【旅行記】広島電鉄再訪と萩・芸予諸島を数珠つなぎで巡る旅~9年ぶりに広島電鉄全路線を巡る~

大変貌を遂げた広島駅と広電駅前大橋ルート

 広島駅前に宿泊して迎えた2日目。この日は夕方まで広島電鉄に乗車。昨年8月に開業した駅前大橋ルートの乗りつぶしを行いつつ、全路線を2017年7月以来9年ぶりに巡る。ホテルをチェックアウトして、車両所から回送されてきた芸備線のキハ47形に追い越されつつ駅へ向かう。まずは新しくなった広島駅を見るため、横断歩道を渡って駅前を歩いた。
 ここ最近も夜行バスに乗車するために何度か来ていた広島駅だったが、新幹線口の方を利用することが多く、こちら側から駅を眺めるのは久しぶりだった。新たに建設された駅ビルが駅前に壁のように立ちはだかり、路面電車の線路がそこに串刺しになっている。もはや以前の広島駅がどんな駅だったか、思い出す方が難しい。それくらい大きく変わった。
 この駅にプライベートで初めて降り立ったのは、今から約15年前、中学生最後の日だった。広島が誇る某3人組テクノポップユニットのライブに参加するために家族で訪れたが、とても昭和の雰囲気が残る駅という印象を受けた思い出がある。そのライブの先進性に感動したからこそ、その対比が余計に効いているのもあるのだが、それにしても駅は古かった。新幹線口と正面側を結ぶとても長く薄暗い地下道、少し雑然とした駅前、そしてホームを発着する105系や103系などの国鉄型車両。昭和というか、国鉄時代の駅にタイムスリップしてきたような、そんな感覚があった。
 その後は列車の撮影や乗り鉄の旅で数年に一回の頻度で訪ねることになるのだが、行く度に駅の生まれ変わりに驚かされていた。在来線改札が開放感ある造りとなり、東西自由通路が開通、ホームとともに走る車両も新しくなり、駅前にはタワーマンションが建ち始めた。たまに行くからこそ、前回の訪問との違いを感じていた。
 今、新たな駅ビルを目の前にして、もはやどこの駅なのかよくわからない感覚があった。それはもちろんいい意味である。まだ頭の中には、古い広島駅の記憶がある。あれがここと同じ場所であるというのが、にわかに信じがたい。
 駅舎を撮影して、駅前の地下広場を経由し、広島電鉄のホームへ向かう。地下はまだ昔からの雰囲気を残していて、少し懐かしさを感じる。この薄暗い雰囲気が、個人的な昔の広島駅のイメージである。エスカレーターを上がると、時代を早送りしているような気がする。
 
 そんな広島駅では、昨年8月、駅再開発の集大成とも呼べる大変革が起こった。それが、路面電車の駅ビル直乗り入れである。従来は駅前の地平ホームから発着していた広電の路面電車。在来線・新幹線からの乗り換えには垂直移動が生じ、乗り換えは便利と呼べるものではなかった。
 広島電鉄はもともと、広島市中心部の紙屋町から、八丁堀、的場町、猿猴橋町を経由し、広島駅前の地平のりばへと乗り入れていた。駅前を路面電車が頻繁に行き来する光景は、広島市の象徴と呼べる光景だったが、紙屋町方面からすればやや回り込む格好となり、信号待ちなどで所要時間が増大していた。また、頻繁な路面電車の往来は、駅周辺の交通混雑の原因にもなっていた。
 このような問題を抱えていた広島駅前だったが、乗り換え利便のさらなる向上と中心部へのアクセス向上、さらには路面電車の駅前交通からの分離を目的に、広島駅の再開発事業では、路面電車を駅ビルへ直接乗り入れることとなった。これに伴って、広島駅近辺の一部区間で新ルートが建設されることとなり、駅ビルへの乗り入れと同時に路面電車のルートも新ルートへ変わった。駅前大橋を経由するこの新ルートのことを「駅前大橋ルート」という。駅ビルへの乗り入れにより、在来線・新幹線と同一フロアから発着するようになり、利用者にとっても利便性と快適性が向上。八丁堀や紙屋町など中心部へも所要時間が短縮された。
 駅前大橋ルートは2路線の一部区間の移設により構成されている。一つは広島駅と西広島を結ぶ本線で、この路線のうち、広島駅と稲荷町の間が新ルートへと移設された。もう一つは的場町から皆実町6丁目間を結ぶ皆実線で、この路線のうち、的場町から比治山下間が稲荷町から比治山下間へと付け替えられ、新ルートへ移行している。したがって、この駅前大橋ルートの開業で、本線広島駅~稲荷町間、皆実線稲荷町~比治山下間が新たに整備されたことになる。
 ほぼ終日にわたり多くの人で混雑する路面電車のホームだが、早朝はとても空いており、その開放感ある造りをより一層体感することができる。ホームは7面4線。頭端式で、基本的には乗車ホームと降車ホームが分けられている。一方、1線だけ短編成用の切り欠きホームがあり、ここだけは乗車と降車が同じ面を使う。線路の行き止まりの反対側には路線図などの案内板が設置され、その上部には各ホームからの発車案内が表示される。多数の路面電車が忙しなく行き交う光景は、地平ホーム時代から変わらないが、狭い敷地に線路とホームが複雑に入り組み、車両を奥に押し込んで折り返していた頃の雑然さはない。
 
 一方、旧来の区間の扱いは次の通りとなった。まず本線の旧・広島駅~的場町間は廃止に。広島駅に近接した猿猴橋町電停が、この再編に伴う唯一の廃止電停となり、広島駅地平ホームとともに姿を消した。その一方で、本線の稲荷町~的場町間、皆実線の的場町~比治山下間は、循環線という新たな路線に再編。紙屋町~的場町~皆実町6丁目~紙屋町と循環する循環線が走るルートの一部となった。もともと皆実線は、的場町で広島駅側を向いて本線とのポイントが設置されていた。そこで駅前大橋ルートの開業から約8か月の間、路面電車の運行を休止して、ポイントの向きを紙屋町側へ変更。今年3月29日に循環線電車の経路として運行を再開している。
 ホームの先にあるテラスから見下ろすと、旧広島駅電停があった場所を眺めることができる。廃止から1年が経過し、電停は建物、線路ともに跡形もなく撤去されていた。猿猴橋町方面へ伸びていた線路もすでに撤去されていて、路面はアスファルトで舗装されている。現在更地となったこの空間は、今後駐車場などに活用されることになっている。

5号線の電車で新たな開業区間を通り、広島港(宇品)へ

 さて、それでは早速、路面電車旅を始める。広島駅からのトップバッターは5号線。広島駅と広島港(宇品)を結ぶこの系統で、新たに開業した駅前大橋ルート区間に乗車し、そのまま終点の広島港へ向かった。
 広島駅から比治山下、皆実町、宇品を経由して広島港へ向かう5号線。路線的には広島駅~稲荷町で本線、稲荷町~皆実町六丁目で皆実線、皆実町六丁目~広島港では宇品線と、3つの路線を経由する。この間には紙屋町東、広電本社前を経由する1号線も運転されているが、広島港への所要時間は直線的に走る5号線の方が短くなっている。
 1号線は主に低床連接車の5100形や5200形が使用されている一方、5号線は単車の700形、800形、低床連接車の1000形など、短い編成で運転されることが多い。今回乗車したのは700形だった(写真は先発の電車)。なお、ラッシュ時には5200形なども充当され、沿線から広島駅への多くの乗客を捌く。
 先発の始発電車は立っている乗客もいるように見えたが、乗車した次発の列車はさほど混雑していなかった。個人的にはこの電車が、新・広島駅から乗車する第一便ということになる。駅周辺を朝日がまぶしく照らすなか、電車は広島駅を発車。ポイントを通過し、坂道を下ると駅前大橋を渡って、広い駅前通りへと出る。
 
乗車記録 No.6 広島電鉄 5号線 広島港(宇品)行 広島駅→広島港(宇品) 700形
 
 開通から1年が経過したものの、まだまだ真新しさの残るコンクリート路面の軌道を進むと、やがて稲荷町へ。ここでは従来からの線路と新線が直角に交わり、広島駅から紙屋町方へは渡り線が設置されている。電車はそのまま直進し、従来からの線路を跨いで皆実線の移設区間へと入った。ダイヤモンドクロッシングと呼ばれる線路の直角交差は、国内でも数か所でしか見ることができない。本線・皆実線のルート変更により、新たな交差が広島の地で見られるようになった。
 直後に停車する松川町電停は、駅前大橋ルート開通で新設された電停。ここが新設された一方で、猿猴橋町電停が廃止されたため、広電の駅・電停の数自体は変化していない。やがて駅前通りから離れると、その先の交差点を右折して、皆実線の旧線区間と合流。比治山下電停に到着した。
 比治山下から先は、従来通りのルートで広島港へ向かっていく。皆実町あたりまでは下車と乗車が拮抗し、車内の乗客は微減で推移。皆実町六丁目で宇品線へと入ると、すれ違う電車の数も多くなる。宇品以降は降車が続き、車内の乗客もどんどん減少。海岸通りへ差し掛かる頃には数人となった。電車は都市高速や公園を眺めながら走り、終点の広島港に到着。自分以外の乗客はターミナルへ吸い込まれていったので、広島市街地から江田島へ通勤している人も一定数いるのかもしれない。
 
 朝6時40分ごろの広島港(宇品)電停に降り立つ。今回はモビリートラベルで発売されている広電電車乗車券(24時間)を利用。スマホの乗車券画面を乗務員に見せて電車を降りる。本当は紙の方がよかったのだが、昨日は新幹線から在来線経由に変更したため、すでに窓口が閉まっていた。電車内でも買えるが、スクラッチ式なので、削ったゴミをどうするのかという問題が発生する。デジタル乗車券はいちいち表示させないといけないのは少し手間だが、クレジットカード決済なので楽である。
 広島の海の玄関口となっている広島港。松山への高速船・フェリーや江田島・似島・宮島などへの渡船が出ている。ただ広島港と書いただけでは、ぱっと見、広島駅に見えなくもないからか、広島電鉄では案内上は必ず広島港(宇品)と表記される。電停はターミナルに直結し、そのまま船に乗り換えられる。
 電停には3つのホームがある。朝ラッシュということもあり、ひっきりなしに電車が出入りしている。ホームは長くなっており、縦列で停車させることが可能。そのため、留置線としての役割も果たす。
 
 昨日と同様に晴れ渡り、穏やかな雰囲気が漂う広島港。江田島行きの船に乗客が乗り込むと、やがて出港していった。おそらく7時台になれば、江田島からの通勤通学客で賑わうのではないかと思うが、まだこの時間は静かである。思えば去年の夏旅も、佐世保港で似たような光景を眺めたことを思い出す。近くに海がないところに住んでいるので、海と共にある暮らしというものには少し憧れがある。
 
 広島港の近くには、宇品島が浮かんでいる。浮かんでいるとは言え、とても短い橋でつながっており、もはやここが島であることすらほとんど忘れられている。島の東側には、三角形の建物が特徴的なグランドプリンスホテル広島がある。数年前にはここでG7広島サミットが行われ、各国の首脳が訪れた。
 松山への高速船・フェリーも就航する広島港。いずれは乗船したいと思っている航路だが、まだ実現していない。実は、一昨年の四国旅で広島から松山へ向かう際、ここから高速船に乗るという手も考えてはいた。しかし、しまなみ海道への再訪を優先したため、乗船は持ち越しとなった。伊予鉄再訪や愛媛南部のバス巡りも数年以内の目標。その時はぜひここから船で松山を目指したい。

朝ラッシュ真っ只中の7号線で、中心部を抜け横川駅へ

 さて、広島港からは7号線に乗車する。7号線は広島港と横川駅を結ぶ系統。広島港から宇品線、紙屋町西、本線、十日市町、横川線を経由する、割と長距離な路線である。この系統も基本的には単車か1000形で運行されている。しかし、朝ラッシュには5100形で運行される便もあるらしい。一本前の便は3800形で、それはそれで興味深かったのだが、計画していた時間通りに進むことにして、次発の電車に乗車。やってきたのは京都市電出身の1900形だった(写真は横川駅にて)。
 京都市電から転入してきた1900形には、それにちなんで京都由来の愛称が各車両に付けられている。乗車した1907号の愛称は「銀閣」で、車内も昔ながらの面影を残している。時代も、出身の地も異なる車両が活躍する広島電鉄。どんな車両に乗れるのかも含めて楽しむのが、この地を走る路面電車を巡る一つの醍醐味である。
 
乗車記録 No.7 広島電鉄 7号線 横川駅行 広島港(宇品)→横川駅 1900形
 
 広島港では船からの乗り換え客もおらず、貸切状態で発車。しかし、時刻は朝ラッシュ真っ只中へと突入し、元宇品口以降は、ひたすらに乗客を拾っていく。この時間は前も後ろも多くの電車が走っているため、一つの電車に乗客が集中し、大混雑になるということはないものの、それでも朝の混雑が始まる。
 宇品四丁目を出たあたりで電車は一旦停車。運転士から、この先で事故が発生しているため、一時運転を見合わせると放送が入った。どうやら宇品二丁目~県病院前で事故が起きていたらしい。これはこの先の予定が狂うかもなと思っていたが、運転再開にはさほど時間を要さず、電車は再び動き出した。しかし、前にも数台が連なっていて、しばらくはノロノロと進んでいく。やがて事故現場に差し掛かると、警察の聞き取りが行われていた。後ろからは1号線の電車の姿。すぐそこまで接近しては離れを繰り返し、ダンゴ運転で進んでいった。
 皆実町六丁目を出ると、ダンゴ運転もやや解消し、電車はいつもの走りを取り戻す。先行列車が近接していたこともあってか、車内も大きな混雑とはならず、電車は市内中心部へと入っていった。市役所前以降の電停では下車する乗客も増えていく。本通に停車すると、やがて紙屋町交差点へ差し掛かり、左折して本線へと入った。
 紙屋町西で車内の混雑も解消される。この先は本線を十日市町へと進み、そこから横川線に入って北上する形となる。横川一丁目までは順調だったが、やはり7号線に遅れが発生していた影響で、しばらく横川駅のホームに入れない状況となり、数分停車。それでも遅れは5分程度に収まり、無事に終点の横川駅に到着した。
 
 広島のターミナルの一つとなっている横川駅。JRでは山陽本線のほかに可部線が乗り入れ、この路線の起点となっている。廿日市や岩国方面、また可部線沿線などから市内中心部へ向かう場合、広島駅を経由するより、ここで路面電車に乗り換えた方が早い。そのため、郊外と市内中心部をつなぐ乗り換えターミナルとしての役割を果たしている。なお、広島県内でも、広島駅、福山駅に次ぐ第3の利用者数を誇る。
 朝ラッシュ真っ只中の横川駅はとても混雑しており、JRの列車が到着すると、多くの人が改札から出てきて、路面電車のホームに並ぶ。この日は路面電車が遅れていたこともあって、その列も長くなっており、駅員が次の列車の案内を行っていた。
 横川駅は可部線の起点であるものの、JRの列車でここを始発・終点とする列車はない。そのためJRでは通過することが多く、JRの駅ホームへ降りたことはない。

一本道をまっすぐ走る8号線で江波へ

 横川駅からは8号線江波行きに乗車した。横川駅には先ほど乗車した広島港からの7号線と、これから乗車する8号線の2系統が乗り入れている。7号線が割と長距離な路線だった一方、8号線は比較的短い。路線的には横川線、本線、江波線と3路線を経由するが、道路的には一本道で、途中で一度も曲がらない系統でもある。
 しばらく列に並んだ後、やってきた1000形に乗車する。遅延で7号線の電車を待つ列はとても長くなっていたが、市内中心部へ行かない江波行きはさほど列が長くなく、どこに座ろうか迷った末、一番前の席に座ることにした。この日は発車順序が変わり、7号線の電車を先に発車させ、その後ろをついていくような形で、電車は横川駅を発車した(写真は江波にて)。
 
乗車記録 No.8 広島電鉄 8号線 江波行 横川駅→江波 1000形 Green mover LEX
 
 直前に乗車した列車はどちらも単車だったため、連接低床車へ乗り込むのは、今回の旅ではこれが初めて。乗車した1000形は、市内線で運行している3連接電車で、「Green mover LEX」の愛称がある。乗車した車両は、ヱスビー食品の全面ラッピングが施されており、その色ゆえにJRの国鉄型電車を思い出させる。
 先ほどまで乗車していた電車と異なり、スムーズな走りが魅力の連接低床車。軽やかな走りで市街地を進んでいく。8号線では近々、50km/h運転が本格的に導入される予定で、この1000形電車が国内の併用軌道における最高速度で、日常的に走ることになる。
 
 横川駅から江波への所要時間は25分。十日市町~土橋間では本線を走り、その後は江波線へと進んでいく。車内の乗客も各電停で下車していき、いよいよ朝ラッシュの終盤の雰囲気へ。電車は残り僅かとなった乗客を乗せて、終点の江波に到着した。
 江波線の終点である江波は、広電の拠点の一つになっている。ここには江波車庫が設置されており、6号線、8号線、9号線の運行を担う。到着した電車は、ドアを閉め、奥にある車両基地へと進む。ここで折り返して、再び横川駅・広島駅へ向かう列車に変わる場合もあれば、そのまま入庫する場合もある。車庫の後ろには江波皿山という小さな山が聳えている。広島市街地の三角州内にある山は、もともと海に浮かんでいた島で、三角州の形成や周辺の干拓・埋め立てにより、市街地の一部に埋め込まれた。隣にはバスの営業所もあり、線路を渡って、バスが車庫へと戻っていく。
 
 江波からは6号線の広島駅行きに乗車。この後は宮島口へ向かう予定だったので、この列車で土橋へ向かい、そこで2号線の電車に乗り換えることにした。6号線は広島駅と江波を結ぶ系統。江波には先ほど乗車した8号線、そしてこの6号線がメインで乗り入れているが、朝夕には白島へ向かう9号線の列車もわずかに発着している。6号線も8号線と同じく、単車もしくは1000形で運転。新しい広島駅では、1面だけ用意された切り欠きホームを発着している。
 
乗車記録 No.9 広島電鉄 6号線 広島駅行 江波→土橋 700形

土橋で広電宮島口行きの2号線へと乗り換える

 江波から乗車した電車を土橋電停で下車。反対側ののりばに移動する。すぐに2号線の電車が入ってきたが、低床車ではなかったので、1本見送り、次便に乗車することにした。広島電鉄では運行情報を配信しており、低床車が使用される便を確認することができる。ロングシートの車両より、低床車の方が車窓を楽しみながら移動できる。
 土橋は本線と江波線の分岐点。西広島方面へ向かう本線の方が、ここで折れ曲がって西進する。本線は中心部からジグザグに折れ曲がりながら西広島を目指す。
 待っている間に後続の8号線の列車が十日市町の方へ発車していった。適当にシャッターを切ったが、広島の市街地を走る路面電車をいい感じに撮影することができた。
 
 写真は電車を待っている間に撮影した上り列車の5100形だが、実際に乗車したのは5200形「Green mover APEX」だった。座れないかもと思っていたものの、中心部を通り過ぎたこのあたりでは乗客も減っていて、車窓を眺められる座席を確保することができた。土橋~広電宮島口間の所要時間は約50分。この区間でも路面電車車両への乗車としては、結構な長丁場となる。
 
乗車記録 No.10 広島電鉄 2号線 広電宮島口行 土橋→広電宮島口 5200形 Green mover APEX
 
 土橋を出ると細い通りを西へ進む。中には安全地帯のない電停もあり、道路脇の建物の軒下で待つ乗客を電車は拾う。この区間は将来的な移設が計画されており、実現すれば本線と江波線の分岐点は少し南にある平和大通りとの交差点に変わる。もしそうなれば、また広電を訪ねる必要が出てくるが、またその時は全路線を巡り、今、そして9年前と比較しながら旅するのも面白いだろうなと思う。
 西観音町から平和大通りへ入ると、太田川放水路を渡り、広電西広島へ。ここでは数分停車し、電車は宮島線へと入っていく。JR西広島駅に隣接するこの駅は、市内線の西の端に位置している。広島市中心部、宮島口の双方に始発・終着の列車が走っており、構内には複数のホームがあり、複雑な配線をもつ。
 宮島線は広島電鉄が運行する唯一の鉄道路線。ひとえに電車と言っても、日本の法律では鉄道と軌道という二つの定義がある。市内線は軌道法に基づき運行されているが、宮島線は鉄道事業法に基づく路線。普通の鉄道のように閉塞区間があり、鉄道用の信号機が設置されている。電車は鉄道用の信号に従い、住宅の裏を抜け、各駅(停留所ではない)に停車して、宮島口を目指す。
 複数回乗車したことがあるので、詳細な景色の移り変わりは割愛するが、路面電車だった西広島以前との走り、そして景色の違いは何度乗っても面白い。それでもJRに比べれば、駅の数は圧倒的に多く、車窓には山陽本線の普通列車が颯爽と追い抜いていくのがしばしば見える。五日市、廿日市の市街地を横切ると、やがて電車は海沿いへ出て、阿品へ差し掛かる。阿品東電停は広電の撮影地としても知られている。

駅が海側へ移動し、新しくなった広電宮島口駅

 昨年、広島駅への乗り入れという大変革が実現した広島電鉄だが、ここ数年で大きく変わった場所がもう一つある。それがここ、広電宮島口駅である。世界遺産の玄関口であるこの場所も、かつては昭和〜平成にかけての雰囲気を色濃く残していた。広電の宮島口駅は、JR宮島口駅と宮島フェリーの発着場を結ぶ大通りから道一本入った、少し隠れた場所にあった。
 多くの外国人観光客が詰めかける日本屈指の観光地の玄関口としての役割を持つこの一帯でも数年前から再開発事業が行われた。以前はJR西日本宮島フェリーと宮島松大汽船で建物ごと別になっていたが、これを一つに集約し、のりばが分かれる形に。ターミナルには商業施設もオープンし、とてもモダンな空間へと生まれ変わっている。
 それと同時に広電宮島口駅も海側へ移転し、フェリーのりばの目の前に新たな駅が建設された。大きな屋根が印象的な新たな駅は、広場と一体となっていて、スムーズに電車に乗れるようになっている。ホームは2面4線があり、広島駅方には留置線もある広々とした造りで、ここもまた以前来た時とのギャップに驚かされる。15年前に広島に来て厳島神社へ行ったときと、今行くのとでは、広島に対する印象もかなり変わっているはずである。
 
 今回はあくまで広電乗車が目的。宮島へは渡らず、そのまま来た道を戻る。宮島に行ったのも15年前。その後、このあたりは3・4回訪ねているが、いずれも宮島へは渡っていない。フェリーのりばでお手洗いだけ利用して、駅へと戻る。今思えば、揚げもみじぐらい食べて帰ってくればよかったと後悔している。
 日中の宮島線は10分間隔の運転。広島駅からの列車が到着すると、先に到着していた電車が発車していくというルーティンが繰り返される。Cのりばには先発の3950形「Green Liner」の姿があった。少し宮島口で休憩してから広島駅へ向かうと思っていたが、土橋から乗車した電車が折り返した後は、しばらく低床電車が来ないようだったので、乗ってきた列車でそのまま折り返すことにした。

2号線を”かぶりつき”で乗り通し、広島駅へ

 広電宮島口駅からは2号線を広島駅まで乗り通す。広電を旅するからには、やはりこの2号線の乗り通しは欠かせないと個人的には思っている。JRなら30分ほどのところを、広電はその倍の1時間10分ほどかけて走る。これほど長く路面電車の車両に揺られることができる機会も、国内ではあまりない。それに加えて、鉄道区間、軌道区間があり、海沿いや郊外を走る区間があれば、街中を横断する区間もある。その景色の豊かさも、この系統の面白さの一つである。
 
乗車記録 No.11 広島電鉄 2号線 広島駅行 広電宮島口→広島駅 5200形 Green mover APEX
 
 先発の列車が発車した直後に乗車したので、運よく一番前の席に座ることができた。終点の広島駅まで”かぶりつき”で前面展望を楽しむ。往路の列車もそうだったが、この日は宮島ボートレース場が営業していて、電車は宮島口に隣接した臨時駅の宮島ボートレース場駅にも停車した。
 来た道を戻る形で広島市街地を目指す電車。すれ違う電車の顔ぶれも豊かで、乗っていて楽しい。山陽本線との並走区間では、新山口へ向けて回送されているキハ47形とすれ違う場面もあった。運転士は「第〇閉塞進行」と指差喚呼しながら走る。路面電車の車両ながら鉄道線を走行していることを、沿線の景色とともに実感させる。
 
 西広島からは軌道区間となり本線へ。再び路面電車として走り始める、ここまでは区間利用を主体だったが、各停留所からの乗客も増え始め、車内も混雑し始めた。狭い通りを通り抜けて土橋、十日市町と経由すると、電車はまもなく中心市街地へ。複数の路線が交わる広島電鉄。本線はそれを縫うように走っていく。中心部付近では立ち客も多数現れて混雑するが、一番前に座っている以上は特に気にならない。紙屋町、そして八丁堀と経由すると、電車はまもなく稲荷町へ。以前はここからまっすぐ進んでいたが、新設された駅前大橋ルートへ。朝は5号線を直進したが、今度は渡り線を通って新たなルートへと入っていく。目の前に壁のように駅ビルが立ちはだかると、列車は坂を上って、駅ビルの中に入り、終点の広島駅へと到着した。
 鉄道区間でも市内線区間に入っても、見どころの絶えない2号線の旅。最後に駅前大橋ルートを見どころに加えた2号線を存分に楽しむことができた、1時間10分余りのかぶりつきでの乗車時間だった。

広島駅から歩いて白島電停へ向かい、9号線で八丁堀へ

 2号線を乗り通して広島駅に到着。朝から皆実線、宇品線、横川線、宮島線、本線と乗車し、すでに5本の電車に揺られてきたが、これでもまだ広電の全路線には乗車していない。残すは白島線と循環線の2路線。いずれも広島駅に近い場所を走っているが、直接広島駅へ向かう電車は運行されていない路線である。まずは白島と八丁堀を結ぶ白島線へ乗りに行くことにした。
 広島駅から白島線へ乗りに行くのは結構面倒くさい。近い割にというか、近いからこそ手間がかかる。広島駅から路面電車で向かえば、八丁堀で乗り換えとなるが、日中の白島線は本数が少なく、すぐに乗り換えられる場合もあれば、15分ほどの待ち時間が生じる時間もある。往復乗車の場合、白島では1・2分で折り返すので、もはや電停に降り立つだけで終わる。1本待てば次は20分後となり、それでは逆に長すぎる。駅から白島電停の近くへは路線バスで行くこともできるが、時間が合わなかった。最終的に今回は徒歩で白島電停まで行くことに。実は広島駅と白島電停は徒歩15分ほどの距離に位置していて、十分徒歩圏内となっている。
 駅ビルを通って、駅西高架橋の高架をくぐり、その後は京橋川の川沿いをしばらく歩く。その後、常盤橋を渡ったこの川の対岸に白島電停がある。このあたりはいつも新幹線の車窓から見ることが多いが、今日は逆にこちら側から新幹線を見る。700系のワンピース新幹線が博多方面へ向けて通り過ぎていった。
 昨日に引き続き、この日も快晴だった広島の街。猛暑日の中を歩くのは過酷だぁ、携帯していた折り畳みの日傘が役に立つ。2年前から夏の旅では日傘を使っているが、今年は明らかに男性でも日傘を使っている人がとても多かった。今となっては使うのが当たり前になりつつある。日差しによる暑さはもちろん、紫外線対策も重要。紫外線の影響は老化の8割を占めるので、日傘をなんのためらいもなく使えるようになってよかったと思う。
 
 白島からは9号線の八丁堀行きに乗車した。9号線が走る白島線は、八丁堀と白島を結ぶとても短い路線。路線距離は1.2kmで、路線再編により誕生した循環線と同じく、広電最短の路線となっている。ラッシュ時は複数編成が往復して、本数も10分に1本と比較的多いが、日中は1編成が行ったり来たりを繰り返し、運転本数も減り、15~20分に1本の運転となっている。
 この路線では基本的に1000形「Green mover LEX」が使用されている。思い返せば、2017年に乗車した時は、ワインレッドをまとった車両だった。1000形のうち、1編成目と2編成目の車両は、広電100周年を記念した特別編成としてデビューし、運行開始からしばらくは「ピッコラ・ピッコロ」の愛称で活躍していた。第3編成以降が「Green mover LEX」としてデビューし、これら2編成も現在はLEXとして活躍している。
 アストラムラインにも白島駅があるが、そことは場所が全く異なる白島電停。八丁堀からの電車が到着し、車内へ入ると、ここが終点であることにピンと来ていない乗客が、運転士に促されて電車を降りていった。白島といえば、新白島の方へ行くものだと勘違いしていたのかもしれない。
 
乗車記録 No.12 広島電鉄 9号線 八丁堀行 白島→八丁堀 1000形 Green mover LEX
 
 白島では6名ほどが乗り込み、その後の途中の電停でも複数名が乗車。八丁堀に着くころには車内も割と混雑していた。片道の所要時間は7分。広島市中心部の街並みを車窓に、電車は走る。終点の八丁堀は上下線ともに本線に接続しているが、ホームは上り側にのみ設けられている。乗客を降ろすと運転士はすぐに運転台を交換。停車時間もわずかに、電車は再び白島へ向けて走り去っていった。
 白島線は八丁堀で本線と紙屋町方面を向いて接続している。基本的にはピストン輸送となるものの、朝夕には入出庫を兼ねて江波~白島間の列車もわずかに運転されており、一応直通関係を持っている。白島線と本線をつなぐ接続線は、このわずかな直通列車と回送列車のみが使う。特に乗りつぶしの対象にはしていないが、いずれは直通列車に乗車してみたいと思っている。

広島のお気に入りスポット・胡町歩道橋へ立ち寄る

 八丁堀に到着し、残すは循環線のみとなった。白島線同様、循環線も日中は本数が少ない。この時間は生憎、外回りも内回りも20分以上の待ち合わせとなる。急ぐ必要もないので、思い切って1時間後の電車に乗車することにして、近くにある歩道橋から広電を撮影してみることにした。
 八丁堀電停に隣接する胡町電停と、その隣の銀山町電停の中間にある胡町歩道橋。ここは広島電鉄の有名な撮影地の一つで、路面電車が走り、それを支える街・広島を象徴する写真が撮れる。筆者も広島市内に来た時は毎回立ち寄っており、広島のお気に入りスポットの一つになっている。今回もここで少し撮影してみることにした。
 
 ここから撮影した写真を初めて見たのは子どもの頃、鉄道ジャーナルに掲載ものだったと思う。望遠で撮影された写真には、いくつもの路面電車の姿。そして、胡町から原爆ドーム前にかけての電停が近接して並んでいるその光景を見た時に、「広島ってすごい街なんだな」と思っていたことを思い出す。初めて広電の全線に乗車した2017年には、ここに程近いホテルに宿泊して撮影したほか、尾道に出かけた2020年の年始にも、帰り道にわざわざここを訪ねている。
 昼間もいいが、夕方や夜もまた美しい。都市と交通というものの関わり合いを見ることは、自分の旅の大きな目的の一つ。ここはそれを一枚の画に綺麗に表してくれる。時代が変わり、街が変わっても、路面電車は今日も、広島の街を支えている。
 
 もちろんここでは路面電車の編成写真も撮影することができる。電線やワイヤーが少しかかってしまうが、そこまで気になるものではない。写真は1号線広島港(宇品)行きとして運行されている電車で、直前に9号線で乗車した1000形。ここは1号線、2号線、6号線、循環線と多くの系統が通過する。日中でもひっきりなしに電車がやってくるので、眺めているだけでも楽しい。30分ほどここから路面電車を撮影し、次の電車に乗車するため、再び八丁堀電停へと戻った。

今年3月に運行を開始した新系統”循環線”に乗車

 八丁堀からは今年3月末に運行を開始した新系統・循環線に乗車する。今回は外回り便に八丁堀から乗車し、紙屋町東までほぼ一周してみることにした。
 まずは、新しくできた循環線について解説する。駅前大橋ルートの開業で、本線は稲荷町から新・広島駅へ、皆実線は比治山下から稲荷町へ向かう新線へと置き換わった。その一方で、従来からの線路は、本線の的場町~旧・広島駅間のみが廃止となり、それ以外の区間では引き続き路面電車の運行が行われている。
 この区間には広島駅へ向かういずれの系統も経由しないため、新たな系統が作られることになった。もともと的場町電停では、比治山下方面の線路は広島駅側を向いてポイントが設置され、合流していた。駅前大橋ルート開業後は、一旦電車の運転が休止され、ポイントの向きを紙屋町側へ変更する工事を施工。これにより、紙屋町東~稲荷町~的場町~比治山下~皆実町六丁目~広電本社前~紙屋町東という循環系統の運行が可能となり、循環線という新たな系統の運行が今年3月末から始まった。
 なお、系統においては上述のルートを「循環線」と呼ぶが、駅前大橋ルートの開業により、本線・皆実線に属さなくなった稲荷町~的場町~比治山下間の従来からの路線は、新たに路線としての循環線に属することとなった。駅前大橋ルートでは2路線の区間変更が行われた一方で、従来からある区間が新たな路線となっている。
 循環線は日中時間帯のみ運転されており、運行本数は1時間あたり2~3本である。循環線しか止まらない電停は的場町、段原一丁目の2ヶ所のみで、いずれも近隣には稲荷町、松川町などの停留所を利用できる。また、周辺の道路には路線バスも多数走っているため、朝夕の時間帯はそちらを利用する形になっている。
 この系統は主に単車で運転されており、被爆電車や、他の路面電車から移籍し、長年現役として活躍する古参・重鎮の車両をメインに運転されている。この日の循環線は、被爆電車の一つ651号、西鉄北九州線からやってきた602号、1両だけ残る350形の352号、700形などで運転されていた。
 
乗車記録 No.13 広島電鉄 循環線 内回り 八丁堀→紙屋町東 350形
 
 直前に発車した2号線の広島駅行き電車は、立ち客も多数出るほど混雑していたが、その直後にやってきた循環線の電車に乗車していたのは5人ほど。乗り込んだのも筆者一人だけだった。八丁堀電停も、もともとは広島駅方面にしか行けなかったが、循環線により比治山下方面にも行けるようになった。しかし、広島駅へ向かう乗客の方が圧倒的に多く、比治山下方面へ行けることを知っている人もまだ多くない。そのため、先発の広島駅行きに乗車しない筆者が、他の乗客からは少々不思議な目で見られているような気がした。
 循環線の見どころは2つある。一つは、的場町電停の向きが変わったポイント。広島駅を向いていたポイントが紙屋町側へ変更されたが、このポイント区間は乗りつぶしの対象にはならないものの、新設された設備である。循環線しか走らない旧・皆実線区間を走行すると、稲荷町で一度跨いだ駅前大橋ルートの線路と合流して、比治山下へ。このあたりで乗客も相次いで下車していき、車内は2~3人が残るのみとなった。
 もう一つの見どころは、皆実町六丁目のポイント。皆実線と宇品線が接続するこの地点には、従来から広電本社前方面~広島港(宇品)方面、比治山下~広島港(宇品)方面に加え、広電本社前~比治山下をつなぐポイントも設置されており、デルタ線を形成している。。
 このうち、広電本社前~比治山下間の接続線は、しばらく営業運転では使われていなかったが、循環線が運行開始したことで、久しぶりに営業運転で使われるようになった。ゆめタウン広島を車窓にカーブを曲がり、電車は宇品線へ入り、京橋川を渡ると北へと進んでいく。
 宇品線では乗り込む乗客の姿も多いが、それでもやはり広島駅には行かないため、そのまま待つ乗客も多い。運転士も度々、「広島駅へは後の列車をご利用ください」と案内していた。後面展望のできる席に座ったが、後ろには1号線の電車が追いかけてきていた。
 循環線をほぼ一周し、紙屋町東で電車を下車した。広島の街を見学するにも最適で、暑い時は電車の冷房で涼みながら、しばし広島の街を眺めることのできるいい系統だった。

相生橋・胡町歩道橋から広電を撮影

 循環線稲荷町-比治山下間の乗車で、9年ぶりの2度目の広電全線完乗を達成。9年の間の広電と広島の街の変化に触れながら、路面電車の小さな旅を楽しむことができた。
 途中、交通事故によるダイヤの乱れはあったものの、順調に各路線を巡ることができたため、乗車予定のバスまでは1時間30分ほどの時間があった。先ほどは胡町歩道橋から少し路面電車を撮影したが、ここでも少し路面電車を撮影することに。紙屋町東電停では、反対側ののりばへ移動し、2号線の電車に乗車。本川町へと向かい、少し戻って相生橋から路面電車を撮影した。
 原爆ドームの近くに架かるT字の相生橋。ここを通る電車は2号線、6号線、7号線の3系統で、胡町歩道橋に比べれば若干本数が減るものの、比較的本数も多い。ここでは2020年にも一度、路面電車を撮影したことがある。現在は原爆ドームを訪れる観光客が増加し、特に連接車では乗り降りに時間がかかる。この影響で連接車の撮影は難しく、撮影できるのは単車がメインとなっている。
 7号線や6号線の電車をしばらく撮影していたが、やはり連接車も撮影したいと思い、先ほどまでいた胡町歩道橋へ戻ることに。原爆ドーム前から再び2号線の電車に乗り込み、胡町へ移動した。こういうときに気兼ねなく電車を使えるのが、一日乗車券のいいところである。
 
 1時間半ぶりに胡町歩道橋に戻り、今度は連接車をメインに撮影。連接車で運転される1号線・2号線が走るこの区間は、それらを撮影するには最適な場所といえる。他の系統も合わせると、上下ともにひっきりなしに電車が来るので、撮影していても楽しい。
 やがて2号線の広島駅行き、5200形「Green mover APEX」が通過。2020年秋に広電の撮影に出かけたときには、この車両のかっこよさに惹かれ、この車両をメインに各所で撮影したのを覚えている。緊急事態宣言が出されていた時期ではなかったが、とても本州へ行ったなどと周囲に言える状況ではなく、秘密裏に広島を訪ねたのは、もう時効だと思うので書いてもいいだろう。国内では広島だけの5連接の路面電車。何度見てもかっこいい。
 
 今度は反対から1号線の広島港行き、5100形「Green mover max」がやってきた。主に1号線と2号線で活躍しているが、広電本社に隣接する千田車庫に所属する車両が多く、1号線の列車で見かける機会が多い。一方で5200形は、宮島線の商工センター駅に隣接する荒手車庫に所属する車両が多く、こちらは2号線をメインに活躍している。これらの車両の先代にあたり、ヨーロッパから輸入された5000形「Green mover」は近年、廃車・運用離脱が相次いでおり、運用されている車両も夏場はほとんど走っていないらしい。今回の旅でも見かける機会はなかった。
 こんな感じで、しばらくの間歩道橋から路面電車を撮影して、今回の広電の旅を締めくくり、旅は再び芸予諸島を目指す数珠つなぎへと戻る。この後は広島バスセンターへと向かい、次なる目的地、呉を目指した。
 
続く