【旅行記】新潟・北陸乗り鉄ぶらり旅〜越後線と弥彦線を乗り継ぎ弥彦を訪ねる〜
新潟と北陸の未乗路線を巡る旅の2日目。この日は新潟で乗り残している越後線と弥彦線に乗車。新潟地区の乗りつぶしを完了させ、その後は翌日に備えて日本海側をたどり、富山へと移動する。ようやく明るくなってきた早朝の新潟駅から旅がスタートした。
越後線の普通列車に揺られ吉田へ

ホテルをチェックアウトし、ようやく空が明るくなり始めた早朝6時半の新潟駅へ向かう。前日の夕方は人でごった返していた新潟駅も、この時間帯は静かで、構内には落ち着いた空気が流れていた。
この日は、ほぼ終日にわたって「えちごツーデーパス」を使って旅をしていく。新潟県内のJR線全線に加え、えちごトキめき鉄道や北越急行もフリーエリアに含まれる、非常に使い勝手の良いきっぷである。今回は1日しか利用しないが、未乗の2路線に乗車した後、そのまま富山方面へ向かう予定のため、行程との相性は抜群だった。
このきっぷは、金・土・日・祝日およびGWやお盆、年末年始などの連続する2日間に有効となるが、翌日が対象期間外となる場合には当日の発売がない。この日は三連休の最終日で当日購入ができなかったため、前日にホテルへチェックインする前、あらかじめ購入しておいた。特にえちごトキめき鉄道や北越急行に乗るような行程だと、1日だけの利用でも十分に元は取れる。

そのきっぷを自動改札機に通し、ホームへと上がる。まだ乗車する列車は入線しておらず、しばらくホームで到着を待つことになった。反対側のホームには、磐越西線の津川行き普通列車が停車している。磐越西線の新津方面は、一部列車が信越本線へ直通して運転されており、その津川行きもほどなく発車していくと、やがて、吉田方の留置線から、この日最初に乗車する普通・吉田行きが静かに入線してきた。

この日最初の乗車路線は越後線である。柏崎を起点に、吉田を経由してここ新潟へ至る路線で、信越本線のやや北側を並走するように走っている。新潟―柏崎間には信越本線もあるが、長岡・新津を経由する同線がちょうど100kmであるのに対し、越後線は83.8kmと15km以上短い。
信越本線では特急や快速などの列車が数多く設定されている一方、越後線は普通列車のみの運行で、多くの列車が吉田で系統が分断されている。柏崎―新潟間においては第二のルートもなっているが、通して走る列車はごくわずかしかない。吉田-新潟間においては、市街地が広がる新潟近郊では本数が多いものの、途中の内野などで折り返す区間列車が半数以上を占めるため、新潟―吉田間を通しで走る列車は、基本的に1時間に1本、朝夕に限って2本運転される程度となっている。
後ほど触れるが、越後線の列車は白新線・羽越本線、さらには信越本線へも直通しており、新潟発着の列車ばかりという訳ではない。特に午前中の新潟発吉田行きについては、始発の5時2分発と、この6時40分発の2本しか新潟始発列車がない。
乗車した列車は、2両編成のA編成と4両編成のB編成を連結した6両編成での運転だった。三連休中ということもあり、直前に到着した信越本線や白新線の列車からの乗り換え客は見られたが、車内は空いており、静かな朝の時間を楽しみながらの出発となった。
乗車記録 No.9
越後線 普通 吉田行
新潟→吉田 E129系

上越新幹線の「とき302号」東京行きと並んで新潟を発車。しばらくは市街地の街並みを眺めながら高架線を進み、新幹線が次第に遠ざかっていくのと同時に、こちらは地上へと下りていく。まもなく最初の停車駅、上所に到着。上所は、今年(2025年)3月に開業したばかりの新駅である。
越後線はこの上所の先までが複線区間となっており、信濃川を渡る鉄橋の手前で単線へと切り替わる。この複線区間は、新潟駅の場内信号機の内側に駅が設けられているため、厳密には上所駅は新潟駅の構内にあるという、少し珍しい構造をしている。

新潟の街並みを車窓に眺めながら信濃川を渡ると、列車は白山駅に到着したり白山駅が白新線の「白」を意味する場所であることは、過去の旅行記でも触れた通りである。もともと越後線は私鉄の越後鉄道によって建設された路線だが、当時は資金力の問題から信濃川に橋を架けることができず、白山が新潟側の終点となっていた。
現在の白山駅は、のちに信濃川を渡る貨物支線が越後線に編入された際、駅を移転して開業したもので、当初の白山駅よりやや南側に位置している。周辺には市街地が広がり、利用客も多い主要駅の一つとなっている。

白山を発車した列車は、関屋、青山、小針と西へ向かって進んでいく。この先しばらくは、住宅街が途切れることなく車窓に続く。関屋駅を出てすぐに渡る川は、信濃川の関屋分水路。新潟市街地手前で信濃川の水を日本海へ流すために設けられた放水路で、新潟市街地の洪水対策として1960〜70年代にかけて整備されたものである。
地図で見ると分かりにくいが、越後線の北側に広がる住宅街は、周囲の越後平野よりも一段高い場所に形成されている。この一帯には新潟砂丘と呼ばれる砂丘地形が広がっており、その上に住宅地が発達している。越後線は、砂丘と平野の境界を縫うように走っており、こちら側には住宅街が続く一方、反対側には高台から越後平野を見渡すような開けた車窓が広がる。単線区間ながら、このあたりは新潟の在来線の中でも特に利用者の多い区間となっている。

住宅街を抜けるように進んだ列車は、やがて内野駅に到着した。手前の関屋では対向列車とすれ違ったが、ここでも村上行きの普通列車との行き違いを行った。
先述の通り、越後線は吉田を境に東西で運行系統が分かれているが、新潟―吉田間においても、この内野を境に列車本数が大きく変化する。新潟―内野間では終日、区間運転の列車が多数設定されているのに対し、ここから先は本数がやや少ない区間へと入っていく。越後線では時間帯によって、関屋、内野、巻、越後曽根など、さまざまな駅を始終点とする列車が設定されており、行先表示を眺めるだけでも楽しい路線である。

内野を出ると、次の内野西ヶ丘までは住宅街が続く。しかし、この駅を境に、越後線は新潟市街地から連なる住宅地の中を離れ、田園地帯へと飛び出した。視界が一気に開け、遠くにはこれから向かう弥彦山の姿が見える。朝日を浴びながら、列車は田園風景と小さな集落が交互に現れる景色の中を進んでいく。

弥彦山が次第に近づいてくると、列車は吉田の街へと差し掛かる。速度を落とし、進行方向左側から東三条方面から延びてきた弥彦線が合流すると、終点・吉田に到着した。朝の新潟市街を発ち、住宅地から田園風景へと移り変わるこの地らしい景色を楽しめる路線だった。

新潟から57分で終点の吉田に到着。向かいのホームには、まもなく柏崎始発で弥彦線へ直通する東三条行きの普通列車が入線し、何人かの乗客がそちらへ乗り換えていった。一方、先ほどまで乗車していた列車は、折り返し普通長岡行きとして新潟方面へ戻っていく。長岡は、今いる吉田よりもさらに南に位置する街であり、この列車は吉田から新潟を経由して長岡へ向かう、いわば「し」の字を描くような少し風変わりな運行経路となっている。
越後線と信越本線はいずれも基本的には新潟を目指して北東方向へ進む路線だが、信越本線は新津付近で進路を北へ変え、さらに新潟手前で西へ向きを変える。そして、全く反対方向から走ってきた白新線と合流し、結果として、同じ新潟を目指してきた越後線と新潟駅で向かい合う形となる。そのため、越後線と信越本線の列車は、同じ方角へ向かうにもかかわらず、新潟駅では真逆の方向へ発車していく。この独特な配線構造は、新潟のJR線の面白さの一つである。
越後線の列車は新潟から白新線や信越本線へ直通する。白新線に入った一部の列車は羽越本線へ進み村上まで運転される一方、信越本線へ進んだ列車は、吉田よりさらに南下して長岡まで走っていく。乗り換えなしで行けるものの、うっかり飛び乗ると遠回りとなり、1時間以上余計に時間がかかってしまう。鉄道ファンとしては一度乗り通してみたいなと思う。
越後線と弥彦線が交わる鉄道の要衝、吉田で普通列車を乗り換ぐ

越後線の普通列車を降り立った吉田駅。駅名標が示すとおり、この駅は越後線と弥彦線が四方向に交わる結節点である。駅名標では、矢作から西燕へ向かう弥彦線と、南吉田から北吉田へ向かう越後線が描かれ、路線がX字状に交差していることがよく分かる。
2日目はこの越後線と弥彦線の未乗区間を乗りつぶすことが目的であり、これから残り3方向へ乗車していくことになる。ただし、両路線とも区間によって列車本数が少なく、特に午前中は運転間隔が大きく空く時間帯がある。そのため、吉田からまずどこへ向かうかは、旅程全体を左右する重要なポイントとなった。
弥彦での散策時間も確保したいと考え、当初は柏崎まで往復してから弥彦へ向かい、その後東三条へ抜ける計画を立てていた。しかしこの日は、弥彦線で臨時列車が運転されていた影響で、一部列車に行先変更が発生していた。そこで計画を見直し、吉田から先に弥彦へ向かい、その後東三条へ進み、折り返して吉田に戻ってから柏崎へ向かう行程に変更した。
通常ダイヤでは、弥彦での滞在時間を確保すると、このルートで話は柏崎到着が日没後になってしまう。しかし今回は、弥彦線の臨時列車を活用できたことで、日中のうちに無理なく効率的な移動が可能となった。

次の列車まで少し時間があったため、一旦駅の外へ出てみた。吉田駅は、いかにも日本海側の国鉄駅らしい佇まいで、以前訪れた羽越本線・米坂線の坂町駅によく似た雰囲気を持っている。信号扱いの関係で駅員は常駐しているものの、みどりの窓口はすでに廃止され、指定席券売機が1台設置されているのみである。この地域から鉄道で遠方へ向かう場合、燕三条まで車で出る人も多いのではないか、そんなことを想像した。
吉田駅のある吉田地区は燕市の一部で、燕市は燕、吉田、分水など、複数の街がそれぞれ独立した市街地を形成している。燕といえば言うまでもなく金物の街として知られ、市内には食器や調理器具を製造する企業が数多く集積している。もちろん、米どころ新潟を代表する地域の一つでもある。

四方向に線路が伸びる吉田駅は、運転される列車本数も比較的多く、ここが始発・終点となる列車も多い。一方で、越後線の柏崎方面から新潟方面へ、弥彦線の弥彦方面から東三条方面へ直通する列車も数多く設定されている。さらに、柏崎方面から東三条方面へ向かう列車や、行楽期には弥彦方面から新潟方面へ向かう臨時列車も運転される。新潟で白新線・信越本線と直通する関係から、新発田、豊栄、村上、長岡といった県内各地へ向かう列車が発着する、いわば隠れたターミナル駅でもある。なお、現在この駅を発着する列車はすべてE129系で統一されており、待てど暮らせどこの車両しか来ない。

朝8時前の吉田駅は静まり返っていた。この日は三連休の最終日ということもあり、普段より人影が少ない。平日であれば、もう少し高校生の姿で賑わっているのだろう。これから向かう弥彦は、ちょうど混雑しやすい季節を迎えている。おそらく10時を過ぎる頃から人出も増えてくるはず。人の少ないうちに、まずは弥彦の散策へ出かけることにした。
弥彦線の盲腸区間に乗車

さて、吉田からは弥彦線の普通列車弥彦行きに乗車した。新潟からの列車で吉田に到着した時点で、すでに弥彦行きの列車は改札前に面した1番線に停車していた。駅前に出て戻った後も、発車まではまだ15分ほど時間があったが、早めに車内へ入り発車を待つ。吉田から弥彦までの所要時間はわずか8分。列車に乗っている時間よりも、待ち時間のほうが長い。
これから乗車する弥彦線は、弥彦を起点に吉田を経由し、信越本線と接続する東三条までを結ぶ路線である。かつては東三条からさらに越後長沢まで線路が延びており、起点・終点のいずれも他路線と接続しないという、全国的にも珍しい形態の路線だった(現在では、周辺路線の廃止によりJR九州の香椎線がこれに該当する)。越後線・弥彦線が電化開業した1985年にこの区間は廃止され、現在は弥彦〜東三条間のみが残っている。短い路線ながら、吉田で越後線、燕三条で上越新幹線、東三条で信越本線と接続し、三つのJR線と交わる点が特徴的な路線である。
弥彦線は、弥彦〜吉田間と吉田〜東三条間の二つの区間に大きく分けられる。後者は隣接する燕市と三条市を結び、通勤・通学利用も多い一方で、前者の弥彦〜吉田間は盲腸区間にあたり、新潟県内の鉄道路線の中でも利用客が少ない区間の一つとして知られている。ただし、弥彦には越後国一之宮として名高い弥彦神社や、紅葉の名所として知られる弥彦公園があり、行楽期には多くの観光客で賑わう区間でもある。

さすがにこの時間帯から弥彦へ向かう人は少ないようで、車内はガラガラだった。新潟発の列車や、柏崎・東三条方面からの列車とも接続していたが、乗り換える人はごくわずか。結果的に、各車両とも7〜8人ほどの乗客を乗せた状態で、列車は吉田を発車した。
乗車記録 No.10
弥彦線 普通 弥彦行
吉田→弥彦 E129系

吉田を出ると、右手に吉田の街並みを眺めながら越後線と分かれ、その後はしばらく田園風景の中を走っていく。次の矢作が近づくと、車窓には弥彦神社の大鳥居が見えてきた。この大鳥居は、吉田から弥彦へと続く県道29号線上に建てられており、正面からは鳥居の奥に弥彦山を望むことができる。弥彦線では、列車とこの大鳥居を絡めて写真を撮るのが定番の構図である。

矢作での乗り降りはなく、列車はそのまま発車。次はいよいよ終点の弥彦である。軽快なジョイント音を響かせて、小高い丘を越え、再び田園風景の中を進みながら弥彦山へと近づいていく。やがて山あいに街並みが広がり始めると、列車は速度を落とし、ゆっくりと終点・弥彦に到着した。

吉田から10分もにしないうちに弥彦に到着。弥彦線の線路はここで行き止まりとなっていて、終点感が漂うが、この路線はここが起点である。ホームの横には神社風の駅舎が建っている。平日は無人駅だが、土休日や多客期には駅員が配置される。ただし、窓口営業は行われておらず、改札のみの営業である。

駅から街の方を見渡すと、その背後には弥彦山がそびえている。先ほど乗車していた越後線の車窓では遠くに見えていた弥彦山だが、今はもう目の前だ。これまで信越本線や新幹線の車窓から何度も眺めてきた山に、ようやくその麓までたどり着いたことになる。
乗車してきた列車は、数分の停車ののち折り返しの準備を整え、吉田へと戻っていった。同業者だろうか、同じ列車でそのまま引き返す人の姿も少なくない。筆者自身も、かつては慌ただしく乗りつぶしをしていた時期があり、それもまた鉄道旅の一つの楽しみ方であることは理解している。
しかし、弥彦まで来たからには、やはり弥彦神社を訪れたい。今回は次の列車まで約1時間45分。十分な時間を確保し、弥彦の街を歩きながら寄り道をしていくことにした。