【旅行記】札幌近郊乗り鉄旅~札幌市営地下鉄東西線とJR札沼線に乗車し、北の鉄路を完乗する~
札幌市街地から石狩市を経由し、路線バスを乗り継いて、宮の沢駅に到着。ここからは列車へと乗り換える。宮の沢からは札幌市営地下鉄東西線とJR札沼線に乗車。両路線を完乗し、北の鉄路巡りに一区切りをつけた。
札幌市営地下鉄東西線に乗車し新さっぽろへ

札幌市営地下鉄には、南北線、東西線、東豊線の3路線がある。このうち、東豊線には初めて札幌を訪れた2021年秋に、南北線には2024年秋にそれぞれ乗車した。いずれも札幌駅を経由する路線で、空き時間を利用して乗車した形だった。
一方、札幌駅を経由せず、どのように乗車しようか以前から悩んでいた路線が、これから乗車する東西線だった。東西線は、今いる宮の沢駅から新さっぽろ駅を結ぶ路線。札幌市営地下鉄では最も営業距離が長く、終点の新さっぽろ駅ではJR千歳線と接続する一方、起点側の宮の沢駅には接続路線がない。手っ取り早く乗りつぶすなら、大通から宮の沢まで往復するだけでもよかったのだが、せっかくなら、その先へ伸びるバス路線にも乗車してみたいと考え、しばらく温存していた。しかし、その間に東西線は北海道最後の未乗車公営・私鉄路線となってしまった。朝から石狩を経由してここまでやって来たのは、そんな単調な乗りつぶしを避けるためだった。

文字通り、札幌市街地を東西に横断する東西線。札幌では南北線に次いで2番目に開業した地下鉄路線で、ラインカラーはオレンジとなっている。先述の通り、札幌駅は経由せず、大通駅で他の地下鉄2路線と接続する。JR函館本線・千歳線の南側を走行し、琴似駅や白石駅などJRと同名の駅も存在するが、新札幌/新さっぽろ駅を除けば接続はしておらず、それぞれの駅間にも距離がある。
地下鉄の宮の沢駅は二十四軒・手稲通りの地下にある。バスターミナルとは地下道で直結しているが少し距離があった。ホームへ降りて、東西線の8000形と初対面。東西線も他の2路線と同じゴムタイヤ式。電車が接近するとチュンチュンと独特の音が鳴る。人により札幌を感じる瞬間は様々だろうが、鉄道ファンにはこの音こそ札幌に来たことを実感する音かもしれない。
乗車記録 No.6
札幌市営地下鉄東西線 新さっぽろ行
宮の沢→新さっぽろ 8000形

日中は7分間隔での運転となっている東西線。宮の沢から新さっぽろまでの所要時間はおよそ35分である。早速11時20分発の列車に乗り込み、宮の沢を後にした。
宮の沢を出ると、列車は発寒南、琴似、二十四軒と停車していく。発寒南駅はJRの発寒中央駅、琴似駅はJRの琴似駅に対応する位置関係だが、いずれも700〜900mほど離れている。二十四軒までは二十四軒・手稲通の地下を進んできたが、ここから円山公園までは環状通の地下を走り、少し南へ進路を変える。

中心部へ近づくにつれて、車内の乗客も徐々に増え始める。円山公園の手前で再び東へ向きを変えると、そこからは大通の地下を、この通りの終点近くまで走っていく。西18丁目、西11丁目と停車すると、次は大通。他の地下鉄2路線と接続し、繁華街にも面するこの駅では、多くの乗客が入れ替わった。今度は中心部から、白石・新さっぽろ方面を目指す乗客が乗り込んでくる。筆者にとっては、この辺りでこの日の旅の起点へぐるりと一周して戻ってきたことになる。
列車は大通駅を発車すると、豊平川の地下を潜り抜けて白石区へ進む。菊水〜東札幌間で南郷通の地下へ入ると、その後は終点の新さっぽろまで、この通りの地下を進んでいく。この先も北側には函館本線・千歳線が並走しているが、かなり距離が離れており、沿線の圏域は大きく異なっている。なお、東豊線も徐々に南へ進路を変えていくが、東西線よりさらに南側を走っている。大谷地駅付近まで来ると、中心部からの乗客は減り、新さっぽろ方面へ向かう利用者が目立ち始める。列車はひばりが丘を経由し、終点の新さっぽろへ到着した。

宮の沢から40分ほどで終点の新さっぽろに到着した。宮の沢駅ではホーム上でそのまま折り返す構造となっているが、新さっぽろ駅ではホーム奥の引上線へ回送され、そこで折り返し準備を行う。車内点検が終了すると、列車はまもなく回送されていった。
JRでは「新札幌」と表記されるが、地下鉄では「新さっぽろ」が正式な駅名である。これは札幌駅でも同様で、地下鉄では「さっぽろ」とひらがな表記が用いられている。宮の沢方面へ発車していく列車を見送り、改札を出てJR新札幌駅へと向かった。
ところで、この地下鉄東西線への乗車をもって、北海道の私鉄・公営鉄道路線を完乗したことになる。JRを含めても、未乗路線は残すところ札沼線のみとなった。
北海道はもともと私鉄路線が少ない地域である。現在、分類上「私鉄」とされる路線は、新幹線開業に伴い第三セクター化された道南いさりび鉄道と、前日に乗車した札幌市電の2路線のみで、いわゆる純民間資本による私鉄路線は存在しない。そのため、北海道の公私鉄線の乗りつぶしは、函館や札幌での地下鉄・市電巡りが中心となる。
道内の鉄軌道路線の総延長から見れば、公私鉄線が占める割合は決して大きくない。しかし、その一方で、多くの乗客を運び、都市部の生活を支える重要な役割を担っている。そんな姿を実感できた各路線での乗車時間だった。
新札幌での乗り換えついでに千歳線の列車を撮影してみる

札幌市東部の厚別区に位置する新札幌/新さっぽろ駅。札幌の副都心と呼ばれるこの駅は、札幌市東部の交通拠点としての役割を担っている。厚別区は白石区の一部が分区して誕生した区。1973年の千歳線新線切り替えに伴って開業した新札幌駅の周辺には、当初ほとんど何もなかったそうだが、その後半世紀をかけて市街地が形成され、平成以降はバスターミナルや複合商業施設の整備によって、さらに発展を遂げた。
JRでは、千歳線を経由するすべての旅客列車が停車し、特急列車や大半の快速エアポートにとっては、札幌駅の次の停車駅となっている。札幌を訪れる旅行者にとっては、この駅の到着放送を耳にすると、「いよいよ札幌へ来た」と実感する駅なのではないだろうか。
新札幌駅からは千歳線の列車で札幌駅へ向かい、最後の未乗路線である札沼線へ向かう予定である。新札幌〜札幌間は、快速エアポートでおよそ8分。この後は少し時間にも余裕があった。新札幌駅は列車撮影がしやすい駅として以前から知られていたので、せっかくなら少し撮影していくことにした。

とはいえ、最初にやって来た特急「北斗」は、札幌行き普通列車と被ってしまい、残念ながら後追いでの撮影となってしまった。やって来たのは、特急北斗12号函館行き。使用車両はキハ261系1000番台である。キハ261系1000番台で運転される特急列車のうち、「北斗」は5両編成、「おおぞら」「とかち」は4両編成が基本となっている。ただし、時期や列車によって増結も柔軟に行われており、「北斗」の6両編成は日常的に、8両編成も比較的よく見られる。やはり特急列車は、長編成であればあるほど迫力が増す。

この時間帯は特急列車の本数が少なく、行き交う列車の大半は733系だった。数年前のダイヤ改正で運行体系が見直された千歳線では、日中時間帯でも快速・区間快速・特別快速と、複数の停車パターンを持つ列車が運転されている。写真は、733系4000番台による快速エアポート。4000番台は2024年に投入された733系の最新グループである。

やがて駅に通過列車接近の放送が流れ、遠くから姿を現したのは貨物列車だった。DF200形が牽引する長編成の貨物列車が、新札幌駅を高速で通過していく。貨物列車を撮影したのは何年ぶりだろうか。やはり長編成列車には独特の迫力がある。特急列車では撮れなかった構図だったが、その代わりに貨物列車を綺麗に収めることができた。
撮影したのは、仙台貨物ターミナル行きの列車。新札幌駅の隣、平和駅近くにある札幌貨物ターミナルを発車した列車は、千歳線・室蘭本線・函館本線を経由して五稜郭へ向かう。そこでEH800形電気機関車へ付け替えられ、青函トンネルを経由して本州へ渡る。さらに東青森駅で再び機関車を交換し、仙台へと向かっていく。今回撮影したのは、そんな長い旅路の始まりの場面だった。もっとも、仙台行きは北海道発の貨物列車としては比較的近距離の部類であり、なかには福岡方面まで向かう列車も存在する。
30分ほどの撮影時間だったが、列車本数は多く、5〜6本ほどを撮影することができた。次に訪れる機会があれば、今度は前面に雪をまとった冬の列車も撮影してみたい。そんなことを思いながら、新札幌からは普通列車に乗り込み、札幌駅を目指した。
千歳線の普通列車でのんびりと札幌へ

快速エアポートは混雑していることが多いため、あえて普通列車を選んだ。千歳線の日中時間帯の運行形態は、数年前のダイヤ改正で大きく変化している。以前は普通列車が苫小牧発着で運転されていたが、現在は北広島発着へと変更された。その結果、北広島以南の各駅へは区間快速エアポートが、さらに南千歳以南の各駅へは千歳〜室蘭間の普通列車が停車する形となっている。普通列車は北広島発着となったものの、北広島でも新札幌でも、後続の快速エアポートが先着するダイヤとなっているため、普通列車は比較的空いている。
これまでも札幌都市圏を走る快速エアポートや普通列車には何度か乗車しているが、不思議なことに、これまで当たった車両はことごとく721系ばかり。731系や733系には、函館地区の車両を除いて、まだ一度も乗車したことがない。先ほど撮影した列車の折り返しなので予想はしていたが、ここでもまた721系が現れた。もうここまで来ると、721系との相性は抜群と言っていいだろう。
この車両の魅力は、やはり転換クロスシートにある。窓も大きく、車窓を眺めやすい。この後に乗車する札沼線でも、この車両が来てくれるといいなと思いながら席へ腰を下ろした。
乗車記録 No.7
千歳線 普通 札幌行
新札幌→札幌 721系

快速エアポートが8分ほどで駆け抜ける区間を、普通列車は倍以上の時間をかけてゆっくりと進み、やがて札幌駅へ到着した。前日は空港連絡バスで札幌市街地へ入ったため、この駅のホームに立つのは、一昨年、特急「宗谷」で稚内を目指した時以来である。
隣のホームには、733系による普通岩見沢行きが停車していた。これだけ733系とすれ違ったり見かけたりする機会が多く、さらに言えば、初めて北海道へ降り立った時、最初に対面した車両も733系だった。それにもかかわらず、未だに一度も乗車できていないというのは、逆に不思議なくらいである。

先ほど乗車していた普通列車は、途中の白石駅で特急「すずらん」と快速エアポートの通過待ちを行っていた。その際、785系が高速で通過していくのを見て、「札幌駅で撮影できたらいいな」と思っていたのだが、やがて一度引き上げた785系がホームへ入線。運よく、その姿を写真に収めることができた。
現在、785系は特急「すずらん」でのみ運用されている。民営化直後、JR北海道が投入した電車特急形車両である。平成一桁生まれの筆者にとって、この車両は子供の頃、鉄道図鑑などで「スーパーホワイトアロー」としてよく目にしていた存在だった。
前回札幌を訪れた際には、「すずらん」にも乗車したものの、使用車両は789系1000番台だった。この785系自体は旅の途中で見かけてはいたが、撮影する機会には恵まれなかった。今回が、実質的には初めてのしっかりとした対面となる。もしかすると今後、実際に乗車する機会はないかもしれない。それでも、こうして出会えただけで十分にうれしい瞬間だった。
北海道最後の未乗路線、札沼線に乗車する

さて、いよいよ次に乗車する列車が、北海道の鉄道路線巡りを締めくくるアンカーとなる。北海道で最後に乗車するのは札沼線。札幌駅から普通列車に乗車し、終点の北海道医療大学駅まで向かうことで、北海道の鉄道路線全線完乗を達成する。
札沼線は現在、札幌駅の一つ隣にある桑園駅を起点とし、札幌市の北側に位置する当別町の北海道医療大学駅まで運行されている。現在の営業距離は30kmに満たないが、もともとは函館本線の西側を北上し、留萌本線の石狩沼田駅へと至る路線だった。札沼線の「札」は札幌、「沼」は石狩沼田の「沼」に由来する。
全線のうち、新十津川〜石狩沼田間は1972年に、北海道医療大学〜新十津川間は2020年に廃止され、現在はこの区間のみが残っている。石狩沼田まで線路が続いていたのは、すでに半世紀以上前の話である。正式な路線名は今も「札沼線」のままだが、現在は「学園都市線」の愛称が定着しており、案内上で札沼線という名称を目にする機会はほとんどない。
2020年に廃止された北海道医療大学〜新十津川間のうち、石狩月形〜新十津川間は、1日1往復のみの運転という全国屈指の本数の少なさで知られていた。一方、現在も残る区間では、沿線開発の進展によって利用客が徐々に増加。かつては非電化路線として気動車で運転されていたが、輸送力不足が課題となったため、2012年に電化が実施され、721系や733系などの電車が走るようになった。現在では、千歳線や函館本線と並ぶ札幌近郊の通勤・通学路線へと成長し、日々多くの利用客を運ぶ都市型路線となっている。
北の鉄路完乗の最後を飾るなら、ローカル線の方が達成感は大きかったかもしれない。しかし、筆者が初めて北海道を訪れた2021年の時点で、留萌本線や根室本線の一部区間はすでに廃止が確定的となっていた。そのほかの路線でも、近年は災害による長期不通が相次いでおり、まずはそうしたローカル線を優先して乗車しておくべきだと判断した。その結果、札幌都市圏を走る札沼線が最後に残る形となった。そんな札沼線で、北の鉄路を巡る一連の旅を締めくくる。

現在、札沼線の列車はすべて札幌駅11番線から発車している。この11番線は、北海道新幹線札幌延伸工事に伴い廃止された1番線の代替として新設されたホームで、他のホームと比べると新しい。札沼線には朝の上り列車に1本だけ千歳線との直通列車が設定されているが、それ以外の列車はすべて線内完結となっている。
ホームの乗車位置に並び、北海道医療大学行きの列車を待つ。札沼線では721系、731系、733系、735系と様々な形式が使用されており、どの車両が来るかは列車によって異なる。これまで札幌近郊の普通・快速列車に乗車した際は、ことごとく721系に当たってきたことは先ほども述べた通りである。731系や733系にも乗ってみたいという気持ちは正直あった。しかし、北海道最後の未乗路線をロングシート車で締めくくるのも少し味気ない。ここは、景色の眺めやすい転換クロスシートの721系が来てくれるのが理想だった。札沼線の車両運用には詳しくないし、事前に調べてもいない。ここは自分の運に賭けてみることにした。
やがて接近放送が流れ、遠くから列車が入線してきた。ホーム奥の暗がりの中に見えたのは、丸い4つの前照灯。やって来たのは721系6両編成だった。これには思わず心の中でガッツポーズする。本当に北海道では721系との相性がいい。いや、もはや721系に付きまとわれているのではないかと思うほどである。今回もまた、この車両にお世話になる。個人的には、今年の運を使い果たしたのではないかと思うほどの幸運だった。

早速乗車し、転換クロスシートの座席へ腰を下ろす。日中の札沼線では、3両編成と6両編成の列車が混在して運転されている。昼間時間帯はやや運転間隔が開くものの、14時以降は再び20分間隔へ戻る。この時間帯はまだ帰宅客も少なく、6両編成の車内はかなり空いていた。
ちなみに、乗車した721系F-5001編成は、少し珍しい編成らしい。721系にはいくつかの番台区分が存在するが、編成番号が示す通り、この編成は5000番台に分類される。もともとは快速エアポート用として中間車を新製し、既存編成へ組み込んだグループなのだが、その後の編成組み換えによって生じた車両に中間車1両を追加し、3両編成として再構成された編成なのだという。
721系は転換クロスシートである点が魅力なのだが、一方で窓ガラスの曇りが目立つ車両も多いのが少々気になるところである。今回乗車した車両も多少の曇りは見られたものの、車窓を楽しむには十分なレベルで、ひとまず安心した。
乗車記録 No.8
札沼線(学園都市線) 普通 北海道医療大学行
札幌→北海道医療大学 721系

札幌を発車し、いよいよ札沼線の旅が始まると言いたいところだが、札沼線の起点は隣の桑園駅。最初の一区間は函館本線を走行していく。とはいえ、札幌〜桑園間には函館本線の上下線に加え、札沼線列車専用の線路がもう1本敷設されている。そのため、この区間は函館本線の増線区間ではあるものの、運行上は別路線として扱われている。九州で言えば、鹿児島本線と福北ゆたか線(篠栗線)が並走する吉塚〜博多間に近い構造である。

桑園駅を発車すると、列車はしばらく函館本線と並走した後、札幌競馬場を横目に大きくカーブし、函館本線から離れていく。この先、大平駅手前までは段階的に高架化が進められ、2000年に全線高架化が完成した。
札沼線へ入って最初の停車駅は八軒駅。ここで早速、対向の札幌行き普通列車とすれ違う。札沼線は八軒〜あいの里教育大間が複線化されており、市街地を眺めながら次々と列車が行き交う光景は、かつてのローカル線時代の姿とは大きく異なっており、都市鉄道路線としての風格が漂っている。

列車は新川、新琴似と停車しながら、札幌市街地を北へ進んでいく。駅間距離は比較的短く、列車の速度もそれほど高くはない。住宅街の中を走行し、新川駅を出てさらに高い位置へ上がると、高架を走る札樽自動車道や札幌新道をコンクリート橋で跨ぐ。その後、遠くに麻生のイオンが見え始め、午前中に石狩方面へのバスで通った西5丁目・樽川通を越えると、新琴似駅へ到着した。
新琴似を出ると、列車はまもなく高架橋から地上へ降り、カーブしながら創成川を渡る。それと同時に、創成川通の下を潜っていく。微妙に上下線の間隔が広がっているのは、連続立体交差事業時代の名残だろうか。やがて列車は太平駅へ到着する。以前、創成川通を走る「ましけ号」に乗車した際の旅行記でも触れたが、この太平駅南側の住所は「北51条」。札幌市内における「北○条」の最大番号である。地図を眺めても、大通付近からここまで、碁盤の目状の道路がほぼ同じ向きで続いていることがわかる。

太平駅を出ると、列車は百合が原、篠路と停車しながら、住宅地の中を進んでいく。複線区間にある各駅はホーム幅も狭く、やや手狭な印象だった。少しずつ列車から乗客が降りていく。
拓北付近で再び東へ向きを変えると、列車は「あいの里」と呼ばれるニュータウンへ入っていく。やがて、このニュータウンの代表駅であるあいの里教育大駅へ到着。ここで札沼線の複線区間は終了となる。列車は再び単線へ戻り、ニュータウンの端で北へカーブすると、次はあいの里公園駅。この駅は、あいの里ニュータウン東側の玄関口にあたり、札幌方面からの列車のうち毎時1本程度がここで折り返す。

あいの里公園駅を出ると、車窓の景色は一変する。列車はまもなく長大な石狩川橋梁を渡り、札幌の市街地を後にする。この辺りは河口にも近く、風が非常に強い。鉄橋には防風・防雪柵が設置されており、石狩川の雄大な流れを眺めることはできない。この日も強風が吹き荒れており、列車が風にあおられて時折揺れる場面もあった。沿線の駅では、自転車が風で横倒しになっている姿も見えた。

石狩川を渡り終えると、まるで「どこでもドア」を抜けたかのように、一気にのどかな景色が広がる。ここから列車は、石狩平野の田園地帯を北へ進んでいく。
直後に停車するロイズタウン駅は、2022年3月に開業した新しい駅である。駅名の通り近くにはロイズの工場があり、工場見学施設も併設されている。観光客利用を見込んで設置された駅だが、「タウン」という名称とは裏腹に、周囲に街並みはほとんど存在しない。なお、日中の列車はすべて停車するものの、朝夕には通過列車も設定されている。

ロイズタウン駅を出た列車は、北海道らしい雄大な風景の中を走り抜けていく。ここから列車は当別町へ入り、太美駅、当別駅と停車しながら、終点の北海道医療大学駅を目指す。この2駅は、2022年まではそれぞれ「石狩太美」「石狩当別」を名乗っていた。札沼線には廃止区間も含め「石狩」を冠する駅名が多かったが、石狩市との混同を避けるため、ロイズタウン駅開業と同時に「石狩」の名が外されている。
やがて列車は当別駅へ到着した。ここが現在の札沼線における最北の市街地である。この先の一区間は、ほとんど大学専用路線のような様相を呈している。終点周辺には大学以外ほとんど何もないため、復路ではこの当別駅周辺にも立ち寄る予定である。当別駅では反対列車との交換を行った。向かい側のホームには、前を走っていた当別止まりの列車が停車していた。

当別駅で、これまで同じ車両に乗っていた乗客もほとんど下車し、車内は貸切状態になった。この時間帯、大学へ向かう利用者も少なく、列車はわずか数人の乗客を乗せて終点を目指していく。
当別の市街地を抜けると、列車は当別川を渡る。再び車窓にはのどかな風景が広がった。遠くに雪をいただく山々が見える。あれは芦別岳だろうか。きっと、廃止されたこの先の区間でも、こんな景色が続いていたのだろうと、そんなことを考えているうちに、列車は速度を落とし、車内放送が終点・北海道医療大学駅への到着を告げた。
ビュービューと吹き付ける風の音の中、列車は静かにホームへ滑り込む。この瞬間、数年にわたって続けてきた北海道の鉄道路線巡りも、ついに幕を閉じた。
終点北海道医療大学に降り立ち、北海道の鉄路巡りを終える

終点の北海道医療大学駅に到着し、ホームへ降り立つ。風は強かったものの、空は晴れ渡っており、北海道完乗の瞬間にふさわしい、清々しい空気が広がっていた。
初めて北海道へ上陸してから、およそ6年。毎年のように訪れては少しずつ乗り進めてきた北海道の鉄道路線。その壮大なスケールと、美しい車窓の数々に改めて思いを馳せる。丘陵地帯に広がる北海道らしい畑、オホーツク海と流氷、遠くに姿を見せた利尻富士。そして、その車窓の中に垣間見える人々の暮らし。訪れるたびに、新たな発見や驚きがあった。
のどかな風景が続く北海道の鉄路。その一方で、各地には規模の大小こそ違えど、人々の日常を支える鉄道の姿が確かに存在していた。この札沼線のように、多くの乗客を運ぶ都市型路線がある一方で、本数は少なくとも、高校生たちを乗せて走る通学列車もある。そうした「その土地の日常」を垣間見られる瞬間もまた、北の大地を旅する大きな魅力だったように思う。

初上陸した2021年当時、「今走っている路線には、できる限り乗っておきたい」と思いながら旅を続けてきた。その時点で営業していた留萌本線の深川〜留萌間や、根室本線の富良野〜東鹿越間にも乗車している。しかし、それらの区間は今日までの間に廃止されてしまった。もう二度と列車で訪れることはできないが、そこで見た景色や旅の記憶は、これからも深く心に残り続けるだろう。
この札沼線もまた、筆者が初めて北海道を訪れる少し前に、この駅から先の区間が廃止されている。そのほかにも近年、日高本線の鵡川〜様似間(被災したまま廃止)、石勝線夕張支線、江差線の木古内〜江差間など、多くの路線が姿を消してきた。人口減少や高速道路網の整備を考えれば、役目を終える路線が出てくるのは避けられないことなのだろう。
それでも、鉄道を愛する者としては、やはりどこか寂しさを感じずにはいられない。筆者が初めて北海道を訪れた時点で、すでに数多くの鉄道路線が廃止されていた。これからは、路線バスや都市間バスも活用しながら、鉄道が消えた土地を巡ってみたい、それが今後の北海道旅における一つの目標になるのかもしれない。

列車が到着した1番線は、かつて新十津川、そして石狩沼田へと続いていた線路の延長上に位置している。今は車止めが設置され、架線終端を示す電柱が立っているが、その先にもなおレールは伸びている。
できることなら、この先の区間も列車の車窓から眺めてみたかった。留萌本線や根室本線のように、廃止前に乗車できた路線もある一方で、訪れる前に消えてしまった路線も数多い。各地でそうした途切れた線路に出会うたび、その先にどんな景色が広がっていたのだろうと想像してしまう。
北海道医療大学駅から先へ続くレールを眺めていると、完乗というものは、決してゴールではなく、一つの通過点なのではないかという気がしてくる。北海道には、鉄道がなくなったあともバスで繋がる、まだ訪れたことのない街や土地が数多く残っている。
鉄道路線の完乗は、間違いなく一つの大きな区切りではある。もう、北海道で新たに乗る鉄路は存在しない。しかし、草に埋もれながら先へ伸びるレールのように、その先にもまだ旅は続いている気がする。それは、鉄道路線が網の目のように張り巡らされた関東や近畿を完乗した時の達成感とは、また少し違う感覚だった。
さて、北海道医療大学駅で北の鉄路完乗を達成した後は、当別駅やあいの里教育大駅へ途中下車しながら、再び札幌方面へ戻っていく。次回は、北海道医療大学駅の現在の様子にも触れつつ、札幌駅までの復路を振り返りたい。
続く