時間を取り、その壮大な眺めを堪能することにした。
 
 御幸ヶ原には1階に土産物コーナー、そして2階に飲食スペースがあるコマ展望台という建物が建っている。ここの屋上が最も眺めがいい。建物内の狭いらせん階段を登り、屋上に出ると、その眺望に圧倒された。
 写真は筑波山の北側を眺めている。画面右下に見える街は桜川市の真壁地区。そして奥には水戸線の新治駅周辺、真岡市街、さらに奥には栃木県の宇都宮市周辺が見えている。この日はやや霞んでいたので見えなかったが、視界が良好な日には、その後ろに日光や那須の山々も見えるはずである。
 
 一方、こちらは南東方向を見ている。左手に見える湖は、霞ケ浦。国内では2番目に大きな湖、筑波山から見てもその大きさがよくわかる。そしてその霞ヶ浦の湖畔には土浦の市街地が見える。この土浦市街地は、この後山を下りた後に路線バスで訪ねる。霞ヶ浦の奥の方には、鹿嶋や神栖の工業地帯が見えており、その後ろには太平洋の大海原が広がっていた。
 そして画面右手はつくば市街。この時間、ちょっと逆光で見辛かったが、緑の中に建物が点在する様子が見えた。さらに奥、彼方には千葉方面を望む。おそらく幕張あたりだろうか。何棟かの高層ビルが建っているのが見えた。
 
 そしてこちらが都心方面を拡大した写真。明るさなどは編集している。空からカーテンのように降り注ぐ光の奥には東京スカイツリーや都心のビル群が見えていた。展望台に来た人も皆、スカイツリーを探す。最初は見えないかなと諦めているが、眺めているうちに見えて、歓声を上げる。スカイツリーまでは直線距離で約60km離れているが、ここからもそのシルエットをしっかり確認できた。  
 一方、右手のビル群はたくさんのビルが林立していて、どのビルかはここからはあまり判別できない。しかし、一番背が高いビルは、麻布台ヒルズのビルで間違いだろう。そのやや左側のビルの脇からは東京タワーのてっぺんが顔を出している。画面の右端に写るが都庁ではないかと思うが、写真では断定できなかった。
 
 こうして関東一円を眺めることができる筑波山。1日目に訪ねた大山は生憎の天気で残念ながら相模湾周辺の眺望を楽しむことはできなかったが、こちらは天気に恵まれて、その美しい景色を眺めることができた。展望台からは女体山方面を望むことができる。山の上にはいくつかアンテナ用の鉄塔が建っており、奥の山の斜面にへばりつくように、つつじヶ丘から延びるロープウェイの女体山駅が見えた。筑波山頂駅と女体山駅は山内の遊歩道を経由して移動することができる。今回は最後の未乗路線ということで、ケーブルカーを往復するが、ケーブルカーで山を登り、ロープウェイで下る。またはその逆でまた違った景色を楽しみながら、筑波山を上り下りすることも可能となっている。  
 筑波山に吹く風を受け、この景色を眺めてしばし小休憩。秋を感じさせる涼しい風がとても心地よかった。

ケーブルカーで下山後、路線バスに乗り換えて沼田へ

 筑波山から関東平野の眺めを堪能した後は、ケーブルカーで下山する。再び緑色のケーブルカーに乗り込み、宮脇駅へと戻った。これをもって、今回の筑波山ケーブルカー訪問は終了となった。
 宮脇駅からは、路線バスが発着する筑波山神社入口バス停へ向かう。往路では筑波山神社の境内を通ったが、帰路は時間短縮のためショートカットを利用することにした。宮脇駅からは駐車場が並ぶ細い道路へ下りることができ、そこからバス停方面へ直接向かうことができる。
 
乗車記録No.19
筑波観光鉄道筑波山鋼索鉄道線(筑波山ケーブル)
宮脇行 筑波山頂→宮脇
 
乗車記録No.20
関東鉄道 筑波山シャトルバス つくばセンター行
筑波山神社入口→沼田
 
 筑波山神社入口からは、つくばセンター行きの筑波山シャトルバスに乗車。バスは筑波山を下り、麓の集落にある「沼田」バス停で下車した。沼田バス停のすぐ近くには「筑波山口」という別のバス停があり、ここで次の路線バスに乗り換える。

沼田から筑波山口バス停へ歩き、バスを乗り継ぐ

 住宅街の中を3分ほど歩き、筑波山口バス停へと向かった。ここには関東鉄道の「つくば北営業所」があり、バス停はその敷地に併設されている。
 実は、この筑波山口バス停がある場所には、かつて鉄道駅が存在していた。かつてこの地域には、土浦と岩瀬を結ぶ筑波鉄道筑波線という鉄道路線が走っており、現在の営業所はその駅跡地に設けられている。筑波線は1979年以降、筑波鉄道が運行していたが、それ以前は関東鉄道が運行を担っていた路線である。常磐線と水戸線の間を南北に結ぶ常総線と似た性格を持つ鉄道路線だった。
 これから乗車する筑波山口〜土浦駅間の路線バスは、この筑波線の廃線跡に近い場所を走っていく。廃止代替バスという位置付けではないものの、実質的にはその役割を果たしてきた路線と言える。筆者にとっては、この路線があるおかげで単純な往復を避けることができ、つくば → 筑波山 → 土浦 → つくばというトライアングル状の行程を組むことができた。
 筑波山口バス停には、これから乗車する路線バスのほかにも、つくばセンターと筑波山口を結ぶ「つくバス北部シャトル」、北側に位置する桜川市・筑西市が主体となって運行する岩瀬・下館方面への広域連携バス、さらに周辺地域を循環する「つくばね号」が発着している。つくばね号を除く各路線の運行は関東鉄道が担っており、このバス停で乗り継ぐことで、土浦・つくばと岩瀬・下館方面を結ぶ移動も可能となっている。
 
 バス停の正面には、悠然と筑波山がそびえていた。バス停前を通る道は、かつての駅前通りである。近くには筑波山神社の社やタクシー会社があり、ここがかつて駅前として賑わっていたことを今に伝えている。現在は住宅街が広がっているが、この一帯は古くから「筑波」と呼ばれてきた地域で、かつては筑波町という自治体だった。現在は周辺市町村との合併により、つくば市の筑波地区となっている。

筑波山口から路線バスで土浦駅へ

 筑波山口では20分ほどの待ち合わせで、土浦駅西口行の路線バスに乗車した。筑波山口と土浦駅を結ぶこの路線は、土浦駅発着の広域路線の一つで、つくば市の北条地区や土浦市の高岡地区を経由して土浦駅へと向かう。
 途中の北条以降では、下妻駅と土浦駅を結ぶ路線が合流し、高岡〜土浦駅間では区間便も運行されている。そのため、土浦市街地に近づくにつれて運転本数は増えていく。筑波山口〜土浦駅間の直通便は概ね1時間に1本の運転だが、土浦方面行は夕方以降にやや運転間隔が空く時間帯もある。
 この区間を走る一部のバスは、自転車を積載できる「つくば霞ヶ浦りんりんサイクルバス」として運転されている。この時間に乗車した便もそのうちの1本だった。先述した通り、土浦と筑波の間にはかつて筑波鉄道筑波線が走っており、その廃線跡は現在サイクリングコースとして整備されている。このサイクリングロードや筑波山周辺での利用、また日常の移動など、用途を問わず自転車を積載できる実証実験が行われている。
 
乗車記録No.21
関東鉄道 筑波山口-土浦駅線 土浦駅西口行
筑波山口→土浦駅西口
 
 筑波山口で乗車したのは筆者一人だけ。バスは筑波山口を出ると県道14号線へ入り、つくばわんわんランド前を経由して南下していく。やがて下妻方面からやって来る国道125号線と合流する内町下交差点で左折し、県道138号線へ。ここからは少し道幅の狭い旧道を進み、つくば市の北条地区を横断した。
 この北条地区は、かつての筑波町の中心地にあたる場所である。沿道には商店街など、昔ながらの街並みが残っており、地域の歴史を感じさせる風景が続いていた。
 
 北条地区でも乗客は現れず、筆者一人を乗せたままバスは再び国道125号線へ。その後はしばらくこの道を進み、田園風景の中を走っていく。やがて小田地区を通過すると、バスはつくば市から土浦市へ入る。高岡バス停付近では、そのまま続くバイパスではなく旧道へと入り、住宅街やロードサイド店舗が並ぶ中を進む。その途中で2人の乗客が乗車した。
 常磐自動車道と交差し、土浦市街地が近づくと、バスは真鍋交差点を左折。直後に停車した土浦一高前バス停では、校内へと続く長い行列をつくって高校生たちがバスを待っており、ここでそれまで閑散としていた車内は一気に満員となった。筆者の周囲も高校生に囲まれる形となり、事情を知らずにこの時間帯のバスに乗ってしまったことに、少し申し訳ない気持ちになる。
 筆者と途中で乗車してきた二人の利用客を除けば、車内はほぼ高校生のみ。もはやスクールバスと化した車内で、バスは緩やかな坂道を下っていく。車窓には、土浦の市街地が広がっていた。
 
 筑波山口からおよそ50分で、終点の土浦駅西口に到着した。筑波山や田園風景を眺めながら走ってきた路線バスは、市街地に近づくにつれて多くの通学生を乗せて混雑し、沿線の暮らしと共にある路線バスの姿を強く感じさせてくれた。
 常磐線の列車で何度も通過したことはあるものの、土浦の街を訪ねるのは今回が初めてだった。常磐線において土浦駅は、都心と水戸・勝田方面との中間点に位置する重要な駅である。都心側から見ると、各駅停車と快速電車が折り返す我孫子・取手に次ぐターミナル駅で、この前後で列車本数も大きく変わる。
 近年では日中時間帯において、都心側と水戸側の系統分離が行われており、日中は土浦以南では15両編成の列車が走る一方、水戸方面は5両編成となるため、普通列車で都心と水戸を移動する場合は乗り換えが必要となった。朝夕の時間帯には直通列車も設定されているが、土浦以北は10両編成までしか対応していないため、この駅で付属編成の増解結が行われる。駅の北側には多数の電留線も備えられている。
 先ほど筑波山から眺めた通り、駅の東側には霞ヶ浦が広がる。土浦駅は、桜川が霞ヶ浦へと注ぐ河口近くに位置しており、駅の東側、道を挟んだ向かいには土浦港がある。この街はかつて、霞ヶ浦の水運によって栄えた港町でもあった。

土浦駅から路線バスとTXの普通列車を乗り継ぎ都内へ戻る

 さて、土浦からは路線バスでつくばへと戻る。この後は東京駅へ向かう予定なので、土浦から常磐線の普通列車グリーン車で直行するという選択肢もあった。ただ、この日の“宿”の発車時刻まではまだ時間に余裕がある。せっかくなので、土浦〜つくば間の路線バスにも乗車してみることにした。これで、つくば―筑波山口―土浦―つくばという、路線バス乗り継ぎのトライアングルコースが完成する。
 
 土浦とつくばを結ぶ路線は、両駅を発着するバス路線の中でも利用者が多く、基幹的な役割を担っている区間である。この区間のバスは関東鉄道とJRバス関東の共同運行で、日中でも1時間あたり3本、ラッシュ時には4〜6本程度が運行されている。
 土浦にいる間に日没を迎え、ここから先は夜間の移動となった。帰宅ラッシュの時間帯ということもあり、乗車したバスは終始立ち客が出るほどの混雑ぶり。所要時間は約30分と短いものの、基幹路線らしく多くの利用客の姿が見られた。つくば市街に入ると、バスはつくば駅へ直行するのではなく、住宅地を巡回しながらやや遠回りで進んでいく。このあたりにも、通勤・通学路線としての性格がよく表れている。遠くには先ほどまでいた筑波山の山影が見えていた。
 
乗車記録No.22
関東鉄道 土浦-つくば線 つくばセンター行
土浦駅西口→つくばセンター
 
 現在、つくばエクスプレスはつくば止まりだが、将来的には土浦までの延伸構想が検討されている。まだ調査段階ではあるものの、もし実現すれば、この路線バスが走るルートに近い位置に線路が敷設されることになるだろう。
 
 つくばに到着し、トライアングルルートの旅はここで終了。あとは東京へ戻るのみとなった。往路は高速バスを利用したため、復路はつくばエクスプレス(TX)に乗車することにした。今回で4度目となるTX乗車だが、これまでの3回はいずれも快速列車。今回はこの後の行程に余裕があったため、あえて普通列車を乗り通してみることにした。
 
乗車記録No.23
つくばエクスプレス 普通 秋葉原行
つくば→秋葉原 TX-2000系
 
 乗車した普通列車は、つくばを発車した直後、後続の快速列車に対して守谷まで先行し、守谷でその快速に追い抜かれる。その後も八潮まで先行し、八潮ではさらに後方から来た区間快速に抜かれた。快速列車がつくば〜秋葉原間を約45分で結ぶのに対し、普通列車はおよそ1時間をかけて走り切る。さすがにつくばから乗り通す人は少なかったが、守谷から先は乗り換えずにそのまま乗車する人も多かった。やはり追い抜く快速や区間快速に比べれば混雑はやや落ち着いている。快速列車の走りが魅力的なTXだが、普通列車で一駅一駅辿って行くのもまた新鮮だった。
 終点の秋葉原で山手線に乗り換え、東京駅へ。朝9時に高速バスへ乗り込んだ東京駅に約10時間半ぶりに戻ってきた。この日、筆者が土浦に滞在していた時間帯に、東京には某外国要人が到着しており、午後の東京駅周辺は厳戒態勢が敷かれていたらしい。ただ、到着時には要人もすでに宿泊先へ移動しており、駅構内は落ち着きを取り戻していた。
 
 さて、2日目の行程も順調に進み、関東での行程はこれで終了となる。無事に関東地方の鉄道路線完乗も達成し、ここから先は「+α」の旅へと移っていく。東京駅からは、お待ちかねの寝台特急「サンライズ出雲」に乗車。約12時間の寝台特急の旅を楽しみながら、一路、山陰・出雲市を目指した。