【旅行記】新潟・北陸乗り鉄ぶらり旅〜西武バス東京-長岡・新潟線で新潟へ〜
飛行機の大幅な遅延の影響で新幹線での東京入りから始まった今回の旅。1日目は宿泊先の蒲田から新宿へ移動しながら、東急多摩川線、世田谷線の2路線を再訪した。ここまではいわば助走区間。2路線への再訪後、バスタ新宿から新潟・北陸への本格的な旅がスタートした。
東京から新潟へ、6時間の高速バス旅を満喫する

バスタ新宿からは、西武バスが運行する東京―長岡・新潟線、万代シティバスセンター行きに乗車した。バスタ新宿から終点の万代シティバスセンターまでの所要時間はおよそ6時間。今回は新幹線ではなく、あえてのんびりと高速バスで新潟を目指すことにした。
東京―長岡・新潟線は、西武バス、西武観光バス、新潟交通、越後交通の4社が共同運行する同区間では老舗の高速バス路線である。運行開始は1985年で、今年は40周年の節目を迎えた。現在はウィラーも東京―新潟線を運行し競合関係にあるが、昼行・夜行ともに高い人気を誇っている。所要時間は新幹線に比べて長いものの、運賃を抑えて移動したいというニーズに応えている。
昼行便は1日6往復が運行され、基本はバスタ新宿―万代シティバスセンター間を結んでいる。朝の新潟発2便のみはバスタ新宿まで向かわず、池袋駅前が終点である。東京からは関越自動車道、北陸自動車道を経由し、途中、湯沢、六日町、魚沼、小千谷、長岡、三条燕などの沿道のバス停に停車する。移動費用を抑えたいという需要に加え、新幹線では乗り換えが必要となる沿線各地と東京をダイレクトに結ぶ役割も担っている。
一方、当路線は夜行便も1日2往復が運行されており、特に週末は満席となることが多い。夜行列車が姿を消した現在、夜間に東京―新潟間を移動できる貴重な交通手段となっている。
東京から新潟へ向かう最速の手段は、上越新幹線である。しかし、この区間はすでに何度か利用しており、今年の年始にも越後湯沢まで乗車している。毎回同じ手段では面白みに欠けるため、今回は高速バスを選ぶことにした。新潟へ行くために丸一日を使うという、少し前までの乗りつぶしの旅では考えられなかったことだが、完乗路線が増えた今では、こうした余裕も生まれてきた。
長距離列車と同様、長距離バスもまた「移動そのものに乗る」ことを楽しむ筆者にとっては魅力的な存在である。1本の列車、あるいは1本のバスに乗るだけで1日が終わる。普通であれば勿体なく感じるかもしれないが、筆者にとってはこの上なく幸せな時間である。

バスが入れ替わり立ち替わり発車していくバスタ新宿。乗車するバスは、待合室や窓口の目の前にあるB4のりばからの発車だった。10分前に発車する富士急行バスの山中湖旭日丘行きを見送ると、まもなく目的のバスが入線してきた。ほどなく改札が始まり、バスに乗り込む。
車内は独立3列シートで、車両中央部にはトイレを備える。各座席にはコンセントとプライベートカーテンが設けられており、長時間の移動でも快適に過ごすことができる。今回はトイレ前の3列目進行方向右側の座席を指定した。
乗車記録 No.8
西武バス 東京-新潟・長岡線 万代シティBC行
バスタ新宿→万代バスセンター
バスタ新宿からの乗客は5名ほど。この先、池袋駅前、練馬区役所と停車していくため、始発からの乗車は多くない。定刻になるとドアが閉まり、バスはロータリーを回って甲州街道へと出ていく。別ののりばには、今年の春にお世話になった東日本急行のバスが停車していた。都内では、ウィラーからの福島・仙台線の受託運行で姿を見せる。
池袋を経由し、一般道経由で関越道練馬ICを目指す

バスタ新宿を発車し、甲州街道へ出たバスは、そのまま新宿の街へと繰り出していった。大勢の人が行き交う繁華街を車窓に眺めながら、バスは新潟への第一歩を踏み出す。都立新宿高校やドコモ代々木ビルが流れていき、やがて進路を北へ。明治通りに入ると、バスはそのまま新宿の街を縦断していく。
繁華街を抜け、東新宿へ差し掛かる頃には、車窓の人の流れも次第に落ち着いてきた。地下には東京メトロ副都心線が走り、その上をバスがなぞるように進んでいく。どこか既視感のある景色だと思い、過去の乗車記録を辿ってみると、都電荒川線に乗りに行った際、新宿駅西口から早稲田方面へ向かった都営バスで、同じ道を通っていたことを思い出した。日清食品東京本社や早稲田大学のキャンパスを横目に、バスは静かに北へと進む。
やがて高戸橋付近で、明治通りに都電荒川線が合流し、しばらく並走する。学習院下電停に滑り込む荒川線の電車とすれ違い、東京の街らしい光景にしばし目を奪われた。そこから先は進路をやや変え、ほどなく池袋駅前に到着した。

バスが停車した池袋駅前バス停は、西武高速バスのりばといい、主に西武とその共同運行会社の路線が発着するバス停となっている。池袋にはバスタ新宿のような各社集約のターミナルはなく、西武系や国際興業系、JR系など各グループごとに発着するバス停が異なっている。西武の高速バスのりばは池袋駅東口から徒歩数分のところにあり、バス停自体は路上にあるが、歩道沿いの建物には窓口や待合室も設置されている。やはりこのバス停からの乗車が多く、ここで車内の7割程度の座席が埋まった。
池袋駅前を発車すると、巨大な壁のように立ちはだかる西武百貨店本店を正面に池袋東口交差点を左折し、再び明治通りへ。その後は新目白通りへと進んで、関越道の練馬ICを目指して行く。東名にしても、東北道、常磐道にしても基本的に各方面への高速道路は、都心側で首都高と繋がっているが、関越道だけは直接繋がる首都高速がなく、起点の練馬ICまで一般道を走行する必要がある。ここが関越道方面の道路の一つのネックとなっている。

途中、高戸橋付近ですれ違ったのは、新潟交通が運行する上りの初便だった。新目白通りに入ると、車窓の左手には西武新宿線の線路が現れ、所沢方面へ向かう列車が静かに走り去っていく。地下には大江戸線が走っているはずだが、地上から眺める街の表情は、地下鉄では決して見ることができない。
やがてバスは練馬区役所前に到着。ここで1人の乗客を乗せた。反対側のバス停には、おそらく長野から走ってきたであろうアルピコ交通のバスが停車していた。

バスはさらに北西へ。住宅街の建物は次第に背を低くし、都心から郊外へと移り変わっていくのがはっきりと分かる。西武池袋線の高架をくぐり、環八通りや笹目通りを越えると、視界は一気に開けた。
やがてバスは高架へ上がり、関越自動車道・練馬ICを通過する。ここから先は、新潟までひたすら高速道路を走る長い旅路が始まる。バスタ新宿を出てからすでに1時間が経過。ようやく、東京を抜け出した実感が湧いてきた。
関越道へ入り、新潟への長い高速道路の旅が始まる

練馬ICから長岡JCTまで続く関越道。首都圏と新潟を結ぶ大動脈を、バスはこれからひたすら北へと走っていく。都心側では交通量も多く、特に藤岡JCT付近までは長野方面へ向かう車も加わるため、常に流れが慌ただしい区間。外環道と接続する大泉JCTを通過し、さらに新座料金所を越えると、関越道は次第に郊外の色を帯びていく。
この日は三連休。事前に道路情報を確認すると、下り線では坂戸西スマートIC付近を先頭に、15kmほどの渋滞が発生していた。バスもほどなくその渋滞に巻き込まれ、しばらくはノロノロとした走行が続く。ただ、この日は新潟に着くこと自体が目的であり、多少の遅れはむしろ想定内。この渋滞も、週末の関越道らしい風景も含めて、この旅の一部として味わった。

川越ICを過ぎると、バスは入間川を渡る。直後に停車した川越的場バス停が、東京側最後の停留所だった。この便では新たに乗り込む乗客はなく、短い停車の後、バスは再び本線へ戻る。練馬から川越にかけての関越道は住宅地を貫くように走るため、防音壁が続くが、この辺りからようやく視界が開け、田畑が目に入るようになった。
関越道は東武東上線のやや西側を北上していく。遠くに見える沿線の街並みを眺めながら走ると、電車では決して見えない街の広がりが感じられて面白い。あの街へは、かつてこんなルートで旅したなというそんな記憶が、車窓の景色と重なってよみがえる。過去の旅と今の旅が、ふとすれ違う瞬間だった。
渋滞は断続的に続いたものの、思ったほどひどくはならず、圏央道と交わる鶴ヶ島JCT付近でようやく流れは回復した。鶴ヶ島、高坂、東松山と通過していくうちに、車窓の風景は次第に山がちになっていく。東武東上線でも森林公園から先は景色が変わるが、その少し北を走る関越道も、同じような表情を見せていた。沿道の木々は色づき始め、紅葉が車窓を彩った。

やがてバスは、秩父方面から流れてくる荒川を渡る。ここで一度、関東平野の広がりへと戻る。緑に包まれていた視界は再び開け、遠くまで平坦な景色が続く。関越道は八高線のやや東側を進み、本庄児玉IC付近で上越新幹線と交差する。高速で駆け抜ける新幹線の線路を横目に、バスは最初の休憩地、上里SAに到着した。

バスタ新宿を出てから、ここまででおよそ2時間20分。ここ上里SAは関越道が埼玉県から群馬県へ入る直前という場所にある。長野方面へ向かう上信越道が分岐する藤岡JCTも近く、パーキングエリアながら立ち寄る車も多い。
目的地の新潟はまだ遥か先にある。6時間に及ぶバスの旅では、意識的に身体を動かす機会を作らないと、どうしても体が固まってしまう。休憩地では外へ出て背伸びをし、売店でグミを買ってから再びバスへ戻った。ここは関越道や上信越道経由の高速バスの休憩地の定番となっている場所のようで、次々とバスが入ってくる。到着時には佐久・小諸行のバスが停車しており、ほどなくして草津温泉へ向かう「ゆめぐり号」も姿を現した。
高崎・前橋を抜け、赤城山を車窓にバスはゆく

15分の休憩を終え、バスは再び走り始めた。上里SAを出てほどなく、神流川を渡り、ここで埼玉県から群馬県へと入る。直後に通過する藤岡JCTは、関越道から上信越道が分岐する大動脈の結節点だ。軽井沢や長野方面へ向かう車はここで進路を変えていく。高崎線・新町駅にほど近い場所にあり、鉄道と道路の交通の要衝であることがよく分かる。
さらに進むと烏川を渡り、北関東道が分岐する高崎JCTを通過する。北関東道は、鉄道で言えば両毛線に沿うようなルートをたどる高速道路だ。その直後、高崎ICを過ぎるが、市街地は車窓の反対側に広がっており、バスはあくまで都市の縁をなぞるように走っていく。

このあたりの関越道は、高崎市街と前橋市街の間をすり抜けるようにして延びている。やがて上越線と交差すると、遠くに群馬県庁の建物が見え始め、その背後には群馬県のシンボルともいえる赤城山がどっしりと構えていた。県庁舎と赤城山が重なるこの車窓は、まさに群馬を象徴する風景である。
新前橋駅にほど近い前橋ICは、練馬から続いてきた片側3車線区間の終点となる。この先、関越道は片側2車線へと変わり、都市部を抜けて本格的に地方へ向かう道の表情を見せ始める。バスは赤城山を左手に、上越線と並走しながら新潟を目指して進んでいく。

渋川が近づくにつれて、先ほどまで遠くに見えていた赤城山がぐっと近づいてきた。近くで眺めると、山の中腹だけが色づき、紅葉のグラデーションを描いているのがよく分かる。赤城山はドライブコースとしても知られており、三連休のこの日はきっと多くの行楽客で賑わっていたことだろう。
渋川伊香保ICを通過すると、バスは利根川を渡る。このあたりで関東平野も終わりを迎え、車窓には次第に緑が増え始めた。都市の風景から山あいの景色へ。新潟へ向かう旅は、ここからさらに深まっていく。
雪を積もらせた谷川連峰を車窓に関越トンネルへ

渋川を過ぎたあたりから、関越道は谷川連峰へ向けて徐々に標高を上げ始める。谷に架かる大きな橋をいくつも渡り、平坦な道が続いていた関東平野区間とは一転して、車窓の景色も次第にダイナミックになっていった。
沼田を通過する頃、車窓の奥に雪をまとった谷川連峰の姿が見え始めた。上越国境の山々は、すでに冬を迎えている。

上越線がそうであるように、関越道も沼田以北は進むにつれて山深くなっていく。特に月夜野以降は、上越線や利根川と並走しながら、狭い谷に沿うようにして道が延びていく。水上周辺では紅葉がちょうど見ごろを迎えており、真っ赤に色づいた木々が谷を彩っていた。
水上ICを通過すると、関越道はいよいよ最大の難所へと差しかかる。やがて車窓に谷川岳PAが現れ、上下線の間に建てられた建物群の横を通り過ぎると、まもなくバスは関越トンネルへと吸い込まれていった。

群馬県と新潟県の県境に位置する谷川連峰を貫く関越トンネルは、全長およそ11km。上下線で長さは微妙に異なるものの、国内の道路トンネルとしては、都心を走る山手トンネルに次ぐ長さを誇る。もっとも、山岳道路トンネルとしては日本最長である。
この谷川連峰の地下では、上越線が清水トンネル・新清水トンネルを、上越新幹線が大清水トンネルを通って同じ国境を越えている。関越トンネルはそれらより南側で山に入り、途中で大清水トンネルと交差しながら、新潟側では最も早く地上へと姿を現す。
トンネルを抜けた直後に現れるのが土樽PAだ。谷川岳PAと並び、関越道ではよく知られたパーキングエリアで、降雪時にはタイヤチェックが行われることも多い。数日前に雪が降ったようで、PA周辺や沿道にはところどころに雪が残っていた。

関越トンネルの中で群馬県から新潟県へ。ついに目的地の県へと入ったものの、新潟県は広く、終点の新潟市街地はまだ遥か先にある。ここでバスタ新宿を出てから約3時間。ようやく運行時間の折り返し地点を迎えた。
上越線と交差し、土樽駅の脇を通過すると、バスは下り坂に入り、一気に標高を下げていく。やがて車窓にはスキー場のゲレンデが見え始め、新潟らしい風景が広がってきた。
今年の年始に乗車した上越線の上り列車は、このあたりでループ線へと進むため、所要時間がやや長くなる。一方、関越道はあっという間に山を下り、中里、そして岩原を次々と通過していった。
上越国境を越え、バスは魚沼盆地へ進む

まもなくバスは、新潟県に入って最初の停車地となる湯沢に差し掛かった。しかしこの日は降車客はおらず、そのまま通過となった。車窓の左手には湯沢の街が広がり、遠くには越後湯沢駅や上越新幹線とガーラ支線との接続部、さらにはこの日の時点ではまだ今期の営業前であるガーラ湯沢駅の姿も確認できた。右手には魚野川が流れ、関越道はその先で魚沼盆地へと進んでいく。

魚沼盆地へ入ったバスは、車窓の右手に雪を積もらせた越後三山を眺めながら北上する。魚野川を渡り、塩沢駅付近で上越線と交差すると、まもなく六日町の市街地を通過し、六日町ICで一旦本線を離脱した。料金所の間に設置された六日町バス停で一人の乗客を降ろし、再び本線へ戻る。直後には、ほくほく線の高架橋が頭上を通りすぎ、ここまで来てようやく「新潟へ来た」という実感が湧いてきた。

再び上越線と魚野川を越え、浦佐の街の東側を通過。魚沼盆地を北へ進むと、バスは魚沼ICに到着した。ここでも料金所間のバス停に停車し、3人の乗客が降車した。
この魚沼ICは、少し前まで「小出IC」という名前だった。小出といえば上越線から只見線が分岐する場所であり、鉄道ファンにとっては今でもこちらの名前の方がしっくりくる。小出は魚沼市の中心地で、筆者も昨年この街に宿泊し、只見線の始発列車に乗車したことがある。六日町も小出も新幹線の駅はなく、公共交通で訪れる場合は乗り換えが必要になる。その点、現在乗車している高速バスは、この街と東京を乗り換えなしで結ぶ貴重な交通手段となっている。

小出の市街地を抜けると、魚沼盆地もこのあたりで終わりを迎える。関越道はしばらく魚野川に沿って進み、市街地の東側できれいな弧を描きながら、進行方向を北から西へと変えていく。やがて川口の街が車窓の右手に現れ、飯山線の線路と交差すると、バスは2か所目の休憩地である越後川口PAに到着した。

最初の休憩地である上里SAを出てから2時間。ここ越後川口PAでは、およそ10分の休憩が設けられた。その名の通り、このPAは上越線と飯山線が乗り入れる越後川口がある、長岡市川口地区に位置している。昨年春、飯山線から上越線へ乗り換えた際に降り立った越後川口。宿泊先だった小出駅周辺にはスーパーやコンビニがなかったため、この街の小さなスーパーで夕食を買い込んだことを、ここでふと思い出した。

PAには展望台が設けられており、そこからは雄大な信濃川を一望できる。関越トンネルを出て以降、並走してきた魚野川は、ここ越後川口で信濃川へと合流する。このあたりの信濃川は大きく蛇行しながら流れており、PAがある場所は、ほぼ周囲を川に囲まれた地形となっている。ここでも背伸びをして軽く体をほぐし、再びバスへと戻った。
関越道から北陸道へ、広い越後平野を快走する

小休憩を終え、バスは再び走り始めた。越後川口PAがこの便における最後の休憩地となり、この先は新潟市街へ向けてひたすら進むことになる。
越後川口PAはIC併設型のPAで、道路の北側に上下線のPA、南側にICが配置された、やや特殊な構造をしている。IC自体は一般的なトランペット型だが、その途中からPAへの分岐が設けられており、上下線とも、ここで降りる場合に限ってPAへ立ち寄った後、料金所へ向かうことができる。このような構造はやや珍しいが、関越道には同様の例がいくつか存在するらしい。

越後川口を出ると、バスは小千谷、越路、長岡北と停車しながら乗客を降ろし、北へと進んでいく。次第に視界は開け、バスは越後平野へと入り込んだ。越路は信越本線の来迎寺駅に近く、直後にその線路と直角に交差する。その後は車窓の遠くに長岡市街地を望みながら走行を続ける。
やがてバスは長岡ICに差し掛かる。ここは関越道最後のインターチェンジであり、市街地最寄りのICでもあるが、この路線は停車しない。路線名が「東京―長岡・新潟線」であるにもかかわらず通過するのは少し不思議にも感じるが、長岡ICは構造上、バス停が一般道側に設置されており、停車後に再び高速道路へ戻るのが難しいため、通過扱いになっているのだろう。
長岡ICを通過すると、すぐに長岡JCTへ至る。ここが練馬から続いてきた関越道の終点であり、バスは全長246.3kmを走り抜けたことになる。ここからバスは北陸道へと進む。ただし実際の道路構造は、関越道から新潟方面の北陸道が直進する形でつながり、富山方面へ向かう北陸道が分岐する造りとなっている。北陸道に入ると、ほどなく長岡北に到着し、ここから先は新潟市街地まで、広大な田園地帯を走っていく。

長岡を過ぎると、バスは越後平野を横断しながら新潟を目指す。古くに開業した信越本線や越後線が平野の縁をなぞるように敷かれている一方で、比較的新しい上越新幹線と高速道路は、平野の中央部を一直線に貫いている。その理由については、明日の旅で目にすることになる。
やがて上越新幹線の高架橋が近づき、巨大な燕三条駅の脇を通過する。バスはその先にある三条・燕バス停に停車し、ここでも1人の乗客が下車した。新幹線の駅名を巡って議論があり、駅名が「燕三条」となり、後に設置されたインターチェンジが「三条燕」となったという話はよく知られている。明日は、この高架の下を走る弥彦線に乗車する予定である。

三条燕を出た後も、バスは広い田園地帯をひたすらに走り続ける。ここまで来ると新潟はすぐそこに思えるが、越後平野は想像以上に広く、新潟市街地はまだ遠い。市街地へ入るまでの間に、バスは巻・潟東、鳥原に停車し、それぞれで1人ずつの下車があった。
鳥原を出ると、バスはまもなく新潟西料金所を通過し、続いて新潟西ICを通過する。新潟駅へは新潟バイパスを経由するルートもあるが、この便は引き続き北陸道を進む。広がる新潟の街並みに夕陽が傾き、長い旅路の終わりが、静かに近づいていることを感じさせた。
長旅の後、日没近づく新潟の街へ到着

会津若松方面へ向かう磐越道と接続する新潟中央JCTを通過し、反対側の車窓に運動公園のスタジアムを眺め進むと、やがてバスは新潟亀田ICに到着した。新潟市街地の南側に位置するこのインターチェンジが、このバスにとって高速道路走行区間の終点となる。関越道の起点である練馬から、およそ5時間に及ぶ高速道路の旅は、ここでひと区切りとなる。
料金所を通過すると、バスは国道49号線の亀田バイパスへ入り、市街地中心部へと進んでいく。煎餅や柿の種で知られる亀田製菓の本社と工場は、このインターチェンジのすぐ近くにある。
新潟亀田ICは多くの高速バスが利用する拠点でもあり、山形、金沢、長野など、各地へ向かう高速バスと頻繁にすれ違う。どれも気になる路線ばかりで、新潟が高速バス網の要衝であることを実感する。

バイパスを北へ進み、市街地中心部へ近づくバス、新宿を出たのは午前中だったが、薄暗くなり、車はヘッドライトを点灯させていた。バスに揺られて一日が終わる。乗りもの好きにはたまらない時間である。
福島県のいわきから続く国道版磐越線の国道49号線の終点、栗ノ木橋交差点へ差し掛かると、バスはここを左折。まもなく新潟駅前に到着し、3名などの乗客が下車して行った。
新潟駅前はバスターミナルへは入らず、駅前通りのバス停に停車。そこでUターンする。次はいよいよ終点の万代シティバスセンター。大きなアパホテルや人の行き交う新潟の街を車窓に走行し、新宿から6時間あまりの高速バスの旅は幕を閉じた。

バスセンター脇の道路沿いに設置されたバス停に降り立つ。関越道で渋滞があったものの、バスはほとんど遅れることなく終点の万代シティバスセンターへたどり着いた。過去に新潟市街地を走る路線に乗車した際に通過したことはあった万代バスセンター。ここで乗り降りするのは初めてだった。
新幹線とは異なり、各地をゆっくりと北上してきた高速バスの旅。都会から郊外へ、平野から山岳地帯へ、さらに盆地を経て、どこまでも田園風景が広がる越後平野へという、まるでグラデーションのように変化していく車窓が実に興味深かった。過去の旅を思い返しながら、ただ移動そのものを楽しむ。そんな一日を過ごせたことに、深い充実感を覚えた乗車時間だった。
美しい夕焼けとともに1日目の旅を終える

新潟市街といえば、街の真ん中を信濃川が流れて、これがこの街の一つの象徴となっている。久しぶりの新潟。暗くなってしまう前にその景色を見ておきたいと思い、到着後すぐに河川敷へと向かった。横断歩道を渡り、階段を上っていくと、目の前に広がった光景に思わず息をのむ。
西の空へ沈みゆく夕陽が上空の雲を赤く染め、その雲の色が信濃川の水面に映り込んで、川全体が輝いていた。慌ててリュックからカメラを取り出し、夕焼けをシャッターに収める。その後は河川敷のベンチに腰掛け、刻々と変わっていく空と川の表情を、ただ静かに眺めていた。
1日目の締めくくりに、こんな美しい景色が待っているとは思ってもみなかった。東京からの長い移動を終えたこの日に、これ以上ないほど相応しい新潟の風景だった。

三連休の中日ということもあり、河川敷には家族連れなど多くの人が集い、思い思いに夕暮れの時間を過ごしていた。明日も休みだという空気が、街全体を少し浮き足立たせているようにも感じられる。信濃川に架かる新潟のシンボル、萬代橋は、今日も変わらずそんな新潟の日常を見守っていた。
やがて夕焼けが終わり、橋に設置された街灯や対岸の街の明かりが、次第に水面へと映り込み始める。昼から夜へと移ろうこの時間もまた、旅を彩るシーンの一つである。明日以降はどんな景色に出会えるだろうか。そんな期待を胸に、1日目の旅は静かに幕を閉じた。
この後は途中、万代シティに立ち寄りながら、のんびりと新潟駅へと歩き、新潟駅前のホテルにチェックインした。2日目、3日目はいずれも早朝出発の行程が続く。早めに休み、翌日から始まる本格的な旅に備えた。