【旅行記】広島電鉄再訪と萩・芸予諸島を数珠つなぎで巡る旅~広島電鉄「クレアライン」で呉へ~

 
 数珠つなぎに列車やバスなどを乗り継いで、山口・広島両県を旅する2泊3日の今回の旅。2日目は早朝から広島電鉄に乗車。昨年開業した新ルート、駅前大橋ルートに乗車するとともに、9年ぶりにその他の全路線を訪ねた。ここからは翌日の旅に備えて移動を再開。広島バスセンターからバスに乗車し、次なる目的地・呉を目指した。

広島電鉄「クレアライン」に乗車する

 胡町歩道橋から路面電車を撮影した後は、紙屋町にある広島バスセンターへ。最後まで1日乗車券を行使して、最寄りの胡町電停から紙屋町まで路面電車で移動しようと思ったものの、遅延していたため、4電停分を歩いて広島バスセンターへと向かった。
 
 久しぶりの広島バスセンター。とはいえ、1年半ぶりの訪問だった。前回は2024年12月に博多からの夜行バスで降り立ち、その後は広島交通が運行する府中行きのリードライナーに乗り換えた。とはいえ、あの時はまだ夜も明けきらぬ早朝だったので、多くの人が行き交う日中のバスセンターを訪れるのはかなり久しぶり。相変わらず多くのバス利用者で賑わっている。
 次に乗車するバスまでは30分ほど時間があったので、ベンチでしばらく休憩。この時間は四国各県や福岡へ向かう高速バスが相次いで発車する。実は今回の旅、初案では高松か徳島から広島へアクセスする予定だった。今回は乗車しないが、これらのバスにも、別の路線の延伸に合わせて、近いうちに乗車するつもりでいる。
 さて、広島バスセンターからは呉へと移動していく。呉方面へはJR呉線も利用できるが、こちらはこれまで複数回利用した経験がある。そこで今回は、同区間を結ぶもう一つのメジャーな移動手段である「クレアライン」というバスで呉へアクセスしてみることにした。
 広島電鉄とJRバス中国の2社共同で運行されている「クレアライン」。路線名は、バスが途中で経由する有料道路、広島呉道路の愛称「クレアライン」に由来する。道路なのかバス路線なのかややこしくなるので、この先バスについて述べるときは、「クレアライン線」と書くことにする。
 呉線がターミナルである広島駅を発着する一方で、クレアライン線は中心市街地を発着しており、広島市中心部と呉をダイレクトに結ぶ。通勤・通学など日常利用も多く、呉線からすれば強力なライバル的存在と言える。運行本数も多く、平日朝ラッシュの上りは最混雑時間帯には5分間隔で運転され、日中や土休日も20~30分に1本が運転されている。
 便数的には広島電鉄が担当する便が大多数を占める。今回乗車したのは、広島電鉄が担当する16時20分発、宇品IC経由の安芸阿賀行き。クレアライン線は呉本通6丁目が終点となる便が多いが、一部はその先の阿賀駅前まで運転されている。せっかくなら安芸阿賀駅まで行ってみたいので、一旦宿泊先のホテルがある呉駅前を通過し、安芸阿賀駅まで行ったうえで、呉線で戻ってくるような形で乗車する計画を立てた。
 クレアライン線は広島バスセンターでは6番のりばから発車する。ここは広島県内東部方面へのバスが発車するのりばで、1年半前に乗車したリードライナーもこののりばからの発車だった。利用客が多いため、バス停前にはバス待ち列の案内が掲出されている。呉以外の東部方面の高速バスはいずれも愛称に「ライナー」がつく。待ち列は「(クレア)ライン」と「ライナー」で分かれるように案内されていた(写真は2020年に撮影した同路線の車両)。
 
乗車記録 No.14 広島電鉄 クレアライン 宇品IC経由 阿賀駅前行 広島バスセンター→阿賀駅前
 
 16時を回ったので、そろそろ呉へ帰る乗客が増え始める時間だが、広島バスセンターから乗車したのは5人程度で、乗客の姿は少なかった。バスは広島市中心部で、バスセンター以外にもいくつか停留所が設けられている。バスターミナルから一気に乗車するというよりは、途中のバス停からこまめに乗客を拾いながら、呉へと向かっていく形となる。
 広島バスセンターを発車すると、スロープを下りて交差点を右折し、城南通りへ。建設中のスタジアムや広島城を車窓に眺めながら進み、さらにもう一度右折して鯉城通りへ入り、南下を開始した。
 
 バスセンターに隣接したリーガロイヤルホテル広島やそごう広島店を反対側の車窓に眺めると、バスはまもなく紙屋町交差点に差し掛かり、ここを直進。路面電車の線路を跨ぐ。ここからバスは道沿いにある本通り、中電前、市役所前の各バス停に停車し、乗客を拾う。この便でも各バス停で2~3人の乗車があった。
 この通りでは広電宇品線が並走する。この日は朝から7号線、循環線の電車で通り、これが3度目だったので、沿線の景色もかなり見慣れてしまった。
 
 市役所前を発車すると、直後の広島市役所前交差点で左折し、国道2号線へ入る。ここからしばらくは東へと進む。京橋川と広電皆実線の線路を跨ぐと、バスは比治山を車窓に眺める。やがて南区役所前に停車するが、ここから乗り込む乗客の姿はなかった。
 
 クレアライン線には仁保IC経由と宇品IC経由の2つの系統があり、出汐町~都市高速仁保JCTにかけては走行ルートが異なる。仁保IC経由はこのまま国道2号線を直進し続けた後、大学病院前、柞木に停車し、仁保ICから都市高速へ進む。一方、乗車しているバスは南へ進み、出汐二丁目、県立広島大学前、宇品東五丁目と停車し、宇品ICから都市高速へ進む。運行本数はどちらかといえば仁保IC経由便の方が多く、宇品IC経由便は広島電鉄のみが運行している。
 
 出汐二丁目、県立広島大学前で数人を拾う。夕方だと大学生の利用も多そうだが、夏休みの時期なので、学生の姿も少ない。隣接して県立広島病院もあり、呉方面からの通院利用も多いのではないかと思う。
 ちなみに、バスが走っている通りの西側には宇品線が走っている通りがある。直後に車窓には、広島が誇るマツダの宇品工場が広がる。沿道には駐車場・駐輪場が並んでいるため、工場自体が見える場所は少ないが、このあたりはマツダの工場が一帯に広がっている。広島市街地側の最後のバス停である宇品東五丁目でも1人が乗車。おそらく工場への通勤利用も見込んで、こちら経由のバス系統が設定されているのだろう。
 
 宇品東五丁目を出ると、バスは宇品ICに差し掛かり、広島高速3号線へと入る。3号線は広島の湾岸線的な立ち位置の道路。廿日市方面から沿岸部を経由して、海田町方面へつながる広島南道路の一部が都市高速の一部に組み込まれている。
 鉄道は市街地中心部の北側を走るため、かなり迂回しているが、沿岸部を走るこの道路は廿日市方面と海田町方面をほぼ直線的に結ぶ。三角州の沿岸部を短絡するという点では、伊勢湾岸道によく似ている。
 防音壁などで見通しはよくないが、途中に架かる宇品大橋を渡る区間などでは、車窓にマツダ宇品工場と広島市街地を一望する。マツダの工場のその大きさには驚いた。海沿いには製造された車が所狭しと並び、ここから船で世界へと出荷されていく。まさに広島の産業の中心地を、バスは横切っていく。
 
 やがてバスは仁保JCTへと差し掛かる。ここは4方向から道路が交わるジャンクション。東西に走る広島高速3号線からそのまま直進すれば、広島南道路の海田大橋へとつながり、海田町方面へ。その先は広島東バイパスに直通し、西条方面に通じる。一方、南北には山陽道の広島東ICから通じる広島高速2号線が交わり、そのまま南へ進むと、広島呉道路「クレアライン」に通じる。バスはここで広島高速3号線から広島呉道路へと進む。ジャンクションは猿猴川の河口に設けられており、車窓には海田湾が広がる。
 
 広島呉道路に入ると、バスは広島大橋を渡る。海田湾をショートカットする大きな橋で、基本的に山側となるこちら側の車窓にも海が広がる。橋を渡り終えると、バスは坂本線料金所を通過。広島高速は広島高速道路が管理する一方、クレアラインはNEXCO西日本が管理している。
 料金所を通過してトンネルを抜けると、坂の町を横切る。車窓には呉線の坂駅が見えており、ちょうど広島方面へ向かう列車が通過していった。呉線経由だと海田市を経由する必要があるが、こちらは宇品からショートカットして、あっという間に坂にたどり着くため、少々それに驚く。
 
 坂以降は呉線と並走する形で、呉の市街地を目指す。沿岸部を国道31号、呉線、そして広島呉道路が並んで進む形となる。車窓の反対側には時折、島々が浮かぶ瀬戸内海の景色が広がる。本当は反対側の方が眺めはいいのだが、この時間は西日が差し込んで眩しい。こちら側には山の斜面に住宅地が広がっている。この道路は現在、坂北IC以降が2車線だが、4車線化工事が進められており、近い将来には全区間が4車線化される予定。車窓にはその工事現場が広がる区間も多かった。
 
 呉市に入って天応地区を横切ると、バスは天応本線料金所に差し掛かり、再び料金所を通過する。ここは呉側にある終点の料金所。道路自体はもう少し先まで続くが、トンネルが続くため、手前に設けられている。ここから吉浦トンネル、そして呉トンネルと2つのトンネルをくぐると、バスはこの道路の終点、呉ICへ。車窓は一気に山の斜面から市街地へと変わり、直後の裁判所前交差点を右折し、呉駅方面へと向かっていく。
 
 呉市街地ではいくつかの停留所が設けられている。市街地をコの字に走りながら、乗客を降ろす。呉ICに程近い場所にある体育館前では1人が下車。今西通りと呼ばれる大きな通りを直進すると、バスはまもなく呉駅前に到着した。
 
 呉駅前では乗客の半数程度が下車。車内にそのまま残る人も多かった。今日はこの近くにあるホテルに宿泊するが、一旦通り過ぎて、このバスの終点まで向かう。17時を回った呉駅は多くの人が行き交っている。呉線で何度か通り過ぎている呉駅だが、外観を見たのはこれが初めて。実は数年前、観光に行こうと計画していたのだが、台風のせいで旅行自体をキャンセルした悲しい思い出がある。
 
 呉駅のロータリーを回ると、バスは市街地を東西に走る国道31号線へと進み、本町一丁目交差点を左折。道路は直後の本町二丁目交差点で、そのまま国道185号線に変わる。本通と呼ばれるこの通りは呉のメインストリート。沿道にはアーケードが広がっており、商店が軒を連ねる。軍港として栄え、現在も20万人が住む呉の街。市街地にもその風格が漂う。バスは、この道沿いで四道路、本通3丁目、本通4丁目と停車し、乗客を少しずつ降ろしていく。
 呉ICからやってくる蔵本通りとの大きな交差点を通過すると、少し渋滞に巻き込まれながら、本通6丁目に到着。クレアライン線は多くの便がここを始発・終点としているが、このバスはもう少し先まで運行される。直後の交差点を右折すれば、呉と阿賀を結ぶ休山トンネルへ入り、このバスの終点、阿賀駅方面へ向かうことができるが、バスは引き続き本通を直進し、山手へと進んでいく。
 
 呉の市街地は呉と阿賀・広にかけて広がっており、その間には休山という高い山が聳えている。呉線も国道185号も、長いトンネルでショートカットする一方、路線バスはこの山の北側を迂回する国道の旧道経由で阿賀駅方面を目指す。沿道や周辺には山の斜面に住宅地が広がり、坂の街を印象付ける。同じく軍港として知られる佐世保や横須賀にも似た景色が広がる。徐々に標高を上げながら、バスは途中で本通8丁目、西畑と停車した。
 
 呉越峠と呼ばれる峠を越えると、バスは一転、下り坂を進む。途中では中畑、原、郷とバス停に停車しながら、乗客を降ろす。乗車する前は、なぜ阿賀まで行くのだろうかと少々疑問に思っていたが、このあたりに住む住民に便利に利用されているらしい。坂を下ると、休山トンネル東口交差点を左折し、トンネルを使ってショートカットしてきた国道185号線と合流。終点の阿賀駅前が近づく。終点まで行くのは自分だけかもと思っていたが、終点まで利用する人も多い。阿賀まで行くなら呉線との所要時間差も小さくなるが、広島市中心部へダイレクトに行けるというのは利便性が高い。阿賀駅前交差点を右折すると、バスは終点の阿賀駅前に到着。ここでバスを下車した。
 路面電車では一日乗車券を利用していたので、モビリーデイズのICOCA払いは初利用。決済に数秒かかるため、路面電車に乗っている時も、正常に決済が完了する前にカードやスマホを離してしまったり、エラーになったのに気づかずに下車してしまったりする人を何人も見ていた。普通の改札機や運賃箱搭載のリーダーのような高速な処理ではないため、立ち止まって確実にかざすという心構えがいる。
 夕暮れの阿賀駅前に降り立つ。バスは駅前のマンションと一体となった商業施設の横に到着。古くは呉でも路面電車が走っており、ここはその車庫があった場所らしい。試しに商業施設の中に入ってみたが、とてもローカル感に溢れていた。

呉駅の隣の安芸阿賀駅、列車を撮影しながら遅れた電車を待つ

 以前から乗車してみたかったクレアライン線の乗車を終え、呉線の安芸阿賀駅へ。ここからは呉線で一駅戻って、宿泊先のホテルがある呉へと向かい、2日目の旅を終える。
 呉駅と三原側に隣接する安芸阿賀駅。先述の通り、呉の市街地は呉駅に加え、阿賀から広にかけても広がっており、呉線ではこの間に安芸阿賀駅、新広駅、広駅の3駅が設置されている。ここはその中で最も西側に位置し、すぐそばには休山が聳え立つ。
 駅は2面2線で、呉と広の間の列車交換駅となっている。橋上駅舎であるため、どちらのホームへ向かうにも、一度階段・エレベーターで改札階へと上がる必要がある。北側が正面口だが、南側とも通路でつながっており、自由に行き来ができる。周辺は住宅街が広がるが、南側には呉工業高専と市立呉高校が立地しており、学生の利用も多い。駅前バス停は何か所かに点在。ロータリー内のバス停は呉市生活バスが使い、一般の路線バスとクレアラインの広島方面行きは、少し離れた国道上のバス停を使っている。
 
 バスの中ですでに情報は得ていたが、この日の広島地区のJRは、山陽本線での人身事故の影響でダイヤが大幅に乱れていた。阿賀から呉へは来た道を戻る形で路線バスも利用できるが、あとは宿に向かうだけなので、安さを優先して呉線の列車を待つことに。いつ列車が来るかは定かではないが、待っていれば来るだろうということで、列車が来るまでのんびりとした時間を過ごす。
 この時間、広方面の列車が大幅に遅れており、当初は広方面ホームで列車を待つ人の姿が多く見られた。運行状況の在線位置を調べると、快速安芸路ライナー糸崎行きが25分ほど遅れて運転。続けて普通列車広行きも数分遅れで走っていた。
 乗車予定にしていた普通列車は運休でやって来ず、呉駅への到着が遅れることは確定した。おそらく広駅には広島方面に向かう車両はいない。次の広方面の列車は糸崎行き。ということは、次の列車はその後続の普通列車が広まで行って折り返す形となる。少なく見積もっても、あと30分は列車が来ないだろうという見当は容易についた。
 
 やがて、呉方の踏切が鳴り出して、227系が入線。撮影して時間を潰す。日中は広島~広間で運転されている快速安芸路ライナーだが、夕方には一部列車が広以東へ直通し、安浦や糸崎発着で運転されている。広島から先は普通列車へ変わるが、この広島~糸崎間を呉線経由で直通する列車は、いつか乗り通してみたい列車の一つである。なお、朝には糸崎発広島行きの通勤ライナーも運転されている。
 
乗車記録 No.15 呉線 普通 五日市行 安芸阿賀→呉 227系0番台
 
 糸崎行きが発車すると、続けて広行きの普通列車が発車。その車両が広で折り返し、広島行きとして安芸阿賀へ到着したのは18時30分ごろ。もともとは17時58分発の列車に乗るつもりだったので、待っていたのは30分だった。17時33分に発車する列車は定刻通り走っていたようだったので、広島行きの列車はなんと1時間ぶりに現れたことになる。3分の乗車とはいえ、満員だったら嫌だなと思っていたが、さほど混雑しておらず、列車は長いトンネルを経て、呉に到着。30分ほど遅くなってしまったが、無事に宿泊地である呉に到着することができた。

夕暮れの呉に降り立ち、2日目の旅を終える

 呉駅で下車するのもこれが初めて。2日目の旅はここまで。明日はここからさらに東へ移動しながら、芸予諸島の島々をバスや船で巡っていく。この日は駅の裏手にある新しくできた東横INNに宿泊した。少し年季の入った呉駅。駅前ではロータリーの再整備と、百貨店跡地を利用したマンションと商業施設の複合施設の建築工事が行われていた。駅舎の建て替えの予定はないようだが、駅前は近々新しくなるらしい。今回は宿泊のために訪ねた呉。ここでの観光はしないが、次にここを訪ねたときには、じっくり時間を確保して、大和ミュージアムをはじめとした観光スポットを巡ってみたいと思っている。
 
 とはいえ、せっかく呉に来たのなら、港の様子は見ておきたい。もう日没寸前だったが、港の近くにあるゆめタウンでの夕食調達を兼ねて、ホテルへ向かう前に一旦港の方へ。呉駅からは通路がゆめタウン・大和ミュージアム・呉港ターミナルへと伸びていて、少々距離があるものの、信号などを気にすることなく歩くことができる。速足で歩いてゆめタウンを通り抜け、呉港へ。なんとか明るさの残る呉の港を眺めることができた。
 
 呉は明治期に海軍の鎮守府が置かれたあと、軍港として発展した街。鎮守府はここのほか、横須賀、舞鶴、佐世保に置かれ、これらは現在も海上自衛隊の拠点が置かれており、日本の海の守りにおいて欠かせない場所になっている。周辺を江田島や倉橋島に囲まれている天然の良港である呉は、艦船や潜水艦の製造拠点としての役割を果たし、現在も民間の造船所が置かれ、タンカーやフェリーを製造する。有名な戦艦「大和」は、ここ呉の海軍の造船所で建造。港にはこれにちなんで大和ミュージアムがあり、軍港としての呉の歴史を伝えている。
 
 その大和ミュージアムの前は公園となっていて、ここから自衛隊の基地や隣接する造船所を見ることができる。もともと海軍の造船所だった場所にはジャパンマリンユナイテッドやIHIの工場があり、公園の近くには三菱重工業の工場もあるなど、現在も造船などの重工業が盛ん。手前に停泊している船の大きさに圧倒された。日中は艦船を間近で眺められるクルーズ船も運航されている。改めて呉に観光に来た時には、ぜひこのクルーズ船に乗り、もっと間近に船を眺めてみたい。
 
 呉港は現在もいくつかの航路が就航している。沖に浮かぶ江田島は、倉橋島を介して橋でつながっている。しかし、島の北部からは大きく迂回する必要があるため、呉市街地との移動には現在もフェリーが便利に使われている。やがて港には江田島の小用からのフェリーが到着。乗客や車両を入れ替えて、すぐにまた小用へ向けて出港していった。今回の旅、最終日では江田島へ渡るのも一案としてあったが、乗り継ぎがうまくいかずに断念。広島港からの船もあるので、両方の航路を使って訪ねてみたい。
 
 観光客も少なく、静かな時間が流れる夕暮れの呉港。江田島の向こうの夕焼けも、徐々に闇に染まり、旅の2日目もこの平穏な空気とともに幕を閉じた。その後はゆめタウンに立ち寄って夕食を調達し、ホテルにチェックイン。すぐにシャワーを浴びて汗を流し、翌日の旅に備えて休息を取った。
 さて、最終日となる3日目は呉を早朝に出発して、路線バスと船を乗り継ぐ芸予諸島の旅へ。まずは新広駅近くの中国労災病院から瀬戸内産交の路線バス、沖友線に乗車。4つの島をつなぐこのバスを乗り通して大崎下島へ向かい、夏の瀬戸内を旅した。
 
続く