【旅行記】大阪で未乗路線を巡ったあと青森で青函トンネル記念館ケーブルカーに乗車する旅~青森へひとっ飛び編~

前話
 
 阪神尼崎駅をスタートし、長堀鶴見緑地線、北大阪急行の延伸区間、大阪モノレールを巡って1日目の前半が終了した。これで今回の大阪の未乗路線巡りは終了。ここからは青函トンネル記念館を目指して青森へ移動を開始した。
 

JAL 伊丹-青森線に搭乗して青森空港へ

 大阪モノレールで到着した伊丹空港。午前中は雲が多かったが、いつの間にか青空が広がっていた。午後はここから、遠く東北地方の青森県へ移動を開始する。今回の青森訪問は滞在時間が23時間55分で弾丸での訪問となる。
 青函トンネル記念館へ行くのは翌朝。この日は宿泊地の新青森駅まで移動した。ここからの流れをまとめておく。伊丹空港からはJALの青森便に搭乗。その後は弘前経由で新青森駅へ向かい、駅前のホテルに一泊する。翌日は早朝から移動を開始し、青函トンネル記念館を訪問。ケーブルカーに乗車した後は、青森空港へ戻り、そこから羽田空港経由で九州へ帰る。
 
 伊丹空港から搭乗したのは、JALの伊丹-青森線。同路線はJALの中小路線を担うJ-AIRによって1日4往復が運航されている。同区間にはANAも就航している。JALはジェット機のE190、E170での運航だが、ANAはターボプロップのボンバルディア DHC 8-Q400での運航が基本となっている。関西からはこのほか、フジドリームエアラインズが神戸-青森線を運航している。青森県内の空港では、以前三沢空港は利用経験があるものの、青森空港は今回が初めての利用となる。JALの伊丹-青森線は朝夕の各1往復がE190、日中の2往復がE170での運航となっている。今回は日中14:00発の便を利用したので、E170での運航だった。
 
乗車(搭乗)記録 No.10 JAL2155便 (J-AIR運航) 伊丹空港→青森空港 Embraer E170
 
 搭乗便は定刻通りに動きだし、滑走路へ。機内の搭乗率は5割ほどだった。伊丹空港を離陸した後、旋回しながら大阪の街を眼下に高度を上げていく。機窓からは午前中にいた門真南駅や門真市駅も見ることができた。その後は生駒山地、奈良市街、伊賀市街などを眺めながら、名古屋方面に飛行した。伊丹発の新潟、東北、北海道方面の飛行機は、三重県に差し掛かるあたりまで東に進み、そこから針路を北東に変え、岐阜県、長野県方面へと飛行していく。
 
 三重県に差し掛かったあたりで北東に針路を変えた飛行機。機窓には揖斐川、長良川、木曽川の合流地点が広がる。鉄道路線で言えば養老鉄道が走っている場所。今年のはじめに乗車した思い出の路線を空から眺める。その後、岐阜県大垣市の上空を飛行し、岐阜市街を眺めて山間部へ。同じく今年のはじめに訪れた長良川鉄道沿線の郡上八幡などを眺めて飛行していった。この日は太平洋側は快晴だった一方で、日本海側には雨雲があり、次第に機窓には雲が広がっていった。
 
 長野県に差し掛かるあたりからは本格的に雲が広がり始め、その後は機窓からの景色は望めなくなった。前回の旅で訪れたアルペンルートや大糸線沿線が見えるかなと期待していたが、残念ながら見ることはできなかった。一方で、広がる雲の合間から遠く富士山が見えた。富士山からの直線距離は150kmほどだが、飛行機からだととても近く感じた。
 その後は日本海上空に出て、新潟沖を飛行した。副操縦士からの案内放送が始まると、まもなく秋田県に差し掛かるところと放送が入った。まだ大阪を出て、50分くらいしか経っていないのに、本当にあっという間に東北までやってきた。徐々に高度を下げ、やや発達した雲の中を揺れを伴いながら突き抜けると、機窓には十和田湖が出現。その後は津軽平野の淵をまわって飛行し、搭乗機は青森空港に着陸した。
 
 伊丹空港から青森空港までの飛行時間はわずか1時間10分ほど。あっという間に関西地方から東北地方、それも北東北へとやってきた。大阪は快晴だったが、青森は生憎の雨模様。この日は日本海側を雨雲が通過する予報となっていたが、ちょうどそのピークのタイミングで青森へ着いたらしい。青森空港の動線は、搭乗口の手前まで搭乗客も降機客も同じ動線を進む地方空港でよく見かけるパターン。待合室で搭乗を待つ乗客を見ながら、階段・エスカレーターで出口へ向かう形だった。
 

はじめての青森空港

 預け荷物はないので、そのまま出口へ。その先では「Welcome to AOMORI」のボードに出迎えられた。「O」がりんごなのがさすが青森といった感じ。しかし、大阪を出てまだ1時間20分くらいしか経っておらず、イマイチここが青森であることの実感が湧いていない。飛行機で旅すると、頭の中がバグってしまい、遠くへ来たのにそれがピンと来ないことがある。これからいろんな景色を見る中で、少しずつ青森へ来たことを実感していくことになる。
 
 青森空港のターミナルの外へ出て来た。青森空港は国際線では仁川線が、国内線では羽田、伊丹、新千歳、小牧、神戸線が就航している。1日の国内線出発便は22便で、秋田空港よりも1便多い。北東北エリアでは、最も便数が多い空港である。ただし、青森から東京へは、新幹線でも3時間ほどで行けるため、東京便は少なめ。伊丹・新千歳便で就航しているANAは、羽田線からは20年以上前に撤退。現在はJALだけが羽田便を就航させている。一時はスカイマークも羽田線に就航していたが、こちらも撤退してしまった。小牧、神戸線はFDAが運航している。小牧線は2011年に就航した一方、神戸線は2020年に就航した比較的新しい路線である。
 ターミナルは3階建て。1階には到着ロビーと搭乗手続きカウンター、2階には保安検査場・待合室と土産物店、フードコート、カードラウンドなどがある。3階は展望デッキとなっている。展望デッキはワイヤーが手すりから離れた位置にあり飛行機を撮影するには不向きだった。滑走路を走る飛行機であれば、何とか撮影できた。
 

弘南バス青森空港線で弘前へ

 さて、今回の青森の滞在時間は約24時間。明日は先ほど到着したときに隣のスポットに駐機していた羽田便の翌日の便に搭乗して青森を後にすることになる。この日は宿泊地の新青森に向かうだけで特にやることはない。青森空港から新青森駅は直線距離で10kmほどしか離れていないが、直行のバスはなく、青森駅で乗り換える必要がある。ただ青森駅-青森空港間のバスは翌日に使う予定。ただの往復になっては面白くない。時間もあることだし、弘前へ行くバスに乗車し、弘前駅経由で新青森駅へ向かうことにした。
 青森空港から新青森へのバスは弘南バスが運行している。全線が一般道の走行となるため、便によっては普通の路線バスタイプのバスも使用されるようだったが、乗車便はハイデッカータイプのバスでの運行だった。青森空港からは10人ほどが乗車した。
 
乗車記録 No.11 弘南バス 青森空港線 弘前バスターミナル行 青森空港→弘前駅前
 
 青森空港を出たバスは、県道27号を経由して浪岡へ。この県道27号は一部区間が青森空港有料道路になって、上下線とも青森空港へ向かう方向のみ料金所がある。青森空港から弘前へ向かう場合は料金所はなく、往路だけ料金が徴収される仕組みになっている。青森空港を跨いで青森市街から浪岡へ移動する際、料金を取られるのが絶対に嫌という時は、空港滑走路の後ろ側を走る迂回路を走ればいいらしい。また、空港自体も必ず有料道路を通過しないと辿り着けないわけではない。抜け道を使って青森空港へ来て、その後有料道路を使って帰ると、料金所を通らないが、これでも別に問題はないという不思議な有料道路である。ただし、空港の駐車場は有料道路を使うと基本料金が無料になるので、駐車するなら結局変わらない。
 その後は浪岡の街中を経由して、奥羽本線を跨ぎ、以後は弘前市街までずっと国道7号線を走っていく。車窓の右側には、雲に隠れながらも岩木山が見えた。弘前盆地のシンボルでもある岩木山を見ると、ちょっとずつだが青森へ来た実感が湧いてきた。
 バスは浪岡と藤崎舟場角の2つのバス停に停車。途中のバス停からの乗車も可能だが、途中のバス停では乗り降りは全くなかった。弘前に到達すると市街地の中を進んで、弘前駅へ。青森県では第三の規模を誇る弘前市。人口は16万人ほどだが、この地域の中心都市として、街は人口以上の規模がある。
 
 バスは弘南バスのターミナルである弘前バスターミナルが終点だが、バスターミナルには一度行ったことがあったので、今回は弘前駅で下車した。昨年秋の北東北旅以来の弘前駅。なんだかんだで、弘前にはここ1年半の間に3回も来てしまった。時刻は17時を過ぎたところ。今回は青森空港から弘前へ向かうバスが目的で、この街に用事は特にない。弘前はずっと弘前城に行ってみたいと思いながらも行けていない。今回も夕方の到着となったので、弘前城の訪問は出来なかった。
 

弘前駅を発着する列車を眺める

 弘前から新青森間は何に乗るか迷ったが、45分ごろに特急つがるが来るようだったので、それに乗車することにした。早めに改札に入って、弘前駅を発着する列車たちを眺めていく。
 ホームに降りると川部から五能線に入る普通鯵ヶ沢行きのGV-E400系が停車していた。五能線川部側の普通列車は、全ての列車が弘前発着で運転されている。快速リゾートしらかみを除く弘前発着の五能線列車は9往復。うち弘前発の1本のみ快速列車の設定がある。列車の行き先である鯵ヶ沢は五能線の輸送の一端となっている場所。ここから先は運転本数が減り、深浦までは6往復となる。
 
 弘前駅はJR東日本の奥羽本線とともに弘南鉄道弘南線も発着している。弘南線は弘前と黒石を結ぶ路線。帰ってきて思ったが、電車かバスで黒石まで行って、黒石で青森行きのバスに乗り換えるのも面白かったかもしれない。この路線には一昨年の東北旅で、当時大雨被害で運休していた五能線の代わりに乗車した。初めて弘前駅に降り立ったのは、JRの列車からではなく、弘南鉄道の列車からだった。
 
 五能線の普通列車が発車してしばらくすると、青森方面から701系4両編成が姿を現した。列車は折り返し弘前始発の快速青森行きとなった。青森・秋田エリアの奥羽本線では、快速列車の運行が行われている。弘前駅からは上り1本、下り3本(リゾートしらかみを除く)が発着。上り1本は弘前発秋田行き、下り3本は弘前発青森行2本と秋田発青森行きの1本という内訳になっている。弘前-青森間の停車駅は、川部、北常盤、浪岡、津軽新城、新青森となっていて、撫牛子、大釈迦、鶴ヶ坂の3駅を通過する。701系も4両や5両になると迫力があってかっこいい。

特急つがるで宿泊地の新青森へ

 先に新青森駅に着く快速列車をあえて見送って、後続の特急つがる43号青森行きに乗車した。まだ秋田県には未乗路線をいくつか残しており、赤紫帯の701系は今後も乗車期間がある。一方で、E751系に乗る機会は今後はあまりなさそうなので、こういう時に乗っておこうと思う。このE751系はJR東日本唯一の交流特急形電車。新幹線が盛岡までだった頃、盛岡と青森を結んだ特急スーパーはつかりとしてデビューした車両である。
 今年の春のダイヤ改正で、特急つがるは日中の1往復が停車駅を絞って速達化した特急スーパーつがるに変更された。そのため、特急つがるとして走る列車は朝夕の2往復のみとなった。これに伴い特急つがるの号数も変更。それまで特急つがる5号として運転されていたこの列車は特急つがる43号となった。
 
乗車記録 No.12 奥羽本線 特急つがる43号 青森行 弘前→新青森 E751系
 
 列車は4両編成だが、弘前到着時点ではどの号車もガラガラだった。乗車した2号車には弘前から外国人観光客の団体客が乗り込んで多少賑わったものの、それでも車内は閑散としていた。日曜の夕方でこれだと平日はもっとガラガラなのだろうか。
 弘前-浪岡間はバスと電車で往復する形となる。車窓には津軽平野が広がり、八甲田山を遠くに見ながら列車は奥羽本線を下っていく。浪岡に停車した後、大釈迦駅を出ると、そこからはしばらく山の中を走って峠を越える。区間列車が発着する津軽新城駅を通過する頃には、ひたちチャイムが流れ、列車は新青森駅に到着した。
 
 特急つがるを新青森駅で下車した。数分で新幹線に接続しており、この駅で下車する乗客も多かった。新青森駅は列車で通り過ぎた経験しかなく、降り立ったのは今回が初めてとなった。ここは東北新幹線と北海道新幹線の接続駅。駅自体はJR東日本が営業するが、ここから北海道方面はJR北海道の路線となる。かつて新幹線がこの駅止まりだった頃は、函館方面へ向かう特急白鳥、スーパー白鳥はこの駅が発着で運転されていた。JR北海道の789系や785系が発着する様子も見てみたかったなと思う。
 阪神尼崎駅前からスタートした1日目の移動はここで終了。この日は新青森駅前のホテルに一泊して、翌日の青函トンネル記念館再訪に備えた。
 
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