【旅行記】室戸まわりで阿佐海岸鉄道を再訪する旅~高知東部交通の路線バスで室戸岬を目指す~
前話
2日目は宿泊していた高知駅前のホテルを5時半に出発。この時間はまだ路面電車の始発前なので、まだ暗い高知市街をはりまや橋まで歩いた。2日目こそが今回の旅の本題。高知から室戸周りで徳島そして高松へ抜ける。途中では室戸岬を観光するとともに、阿佐海岸鉄道を7年半ぶりに再訪。2021年に運行を開始したDMVにはじめて乗車した。
高知東部交通の高知-安芸線に乗車し安芸駅へ

はりまや橋バス停からは、6時7分発の安芸駅行の路線バスに乗り込んだ。まずはこのバスで終点の安芸駅へ向かう。高知から徳島へ室戸周りで旅する場合、高知から奈半利までの区間は鉄道(土讃線+土佐くろしお鉄道ごめんなはり線)を利用するのが一般的である。少なくとも高知~安芸間を鉄道で移動すれば、JR四国などが発売する「四国みぎした55フリーきっぷ」という企画券が利用できてお得になる。そのため、旅行者の多くがこのきっぷを利用する。しかし、筆者は土佐くろしお鉄道ごめんなはり線(正式には阿佐線)には過去に乗車済み。なるべく重複した経路を避けるため、今回は高知から路線バス縛りで旅してみることにした。高知~安芸間のバスは、「四国みぎした55フリーきっぷ」の範囲外となり、元が取れなくなるので、今回はこのきっぷは使わず、前日に仕込んでおいた地域ICカード「DESUCA」での都度払いで先へ進んでいく。
この日の前半は、室戸岬のさらに先にある海の駅東洋町(甲浦)まで、高知東部交通の路線バスを乗り継いで行く。高知東部交通はその名の通り、高知県東部で路線バスを運行するバス会社。もともと高知県には全域で路線バスを運行する高知県交通というバス会社があった。この会社が地域で分社化した際に誕生したのが、高知東部交通である。ちなみに高知県交通は、後に土佐電気鉄道と合併し、とさでん交通になっている。
高知と安芸を結ぶ路線は、2017年にとさでん交通から高知東部交通へ移管された路線で、同社では唯一の高知市街地への路線となっている。現在は1日あたり平日11往復、土休日10往復が運転され、はりまや橋から安芸駅までの所要時間は1時間30分となっている。高知駅から奈半利へ土佐くろしお鉄道経由で行った場合は、普通列車で1時間10分、快速列車で50分前後となっているので、鉄道に比べると所要時間はやや長めである。ただ市街地から駅まで行ってる時間を考えれば意外といい勝負になる。高知市街地側では、桟橋通五丁目と県庁前が始終点となっており、ここで系統が分かれているが、はりまや橋から先は基本的に同じルートを走る。乗車したバスはとさでん交通の営業所・車庫がある桟橋通五丁目の始発。本当は始発バス停から乗車したいところだったが、朝早すぎてそこへ行く手段がないので、はりまや橋からで妥協した。
乗車記録 No.8
高知東部交通 高知-安芸線 安芸駅行
はりまや橋→安芸駅

はりまや橋では、先に空港バスや大阪への高速バスが発車していった。一般の路線バスとしては乗車したバスが始発。いろんなところを旅してきたが、朝6時過ぎから路線バスに乗ることはあまりないように思う。早朝便にも関わらず、起点の桟橋通五丁目からはりまや橋までの間に、既に3人が乗車していた。はりまや橋で乗車したのは自分だけだったが、そこから電車通りを知寄町付近まで進む間にさらに数人の乗客を乗せた。早朝の便にしては利用客が多い印象だった。
とさでん交通の路面電車は、知寄町から国道195号線の旧道に沿って進んでいくが、このバスは、しばらく国道55号線の南国バイパスへ進む。しばらく路面電車から離れた場所を走るが、JA高知病院を経由した後に電車通りに入り、再び路面電車と並走する。御免町手前の路面電車は一応専用軌道になっているが、御免町方面の軌道と車道がかなり近接しているのが特徴的。高知の路面電車のみどころの一つでもある。バスはコンビニの周りをぐるっとまわって、後免町に到着。路面電車の電停横のバス停に停車した。

後免町発車後はごめんなはり線に沿う形で安芸へ向かっていく。県道364号線を東へ進み、後免の市街地を抜け、しばらく走ると物部川を渡った。この川の河口部には高知空港がある。空港からはやや離れているが、ここからも空港の管制塔が見えていた。バスはこの橋の手前で南国市から香南市へ入り、野市の市街地を通過した。このあたりからようやく明るくなり、外の景色も楽しめるようになった。野市を出たところで一度離れた国道55号線と再び合流。その後はほぼひたすら国道55号線を安芸へ走っていった。

高知市街地から野市まで、バスはずっと内陸を走ってきたが、その先の赤岡付近から海沿いへ出る。しばらくごめんなはり線の高架橋と並走し、夜須駅では一旦国道離れて駅のロータリーへ入った。最初はごめんなはり線の高架橋や堤防で海は見えないが、夜須駅を出たところで太平洋の大海原が車窓に広がった。前日は少し雲が多い天気だったが、この日は快晴。ここから室戸岬を経由して、高知県最東端の東洋町、さらには徳島県最南端の海陽町まで、今日は一日、太平洋を眺めながら進んでいく。

ここまでほぼ定刻運行だったが、高知東部自動車道の芸西西ICの出口の交差点で渋滞にハマり、10分少々の遅れが出た。高知東部自動車道は高知ICから安芸方面へ進み、その先で阿南安芸自動車道と繋がる予定の高規格道路である。しかし、現在は断片的な開通となっていて、各地で建設工事が進められている。芸西西ICでは現状、高規格道路を走ってきた車も強制的に下ろされるが、高規格道路側の信号が長めに設定されていることもあって、国道側で渋滞が発生していたようだった。
このあたりからは、ちらほらバス停にも乗客の姿があり、バスはこまめに停車して乗客を拾っていった。日の出の時間を過ぎて、まだまだ先へ続いている室戸半島の山の稜線から朝日が顔を出した。幻想的な車窓と共にバスは進み、やがて安芸市街へと入っていった。

安芸の市街地へ入ると、バスはまず高知東部交通の安芸営業所に停車した。同社の本社もここに所在している。おそらく近くの高校の通学者らしき乗客たちが、何人か下車していった。安芸営業所はごめんなはり線の球場前駅の近くにある。球場前の由来である安芸市営球場は、阪神タイガースが秋季キャンプと二軍の春季キャンプで使用している。キャンプ開催時の安芸には、関西方面からもたくさんのタイガースファンが訪れる。おそらく安芸市民でタイガースファンという人も多いのではないだろうか。
安芸営業所を出たバスは、市街地の狭い通りを進み、終点の安芸駅へに到着した。乗客の中には自分と同じく高知市街地から安芸まで乗車している人がいてちょっとびっくり。やや時間はかかるが通勤通学で利用している人もいるようだった。
早朝の安芸駅でバスを乗り継ぐ

朝日が駅舎を眩しく照らす朝8時前の安芸駅に降り立った。ここでは30分強の待ち合わせで、室戸世界ジオパークセンター行きに乗り換える。安芸市の中心駅である安芸駅は、ごめんなはり線においても重要な駅。同線の運行本部や車両基地はここに置かれている。ちなみに土佐くろしお鉄道の本社は、中村線の中村駅にあり、ここから直線距離で100km以上も離れている。駅には物産館「安芸駅ぢばさん市場」が併設されており、地元産の野菜や土産物が販売されているほか、パン屋さんも営業していた。営業時間は朝7時からととても早く、まだ8時にもなっていないのに関わらず、既に多くのお客さんがいた。ちょうど年末年始が近かったので、鍋とおせち料理に入れれそうなものをお土産として買って帰ることにした。

お手洗いを済ませて、次のバスに乗車する準備を整え、バスを待っていると、ごめんなはり線の列車がやってきた。写真は奈半利発高知行きの快速列車。ここで後免発奈半利行きの普通列車と行き違う。ごめんなはり線に乗車した5年前の旅では、往路で高知発奈半利行の普通列車に乗車し、帰りに奈半利発高知行の快速列車を利用した。往路はJR四国の1000形、帰りは写真の9640形だったと記憶している。その日も今日のような快晴で、車窓には青い海が広がっていた。往路ではボックスシートで向かい側に座っていた人にきれいですねと話しかけられたのを覚えている。ボックスシートというのはちょっと気まずさを感じる部分があるが、ローカル線においては乗客同士の小さな交流があったりもして、それはそれで楽しい。
太平洋を車窓に走る安芸-室戸線に乗車し室戸岬へ

さて、安芸駅からも引き続き、路線バスの旅を続ける。第二走者は安芸駅を8時20分に発車する安芸-室戸線の室戸世界ジオパークセンター行き。後ほど終点まで行くが、とりあえずは室戸岬まで乗車した。安芸-室戸線は安芸市から安田町、田野町、奈半利町を経由して室戸市を結んでいる。安芸側では、先ほど高知市街地からのバスで通過した安芸営業所を始終点とし、反対に室戸側では、室戸市の中心部を経由した後、室戸岬経由で室戸世界ジオパークセンターまで走っている。1日の運転本数は、平日が18往復、土休日が15往復となっていて比較的多い。このうち平日の6.5往復と土休日の5.5往復は、室戸世界ジオパークセンターでスムーズに東洋町方面へのバスに乗り換えられるようになっている。これから乗車するバスもそのうちの1本だった。ちなみに以前は安芸から甲浦まで一本の路線で繋がっていて、乗り換えなしで行くことが可能だった。
乗車記録 No.9
高知東部交通 安芸-室戸線 室戸世界ジオパークセンター行
安芸駅→室戸岬

安芸駅で乗車したのは自分一人だけ。貸切状態で室戸への旅が始まった。バスは駅前の通りから国道55号線に入り、安芸川を渡って、安芸市の市街地を出た。その先、国道は大山岬という岬の周辺をトンネルでショートカットしているが、バスは旧道の方へ進んだ。この路線は安芸から室戸まで、大山岬、羽根埼、行当岬、室戸岬といくつもの岬を経由していく。まさに岬めぐりのバスである。

バスは安芸から室戸まで、ほぼひたすらに太平洋の大海原を見ながら走っていく。この日は快晴で、とても穏やかな景色が広がっていた。過去の天気の傾向から、冬の室戸周辺は晴れている日が多いようだったので、この季節を選んで来てみたが、この季節に来て正解だった。夏はまた夏で、積乱雲が出ていて夏らしい景色が楽しめるはず。また来ることがあれば季節を変えて楽しんでみたいなと思う。
大山岬を通過したバスは、このあたりで安芸市から安田町へ入った。実は安芸からここまでは室戸へ行くバスのほか、安田から山間部へ進み馬路村の魚梁瀬という地区まで行くバスも同じ道を走っている。安田がその分岐点。魚梁瀬へ行く路線は、山間の隘路を進む秘境バス路線として知られており、バスファンには有名である。

安田町を通過したバスは、田野町に入り、田野役場前でようやく自分以外に1人の乗客を乗せた。奈半利川の西側に位置する田野町は、対岸の奈半利町とほぼ街続きになっている。ここまでしばらく山側を走っていたごめんなはり線の線路が頭上を通過していくと、バスは奈半利川を渡り、奈半利町へと入った。

奈半利ではごめんなはり線の終点である奈半利駅へ立ち寄った。ここで5人ほどの乗客を乗せた。うち1人は旅行者で、この先甲浦までほぼずっと一緒の旅程を辿っていた。ごめんなはり線には乗車したことがあるので、この駅には一度来たことがある。その時は駅で1時間ほど時間があったので、近くの海岸まで太平洋を見に行ったのを覚えている。駅の近くにはスーパーがあるが、この時ここで買って食べたカツオのたたきの寿司がとてもおいしかった。今も売られているだろうか。

奈半利から先も、バスは引き続き、ほぼひたすらに太平洋を眺めて、室戸市の市街地を目指し走っていく。羽根岬のあたりから室戸市に入り、バスは羽根地区を通過した。ここから先は山が海岸に近づく場所が多々あるが、山の上は丘になっていて、農地が広がっている。この丘は海成段丘と呼ばれるもので、大地の隆起と海水面の変動により、長い時間をかけて形成されたものらしい。バスの車内からその台地を眺めることはできないが、航空写真を見ると、国道55号線の走る海岸沿いから一段高いところに平地が広がっているのが分かる。

羽根地区を出ると、バスは吉良川地区に入った。ここでは一旦国道から旧道へ入り、その沿道で数名の乗客を乗せた。集落でバイパスから旧道へ入り、その地区の街並みを楽しめるのも路線バス旅のいいところ。その分、所要時間は遅くなってしまうが、沿線の暮らしぶりを見るのも楽しい。中には集落に立ち寄るため、バイパスを通らず、そこ走るんだみたいな隘路を進んで行くバス路線もあったりする。ここ吉良川には古い街並みが残された地域もある。しかし、こちらはちょっと道幅が狭いので、バスは国道へ戻って、その裏手を通過していった。その後バスは行当岬を通過。岬を通過する度にさらに次の岬が車窓の奥に見えるようになるが、次こそが室戸岬。湾曲している海岸線を車窓に走ると、いよいよ室戸の市街地へ入った。

バスは室戸の市街地に到着。乗車している安芸-室戸線は、室戸市街地で高校や診療所を経由する系統と、これらを経由せず室戸岬方面に直行する系統の2つに分かれている。乗車中のバスは前者だったため、国道55号線が折れ曲がる浮津の交差点を一旦直進。室戸小学校前から室戸高校前の間を往復する形で、ロードサイド店舗が広がる中を走っていった。折り返し地点の室戸高校前は小さなバスターミナルになっていて、バスの待合室がある。鉄道がないこの地域において、路線バスは通学する高校生たちにとっても大切な足。数ヶ月前に北海道の沿岸バスに乗車した際にも、高校前のバス停に待合室があったのを思い出した。こうした学校最寄りの待合室付きのバス停は、鉄道がない地域でよく見かける光景である。高校前で折り返したバスは、室戸市の診療所を経由する形で、来た道を戻り浮津交差点へ。そこから国道55線へ復帰して、室戸岬へ向けて南へ進んだ。

浮津交差点を左折して国道55号線に戻ると、いよいよ室戸岬が近づいてくる。室津港の横を通りすぎると、そこからバスは一旦国道55号線を離れて、住宅が立ち並ぶ狭い通りを走っていった。車窓に広がる住宅街は港町らしく建物が密集していて、狭い路地が海の方へ続いていた。途中には乗車している高知東部交通の室戸営業所がある。ここには後ほど訪れる。しばらく狭い通りを進んだ後、バスは再び国道へ。ここまで来ると室戸岬はもう目と鼻の先。バスはカーブを曲がって、室戸岬のバス停に到着した。

安芸駅から約1時間20分、そしてはりまや橋からは4時間40分で、ついに高知東部の先端、室戸岬に到着した。今回の旅ではここが立ち寄る唯一の観光地。ここでは1時間15分ほど時間を作っているので、周辺をのんびり散策していく。
ここ室戸岬バス停は、小さな停留所でありながら、乗車した高知東部交通の他に、阿佐海岸鉄道、徳島バスの3つの会社のバスが停車する。高知東部交通の路線バスは、安芸-室戸線のみが停車。室戸-甲浦線は室戸市内での経路が安芸-室戸線とは異なるため、ここは経由しない。阿佐海岸鉄道のDMVは、土休日の1往復だけ阿波海南文化村と海の駅とろむ間を結ぶ系統があり、この便に限って室戸岬にも停車する。徳島バスは大阪と室戸を結ぶ高速バスがここに停車する。朝の室戸発、午後の大阪発便しかないため、来訪者は利用しにくいが、大阪発便は室戸岬に18時20分に到着し、ここで安芸駅方面の路線バスに乗り換えることができる。季節によってはここで夕日を眺めてバスを乗り継ぐなんてことも可能になっている。ちなみに徳島バスではこのバス停は岬という名前である。
生きている地球の最前線、室戸岬を観光する

室戸岬は高知県の東側、室戸半島の先に位置する四国の先端の一つ。一帯はユネスコが認定する世界ジオパークに認定されており、その地質的な価値は世界的にも認められている。筆者は九州に住んでいるので、室戸岬は飛行機から何度も眺めたことがある。福岡・熊本から羽田などへ向かう便は、四国山地の上空を飛行し、鹿児島や宮崎と羽田を結ぶ便は室戸岬の沖合の上空を飛行していく。特に宮崎、鹿児島便から見る高知平野と室戸岬はとても美しい。今回、ついに飛行機から眺めていた四国の先端に、地を這って訪れることができた。

まずはバス停から海の方へ歩いていってみた。国道と海岸の間には亜熱帯域の植物が生息していて、海岸への遊歩道はその低い樹木の下を通る形で続いていた。この亜熱帯林は室戸岬亜熱帯性樹林及海岸植物群落と呼ばれており、国の天然記念物に指定されている。これら亜熱帯の植物が示す通り、室戸はとても温暖な気候である。目の前を流れている黒潮が、南国の気候をここまで連れてくる。この日はクリスマスを数日後に控え、一段と寒さが増していたが、室戸岬周辺はそれを忘れるくらいにとても暖かかった。

海岸まで歩いていくと、波が水しぶきを上げて打ち付けていた。海岸には不思議な形をした岩が鎮座していて、荒々しい地形を見せている。四国の沖合にある南海トラフでは、ユーラシアプレートにフィリピン海プレートが沈みこんでいる。この時、沈み込む部分で剥ぎ取られた付加体が発生する。この付加体が隆起することにより誕生したのが、室戸半島なのだとか。このあたりの地層は約5000万年前~1600万年前に太平洋の深海で形成されたものが隆起したもの。まさに生きた地球の姿を感じれる場所である。

奇岩が広がる海岸から後ろを振り返ると、山の上には室戸岬の灯台が見えていた。室戸岬の先端は尖っているわけではなく、断崖絶壁の崖になっている。山の上の室戸岬灯台は標高151mのところにある。灯台の近くには四国88ヵ所霊場の24番目の札所である最御崎寺もあり、海岸からはへんろ道という山道を登って行くと行くことができる。ストリートビューで見る限りかなり険しい山道のようだった。
先述の通り、室戸周辺は断層がずれて地層がしゅう曲することで形成されているため、岬の西側と東側でその地形が大きく異なっている。ここから東側はとても急峻な海岸線がしばらく続いているが、一方の西側はややなだらかな地形をしていて、海成段丘が形成されている。

海岸を歩いた後は、展望台へ行ってみた。展望台へ上がる海岸の入口には、幕末の志士、中岡慎太郎の像が設置されていた。中岡慎太郎は現在の安芸郡北川村の生まれ。この像は桂浜に坂本龍馬像が建立されたのをきっかけに、室戸岬への建立が呼びかけられ、昭和初期に完成したもの。像は目の前に広がる太平洋を見つめている。中岡慎太郎の銅像は高知駅前にもあり、こちらは坂本龍馬、武市半平太とともに並んでいる。

像の脇から階段を登って展望台へ。山の上の灯台まで行くのに比べたら、全く山を登っていないが、それでも結構きつかった。展望台へ辿り着くと、目の前には青い太平洋の大海原が広がっていて、その美しさに思わず声が出てしまった。展望台からの絶景を見ていると、真下の国道を自分が乗った一本後のバスが通過していった。「岬めぐりのバスは走る〜♪」という岬めぐりのフレーズが頭に浮かんだ。今年は龍飛崎、宗谷岬、ノシャップ岬など、岬を多く巡った。この日の室戸岬の景色は、そんな岬めぐりの一年の終わりに相応しい、そんな美しさだった。
室戸市街地で岬の西側から東側へショートカットする道路があるため、岬周辺の国道の交通量は少ない。そのため周辺はとても静かで、遠くから波の音が聞こえて来た。沖合の方をよく見ると、大型のタンカーが列をなして数隻航行しているのが見えた。今回はやや駆け足な旅だが、ここに一日中滞在して、スマホをポケットにしまって、ただひたすらに黄昏る。そんな旅もいつかやってみたい。

今度は東側を眺めてみた。東側には岩がポツポツと海から顔を出している。最近では、今後数十年の間に高い確率で起こるとされる次なる南海トラフ地震の防災に関する情報をニュースなどで目にする機会も多くなった。南海トラフでは周期的に地震が発生しており、このあたりでは1946年の昭和南海地震が最後の地震となっている。室戸岬周辺の海岸は、地震の旅に隆起し陸地が広がっている。したがって、海に近い陸地ほどより新しい陸地ということになる。能登半島の地震でも隆起によって海岸が後退したが、次なる南海トラフ地震の後にはこの辺りの地形も変わっているはずである。地球も、日本列島も、刻一刻とその姿を変えている。私たちはその最前線で日々暮らしている。室戸岬は、普段はあまり意識することのない、変わり続ける地球の姿を体感できる場所だった。
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