【旅行記】夏の和歌山・奈良乗り鉄旅~南海多奈川線の小さな旅~
南海多奈川線に乗車し多奈川へ
みさき公園駅からは南海多奈川線に乗車する。南海多奈川線はみさき公園駅から多奈川駅までを結ぶわずか2.6kmの路線。路線全体が岬町内を走っている。現在は本線との直通列車はなく2両編成の列車が行ったり来たりを繰り返す多奈川線だが、30年ほど前までは、途中の深日港で淡路島の洲本へと向かうフェリーに接続し、大阪と淡路島を結ぶルートの一つとして使われていた。大阪港からのフェリーの就航や明石海峡大橋の開通により、このルートを使う乗客は減少。1993年に本線と多奈川線を直通していた急行列車が廃止され、深日港から洲本港へ向かうフェリーも1998年に廃止となっている。現在は岬町内のローカル輸送に徹する多奈川線だが、所々にかつて淡路島へのルートとして使われていた頃の面影を見ることができる路線である。

乗車したのは2230系の普通多奈川行。この形式は1969年から1972年に製造された22000系電車の一グループ。南海では高野線の山岳区間に対応した車両を「ズームカー」と呼ぶが、この車両はその一派となっている。1990年代に22000系は2200系、2230系、2270系の3形式に区分された。このうち2270系は和歌山電鐵発足時に移籍したため、現在南海電鉄で現役なのは2200系と2230系の2形式となっている。この旅に出かける少し前に、2200系の1編成が銚子電鉄へと譲渡されることが発表になり話題となった。2200系の他社への移籍は熊本電鉄に次いで2例目となる。但し熊本電鉄で活躍していた車両は既に廃車となっていて現存しない。九州に住んでいるので、熊本電鉄に移籍した車両には何度かお世話になったが、かなり大規模な改造が行われていて、南海時代の面影はほとんど残っていなかった。2230系も一部が和歌山電鐵へと移籍しており、南海で活躍するのは同系列は、2200系が1編成、2230系が4編成の計5編成のみとなっている。これらの編成は、支線である汐見橋線(高野線汐見橋-岸里玉出間)、高師浜線(現在工事運休中)、多奈川線、加太線、和歌山港線などで使用されているが、2230系のうち1本は「天空」という名の観光列車に改造されて高野線の橋本~極楽橋間で運転されている。
乗車記録4
南海多奈川線 普通 多奈川行
みさき公園→多奈川 南海2230系

2ドアの間に長いロングシートが並ぶ車内に入り、発車を待つ。難波方面からの列車と接続し、数人が乗り換えると、まもなく発車の時刻。1両に数人を乗せた列車はドアを閉めて発車し、少しだけ本線の線路と並走したあと、お互いに反対方向へカーブして別れる。少しだけ山の斜面に沿って進むものの、すぐに築堤の上に出て視界が一気に開ける。広がるのは深日(ふけ)の街並み。さらにその奥には大阪湾が見える。列車は深日町に停車し、ここで地元の乗客のほとんどが降りて行った。築堤を降りると深日港に到着。この駅がかつて淡路島へのフェリーと接続していた駅である。駅に着く直前に見える港へ続く屋根付きの商店街がかつての賑わいを想起させる。実は、フェリー航路とまではいかないものの、洲本市と岬町では地域振興策の一つとして、この航路の再興を模索している。土日を中心に旅客船「深日洲本ライナー」が運航されており、今も深日港から洲本港へ行くことができる。南海でもお得なきっぷを発売していて、"かつての"と書いたものの、一応現役のルートだったりする。最後の一駅間となる深日港から多奈川は直線で500mほどしか離れていないので、深日港から多奈川駅が見えていた。みさき公園からわずか6分。列車は終点の多奈川へと到着した。

終点の多奈川駅に到着。列車はしばらく停車して折り返しみさき公園行として帰っていく。現在多奈川線には交換できる駅がない。少し前まではこの多奈川駅は1面2線の駅だったらしいが、現在は1面1線の駅となっていて、多奈川線に進入できる列車は1編成に限られている。2011年にはまだ2線あり、サザンプレミアムが団体列車として入線したこともあるそう。1線しかない今は団体列車の運転は難しくなっている。2両編成が基本の多奈川線。しかし、ホームはかなり長い。難波から直通列車が運転されていた頃は、この長いホームが活用されていた。しかし、それはもう30年以上前の話。現在は半分以上が使われず草が生い茂っている。
すぐに帰るのはもったいないので、直後の列車は見送って1本後の列車に乗ることに。別にやることもないが、天気が良くて視界も良好なので、駅の近くの見晴らしのいい場所に行ってみることにした。
多奈川から50km以上離れた明石海峡大橋を眺める

多奈川駅の前には県道が通っていて、その向かいには住宅街が広がっている。港町らしく細い路地が入り組んでおり、山の斜面に段々に家が立ち並ぶ。Google Mapで見た感じそんなに急な上り坂ではなさそうだったが、実際行ってみると結構な坂道だった。駅から5分で、住宅街の上へと登ることができた。

多奈川の街が一望できる高台まで登ってきた。写真と反対側の山の斜面には墓地が広がっている。ここはめちゃくちゃ眺めがいいというわけではないものの、大阪湾が一望できた。左側の山の稜線は淡路島。右側の山の稜線は六甲山や摩耶山である。山の下には少しだけ神戸の街並みも見える。さらに視線を左に移すと三田や篠山あたりの山の稜線が見えた。よく目を凝らしてみると、淡路島の山の稜線と六甲山の山の稜線の間には明石海峡大橋大橋も見える。この写真だと全く見えないので拡大してみた。

今回の旅ではいらないかなと思いつつ一眼レフを持ってきたが、持ってきて正解だった。ほとんど霞んでいなかったこの日、多奈川から明石海峡大橋までの直線距離は53kmもあるが、はっきりと巨大な橋の姿を捉えることができた。橋の背後に見えるのは舞子や朝霧あたりの住宅街。さらに左側の主塔の近くには日本の標準時子午線の上に立つ明石市天文科学館も見える。その後ろに見える山々は恐らく加古川線と播但線の間の山々で、Google mapで調べたところ千ヶ峰や笠形山という山だと推測される。陸路で行けば2時間以上はかかる明石市だが、こう見ると手が届きそうだった。
ちなみにショベルカーが複数台見える手前の土地は、関西電力多奈川第二火力発電所の跡地。2020年に廃止され、現在は更地となっている。発電所があった頃は恐らく巨大な煙突が写り込んでいたと思われる。

しばらく高台からの景色を眺めた後、多奈川駅へと戻る。行きと違うルートで駅へと戻ってみるとまた違った景色が楽しめて楽しい。細い路地に住宅が立ち並ぶ駅に近いエリアは、古くから住宅が広がっていたエリアだろう。ここは古くからの住宅街の上に新しい住宅街が造られたようで、山の上に行くにしたがって、比較的若い住宅が立ち並ぶ。おそらく大阪湾を望める住宅地として戦後に入ってから開発されたのではないかと思う。
多奈川駅と青い空~夏の関西を旅したくなる理由~

多奈川駅へと戻ってきた。臨海部の雰囲気が漂う多奈川駅。駅員が終日配置されているが、10月以降は窓口営業が終了し、無人駅となるらしい。岬町は1950年代に深日、多奈川、淡輪、孝子などのいくつかの町が合併してできた町。多奈川はそのうちもっとも西側にある地域である。多奈川の街自体は駅から西側に広がっていて、駅前のロータリーには送迎の車が頻繁に現れていた。

みさき公園まで1往復してきた列車が多奈川駅へと帰ってきた。1本後の列車は夏休みの野外体験に訪れた子供たちで賑わっていた。ここから歩いてどこかへ行くらしい。キャンプ場だろうか、それとも海釣り体験だろうか。夏休みも残り数日となったこの日。子どもたちも最後まで夏休みを楽しんでいた。それにしても南海電車は南海というくらいだからやっぱり夏が似合う。このブルートオレンジのライン、それに少し青みがかったグレーの車体は晴れた日じゃないと映えないと思う。

見上げると、青く輝く夏の空が広がる。サザンの名曲かMrs.GREEN APPLEの某曲が勝手に脳内再生されそうなくらいいい天気だった。暑いことも、家にいた方が絶対的に涼しいことも分かっている。それにも関わらず、夏旅に出かけてしまうのは、夏を何もせずに終わらせるのはもったいない気がしていまうからだと思う。夏ほど人にもったいないと思わせる季節はないのではないだろうか。
ちょっとここでなぜ自分は夏になると関西に行きたくなるのかについて述べてさせてほしい。
海に行くもよし、フェスに行くもよし、もしくはあえて家に籠るもよし。夏の楽しみ方は人それぞれだが、自分の場合は、関西に行かないと夏が来ない。それは小学生の時、初めて一人で新幹線に乗って関西の親戚のところに遊びに行ったことに起因する。その当時から鉄道が好きだったので、親戚に南海や阪急など関西の私鉄各線に乗せてもらった。九州にも私鉄はあるものの、やはり関西のそれは規模が違う。あの時のはじめて関西私鉄に乗った感動は今でも忘れない。夏の日差しや暑さはこのときの感動を蘇らせる。夏の関西私鉄は自分にとって鉄道好きの原点の一つである。だからこそ、夏は関西に行きたくなるし、関西の私鉄に乗りたくなる。
夏の関西を旅したい理由は、もう一つある。自分に関西の私鉄というものを見せてくれた親戚は数年前に亡くなった。学生時代の関西の旅ではいつもお世話になっていた。自分を鉄道好き・旅好きに育ててくれた親戚だった。大人になったらいつかその親戚と夏の関西を巡ってみたいと思っていた。しかし、それはもう叶うことはない。自分が関西を旅するとき、いつもその親戚のことを思い出す。自分が夏の関西を旅するのは、その親戚を偲ぶためでもある。今年も来たよと心の中で報告してみる。多分喜んでくれてると思う。
乗車記録5
南海多奈川線 普通 みさき公園行
多奈川→みさき公園 南海2230系
夏の青い空を眺めて、やっぱり夏は関西しか勝たんと思ったところで、再び旅に話を戻す。
多奈川駅からは来た道戻って、再び和歌山県へと戻り、南海加太線に乗車しに行った。地図を見れば分かるとおり、多奈川駅と加太駅は大阪湾に突き出た和泉山地の両側に位置している。多奈川駅から県道56号線を車で15分ほど進むと加太駅にたどり着くが、公共交通機関利用ならそう甘くはない。多奈川駅から県境の直前にある小島という集落までは岬町のコミュニティバスで行くことができるが、そこからは交通手段がなく、1時間30分ほど歩く必要がある。1時間30分なら歩けないこともないし、県境あたりの景色にも興味があったのでチャレンジしてみようかと考えたこともあった。しかし、8月の猛暑の中、1時間30分も歩けば熱中症になる危険もあるので、今回は諦めて列車で向かうことにした。
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