【旅行記】仙台近郊路線と陸羽西線を巡る旅~E2系「なすの」で郡山へ~

仙台近郊路線と今年運転を再開した陸羽西線に乗車する

 前回の旅では札幌近郊を巡りながら、いくつかの鉄道路線に乗車し、北海道の鉄道路線巡りに一区切りを打つことができた。今回はその仙台版ともいえる旅で、仙台近郊の鉄道路線と今年1月に運転を再開した陸羽西線に乗車する。2泊3日の行程で、これら5路線に乗車し、東北地方の鉄道路線巡りにも一区切りをつける。
 2019年に初めて訪ね、2022年から本格的な鉄道路線巡りを始めた東北地方。近年では毎年のように大雨の被害が発生し、長期不通となる路線も多くなっている。本格的に鉄道路線巡りを始める直前には、津軽線蟹田-三厩間や米坂線今泉-坂町間など複数の路線が被災し、今日までに津軽線については部分廃止が決定、米坂線については現在も今後の在り方が議論されている。特にローカル線は、一度被災すれば二度と乗れなくなる可能性も否定できない。そんなわけで、この地方の鉄道路線巡りはローカル線を優先して進めてきた。その結果、幹線である東北本線と仙台市地下鉄を最後まで残す形となった。今回は旅の1日目に東北本線、2日目に仙台市地下鉄2路線に乗車する。地下鉄は乗車するだけでは旅として物足りないため、前回の札幌同様、路線バスも活用しながら巡っていくことにした。
 一方、仙台近郊の路線への乗車とともに、今回の旅の大きな目的の一つとなったのが、今年1月に3年8か月ぶりに運転を再開した陸羽西線への乗車だった。新庄と余目を結ぶ陸羽西線は、沿線での道路トンネル工事の影響で2022年5月から運休し、バスによる代行輸送が実施されていた。トンネル工事の難航により復旧は当初予定より遅れたものの、無事に運転再開となった。
 筆者は2023年11月の旅で酒田から代行バスに乗車し、沿線を通過している。しかし、復旧が見込まれていた路線だったため、乗車記録の対象からは外していた。最上川も2024年に氾濫し、陸羽西線の途中にある戸沢村などで甚大な被害が発生している。梅雨時には被災路線が増える傾向があり、特に大河川に沿う路線には早めに乗車しておきたい。そこで、梅雨入り前の5月に今回の旅を計画し、最終日に陸羽西線へ乗車することにした。
 旅は2泊3日の行程で東京駅からスタートし、羽田空港へ戻ってくる流れとした。2019年の初めての東北旅から早7年。東北地方の鉄道路線巡り、その集大成となる旅が始まる。

グランドリームエクスプレス広島号で東京へ

 これまでの東北旅では、夜の空港へ向かい、飛行機で羽田空港に到着したあと、蒲田あたりのホテルに一泊する流れが定番だった。しかし、この一連の流れも"ルーティン"と呼べるほど定着し、少し飽きてきた。そこで今回は、あえて別ルートを選ぶことにした。まず博多からこだま876号広島行きに乗車し、そのまま広島まで移動。夜は夜行バスに乗り継ぎ、東京を目指した。
 
 広島から乗車したのは、JRバス中国が運行する夜行バス「グランドリームエクスプレス広島」号。このバスは2024年10月に運行を開始した比較的新しい路線で、現在は毎日1往復が運行されている。以前は、この区間を小田急シティバスとJR中国バスが共同運行する「ニューブリーズ号」が結んでいたが、2023年3月末で廃止となった。その後、コロナ禍を経て宿泊費の高騰などを背景に夜行バス需要の回復が見込まれ、2024年10月に同区間で新たな路線として運行を開始した。現在、広島~東京間のJRバスの夜行便は、このバスと、4列シートで比較的リーズナブルな「青春ドリーム広島・岡山」号の2系統が運転されている。
 
乗車記録 No.1 山陽新幹線 こだま876号 広島行 博多→広島 700系
乗車記録 No.2 JRバス中国 グランドリームエクスプレス広島2号 広島駅新幹線口→東京駅日本橋口
 
 広島駅新幹線口の発車は21時10分と比較的遅く、新幹線を利用すれば九州からも利用しやすい。「はかた号」が天神を19時に出発し、バスタ新宿に9時19分到着なのに対し、このバスは東京駅に8時到着予定となっており、東京で過ごせる時間も長い。運賃は利用日によって変動するが、「こだま」を利用するEXサービスの旅行商品を組み合わせることで、九州からでもおおむね1万7千円前後で移動できる。
 車内は独立3列シート。この日は土曜日だったものの窓側にも若干空席があり、筆者の座席の後ろも空いていたため、気兼ねなくリクライニングを倒してくつろぐことができた。「グランドリーム」の特徴でもあるゆりかご型シートは座り心地もよく、長時間の乗車もあまり苦にならない。
 広島駅新幹線口を発車したバスは一般道を府中町方面へ進み、間所ICから広島高速2号線へ。その後は広島東ICから山陽道、新名神、名神、新名神、東名阪道、伊勢湾岸道、新東名、東名、首都高速渋谷線、都心環状線を経由して東京都心を目指す。途中の開放休憩は山陽道福山SAと翌朝の東名道海老名SAの2回。長距離路線だけあって消灯時間は約7時間半と長く、十分な睡眠時間が確保されていた。
 
 夜中に何度か目は覚めたものの、思った以上にゆっくり休むことができた。翌朝目を覚ますと、バスはちょうど海老名SAへ到着するところだった。朝の海老名SAには、大阪をはじめ各地から東京を目指す夜行バスが次々と集まってくる。ただ、JRバスの便は手前のSAで休憩することも多く、海老名SAでは旧高速ツアー系の事業者が比較的目立つ。その中に停車するグランドリーム車両は、どこかJRバスらしい風格を感じさせた。
 乗車した便の東京駅所定到着時刻は8時。これは朝の首都高速の渋滞を見込んだダイヤとなっている。しかし、この日は日曜日だったこともあり渋滞はなく、バスは順調に首都高速を進んでいく。霞が関で高速を下りると、ほどなく終点の東京駅日本橋口へ到着。到着時刻は定刻より45分早い7時15分だった。800kmを超える夜行バスの旅を終え、今回の東北旅の起点となる東京駅へ降り立った。
 予定よりかなり早く到着したため、最初に乗車する新幹線までは約2時間の待ち時間ができた。特に予定もなかったので、券売機で東京-有楽町間の往復分の乗車券を購入し、山手線を一周して時間を過ごすことにした。大阪環状線や都営地下鉄大江戸線など、環状運転を行う路線はこれまでにも一周乗車したことがあったが、山手線をぐるりと一周するのは今回が初めてのことだった。

E2系で運転の「なすの」で郡山を目指す

 山手線を一周して時間を過ごし、東京駅へ戻った後、いよいよここから今回の東北旅を本格的に始める。1日目は未乗区間の残る東北本線を経由しながら仙台を目指す。ずっと在来線を乗り継いで行くという手もあったが、今回はぜひ乗ってみたい車両があったため、郡山までは新幹線でワープすることにした。東京駅からは9時16分発のなすの255号郡山行きに乗車した。
 「なすの」は東北新幹線の東京近郊区間で運転される各駅停車タイプの新幹線で、他の新幹線でいえば「こだま」のような役割を担う列車である。運転区間は東京~小山・那須塩原・郡山で、主に関東圏の東北新幹線各駅と東京都心を結ぶ役割を果たしている。特に朝夕は都心への通勤・通学需要に対応するため、多くの列車が運転されている。また、留置線から車両を送り込む役割も兼ねており、E5系+E6系やE5系+E8系などの編成でも運転されるなど、多くの利用客を運ぶ"通勤新幹線"としての一面も持つ。郡山へ行くなら「やまびこ」や「つばさ」に乗車するのが最速だが、あえて「なすの」を選んだのは、今では希少となったE2系に乗ってみたかったからだった。
 
 様々な列車で運転されている「なすの」だが、一部の列車はE2系でも運転されている。かつてのJR東日本の顔だったこの車両も、今は数を減らし、東北新幹線の限られた列車にしか使用されていない。旅の計画を立てる中で、運よくE2系で運転される「なすの」が走っていることが分かったため、これに乗ってみることにした。
 列車は仙台からのやまびこ206号として入線。隣に停車したE5系とE6系の連結部分にカメラを向ける人が多い一方で、まだ引退も発表されていない旧型車両を撮影する人は少ない。到着後は車内清掃が行われ、慌ただしく折り返しの準備が進められた。
 
 E2系は1997年にデビューした新幹線車両で、E5系登場以前のJR東日本を代表するフラッグシップ車両だった。東北新幹線のほか、上越新幹線や長野新幹線でも活躍した。筆者にとってもほぼ同年代の車両であり、子どもの頃に読んだ鉄道の本では、MAXの愛称で親しまれたE4系などとともに、当時を代表する新幹線として掲載されていたことをよく覚えている。
 北陸新幹線では2017年に運転を終了し、長野新幹線用だったN編成は同年に引退。その後は東北新幹線用のJ編成が東北・上越新幹線で運用されていたが、上越新幹線からも2023年3月に撤退し、現在は東北新幹線のみで運用されている。E2系自体のデビューは1997年だが、2010年の東北新幹線新青森延伸時にも増備が行われた。現在残っている車両はすべてこの時に製造されたもので、E5系の量産先行車よりも車歴は若い。形式としては登場から30年近くが経過しているものの、実際に活躍している車両は製造から15年ほどしか経っていない。
 最近までE3系「つばさ」と併結する「やまびこ」で活躍していたが、「つばさ」のE8系への置き換えに先立ち、2024年3月のダイヤ改正でその運用を終了した。現在は他形式との併結運転はなく、単独運転の「やまびこ」と「なすの」のみで使用されている。
 
 発車5分ほど前に車内清掃が終わり、いよいよ車内へ入る。今回は10号車の指定席を利用した。E5系では10号車がグランクラスだが、E2系では普通車指定席となっている。車体と同じ色合いの座席が並ぶ車内。E2系を初めて見たのは、おそらく二十数年前になるだろうか。なかなか乗る機会のなかった車両に初めて足を踏み入れる瞬間の高揚感は、鉄道旅ならではの醍醐味だと思う。
 「なすの」は通勤・通学時間帯に多く運転される列車ということもあり、自由席・指定席の設定は列車によって柔軟に変えられている。指定席の両数も曜日や列車ごとに異なり、中には普通車指定席が設定されない列車もある。今回乗車したなすの255号は、1〜4号車が自由席、5〜8号車と10号車が指定席、9号車がグリーン車となっていた。編成の過半数が指定席という「なすの」は実は珍しい。
 普通車は2+3列配置の座席が並ぶ。座席そのものは一般的な新幹線と大きく変わらないが、この車両で特徴的なのは窓である。グリーン車が座席ごとの独立窓となっているのに対し、普通車は2列ごとの広窓を採用している。広窓自体は珍しいものではないが、現役の新幹線車両でこの方式を採用しているのは、E2系だけとなった。
 
乗車記録 No.3 東北新幹線 なすの255号 東京→郡山 E2系
 
 東京駅では窓側の席はすべて埋まり、通路側にもちらほらと乗客がいる程度で発車した。日本橋近くのビル街を車窓に、列車は東京駅を後にする。おなじみの車内チャイムを聴くと、これから東北へ向かうのだという実感が湧いてくる。前回の北海道旅では、最終日に飛行機が欠航するという思わぬアクシデントに見舞われた。今回は何事もなく、無事に東京へ戻ってこられることを願いながら、車窓を眺めた。
 
 上野から乗車する人は少なく、列車は再び地上へ顔を出す。こちら側の車窓には尾久車両センターや埼京線が見え、鉄道ファンとしては楽しい区間である。赤羽を通過すると、何本もの埼京線の列車とすれ違い、時には追い越しながら大宮を目指していく。やがて到着した大宮では何人かが乗り込んできた。隣のホームには16時台発の敦賀行き団体列車の表示が出ていた。この日は盛岡と敦賀を結ぶ団体列車が運転されていたらしい。
 
 大宮を出た列車は、ここからも各駅に停車しながら終点の郡山を目指す。都心では晴れていた空も、次第に雲が広がり始めた。この日、東京は晴れだったものの、東北は広く曇りで、所によってはにわか雨の予報となっていた。
 大宮から先で東側の車窓を眺めるのはかなり久しぶりだった。東北新幹線では午前中の下り列車を利用することが多いが、この時間帯の東側は晴れていると直射日光を受けるため、車窓を眺めにくい。遠くには霞みながら筑波山の姿がうっすらと見え、列車は広い関東平野を北へ進んでいく。
 
 やがて列車は小山に到着。ここは一昨年の北関東乗り鉄旅で宿泊した思い出の地である。列車はここで5分ほど停車し、後続のつばさ131号新庄行き・やまびこ131号仙台行きの併結列車に道を譲る。多くの「やまびこ」「つばさ」は大宮・宇都宮・郡山・福島に停車するが、一部には速達タイプもあり、大宮を出ると次は福島まで停車しない列車もある。この列車がまさにそのうちの一つで、宇都宮・郡山へは乗車中の「なすの」の方が先着するダイヤとなっている。E8系とE5系の併結編成が颯爽と通過すると、この列車もその後を追うように小山を発車した。
 
 小山を出ると、列車は再び田園風景と街並みの中を走る。宇都宮までの区間は、その多くで東北本線が新幹線に寄り添うように並走している。小山から宇都宮まではわずか10分ほど。まもなく到着放送が流れると、車内でも多くの人が下車の準備を始めた。車窓は再び市街地へと変わり、列車は宇都宮に到着した。
 
 宇都宮では乗客の大半が下車し、車内は一気に閑散とした。宇都宮までは在来線という選択肢もあるが、東京からの所要時間は新幹線なら約50分、在来線では2時間以上かかる。高崎と同様に、ここでも都心方面への移動には新幹線が広く利用されている。
 宇都宮では通過待ちはなく、すぐに発車となる。上りホームには同じE2系が停車しており、両列車が顔を合わせた。さらに宇都宮を発車すると、直後に別のE2系ともすれ違う。この時間帯の上り列車はE2系が2本続くダイヤとなっているようだった。現在残るのは2010年に製造された車両だが、その光景は、この車両が東北新幹線の主力として活躍していた頃を思わせた。
 
 宇都宮を出ると、車窓ものどかになっていく。反対側の車窓には那須連山が見え始め、いよいよ東北が近づいてくる。「なすの」という列車名は、那須高原に由来する。現在の東北・上越・北陸新幹線の近距離列車はいずれも、「なすの」「たにがわ」「あさま」と地名(山の名前)に由来している。
 車窓は次第に平野から丘陵地帯へと変わり、列車はまもなく那須塩原に到着する。この駅発着の列車も多い「なすの」。下り線側に折り返し列車が使うホームが1線ある。また駅の北側の地上には留置線があり、朝夕にはここで数編成が寝泊まりする。
 
 那須塩原を出ると、黒磯の市街地を眺めた後、短いトンネルをいくつか抜け、その途中で栃木県と福島県の県境を越える。しばらく山あいの景色が続き、列車はやがて新白河へ到着した。
 初めて東北地方を訪れた際、東北本線の列車を乗り継いだのが新白河駅だった。東北地方で初めて降り立ち、改札の外へ出た駅でもある。この駅から、筆者の東北地方の鉄道路線巡りは始まった。あれからまもなく7年。新白河に停車する列車に乗るのは、おそらくその時以来となる。あの日も梅雨時で、今回とよく似た空模様だったことを思い出す。
 
 新白河ではさらに乗客が減り、車内に残る乗客も3人ほどになった。「なすの」にとっては末端区間となるため、この区間の車内はとても静かである。在来線なら約40分かかる新白河-郡山間も、新幹線なら約12分。トンネルと田園風景が繰り返される車窓を眺めていると、やがて東北本線が近づき、昨年乗車した水郡線も合流して、列車は郡山の市街地へ入った。
 
 東京から1時間35分、列車は終点の郡山駅に到着した。「なすの」専用ホームである11番線に滑り込む。郡山駅は通過線を挟んだ両側のホームに加え、下り線側にもう1面のホームを備える構造となっており、この11番線からは東京行きの「なすの」が発車する。そのため、駅構内の各所には「なすのは11番線」の案内が掲示され、利用客への注意が促されていた。
 初めてのE2系の旅を終え、郡山に降り立つ。E5系の後継となるE10系は2030年度から運転開始予定で、それに合わせてE2系も世代交代が進むものと思われる。まだ数年は活躍が続くとみられるものの、充当される列車は少ない。今回このタイミングで乗車できたことは、とてもよい記念になった。今後も機会があれば、ぜひもう一度乗車してみたい。
 
 さて、郡山から先は東北本線を経由して仙台を目指す。約40分の乗り換え時間があったため、一度途中下車して駅前へ出た。日曜日だったこの日、東北地方第2の都市・郡山の駅前はさすがの賑わいで、多くの人が行き交っている。駅構内ではホールコンサートが開かれ、駅前広場では地元のバスケットボールチームによるイベントが開催されていた。
 昨年、水郡線と磐越西線に乗車した際にも立ち寄った郡山。その時は時間があったため、市内を循環するバスに乗り、開成山公園を訪ねた。今回は純粋に乗り換えのための立ち寄りである。特にすることもなく改札内へ戻り、ここからは普通列車を乗り継ぎながら東北本線を下り、この路線の完乗を目指した。
 
続く