【旅行記】山陰本線完乗を目指す旅 石見交通広益線に乗車

益田から高速バスで広島へ

 下関からたった1本の列車で到着した益田駅。駅舎自体はこじんまりとしているが、ロータリーに沿う形で飲食店やホテルなどが入る建物が建っていて、駅前は案外大きな街の駅という印象を受ける。益田駅で鉄道の旅は終了し、ここからは高速バスの旅。今回乗車するのは、益田と広島を結ぶ石見交通の高速バス広益線。益田駅前からも乗車できるが、時間もかなりあるので、始発の石見交通本社前まで歩いて行ってみることにした。
 
 駅前のきれいに整備された道を歩くこと20分ほどのところにある石見交通本社。石見交通は島根県の西部で路線バスや高速バスを運行するバス会社で益田市に本社を置く。石見交通ではICカードは使えないので、車内で支払うか、窓口などで乗車券を買う必要がある。益田市内ではここと益田駅前に窓口があり、乗車券を購入できる。発車までしばらく時間があるので、乗車券を購入して、バスの待合所でバスを待つことにした。親切なことにバスの待合所にはコンセントが設置されていて、スマホを充電することができた。早朝からスマホを使っていたので、とてもありがたかった。路線バスも多く発着し、次々とバスが入出庫していた。
 

広益線「清流ライン高津川号」に乗車

 
乗車記録 No.4
石見交通 広益線「清流ライン高津川号」
日原・六日市経由 広島駅新幹線口行
石見交通本社前→広島駅新幹線口
 
 益田から広島へ向かうバスは2路線ある。一つは益田から山口線と同じ方向に進み、日原から六日市へと抜け、そこから中国道・広島道経由で広島に向かう路線。もう一つは「新広益線」と呼ばれる路線で、益田から美都、戸河内を経由して、戸河内ICから中国道・広島道経由で広島市内へ向かう路線である。新広益線も興味があるのだが、本数が少ないので、今回は時間の都合上広益線に乗車する。広益線の所要時間はおよそ3時間。途中中国道の深谷PAで休憩がある。車内にトイレは設置されていないので、事前にトイレは済ませておいたほうがいい。写真は乗車したバスを休憩地の深谷PAで撮影したもの。
 
 石見交通本社前を発車すると、歩いてきた道を戻って益田駅のロータリーに入り、益田駅前に停車する。この広益線は高速バス路線であるものの、途中の六日市までは路線バスとしての役割も担っていて、広島まで向かう乗客と、益田近隣の地域住民の両方が乗り合わせる。乗車したときは大体半々程度だった。益田駅を出るとバスは概ね山口線に沿って進み、津和野町の日原へと向かう。
 
 益田の市街地を出ると川が並走する。六日市の方から流れてきて、益田で日本海に注ぐ高津川。国土交通省が毎年発表する水質調査で、全国で水質が良好な河川に何度も選出された実績を持つ河川で、流域自治体は日本一の清流とアピールしている。乗車中の広益線も「清流ライン高津川号」の愛称を持ち、一般道走行区間である益田~六日市間はほとんどの区間でこの高津川と並走して走っていく。清らかな流れを車窓に見ながら、バスは国道187号と国道9号の共用区間を走り、津和野町へと入る。
 
 津和野町に入り、特急列車も停車する日原の街を経由する。日原を出ると山口線は国道9号線と同じく津和野市街へと向かうが、バスは進路を東寄りに変えて国道187号線を六日市へと向かう。すっかり日本海側の天気は回復し、青空が広がっていた。
 
 日原を出ると七日市までは割と険しい山間部の渓谷を進んでいく。道路はバイパスが整備された区間もあり、トンネルと橋で高津川を何度か越える。広島行の高速バスでありながら、区間の内にある集落にもバス停があり、乗り降りすることが可能である。吉賀町に入ると七日市に停車。七日市は高校が所在するため、多くの高校生が乗車してきた。車内が一瞬だけ混雑するが、もちろん広島方面に行くわけではなく、全員が次の六日市で下車していった。
 
 これまで走ってきた国道187号線沿線には実は鉄道建設の計画があった。その一部が現在錦川鉄道となっいてる西岩国~錦町の区間で、もともとは国鉄岩日線という路線だった路線を第三セクターが引き継いだものである。岩日とは岩国と日原を指し、日原で山口線と接続することで益田と岩国を結ぶ陰陽連絡線の一つとなる計画だった。残念ながら、その計画は途中で頓挫し、錦町~日原の区間は未成線として鉄道が建設されることはなかった。六日市までは鉄道路線の建設が進められており、その高架橋などを今も見ることができる。錦町~六日市の区間は車で20分程度とわずかな距離で、バスでアクセスが可能。岩国市の生活交通バスが県境を越えて運転されている。錦川鉄道、岩国市生活交通バス、そして乗車中の広益線と乗り継ぐと概ね岩日線のルートを辿って旅することもできる。錦町には以前行ったことがあるが、一つ山を越えた先が錦町という実感が六日市に来ただけでは湧かなかった。六日市からは中国道に入り、いよいよ高速バス区間となる。
 
 中国道に入って少し走ると深谷PAで休憩となる。運行時間が長いが車内にトイレは設置されていないので、乗車するときは気を付けたい。深谷PAはトイレと自販機しかなく、売店などは設置されていない。中国道のこの区間を走行するのは初めて。昼下がりの時間とは言え、PAに止まっている車もほとんどなく、2車線である必要が分からないくらい両方向とも閑散としていた。15分ほど停車するが、特にやることもなく、乗客はすぐに車内に戻る。
 
 深谷PAを出ると、標高を上げて島根県と広島県の県境を越える。下を見下ろすだけでも恐ろしいほど高いところを走っている場所もあり、山の上を何本もの橋でつないで道路が敷かれている。広島県に入って最初の吉和は2003年に合併して廿日市市になり、廿日市市が島根県との県境を接するところまで続いている。廿日市市といえば世界遺産でもある宮島が有名だが、旧宮島町が廿日市市と合併したのは2005年で、旧吉和町はそれよりも少し早く廿日市市となっている。吉和から戸河内の間も山間部を進んでいき、戸河内からは可部線の廃線区間にも近い場所を走っていく。
 
 広島北ICから広島道に入ると交通量も増える。相変わらず車窓は山ばかりだが、もうここまでくると広島の郊外には到達していて、場所によっては住宅地が造成されている。バスは広島西風新都ICで高速道路を降りるが、その前に太田川を渡る。写真の左山手には旧可部線の線路跡がのび、以前はこの太田川に沿う形で路線が三段峡まで続いていた。車窓からもその廃線跡を見ることができる。
 
 広島西風新都ICで高速道路を降りて、工業団地を抜け、続けて住宅地を走る。アストラムラインの高架をくぐると広島都市高速4号線に入り、長いトンネルを抜けると先ほどまで山間を流れていた太田川を渡る。広島市街地の最も西側を流れるこの川は太田川放水路と呼ばれ、もともと流れてい川の川幅を拡張し、さらに川の位置を移動する大工事により完成した人工的な川。戦前から工事が行われ、戦時中の中断を経て1968年に完成したのだとか。個人的には山陽新幹線でも山陽本線でも広島に着いたと実感するのがこの川を渡った瞬間である。
 
 広島の市街地に入ると広島バスセンターに一旦立ち寄り、広島駅は新幹線口に到着する。所要時間は3時間と長丁場ではあるものの、前半は高津川の美しい川の流れ、そして後半は中国道の沿線の山々を見ることができるので、乗っていても飽きない路線だった。今回の旅はここ広島で終了。新幹線で広島をあとにした。
 今回は山陰本線の未乗区間となっていた幡生~益田間の乗車をメインに下関から益田を経由して広島まで移動した。無事に山陰本線を完乗し、残すところ中国地方は岡山県を走る水島臨海鉄道とJR姫新線の2路線のみとなった。次回の旅はこの2路線に乗車すべく岡山県へと向かった。

★ 今回の初乗車路線

【鉄道路線】
JR西日本山陰本線 幡生~益田間 ※その他の区間は過去に乗車済み
【バス路線】
石見交通 広益線(石見交通本社前~広島駅新幹線口) 石見交通本社前-広島駅新幹線口間