【旅行記】新潟・北陸乗り鉄ぶらり旅〜紅葉の弥彦を散策し、弥彦線をゆく〜
2日目は早朝に新潟を発ち、まずは越後線と弥彦線の列車を乗り継いで弥彦へ向かった。越後線と弥彦線の乗りつぶしはまだ終わっていないが、弥彦では列車の待ち合わせ時間を活用し、弥彦公園や弥彦神社を散策しに行った。
紅葉の名所として知られる弥彦公園と彌彦神社を観光

弥彦に降り立って、これはいい季節に来たかもしれないとそんなことを思った。なぜなら駅のすぐ横にある公園の紅葉が、思いのほか美しかったからである。当初は神社へ直行するつもりだったが、予定を少し変え、まずは弥彦公園を訪ねることにした。
弥彦は新潟随一の紅葉の名所として知られる。その中でも弥彦公園は、彌彦神社と並ぶこの地を代表する観光地である。神社は駅からやや離れている一方、この公園は駅に隣接しており、時間が限られている場合でも気軽に立ち寄ることができる。園内へ足を踏み入れると、至る所で木々が赤や橙に色づいていた。事前の情報では色褪せ始めているとのことだったが、まだ十分に見応えがあり、園内に秋の彩りを添えていた。

真っ赤に色づく紅葉の葉に、秋の旅を実感する。少し前に福島県の飯坂温泉を訪ねた際にも、同じように紅葉を眺めたことを思い出した。季節を感じながら進む旅は、あっという間に過ぎていく一年に確かな輪郭を与えてくれると同時に、過去の旅の記憶を呼び起こすきっかけにもなる。あと数週間もすれば、新潟は本格的な冬を迎える。紅葉を楽しめる期間が短いだけに、この時期に訪れることができたのは幸運だった。

弥彦公園を後にし、今度は彌彦神社へ向かって歩き始める。朝の静かな弥彦の街。沿道の店先からは、温泉まんじゅうを蒸す湯気が勢いよく立ち上っていた。弥彦は温泉地としても知られ、街中には旅館が点在している。山間の観光地・温泉地らしい風景の中を、しばらく歩いた。

交差点を曲がり、通りをまっすぐ進むと、正面に鳥居が見えてくる。これが彌彦神社の一の鳥居である。その鳥居の前には旅館が数軒並び、どこか懐かしさを感じさせる街並みが広がっている。小さいながらも歴史を感じる弥彦の街。参拝客の姿もまだ少ない朝の時間帯で、この土地の日常に少しだけお邪魔しているような感覚がとても心地よい。

弥彦公園から歩くことおよそ10分、彌彦神社に到着した。先ほど乗車した弥彦線が目指していた場所、それがここ彌彦神社である。弥彦山の麓に鎮座するこの神社は、古くから地域の人々の心の拠り所となってきた。創建は今からおよそ2400年前とも伝えられている。近世には越後国一宮として崇敬を集め、多くの参拝客を迎えてきた。弥彦線も、もともとはこの神社への参拝客輸送を目的として建設された路線であり、現在もその役割を果たし続けている。

境内を進むと、やがて本殿にたどり着く。立派な社殿の前で手を合わせる人々の姿を見て、長年にわたり地域に大切にされてきた場所なのだと実感した。
この日は菊まつりの開催期間中で、境内の各所には菊の花が展示されていた。菊まつりは毎年11月に行われる恒例行事で、さまざまな種類の菊が境内を彩る。この日はその最終日ということもあり、すでに花を落としているものもあったが、それでも美しく咲き誇る菊は多く、訪れた人々は足を止めて見入っていた。
鉄道巡りは、寺社仏閣巡りにもなる。弥彦線がこの神社への参拝輸送を目的に建設されたように、日本各地には信仰とともに発展してきた路線が数多く存在する。今年は高野山や中尊寺、大山阿夫利神社などを訪ねてきたが、ここ弥彦でもまた、長年地域に寄り添ってきた神社を訪れることができた。

もう少し時間があれば、ロープウェイで弥彦山に登るつもりだったが、この先は列車本数が少ない区間も控えているため、今回は見送ることにした。弥彦山からは越後平野と日本海を一望できるという。それは次にこの地を訪れたときの「宿題」として取っておく。
彌彦神社を後にし、参宮通りと呼ばれる細い通りを歩いて弥彦駅へ戻った。民家が立ち並ぶ路地の向こうには温泉旅館、そのさらに背後には弥彦山がそびえている。弥彦の何気ない日常を眺めながら歩く。旅人にとっての非日常と、ここで暮らす人々の日常が交錯するこの瞬間は、列車に揺られている時と同じくらい、旅をしている実感を与えてくれる。
ここは新潟。道路の中央に設けられた融雪用スプリンクラーひとつをとってみても、九州から来た旅人には新鮮である。間もなく訪れる冬。この街はどんな表情を見せるのだろうか、そんなことを想像しながら駅へと戻った。
弥彦線を乗り通し、路線の終点・東三条へ

さて、弥彦をしばらく散策したところで、再び鉄道の旅を再開する。弥彦からは弥彦線の終点・東三条行きの普通列車に乗車。東三条までこの路線を乗り通したのち、秋の行楽期にのみ運転されていた臨時の普通列車に乗車して、吉田へ戻る。
弥彦から乗車したのは、普通列車東三条行き。往路で乗車したE129系と同じ編成で、再びこの列車に身を委ねることになった。この列車で残す吉田―東三条間に乗車し、弥彦線を乗りつぶす。10時5分発ということで、発車時刻が近づくにつれて、大きな荷物を持った乗客がちらほらと現れ、車内は各車両15人前後が乗車した。おそらく弥彦の旅館に宿泊し、チェックアウトした人たちなのだろう。
乗車記録 No.11
弥彦線 普通 東三条行
弥彦→東三条 E129系

弥彦をゆっくりと発車した列車は、駅近くにある踏切の関係でしばらく低速で走行する。踏切を通過すると加速しながらカーブを曲がり、やがて弥彦の街を離れた。弥彦山を背後に、田園風景を眺めながら次の矢作へと向かう。

矢作駅では数名の乗客が乗り込んできた。進行方向左手には住宅地が広がり、右手には広大な田畑が続いている。矢作を発車し、ジョイント音を響かせながらしばらく快走すると、列車は吉田に到着した。

列車は吉田で反対列車の待ち合わせと新潟方面からの普通列車との接続のため、12分間停車する。車内も空いていたので一度ホームへ降り、写真を撮ることにした。E129系の列車に乗るのもこの日ですでに3本目だが、この後直江津に到着するまで、幾度となくこの車両にお世話になることになる。新潟エリアのJR電化路線では、普通列車の大半がE129系で運転されており、どこまで行ってもこの列車ばかりがやって来る。

12分の停車を終え、東三条行きは吉田を発車。越後線の新潟方面への線路と別れ、右へカーブを描きながら吉田の街を抜けていく。再び車窓には田園風景が広がった。日本有数の米どころ・越後平野。その田園地帯は遥か水平線まで続き、遠くには越後三山だろうか、雪をまとった山々の姿も見えていた。
この先、弥彦線の駅は西燕、燕、燕三条、北三条と、「燕」や「三条」の名を冠した駅が続く。最初に通過する燕は燕市の市街地の一つで、現在では信濃川の対岸にある三条市と市街地がほぼ一体化している。筆者はスワローズファンということもあり、「燕」と聞くと、どうしてもつば九郎の顔が思い浮かんでしまう。
実はスワローズと燕市は無関係ではない。燕市では、つば九郎やOBらによる「つば九郎米」の田植え・収穫イベントが行われてきたほか、神宮球場での主催試合では「燕市day」も開催されている。以前は、スワローズのヒーロー賞のスポンサーを燕市の金物・調理器具メーカーが務めていた時期もあった。

燕市を代表する燕駅を発車すると、列車は市街地の中でカーブを描き、その後、中ノ口川を渡る。やがて前日に高速バスで通過した北陸道と交差し、巨大な壁のように見える燕三条駅に到着。ここで乗客は大きく入れ替わった。
燕市と三条市の市境に位置する燕三条駅。両市は古くから対立関係にあったとされ、新幹線駅の設置に際しても駅名を巡って議論があったというのは有名な話。最終的に新幹線は「燕三条駅」、近くの高速道路インターチェンジは「三条燕IC」となった。実は、燕が先に来る燕三条駅は三条市に、三条が先に来る三条燕ICは燕市に位置している。現在では「燕三条」という名称が一つの地名としてすっかり定着しており、筆者も子どもの頃はこれで一つの地名だと思っていた。

新幹線と接続する燕三条で乗客が入れ替わり、今度は新幹線からの乗り換えと見られる乗客で車内はやや混雑した。列車はまもなく信濃川の鉄橋を渡り、三条市の市街地へと入っていく。先ほど渡った中ノ口川は信濃川の分流であり、燕三条駅はこの二つの川に挟まれるようにして建設されている。

信濃川を渡った後は高架橋へと進み、高い位置から三条市街地を眺めながら東三条へ向かう。途中の北三条も高架駅で、このあたりの弥彦線はやや都市の鉄道の雰囲気がある。北三条を発車すると、やがて車窓右手から長岡方面からの信越本線が近づき、列車は終点・東三条に到着した。

途中、吉田での12分停車を含めて、弥彦から42分で東三条に到着。弥彦線用に設けられた切り欠きホーム0番線に降り立ち、これで弥彦線の乗りつぶしが完了した。弥彦線の列車は基本的にこの0番線発着で運転されている。信越本線とは線路がつながっているが、直通運転を行うと編成の向きが逆転してしまうため、両線の直通列車は設定されていない。
乗車してきた列車は、12時10分発の普通列車として弥彦へ折り返していく。この列車に乗車すれば、吉田で12時35分発の普通柏崎行きに乗り換えられるが発車間際の乗り継ぎとなるため、ボックスシートを確保するのは難しい。通常ダイヤで「吉田→弥彦→東三条→吉田→柏崎」というルートをたどる際の難点がここにあった。
しかし、この日は三連休ということもあり、およそ30分後に臨時列車の弥彦行きが運転されていた。これで吉田へ戻れば、柏崎行きの発車時刻まで余裕があり、ボックスシートも確保できる。というわけで、今回ここでは30分ほどの滞在で折り返す。まだ臨時列車は到着していなかったため、一度駅の外へ出ることにした。
多くの鉄道ファンがとある列車を待っていた東三条駅

新潟県三条市の東三条駅。三条市で最も規模の大きな駅は先ほど通過した燕三条駅だが、在来線単独で「三条」の名を冠する駅は、東三条、三条、北三条の3駅がある。一般的には、東西南北の付かない三条駅が中心駅のように思われがちだが、この地域では弥彦線が乗り入れる東三条駅が実質的な中心駅としての役割を担っている。信越本線を走る特急「しらゆき」も、三条駅ではなく東三条駅に停車する。
駅舎はやや手狭な平屋造り。昨年「しらゆき」で通過したにもかかわらず、勝手に高架駅だと思い込んでいたが、実際は地上駅だった。今回は折り返し時間が短いため、駅周辺の散策は行わず、すぐに改札内へと戻った。

この日の東三条駅は、ホームが多くの鉄道ファンでごった返していた。というのも、この日は信越本線で、新潟車両センター所属のEF81形・EF64形電気機関車が旅客列車から引退するのに合わせ、新津―長岡間で快速「ありがとうEL号」が運転されていた。その姿を一目見ようと、沿線各地に多くの鉄道ファンが集まっていた。
筆者はちょうど一年前、群馬県内の信越本線を乗りつぶしたが、その際も、ぐんま車両センター所属の電気機関車の引退イベントとニアミスしたことを思い出した。あの日は、軽井沢行きのバスの窓から、横川駅に到着する「ELぐんま」を眺めた。
どうやら、この後に乗車予定の弥彦行き臨時列車の発車直前に、その快速「ありがとうEL号」が東三条を通過するらしい。このイベントが行われることは事前に知っており、同日に東三条を訪れるなら、もしかしたら見られるかもしれないとは思っていた。どうやらその期待は、現実のものになりそうだ。
旅程の助っ人、臨時列車「弥彦菊花秋絵巻」号で吉田へ戻る

しばらくホームで待っていると、やがて2番線に乗車予定の臨時普通「弥彦菊花秋絵巻」2号弥彦行きが入線してきた。この列車に乗り込む。弥彦線の列車は、ほとんどが0番線から発車するため、2番線発着はやや珍しい。定期列車でも、この線路を使うのは1往復のみしかないらしい。
まもなく通過する快速「ありがとうEL号」を待っている人に断りを入れ、手短に写真を撮り、再び車内へ戻る。先ほど乗車した定期列車は2両編成だったが、こちらは4両編成での運転だった。
車両は、先ほど乗車した東三条行きの後を追う形で、弥彦から回送されてきたものらしい。この臨時列車は11月の週末に運転され、弥彦―東三条間で1.5往復が設定されていた。また、新発田―新潟間を走る定期列車のうち1本が「弥彦菊まつり号」として弥彦まで延長運転されており、これに伴って弥彦線では一部列車の行先変更が発生。具体的には、弥彦駅11時台の列車が東三条行きから新潟行きに、さらに16時台の列車も東三条行きから新発田行きへ変更されていた。

車内で発車を待っていると、やがて遠くから電気機関車のホイッスル音が聞こえてきた。ほどなくして、快速「ありがとうEL号」が猛烈な勢いで通過していく。EF81形を先頭に、ばんえつ物語号用の客車を牽引し、後部にはEF64形を連結したプッシュプル編成という、実に豪華な構成だった。
筆者が東日本を本格的に旅するようになったのは比較的最近のことで、こうした電気機関車が東京と東北、あるいは北海道を結ぶブルートレインを牽引していた時代は、本や動画の中でしか知らない。しかし、沿線に集まった鉄道ファンにとっては、少し前までの日常を走っていた列車が旅客列車としての役目を終えることに、一つの時代の終わりを感じていたことだろう。筆者にとっても、去年の群馬に続き、最後の最後でこうした電気機関車の勇姿を見ることができたのは、素直に嬉しい出来事だった。
「ありがとうEL号」の通過直後、乗車していた臨時列車は東三条を発車した。転線を繰り返しながら2番線から弥彦線へと進み、三条の街を車窓に眺めつつ、吉田・弥彦方面へと走り始めた。
乗車記録 No.12
弥彦線 臨時普通 弥彦菊花秋絵巻2号 弥彦行
東三条→吉田 E129系

東三条で階段裏となる最後尾4両目はとても空いており、東三条からの乗車は5人ほどだった。燕三条で数人が乗り込み、車内は10人程度に増える。列車は中ノ口川を渡って燕駅に到着し、ここでも数人の乗車があった。臨時列車という性格上、日常利用の乗客は少なく、乗っている人の多くは弥彦への観光客のように見えた。

燕、西燕と停車するうちに、列車は再び田園地帯を駆け抜け、やがて吉田の街へと近づいていく。速度を落としてカーブを曲がり、越後線と合流すると、まもなく吉田に到着した。

数人の乗客とともに吉田で下車し、弥彦へ向かう列車を見送る。4両編成で弥彦へ向かう列車は、臨時列車が運転される時に限られるため、少し珍しい光景である。列車はこのまま弥彦へ向かった後、折り返して新潟行きの普通列車として走っていく。今回の旅程はこの臨時列車がなければ、まさに旅の助っ人となってくれた列車だった。
本日3度目の吉田駅で越後線の列車を待つ

さて、この日三度目の吉田駅へ戻ってきた。弥彦線の旅はこれにて終了。ここからは、早朝に乗車した越後線の続きを辿っていく。吉田では約1時間の待ち時間があり、再び駅の外へ出てみることにした。
前話でも触れたように、吉田は燕市の主要なエリアの一つである。駅前には市街地が広がり、その中に燕市と弥彦村の境界がある。駅前には数階建てのビルが建っているものの、空きテナントも目立ち、少し寂れた印象を受ける。一方で街の規模自体は比較的大きく、駅の裏手には工場やロードサイド店舗が数多く立ち並んでいる。

駅の裏手へは跨線橋を渡って行くことができる。橋の上からは駅構内の全体を見渡すことができた。写真は新潟・東三条方面を望んだもの。向かって左が新潟方面へ延びる越後線、右が東三条方面へ向かう弥彦線である。
ホームはかなり長いが、現在運転される列車は長くても6両編成のため、先端部分は封鎖されている。かつては信越本線が不通になった際、寝台特急がこの越後線を迂回したこともあったという。その頃には、この長いホームも存分に使われていたのかもしれない。ホームではE129系の列車が静かに昼寝をしている。遠くから聞こえる街の喧騒と、吹き抜ける風を感じながら過ごすこの時間が、とても心地よかった。
さて、吉田からは越後線の柏崎行きに乗車し、柏崎へ向かう。その後は翌日の旅に備え、信越本線、えちごトキめき鉄道を乗り継ぎながら、富山県を目指した。