【旅行記】初冬の山形乗り鉄旅~仙山線の快速列車で山形へ~

前話
 
 伊丹空港から航空機を利用して仙台空港に到着。その後、仙台空港アクセス線の普通列車で杜の都の玄関口、仙台駅に到着した。ここからはいよいよ旅の目的地である山形へ向かった。
 

2023年のダイヤ改正で半減した仙山線の快速列車に乗車

 仙台からは仙山線に乗車した。この路線は文字通り仙台と山形を結ぶ路線。東北地方を東西に走る路線の一つである。路線区間は仙台から羽前千歳までだが、山形側へ行く列車は、全てが羽前千歳から奥羽本線へ入り、山形駅発着で運転されている。
 仙山線は仙台~愛子間と、その先で列車の運転本数に大きな段差がある。愛子までの区間は、概ね仙台市街地やその近郊を走る。沿線にも住宅街が開発されており、通勤・通学時間帯は比較的混雑が激しい路線として知られている。一方、愛子から先は奥羽山脈を貫く峠越え区間となり、沿線人口の少ない地域を走っていく。沿線からの利用は少なく、この区間の乗客の多くは山形と仙台間の都市間利用の乗客が多い。このように仙山線は、愛子前後で列車本数も輸送密度も大きく変化する特徴をもっている。  ところで、近年の仙台~山形間の都市間移動は、宮城交通と山交バスが運行する高速バスが台頭し、公共交通での移動は高速バスの方がメジャーになっている。この区間の高速バスは、日中でも20分に1本の高頻度運行となっており、所要時間、運賃のどちらにおいても仙山線に勝る。仙山線は高速バスにシェアを奪われる形となっているのが実情である。2023年のダイヤ改正では、それまで上下14本が運転されていた快速列車が、一部普通列車に格下げされる形で7本に減便となった。この改正までは快速列車の停車パターンも時間帯により3パターン用意されていたが、1種類に統一。仙台~愛子間は快速列車を含めて全列車が各駅に停車するようになった。
 
 仙台から乗車したのは、11時7分に発車する快速列車の山形行き。E721系1000番台4両編成での運転だった。以前は701系も活躍していた仙山線だったが、701系の仙山線での運用は、2017年に終了し、現在はE721系のみの4両または6両編成で運行されている。0番台で運転される列車もあるが、1000番台で運転される列車が多い。
 仙台・福島エリアの東北本線には何度か乗車しているが、ことごとく全て701系の運用に当たっていたため、E721系への乗車はこれが初めてだった。1000番台は2016年に登場したグループでピンクの帯を纏う。赤帯の0番台からマイナーチェンジが図られており、車内外の各所に違いがある。
 先述の通り、仙山線の快速列車は、2023年のダイヤ改正で本数が半減し、停車駅も見直された。現在の快速列車は、下り(山形方面)3本、上り(仙台方面)4本が運転されている。快速列車は全体の運転本数からすると、割と希少な存在になっている。また、以前の快速列車は、仙台~愛子間で各駅に停車するタイプ、山寺~山形で各駅に停車するタイプ、全区間で快速運転を行うタイプの3つのタイプに分かれていた。現在は山形~愛子間で各駅停車するタイプのみが存続している。愛子から先は作並、山寺、羽前千歳、北山形、山形と停車していく。仙台-山形間の快速列車の所要時間は1時間20分。普通列車より10分ほど早い。
 
乗車記録 No.3
仙山線 快速 山形行
仙台→山形 E721系1000番台
 
 仙台駅発車時点で車内の座席は大体8〜9割埋まった。仙山線は仙台から西へ走っていく路線だが、東北本線の線路の東側しばらく並走し、その後オーバークロスして西へ向かっていく。このため、仙台駅では一番東側にある7番線と8番線を使っている。仙台駅発車すると、まもなくハイグレード車両のE655系「なごみ(和)」とすれ違った。この日はこの車両で東北本線支線の利府から上野へ常磐線経由で行くツアーが開催されていたようだった。その後はしばらく東北本線・東北新幹線の線路、高架橋と並走。その先で東北本線をオーバーパスし、仙台車両基地を横目に両線と分かれた。
 
 仙台~愛子間は快速列車も各駅に停車して行く。最初に停車する東照宮駅では、ホームで多くの乗客が仙台行の列車を待っていた。次の北仙台駅では、早速仙台行の列車とすれ違った。仙台へ行く上り列車は休日午前中の便ということもありとても混雑していた。列車はしばらく仙台の市街地の中を走り抜けていく。北山駅あたりでは、小高い場所から住宅街を眺めることができた。奥には仙台大観音が見えていた。
 北山駅の次の東北福祉大前は、その名の通り東北福祉大学の最寄り駅。この駅で下車する乗客が多く、ここまでで車内の半数程度の乗客が下車していった。東北福祉大といえば、野球の名門大学として知られ、多数の名だたるプロ野球選手を輩出している。プロ野球ファンにはとても有名な大学である。
 車窓も東北福祉大前を出たあたりから徐々に緑が大きくなってくる。国見駅では2度目の反対列車との行き違いとなった。ホームが狭く、恐らく最初1面1線だった駅に無理やりホームを増設して2線2線にしたのだろうなという感じがした。仙山線はこのあたりで広瀬川と合流し、この先は広瀬川の谷間に沿って、山奥へと進んでいく。葛岡駅付近では住宅が一旦少なくなるが、その先で広瀬川を渡ったところから愛子地区へ入り、再び住宅が増えた。
 
 陸前落合を発車すると、列車は住宅や団地、学校を車窓に走り、愛子駅に到着。愛子は「あやし」と読み、難読駅名として知られている。この駅は仙山線における仙台近郊輸送の一端となっており、この駅を境に列車本数が大きく変わる。ここまでは日中でも1時間に3本ほどが運行されているが、ここから先は1時間に1本になる。2面3線の駅の3番線には、折り返しの仙台行の普通列車が停車していた。ここまでで車内の乗客の7割程度は下車していき、車内は閑散としてしまった。
 
 愛子を発車すると車窓ものどかになり、列車は田畑が広がる景色の中を走っていく。広瀬川と国道48号線と並走しながらの山登りとなる。仙台駅は晴れていたが、徐々に天気が悪くなってきた。この日は冬型の気圧配置が強まっていたため、山形側では雪の予報だった。山が近づくにつれてどんどん暗くなってきて、小雨が降り出し、徐々に雪へと変わっていった。
 
 愛子を出た列車は、途中にある陸前白沢と熊ヶ根を通過し、作並に到着した。この駅より通過した2駅の方が、周辺に人家が多い。しかし、この駅は作並温泉という温泉街の最寄り駅。ここへ行く観光客のために快速列車も停車する。仙山線における宮城県側の最後の主要駅で、朝には1往復だけ、この駅で仙台方面に折り返す列車もある。反対側のホームにはその旅館をチェックアウトして仙台方面へ向かうとみられる観光客が大勢列車を待っており、到着した仙台行きの列車に吸い込まれて行った。
 駅へ到着した時、車窓には使用されていない転車台が見える。この駅にはかつて、機関区が設けられていて、転車台はその遺構である。この先仙山線は、仙山トンネルという長いトンネルを走っていく。この区間の開業にあたっては、蒸気機関車の煙が問題となった。他の区間が非電化で開通した一方で、トンネルを含む山寺-作並間は直流電化され、当初はここだけ電気機関車が使用されていた。戦後は作並駅と北仙台駅の間が交流電化の試験路線となり、日本で初めて交流電化区間となった。作並-山寺間の直流電化は引き続き存続していたため、作並駅はしばらく直流と交流の切り替え地点となっており、地上式と呼ばれる切替設備が設置されていた。山間の小さな駅だが、日本の鉄道の交流電化の礎を築いた駅となっている。
 
 作並を出ると、次は山寺に停車する。ここから山寺までは県境を跨ぐ区間となり、山深い場所を走っていく。車窓も本格的に雪景色となり、窓の外の冷気が車内にも伝わってきた。列車は時折、雪を舞い上げながら走っていった。
 列車はカーブを曲がりながらどんどん標高を上げていく。次の山寺までの間には、奥新川(おくにっかわ)駅と面白山高原駅の2つの駅を通過した。宮城県側の最後の駅が奥新川駅。利用者は少ないが、ここも仙台市青葉区に所在する。特定都区市内における仙台市内の範囲に含まれ、仙台市内と書かれた乗車券もこの駅まで使える。列車は駅を颯爽と通過したが、ホームには数十センチの積雪があった。奥新川を通過し、その後もしばらく雪景色の中を進むと、列車は仙山トンネルへ入った。
 
 仙山トンネルは全長5,300m。このトンネルで一気に奥羽山脈を貫いている。仙山線は面白山の南側で山脈を貫く。面白山は蔵王国定公園に含まれる山で、このあたりが蔵王国定公園の北限になっている。トンネルの中には面白山信号場という信号場があり、ここで列車の行き違いが行えるようになっていた。トンネルを出た直後に、列車は面白山高原駅を通過。この面白山高原駅付近が仙山線で最も標高が高い地点で、ここから先は下り坂で村山盆地へ下りていく。
 通過した奥新川と面白山高原の2つの駅は、山間部に位置しており、仙山線の駅の中でも特に利用者が少ない。また、同時に仙山線の中でも豪雪地帯に位置している。JR東日本では毎年、冬季にこの2駅に停車する普通列車の一部について、雪による遅延リスクを低減させるため通過させる措置を取っている。旅行日も既に19時以降列車が通過扱いとなっていた。
 
 しばらく山の中を走ると、やがて視界が開けてくる。立谷川の鉄橋を渡ると、列車は山寺駅に到着した。この駅は近くに山形の観光スポットの一つになっている立石寺がある。ここでは観光客らしき人たちが何人か下車していくと同時に、今度は山形駅方面へ向かう人たちの乗車があった。ここは村山盆地の一端。ここから先は徐々に人家が増えてきて、平地が広がり始めた。
 
 山寺の次は羽前千歳。この間にも高瀬と楯山という2つの駅を通過した。高瀬駅あたりから村山盆地の田園風景が広がり、奥羽本線と合流。羽前千歳に到着した。
 羽前千歳は仙山線の路線としての終点駅。ここから列車は奥羽本線を経由して山形へ向かう。この駅から山形駅までの奥羽本線は、標準軌と狭軌の単線並列区間となっている。狭軌の線路には次の北山形で左沢線が合流し、仙山線、左沢線の2路線の列車が走る。仙山線は東へ向かうが、山形-羽前千歳間の狭軌の線路は、左沢線に合わせて標準軌の線路の西側に並んでいる。このため、羽前千歳駅のホームの南側では、標準軌と狭軌の線路がX字状に平面交差している。
 
 列車は馬見ヶ崎川を渡って次の北山形へ。このあたりから山形市の市街地が広がり始めた。ここでは左沢線と合流。この駅はY字になっていて、奥羽本線・仙山線のホームと左沢線のホームが若干離れている。5面6線と大きく奥羽本線、仙山線、左沢線の列車それぞれに行き違いができるようになっていた。その後列車は山形城址の横を通り、駅前の高層ビルを横目に終点の山形駅に到着した。

はじめて山形駅に降り立つ

 仙台から1時間20分ほどで終点の山形に到着した。初めて乗車した仙山線だったが、作並-山寺間では、初冬の東北地方らしい雪景色を楽しむことができた。
 山形県に来たのはこれが3度目。3度目でやっと山形駅に降り立った。この駅は一度、山形新幹線「つばさ」で通ったことがあるが、降り立ったのはこれが初めてだった。晴れていた仙台とは寒さが数段違い、積雪はないものの雪が舞っていた。手も一気に悴んだ。とりあえず改札を出て、駅の外へ。山形の街とも初顔合わせとなった。
 
 山形駅は奥羽本線の単独駅だが、系統としては山形新幹線、奥羽本線(山形線)、仙山線、左沢線の4系統が乗り入れている。山形新幹線はこの駅まで1時間に1本の運転があるが、ここから先はおよそ2時間に1本になる。奥羽本線の普通列車はこの駅で完全に系統が分かれており、山形を跨ぐ列車はない。
 駅は3面7線。東寄りの1線は山形新幹線が使い、片方は折り返し列車用の行き止まりのホーム、もう片方は新庄方面に繋がるホームとなっている。新幹線ホームには乗換改札が設けられており、改札口から2度改札を通る必要がある。真ん中の1面は標準軌で奥羽本線の普通列車が使う。西寄りの1面は狭軌になっていて、仙山線、左沢線の列車が使う。6番線を左沢線、7番線を仙山線の列車が使うが、5番線は現在使用する列車がない。山形駅は狭軌の路線網としては盲腸区間になっていて戻るしかない。7番線の隣には左沢線、仙山線用の留置線が何本かある。昼間は左沢線の車両が留置されていた。
 
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