【旅行記】三角線と熊本電鉄の小さな旅~新旧気動車で三角線を往復する~

区画整理事業に伴った未乗区間を訪れる

 九州の鉄道路線は2017年3月に長崎電気軌道の全線に乗車して全線完乗を一度達成している。しかし、最近になって北部九州エリアで新路線の開業や延伸など相次ぎ、いくつか未乗区間が発生している。昨年9月に開業した西九州新幹線には乗車したものの、現在も2路線(区間)が未乗となっている。ひとつは今年3月に開業した七隈線天神南~博多間。正直、いつでも行けるので、逆に後回しにしてしまっている区間だが、実はそれよりもさらに地味すぎてタイミングを見失っていた未乗路線がお隣熊本県にあった。それが熊本電鉄菊池線の熊本高専前~御代志間。何度か乗車したことのある区間だが、2022年10月にこの周辺の区画整理事業に伴って、ルートが微妙に変更となった。駅が移設されて営業キロが変更されたため、乗りつぶしのルール上の新線の扱いとなり、未乗区間となっていた。ルート変更に伴って営業キロが変更となる場合は、再度乗車するというのが、個人的な乗りつぶしルールではあるものの、別に新しい路線が開業したわけでもないので、熊本に用事があるついでに行こうくらい思っていた。 今年も残り4か月を切ったが、思えば今年はまだ一回も九州をメインとした旅をしていなかった。そろそろ九州も旅したくなってきたので、旅というほどのものではないが、熊本電鉄菊池線の未乗区間に乗りに熊本を訪れた。

前旅

 

小さな旅の始まりは再開発が現在も進行する熊本駅から

 未乗区間と言っても、その距離はわずか700mしかなく、純粋に熊本電鉄だけに乗りに行っても2時間もあれば終わってしまう。それでは少しもったいないので、別の路線にも乗ってみることにした。今年7月には熊本地震の影響で長らく運休となっていた南阿蘇鉄道が復旧したので、この路線に久しぶりに乗りに行ってみるかと思ったが、逆に時間がなく今回は断念。その代わり海を眺めて走る三角線に乗車して、三角駅まで行ってみることにした。今回はこの三角線の旅についてまとめる。
 
 旅のスタートは熊本駅から。2021年4月にアミュプラザがオープン。その後、背後にはタワーマンションが建設され、現在はそのタワーマンションの線路を挟んだ反対側にもう一棟のタワーマンションの建設が予定されている。以前は駅前の東横INNが熊本県内で一番高い建物として有名だったが、今は周囲の高い建物に埋もれつつある。以前の熊本駅といえば、ミスタードーナツとモスバーガーとダイソーくらいしかなく、暇をつぶすにも困っていたのに、今や逆に中心市街地に行くのが面倒になっている。0番のりばがAからCまであり、2番のりばが孤立していた頃の熊本駅が懐かしい。それよりさらに昔の5番のりばの先にブルートレインやアクアエクスプレス留置されていた車両基地のあった頃の熊本駅も懐かしい。今やその当時を知る建物が少なくなっている。駅前のホテルくらいではないだろうか。
 
 三角駅に着くころにはお昼を過ぎるので、熊本駅でお弁当を購入して、在来線の改札を通過。ホームへ上がるとななつ星が停車していた。これを目的に撮影に出かけたこともあり、旅している最中に何度も出会ったことのあるななつ星。今更珍しくはないものの、停車しているとついつい写真を撮ってしまう。4両編成しかホームに停車できない4番のりばに停車しているので、後ろの何両かはホームからはみ出ていた。
 
 お隣の6番のりばには、815系の普通玉名行が停車中。昨年9月のダイヤ改正で鹿児島本線の熊本~鳥栖間は運行形態が変わった。以前は熊本-鳥栖間を通しで運転される列車がほとんどだったが、現在の日中ダイヤでは熊本方面からの列車は銀水まで、鳥栖方面からの列車が荒尾までと、大牟田近辺で重なり合う形で系統が分離されている。また、玉名~荒尾間の日中ダイヤは、それまで1時間あたり2本が運転されていたが減便され、1時間に1本の運転となった。玉名行自体は以前から見られたが、昨年の改正以降さらに見る機会が増えた行先である。鹿児島本線ですら1時間に1本というのはやはりさみしい。
 

三角線のキハ47形に揺られて三角へ

 しばらくするとななつ星が停車する隣のホームに列車が到着。三角から到着した当駅止まりのキハ47形の普通列車が折り返しの三角行きとなる。かつては熊本地区の気動車の主力だったキハ40系だが、現在はキハ200系に主力の座を奪われている。キハ40形とキハ140形は昨年運用を離脱してしまったが、現在もキハ47形と147形は現役。しかし以前ほどは熊本駅でも頻繁には見かけなくなった。以前の三角線はキハ40形とキハ31形の2両編成をよく見かけた。今やキハ31という形式自体がなくなっている。
 
 車内に入って座席に座ると、妙に落ち着く感覚があった。やっぱり九州のローカル線と言えばこれだよなと、別にキハ47形が好きでもないのに思ってしまう。地元九州の列車だからこその謎の安心感に包まれる。冷房は効いているとは言えず、車内は少し暑さを感じる。そんな中でずっと回り続けるJNRロゴのついた扇風機。車内にはディーゼル音と扇風機が回るキーキーという音が響いていた。これがやっぱり九州旅には欠かせない。ただし窓が汚すぎるのはどうにかしてほしい。 車窓なんてほとんど見えないくらいに窓が汚れていた。
 
乗車記録1
鹿児島本線・三角線 普通 三角行
熊本→三角 キハ47形
 
 高架の熊本駅をエンジンを唸らせ発車。見違えた熊本駅周辺の新しい街並みには、キハ47形はどうも似合わない。三角線の列車とは言え、熊本-宇土間は鹿児島本線を走行し、鹿児島本線の列車を補完する役割を持つ。それゆえ熊本から乗り込んだ人のうちの半数程度は宇土駅までの鹿児島本線各駅で下車していった。
 
 宇土から三角線に入ると一気にローカル線の雰囲気へと様変わりする。宇土の市街地を抜けるとしばらくの間、国道57号線と並走して走る。住吉駅を出てからが一つ目のビューポイント。車窓に広がるのは有明海である。車窓の先には島原半島が見える。以前天草にバス路線に乗りに出かけたとき(⇒【旅行記】天草絶景路線バスの旅 )にも、目の前の国道を走るバスの車窓からこの景色を眺めたが、何度見てもこの景色は美しい。三角線にももう何回も乗っているが、この景色は定期的に見たくなる。
 
 列車は網田(おうだ)駅へと到着した。この駅の周辺は住宅も多く下車する人も多い。駅には土日営業のカフェが併設されていて、昨年のダイヤ改正から三角線の観光特急A列車で行こうがこの駅に停車するようになった。行き違いができる駅だが、日中の列車は少し手前の住吉駅で交換する列車が多く、この駅で交換する列車は多くはない。ここから三角方面には交換できる駅は一つもないが、三角駅は縦列に2本が入れるようになっているので、1本の列車が行って帰ってくるまで他の列車が入れないわけでもない。
 
 網田-赤瀬間は2回目のビューポイントとなる。赤瀬から先で宇土半島の山越えをする三角線は網田駅から赤瀬駅にかけてグイグイと標高を上げていく。先ほどはほぼ地平レベルからの有明海の車窓だったが、今度は少し高い場所から眺めることができる。網田駅を出てすぐの海岸は御輿来海岸と呼ばれる海岸で、干潮時には縞模様の美しい干潟が姿を現すことで有名である。赤瀬駅を出た列車は長いトンネルを通って八代海側へ向けて山を越えていく。波多浦駅を出ると、有明海が見えていた車窓とは反対側に八代海を眺めることができる。八代海の北側に浮かぶ戸馳島を眺めなら走ると列車はまもなく終点の三角駅へと到着した。
 
 終点の三角駅へと到着。先述の通り三角駅はホーム1面だけの駅で、基本的には熊本方面から到着した列車は折り返していく。ただ、画面奥に少しだけ線路が延びていて、この部分を留置線として使うことで、待避を行うことが可能となっている。すなわち先に到着した列車を奥に押し込み、熊本方面から来た2本目の列車を先に折り返させて、奥に押し込んだ列車を熊本方面への2本目の列車として運転させることができる。特急A列車行こうが運転されるときはこうした光景が見られるほか、夜間の車両停泊の際にも使用されている。なお、横には機回し用の線路があるが現在は使用されておらず、奥に押し込まれた車両は2本目の列車が折り返さないと熊本方面に帰ることはできない。
 

"海のピラミッド"から三角港周辺を眺める

 三角駅は教会をモチーフにしたデザインとなっていて、A列車で行こうの運行開始に合わせてリニューアルされている。鉄道における天草の玄関口となる駅で、駅にはみどりの窓口もある。駅前からは三角半島の先にある大矢野島(天草上島・下島へと向かう途中にある島)方面の路線バスが出ているので、それに乗れば天草方面へと向かうことができる。また、三角線とほぼ並走して宇土に向かうバスや、宇土半島の南側を通って松橋へと向かうバスもあり、交通の拠点になっている。駅には送迎の車がよく出入りしていて、スーツケースを持った人が乗り降りしていた。快速バスがあるものの、天草方面から車で送ってもらってこの駅から三角線を使う人も一定数いる。
 
 三角駅の目の前には三角港がある。三角駅は古くは天草や島原へ向かう渡船・フェリーと鉄道の接続駅として機能してきた駅だった。しかし、天草五橋の開通や熊本港と島原港を結ぶフェリーの就航などで利用客は年々減少。三角と島原を結ぶフェリーは20年ほど前に廃止となった。また最近まで運航されていた御所浦や棚底方面へ向かう渡船も時刻表に休止される旨が掲示されていた。現在はA列車で行こう運転時に運航される天草宝島ラインしか就航していない。大分から概ね豊肥本線、鹿児島本線、三角線に沿って続いている国道57号線は、三角港から海を渡り島原港までは海上区間となる。三角駅前は大分から続く陸上区間の一旦の終点。現在は公園として整備されている三角港の広場はかつては島原へ向かうフェリーの乗り場だった。
 
 三角港には独特な形をした建物がある。海のピラミッドという名前の建物。三角港を発着するフェリーや渡船の待合所として建設されたもので、ピラミッドのような三角錐ではなく円錐形の建物になっている。熊本県内にはこの海のピラミッドのように独特な形をした公共の建物をよく見かける。代表的なのが中心市街地に近い場所にある熊本中央警察署(完成当時は熊本北警察署)。テトリスのパーツのような形が逆向きに建っている。これらは熊本県が展開する熊本アートポリスという事業で建てられた建物で、海のピラミッドと熊本中央警察署はこの事業の初期にあたる1990年に完成している。海のピラミッドの設計者は葉祥栄氏である。
 
 中に入ってみるとこれまた美しい形をしている。三角には何度か来たことがあったが、この建物の中に入るのはこれが初めてだった。建物の外周と内周にはそれぞれ螺旋状の通路が設けられている。この螺旋状の通路をひたすら歩いていくと、てっぺんにある展望台へとたどり着く。現在平日は三角港を発着するフェリーや渡船の運行がないため、待合室としては機能していない。てっぺんに着くまで割と歩かないといけないので、地元の人が散歩コースとして使っているみたいだった。自分もてっぺんまで登ってみることにした。
 
 海のピラミッドの頂上から三角駅周辺を眺めてみる。写真の左下に見える岸壁が入り組んでいるところがもともと島原へと向かうフェリーの桟橋が設置されていた場所。現在公園になっている場所はほとんどがフェリーに乗るための車の待機場だった。三角駅舎の後ろには三角半島の先端の山が見える。あの山の後ろには、九州本土と天草を結ぶ天草五橋の最初の橋である一号橋「天門橋」と新たに開通した三角大矢野道路の「新天門橋」の2つの橋が架かっている。駅からは残念ながら橋は見えない。
 
 反対に八代海を望む。三角港周辺は大矢野島、戸馳島、維和島など大小の島に囲まれている。左側の島と島の奥に見える山の稜線が九州本土の山々。場所的には肥薩おれんじ鉄道の日奈久温泉駅の背後の山々が見えている。陸路だと八代海をぐるっとまわらないといけない八代市。ここから八代港まではわずか10kmほどしかない。八代市は大部分が干拓地で、九州道が走る山から八代港までの距離より、八代港から維和島までの距離の方が実は近い。そのためここを橋で結んでしまおうという構想が昔からある。一方で右側の奥に見える山の稜線は天草上島。上島の松島まではそう遠くないものの、途中の大矢野は渋滞の名所として知られていて、意外と時間がかかる。海に浮かぶ島を伝って大きな鉄塔がいくつか並んでいる。天草下島の苓北火力発電所から続く送電線で、維和島と天草上島を渡る区間の鉄塔は日本で2番目に高い送電線鉄塔になっている。一度見に行ったことがあるが、大きなに圧倒される。
 
 三角港の東側を見る。対岸の戸馳島が迫ってきていて、三角線の一駅手前の波多浦駅付近に戸馳島に渡る橋がある。戸馳島は天草諸島の島だが、住所は三角と同じ宇城市になっている。宇城市は鹿児島本線の松橋駅がある旧松橋町や三角町などいくつかの町や村が合併した自治体。この辺一体はもともとは三角町という町だった。それにしても上空を風に通り過ぎていく雲が美しい。個人的には雲一つない快晴よりもこうした雲のある晴れの方が好きである。
 
 海のピラミッドから三角港を眺めた後は、三角駅へと戻り帰りの列車を待った。今回の旅は現金で乗車する交通機関がなかったので、現金を一銭も持っていなかった。ICカード範囲外の駅なので、飲み物が買えないかと思ったが、駅の自販機はしっかりICカードに対応していた。これも観光列車のおかげだろうか。朝晩の暑さは和らいだとはいえ、まだまだ日中は暑い日が続く晩夏の季節。炎天下はさすがにまだ暑い。
 

2021年に三角線で運行を開始したキハ220形200番台に乗車

 帰りの列車がやってきた。乗車したのはキハ220形200番台。2006年に登場した車両だが、長らく大分と長崎のみで活躍。その後2021年3月に初めて熊本に配置された車両である。熊本では過去に大分の車両が、大分~肥後大津間の運用を持っていたほか、臨時的に熊本まで普通列車として運転したこともあったものの、熊本に配置されたのはこれが初めてだった。大分と長崎から計4両がやってきて豊肥本線と三角線で活躍している。
 キハ220形自体はそれまでも1100番台1両が熊本に配置されていた。以前鹿児島県の指宿枕崎線で特別快速なのはなDXという列車の指定席車両として使われていた車両で、この列車の廃止後は主に肥薩線で使用されていた。しかし、肥薩線は2020年7月に水害により大きな被害を受け運休中。当該車両も人吉駅にて被災している。その後小倉での整備を受けて復帰したものの、現在は再び小倉で整備中らしい。2ドア化や展望席を設けるなどの改造を受けた車両だったので、都市部では混雑の要因となり、使いにくい面があった。利用者数の少ない肥薩線はある意味最適な運用路線だったのだが、肥薩線も長期運休となってしまった。
 
 のキハ220形200番台、乗ってみたい車両だったのだが、大分や長崎でも乗車経験がなく、さらにどんな運用なのかも分からいので、なかなか乗れずにいた車両だった。まさか三角線で乗る日が来るとは少し前は全く想像していなかった。バスのような大型の行先表示器を付けているのが特徴。この時期にデビューJR九州の車両はみんな行先表示器が大きい。でも従来のキハ200形よりもかっこよく見える。車内は片側がロングシート、もう片側が転換クロスシートになっている。現在のJR九州の車両でこうした配置を採用しているのはこの車両だけ。以前はキハ31形のうち何両かがロングシートの車内の一区画が転換クロスシートになっていた。
 
乗車記録2
三角線・鹿児島本線 普通 熊本行
三角→熊本 キハ220形200番台
 
 列車は肥後長浜~住吉間に差し掛かる。三角に行っている間に潮が引き、きれいな模様の干潟が現れていてとてもきれいだった。往路は熊本市側を向いて走っていく。奥に見える山は熊本市の代表的な山である金峰山が見える。そこから有明海へ視線を移すと、遠くに造船用のクレーンが見える。鹿児島本線の長洲駅近くにある造船所のクレーンである。
 
 列車は宇土から鹿児島本線に入った。宇土から先の区間は、朝夕は通勤通学で混雑するが、昼下がりの時間帯なので、鹿児島本線内での乗客もほとんどおらず、終始閑散とした状態で熊本駅へと到着した。熊本駅で見るキハ220形200番台。駅ビルに囲まれた高架駅にはすごく馴染む車両だと思う。乗車していたキハ220 209はもともと長崎の大村線などで活躍していた車両。熊本に転籍してしばらくはシーサイドライナー色を纏っており、大分から転籍した車両と組んで赤青の編成が見られていた。残念ながら数か月前に塗り替えられたので、シーサイドライナー色は見納めとなったが、塗装がピッカピカでとてもきれいだった。
 熊本駅から1時間以内で気軽にローカル線気分を味わえる三角線。従来から活躍しているキハ47形と三角線では最近デビューしたキハ220形200番台という新旧2つの車両を楽しむことができた三角への往復。のんびりとしたローカル線の雰囲気を味わうことができた。
 さて、ここからはいよいよこの旅の本題へと入っていく。熊本駅から上熊本駅へと移動し、熊本電鉄菊池線の未乗区間に乗車しにいった。
 
次話