【旅行記】まだ見ぬ九州に出会う旅 沖永良部島・徳之島編〜沖永良部バス ガジマル線に乗車する〜
沖永良部と徳之島を路線バスで巡る旅の2日目。和泊に宿泊して迎えたこの日も1日目に続き、沖永良部バス企業団が運行するローカル路線を巡る。その後は空港線のバスで沖永良部空港へ向かいながら、観光地に立ち寄った。ここでは和泊から乗車したガジマル線の乗車記を綴る。
和泊から2日目の旅をはじめる

旅の2日目も清々しい青空の下、旅を始めた。早朝便に搭乗した前日に比べれば、ゆったりした滑り出し。目を覚ますと既に日が昇り、青空が広がっていた。再び有線テレビをBGM代わりに朝の支度を進め、8時頃にホテルをチェックアウトした。
朝の商店街の通りをバス停へ向けて歩いて行く。少し時間があったので、海沿いへも出てみた。朝日が和泊の街を眩しく照らす。水平線まで続く大海原も青空の下に輝いていた。
旅の2日目も1日目に引き続き、まずは沖永良部バスの路線を巡る。和泊からはローカル路線の一つ「ガジマル線」で知名へ向かい、知名からは空港線で空港に近づきながら観光地を巡ることにした。その後は沖永良部空港から徳之島空港へ飛び、旅の舞台を徳之島へと移していく。
島の集落を巡りながら走るガジマル線に乗車

のんびりと歩いて沖永良部バス企業団の和泊停留所に到着。朝の待合室は数人がバスを待っており、賑わいがあった。やがて停留所にはバスが到着し、5人前後の乗客を降ろす。どうやらこのバスが筆者の乗車する「ガジマル線」の知名行きとなるらしい。
これから乗車する「ガジマル線」は、沖永良部のローカルなバス路線の一つである。前話で書いたように、島内には空港線・国頭線のほかに3つのローカル路線が走っている。昨日は永嶺線という路線に乗車したが、永嶺線と後蘭線は島をぐるっと回る路線だった。基本的な経路は似ていながら経由するルートが異なるというのが2つの路線の違いである。一方でガジマル線は、起終点はこれら2路線と同じだが、ほぼ異なる経路を走っていく。「ガジマル線」という路線名の由来は定かではないが、おそらく空港線との分岐点である「ガジマル辻」に由来するものと思われる。ガジマル線は知名の市街地手前で、空港線と同じルートに合流する。
運転士さんに挨拶し、「知名行きですか?」と尋ねてバスへ乗り込む。担当されていたのは、昨日2度お世話になり、観光案内までしていただいた運転士さんだった。何度も乗車して申し訳ない気持ちになりつつ、1日乗車券の購入をお願いする。とても親切に対応していただき、ありがたい限りだった。
乗車記録 No.4
沖永良部バス企業団 ガジマル線 知名行
和泊→知名

待合所でバスを待っていた乗客は、この後に来る空港線のバスを待っているらしい。バスは筆者一人を乗せて、和泊を発車した。ガジマル線は和泊から一旦北東へ向かい、伊延など島の北側の集落を巡る。その後は徐々に南下し、ガジマル辻で空港線が走る県道84号線へ合流し、終点の知名へ向かう路線である。
和泊を出ると、一旦空港方面へ向かう。南洲神社前にある手々知名バス停を経由後、交差点を左折して上手々知名方面へ進み、島を横断していく。途中には西郷隆盛が沖永良部島に上陸後、休息を取ったとされる「西郷隆盛休息の地」がある。バスはその先の交差点を右折し、出花という集落へ。一旦終点とは反対側に位置する集落へ立ち寄ってから、知名方面へ近づいていく。

出花の集落を経由した後、再び和泊から続く道へ戻ると、やがて伊延港の近くを通る。ここが西郷隆盛が上陸した場所で、港の近くには「西郷隆盛上陸の地碑」が設置されている。車窓からもその記念碑を見ることができる。
港の奥に広がる海と空の青さが清々しい。和泊とは島の反対側に位置する伊延港は、海が荒れた際のフェリーの寄港地の変更先として用いられている。このように離島では海の状態によって、フェリーがやって来る港が変わることがよくある。

伊延からバスは西へ進路を取り、県道620号線を走っていく。小高い丘を登ったところにある畦布は、前日にワンジョビーチを訪ねる際にデマンドバスを下車した場所だった。県道から一本入ったバス停前を通過する。車なら5分ほどで横断できる距離だが、昨日のように歩くと1時間ほどかかる。畦布からもしばらく県道を進み、車窓には時折東シナ海側の海が広がった。

沖永良部島で数少ない山の一つ、越山を経由すると、やがてバスは県道を離れて瀬名の集落へ入る。住宅が軒を連ねる道を進みながら、コの字を描くようにして走る。昨日乗車した永嶺線が経由する永嶺の集落は、この瀬名の隣に位置している。近接していながらも異なる路線が役割を分担して集落を結んでいるのがこの島のローカル路線の一つの特徴である。

瀬名の集落を出ると、バスは県道を跨いで直進し、内城地区へと入っていく。やがて見覚えのある小学校が現れる。この内城は永嶺線・後蘭線・ガジマル線の3路線が交わる地点で、ここは昨日も通った場所だった。昨日乗った永嶺線は知名発和泊行きだったが、こちらは和泊発知名行きである。しかしながら、走る方向が同じというのが面白い。このガジマル線は内城地区で他の2路線とは進行方向が逆になる。その後、バスは右折して細い道へ入り、他路線とは別ルートへと進んでいった。

ここからしばらくバスは隘路を進む。両脇にはジャガイモ畑が広がり、赤茶色の大地が続く。ちょうど収穫の時期で、畑では作業が行われていた。掘り起こしたジャガイモが畑に整列している。人家も少ないのどかな景色の中を、バスは静かに走り続ける。

やがて下り坂に差し掛かると、島を一望できる場所があった。遠くに集落と、その先に青い海が広がる。写真ではわかりにくいが、与論島らしき島影が見えていた。右側には小高い山が聳えている。運転士さんが「右側の山が沖永良部島で一番高い大山ですよ」と教えてくださった。この山には航空自衛隊の分屯基地があり、山頂付近に見えるレーダーは周辺空域を監視する役割をもっているらしい。大山の標高は245m。沖永良部では一番高く、島の南側になだらかな山が横たわっている。

バスは隘路の突き当りにある笹津の集落で一人の乗客を乗せた。やはり運転士さんと乗客は顔なじみで挨拶を交わす。本数は少ないが、沿線住民にとっては欠かせない存在であることを感じる。バスもまた大切な存在として地域から愛されている。
その後、赤嶺や久志検の集落を経由し、県道622号線へ。複数の集落を巡るため遠回りのルートではあるが、その分さまざまな景色に出会えるのが路線バス旅の魅力である。やがてガジマル辻で県道84号線に合流し、ここからは空港線と同じルートで知名へ向かっていく。

県道84号線に入ると、車窓の向こうには日差しを受けて輝く海が見えるようになる。途中でさらにもう一人の乗客を乗せると、やがてバスは知名の市街地へと入っていった。この時間後ろからは国頭発知名行のバスも走っており、2台が並んで知名の市街地へ入る形となる。この日は月曜日ということで、街へ病院やスーパーに買い物に出る人も多い。

知名の市街地へ入ると、バスは町役場や徳洲会病院を経由する。町役場で折り返すと、国頭発のバスに加えて、知名発空港行のバスも加わり、わずかな区間ながら3台で知名の街を走る。
Aコープ知名店前(町体前)で一人が下車すると、近くに座っていた乗客から「若い人が乗ってるなんて珍しいね」と声をかけられた。「観光で来たんです」と答えると、しばし会話が弾む。高齢者が利用客の中心である沖永良部島の路線バス。空港線は島の幹線路線として観光客や空港・和泊港利用者の姿も多いが、ローカル路線はそうした人の姿も少なく、若者が乗っていることも珍しいのだろう。その乗客と言葉を交わしているうちに、やがてバスは知名の商店街の通りへと入った。言葉を交わした乗客も途中で下車していき、バスはまもなく終点の知名に到着した。
遠くに与論島・沖縄本島を望む知名の街を歩く

2日で3度もお世話になった運転士さんに改めてお礼を伝え、バスを降りる。空港へ向かうまでの間に土産を探したいと思い、運転士さんに尋ねると、国民宿舎のロビーに売っていると教えてくださった。知名では1時間15分の時間がある。まずは教えてもらったホテルへお土産を見に行き、その後は街を少し歩いてみることにした。

港の方へと歩き、運転士さんに教えてもらった「おきえらぶフローラルホテル」へ。フロント横にお土産が売られており、ここで持ち帰り用のお土産をいくつか購入した。この後、空港でも購入することはできるが、先に買っておいた方が時間的な余裕が生まれるうえ、選べる商品の幅も広がる。立ち寄ったフローラルホテルは、奄美地方で唯一の公営国民宿舎であり、2017年には平成天皇皇后両陛下が行幸啓の際に宿泊された場所だという。
お土産を購入した後は、周辺をぶらぶらと歩く。ホテルの道を挟んで反対側にある小学校の校庭では体育の授業が行われており、街には元気な子どもたちの声が響いていた。

知名の港から海を眺めてみる。防波堤があるため、沖合まで見渡せる場所は港周辺では限られているが、消波ブロックの間から海を一望できる場所が一か所だけあった。市街地のすぐ近くでありながら、コバルトブルーの海が広がっている。消波ブロックの間にある小さな砂浜には波が寄せては返し、その透明度の高さが際立っていた。何度見ても美しい海である。
知名は現在、就航するフェリー航路がない。しかし、以前は鹿児島港から喜界島、奄美大島(名瀬・古仁屋)、徳之島(平土野)を経由する奄美海運の航路の終点となっていた。この航路は現在も運航されているが、乗客の減少や乗組員の確保の難しさを理由に2025年6月をもって知名への寄港が休止された。

島の南西部に位置する知名の市街地。沖合を見てみると、うっすらと2つ島影が見えた。画面左側のくっきりと見えるのが鹿児島県最南端の与論島。そしてこの与論島の右側にうっすらと延びる山の稜線は、沖縄本島である。与論島まではおよそ30km、沖縄本島までは60km離れているが、肉眼でも二つの島を見ることができた。

その後は市街地をゆっくりと歩いてみた。知名の市街地は丘の斜面に位置しており、中央の商店街通りもなだらかな坂道になっている。前日は日曜日で閉まっている店も多かったが、この日は小さな賑わいを感じさせた。街の規模こそ大きくはないが、こののどかな雰囲気が、旅をしている実感を静かに呼び起こしてくれる。その後は坂道を登って丘の上へと進み、どこから次のバスに乗ろうかと迷いながら、バス通りを歩いた。

結局、バスがやってくるまであと少し時間があったので、Aコープ知名店へ駆け込んで、このあと食べるお弁当を購入。この店舗の前にある町体前バス停からバスに乗車した。
お土産の調達具合で、この先の下車地は変えようと思っていたが、無事にお土産を購入することができたので、巡る観光スポットを一つ追加。次は笠石海浜公園まで行ってみることにした。バスは公園の前を通らないので、フリー乗降制度を使い、公園に1番近い場所で停車してもらうよう運転士さんにお願いした。
乗車記録 No.5
沖永良部バス企業団 空港線 沖永良部空港行
町体前→喜美留(笠石海浜公園付近)

この時間の空港行きのバスは知名の街中や病院でも相次いで乗車があり、賑わいを見せていた。和泊へ向かう道中で知名からの乗客が下車していくと、今度は和泊方面へ向かう乗客が増え始める。和泊のAコープから手々知名にかけては連続的に乗り降りがあり、車内も少し混雑した。中には空港や和泊港を目指す観光客の姿もあった。バスは和泊を抜け、喜美留の集落へ差し掛かる。西原へ向かうために左折する交差点のやや手前でバスを停めていただき、ここでバスを下車した。
さて、この後は笠石海浜公園をはじめとする島の北東部の観光地を巡り、沖永良部空港へ。この島での時間も残りわずかとなったが、最後まで、沖永良部の旅を楽しんでいく。
続く