【旅行記】札幌近郊乗り鉄旅~789系0番台特急「ライラック」で旭川へ~
札幌周辺の鉄道路線を巡り、道内路線の完乗を目指した札幌近郊乗り鉄旅。最終日となる3日目は、早朝に札幌を離れ、終日九州への帰路となる。札幌駅からは特急ライラックに乗車。道北・旭川を目指した。
札幌と旭川を結ぶ都市間特急「ライラック」に乗車する

札幌が舞台となった今回の旅。2泊3日の行程を確保していたが、最終日は少し時間に余裕があり、広大な北海道で札幌だけを訪ねて帰るのももったいない気がしていた。そこで、帰路はまだ利用したことのない旭川空港を使ってみようと思い立ち、それと同時に、こちらも未乗車だった札幌-旭川間の特急列車に乗ってみることにした。
札幌-旭川間では複数の特急列車が運転されている。これまでの旅の中で、石北本線へ向かう特急「オホーツク」と宗谷本線へ向かう特急「宗谷」には乗車した経験がある。一方、この区間内で完結する特急「カムイ」と「ライラック」にはまだ乗車したことがない。北海道の二大都市を結ぶ都市間特急の様子もぜひ見ておきたいと思い、今回の旅程に組み込んだ。

乗車したのは、札幌を7時13分に発車する特急「ライラック」3号旭川行き。列車は、先に発車した特急「オホーツク」網走行きの後を追うように、手稲の札幌運転所から回送列車として入線してきた。直前のダイヤ改正で全席指定席となった「ライラック」と「カムイ」。今回は、かつて自由席だった5号車の指定席を利用する。
朝の下り列車は3本連続で「ライラック」として運転されている。札幌―旭川間の特急列車は、日中こそ1時間に1本程度の運転だが、6時台から8時台にかけては運転間隔がやや短くなり、おおむね40分間隔で設定されている。また、この時間帯には網走行きの特急「オホーツク」2号、稚内行きの特急「宗谷」も運転されており、これらを合わせると札幌―旭川間ではおおむね20分に1本の頻度で特急列車が走っていることになる。これから乗車する特急「ライラック」3号は、前を走る特急「オホーツク」、後ろを追う特急「宗谷」という2本の長距離特急に挟まれる形で旭川を目指していく。

ところで、札幌―旭川間には「ライラック」と「カムイ」という2種類の特急列車が設定されている。「あずさ」と「かいじ」のように、運転区間や停車駅、役割の違いによって同一路線に複数の特急列車が走る例は珍しくない。しかし、「ライラック」と「カムイ」は走行区間も停車駅も同一である。それにもかかわらず列車名が分かれているのは、使用車両と車内設備が異なるためだ。号数は共通となっているものの、列車種別としては別々に扱われている。
2つの列車のうち、先に登場したのは「ライラック」である。1980年に室蘭―札幌―旭川間を結ぶ特急列車として運転を開始し、その後は札幌―室蘭間の分離などを経ながら運行されてきたが、2007年に一度名称としては消滅した。
一方、1990年には785系のデビューとともに「ホワイトアロー」が登場する。しばらくは「ライラック」と「ホワイトアロー」が並行して運転される時代が続いたが、2007年には789系1000番台の登場に合わせて両列車が「スーパーカムイ」に統一された。
さらに2015年、北海道新幹線の開業により、それまで特急「白鳥」に使用されていた789系0番台が札幌―旭川間へ転用されることになった。この際、車両設備の違いを明確にするため、789系0番台で運転される列車を「ライラック」、789系1000番台で運転される列車を「カムイ」とし、再び列車名が分けられることとなった。以後、現在に至るまで両列車が共存する体制が続いている。
789系0番台で運転される特急「ライラック」は6両編成で、「カムイ」の5両編成より1両多い。旭川方先頭車の半室にはグリーン車も設けられている。一方、「カムイ」にはグリーン車は設定されていないものの、4号車にuシートを備えている。現在は両列車とも全席指定席となったが、こうした設備の違いは現在も残されている。
789系1000番台については、過去に特急「すずらん」へ乗車した際にすでに利用したことがあった。そこで今回は、789系0番台で運転される「ライラック」を選択した。かつて北海道と本州を結んでいたこの車両の“第二の人生”を味わいながら、旭川を目指すことにした。
乗車記録 No.13
特急ライラック3号 旭川行
札幌→旭川 789系0番台
雨の札幌を出発し、函館本線を駆け抜け旭川へ

1日目、2日目と晴天に恵まれた今回の旅だったが、最終日は朝から雨模様となった。明け方には雨のピークは過ぎていたものの、この時間もなお降り続いている。大半の窓側座席が埋まった状態で、列車は札幌駅を発車した。7点チャイムに続き、「イランカラプテ」から始まる車内放送が流れる。今回は空港バスからスタートしたので、この車内放送を聞くのも久しぶり。やはりこの放送を聞かないと北海道に来た気がしない。
俊足自慢の特急列車は序盤から快足を飛ばし、苗穂、白石を颯爽と通過していく。 列車は札幌を出ると、岩見沢、美唄、砂川、滝川、深川と停車しながら旭川を目指す。札幌方面へ向かう上り列車では、特急「宗谷」と「オホーツク」の一部が美唄・砂川を通過する一方、下り列車についてはすべての特急列車で停車駅が統一されている。さらに、「カムイ」「ライラック」の電車特急に限れば、上下とも全列車が同一の停車パターンとなっている。

住宅街が広がる景色の中を進み、千歳線と別れると、列車は厚別区内を走りながら進路を北へ取る。しばらくは街並みが続くものの、この先岩見沢までは、防風林が目立つ区間も多い。対向列車はちょうど札幌へ向かう通勤ラッシュの時間帯。反対ホームには列車を待つ通勤・通学客の姿が見える。高架駅の野幌を通過すると、まもなく列車は江別市へ入り、札幌から続いていた市街地も次第に終わりを迎えた。

江別を通過すると石狩川が近づき、美原大橋が車窓を横切っていく。その立派な斜張橋は、前日に乗車した札沼線の車窓からも遠くに見えていた。並走する国道のバイパスを走る車は水たまりを跳ね上げ、窓には細かな雨粒が打ち付ける。その後は防風林の続く景色の中を進み、列車は最初の停車駅である岩見沢に到着した。

岩見沢では早速数人が下車していく。駅裏に広がる車両基地は、この時間は静まり返っており、車両の姿は見当たらない。ホームでは数人の利用客が、この後到着する札幌行き普通列車を待っていた。直線区間が続くこのあたりは乗り心地もよく、早朝の車内は実に静かだった。眠っている乗客の姿も目立つ。規則正しいレールの継ぎ目と車両の揺れが、心地よい眠気を誘う。

岩見沢を出ると、列車は田園風景の中を次の美唄へ向かう。天気が良ければ雄大な北海道らしい景色が楽しめる区間だが、この日は雨と霧の影響で遠方まで見通すことはできなかった。美唄、砂川でもそれぞれ数人ずつが下車していく。他路線との接続がないこうした中間駅は、なかなか訪れる機会がない。今後はこうした駅を目的地として訪ねてみるのも面白そうだと思いながら、ホームを眺めていた。
日本で2番目に長い鉄道直線区間を駆け抜けると、列車は空知川を渡り、滝川の市街地へと入る。富良野方面へ向かう根室本線との接続駅である滝川では、車両基地にキハ54形の姿が見えた。前回この地を通った時には、まだキハ40形が現役で活躍していた。それから2年も経たないうちに、この地域の鉄道風景も大きく様変わりしている。
時間帯によっては普通列車との緩急接続が行われる滝川駅だが、この時は直前に発車した普通列車の次が約5時間後という状況だった。そのためホームに大きな動きはなく、列車は淡々と発車していく。次の普通列車が現れるまでの間に、実に7本もの特急列車が旭川方面へ向けて発車していくのである。

滝川を出ると、列車は次第に厚い雲の広がるエリアを抜け、遠くにうっすらと山並みが見えるようになってきた。江部乙を通過すると、次の妹背牛(もせうし)との間で石狩川を渡る。大雪山をはじめとする山々の雪解け水を集めた春の石狩川。九州では春先の河川は水量が少なくなることも多いが、北の大河はこの季節も豊かな水をたたえ、雄大に流れていた。
やがて列車は深川に到着する。市街地へ入ると、数週間前に廃止された留萌本線の線路跡が近づいてきた。レールはまだそのまま残されており、今にも列車がやって来そうな雰囲気が漂っている。しかし、もうこの線路を列車が走ることは二度とない。この路線に乗車した日のことを思い出す。深川もまた、その旅で宿泊した思い出の地である。

駅の裏手にはジェイアール北海道バス深川営業所がある。そこには、留萌本線の廃止代替として運行を開始した「きたそーライナー号」の車両が留め置かれていた。廃止された深川-沼田間には、従来から空知中央バスの沼田線が運行されているが、これに加えて道北バスが速達便として「きたそーライナー号」の運行を開始している。
バスは道北バスの路線であるにもかかわらず、なぜジェイアール北海道バスの営業所に留め置かれているのだろうと思ったが、調べてみると、この深川営業所は道北バスへ管理委託されているとのことだった。深名線ルートもいずれ乗ってみたい。
深川では前を走っていた普通列車旭川行きに接続し、ここで追い越しを行う。対面ホームに停車していたのは、札幌を6時ちょうどに発車した普通旭川行きである。全区間が電化されているにもかかわらず、この列車にはH100形気動車が使用されている。この列車は以前から気動車で運転されており、現在もその伝統が受け継がれている。

深川を出ると、次はいよいよ終着の旭川である。遠くに見えていた山並みが次第に近づき、果てしなく広がっていた石狩平野も終わりを迎える。納内を通過した列車は高速道路と直角に交差し、道央と道北の境界を貫く神居トンネルへと入った。この先は連続するトンネル区間を駆け抜けていく。車内は相変わらず静かだった。

石狩川と並走しながら旭川の市街地へ近づくと、まもなく近文を通過する。列車も少し速度を緩め、終着駅が近いことを感じさせる。やがて車内に鉄道唱歌のチャイムが流れ、終着旭川を告げる放送が入ると、列車は再び石狩川を渡った。車内にはどこか安堵感のような空気が漂い、眠っていた乗客たちもあくびや背伸びをしながら降車の準備を始める。その後、列車は高架区間へと上がり、ゆっくりと旭川駅へ到着した。

久しぶりに旭川の地へ降り立つ。通過を含めればこの街を訪れるのは4度目だが、実際に下車するのは2022年の旅以来2度目となる。この日は雨が降っていたこともあり、4月とは思えないほど肌寒かった。まだ冬の余韻が色濃く残っている。
前回、特急「宗谷」に乗車した際にも「季節を駆ける特急列車」だと感じたが、今回も同じ印象を受けた。札幌では春の訪れを感じる程度の肌寒さだった一方、旭川では春はまだ少し先にあるような冷たさが感じられた。
隣のホームには札幌行きの特急「ライラック」が停車していた。おそらく先行していた「ライラック」1号の折り返し列車だろう。2本のライラックが並ぶ光景が広がる。札幌-旭川間の電車特急に乗車してみたいという思いから組み込んだ今回の「ライラック」の旅。俊足で函館本線を駆け抜けながら、北海道の二大都市を結ぶ都市間特急の魅力を存分に味わうことができた。

乗ってきた特急「ライラック」3号の後には、以前乗車した特急「宗谷」が続いている。20分ほどで旭川へやって来るため、しばらくホームで待ち、見送ることにした。
やがて6番線に、キハ261系5両編成の特急「宗谷」が入線してきた。乗務員交代を終えると、列車は日本最北の駅・稚内へ向けて再び走り出していく。札幌から稚内までの所要時間は約5時間10分。特急「ライラック」にとってはわずか1時間半の旅路に過ぎないこの区間も、「宗谷」にとってはまだ序盤戦といえる。ここから先、列車はさらに3時間半ほどをかけて宗谷本線を北上し、日本最北端の街を目指していく。旭川まで来るとかなり北までやって来たような気になるが、稚内はまだ遥か先。北へ向けて旅立つ特急「宗谷」を見送り、改札を出た。
4年ぶりに訪問した旭川、駅前を歩いてみる

駅前広場の水たまりが、つい先ほどまで激しい雨が降っていたことを物語る旭川駅。この時間も厚い雲が空を覆っているものの、雨はすでに弱まり、細かな雨粒へと変わっていた。雨の峠は越えたようで、この先は天気も回復してくるらしい。帰りの飛行機が離陸する頃には晴れていてくれたらと、密かに願う。
久しぶりに訪れた旭川。前回来た時は列車ではなく、留萌から沿岸バスの快速留萌旭川線に乗ってこの街へやって来た。現在も留萌からの路線バスは運行されているが、当時の快速便はすでに姿を消している。
ふと、そのバスの車内で流れていたラジオのことを思い出した。ちょうどその日は、佐々木朗希投手が完全試合を達成したという話題で持ち切りだった。あれからもうそんなに時間が経つのかと、改めて時の流れの早さに驚かされる。
前回は富良野線への乗り換えを急いでいたため、駅前をゆっくり見る時間がなかった。そこで今回は、空港行きバスの発車まで少し時間があったこともあり、駅前を歩いてみることにした。

道北最大の都市であり、北海道では札幌に次ぐ約31万人の人口を擁する旭川市。近年は痛ましい事件が報じられることもあり、悪目立ちしてしまっているが、市街地の南東には大雪山連峰がそびえ、豊かな自然に囲まれた風光明媚な街でもある。市内にある旭山動物園は、北海道を代表する観光地の一つとして全国的にも知られている。
市街地は、他の道内主要都市と同様に碁盤の目状に整備されている。市内では忠別川や美瑛川など複数の河川が石狩川へと流れ込み、その合流地点周辺に市街地が形成されている。中心市街地は旭川駅の北側に広がり、忠別川、石狩川、牛朱別川に囲まれるような地形となっている。人口規模でいえば高知市とほぼ同程度であり、駅前も地方中核都市らしい賑わいを見せている。
駅前から北へ延びるのが、平和通買物公園である。駅舎正面から続くこの通りは、約1kmにわたって歩行者専用空間となっており、両側にはかつての西武旭川店を活用した商業施設フィール旭川をはじめ、多くの飲食店や商業施設が立ち並ぶ。
朝10時前という時間帯もあり、まだ開店前の店舗も目立ったが、通りには傘を差して歩く人の姿があり、街の活気を感じることができた。もともとは一般の車道だったそうだが、1972年に歩行者天国化され、現在の姿になったという。

街中を車が行き交うよりも、人々が歩いている方が不思議と賑わいを感じる。やはり歩きやすい街づくりというのは大切なのだろう。そんなことを考えながらしばらく通りを歩き、その後は緑橋通へ出て駅前へ戻ることにした。
ところが、その途中で再び雨脚が強まった。風も次第に強くなり、一時は傘がほとんど役に立たないほど吹き荒れる。駅前ロータリーへ戻り傘をたたむと、冷たい風が手に染みた。思わず両手を擦り合わせて温める。
駅前には都市間バスや路線バスがひっきりなしに発着している。旭川市内の路線バスは、かつてこの街で路面電車を運行していた旭川電気軌道と道北バスを中心に運行されている。都市間バスも札幌をはじめ、留萌、富良野、帯広、紋別、枝幸など道内各地と結ばれている。4年前にこの街を訪れた時、そして一昨年にオロロンラインを旅した際にも利用した沿岸バスの車両とも再会した。個人的には、このバスを見るのが一番「道北まで来たな」と実感する。
さて、この後は空港連絡バスで旭川空港へ向かい、飛行機で北海道を後にする。と、この時までは、そう思っていた。しかし、この後思いもよらぬ展開が待っていたことで、旅は空前の“アディショナルタイム”へと突入することになる。その顛末については、次話以降で詳しく書くことにしたい。
続く