【旅行記】北関東鉄道探訪録 後篇 ~土合駅に立ち寄りながら上越線を上る~
上越線の普通列車で水上へ

朝から上越線ガーラ支線に乗車し、豪雪地湯沢の景色を眺めてきた。ここからは先ほど新幹線で飛び越えたこの旅の目的地、北関東へ進んでいく。越後湯沢からは上越線に乗車。この路線はこれまで、何回かに分けて乗りつぶしてきたが、中間部分で一番魅力的な上越国境区間が未だ未乗となっていた。ここからは、途中で水上や日本一のモグラ駅として知られる土合に立ち寄りながら、上越線を上っていく。
これから乗車する上越線の越後湯沢~水上間は、上越国境とも呼ばれる新潟県と群馬県の県境区間を走っていく。県境には谷川連峰が聳えており、豪雪地帯でもあることから、この付近は交通の難所となってきた。この区間の鉄路が開業したのは1931年。はじめは現在の上り線側を使った単線として開業した。県境部分には10km近い長さの清水トンネルが建設され、湯沢側、水上側でそれぞれループ線を通過して山を上り下りし、峠を越える形となっていた。その後、複線化が順次進められ、1967年には下り線が使う新清水トンネルが完成。越後湯沢~水上間の複線化が完了した。開業から複線化が完了するまでの約35年の間に、トンネル建設の技術も向上し、路線自体も電化された。こうした技術進歩のため、新清水トンネルは清水トンネルより4kmほど長くなり、ループ線なしでも山を登れるようになった。このためこの区間は、上下線が分かれて走る区間が長く、鉄橋やトンネルなどの設備にも様々な違いがみられる。乗り鉄の上では、開業当初からある上り線側の方が、ループ線が途中に2ヵ所あるため乗車するのは楽しい。同じ路線に2ヵ所のループ線があるのは、ここだけになっている。

乗車したのは長岡始発の普通列車の水上行き。E129系2両編成での運転だった。上越線は高崎側から土合までが高崎支社、土樽から宮内(長岡)方面が新潟支社の管轄。しかし、運行系統は水上で分離されているので、水上以北の列車は全列車が新潟エリアで活躍するE129系で運転されている。E129系は運行エリアが広い車両だが、それ以上に新潟県自体が広いため、この形式が新潟県から出るのは、上越線のこの区間が唯一である。
越後湯沢~水上間は列車本数がとても少ない区間となる。定期列車は途中の越後中里までは7往復、その先水上までは5往復しか運行されていない。ただし、平日では2往復、土休日では3往復が臨時列車として運行されていて、実際には平日7往復、土休日8往復が運転されている。
乗車記録 No.3
上越線 普通 水上行
越後湯沢→水上 E129系

長岡から到着した列車は比較的混雑していたが、この駅で7割近くが下車していったので、越後湯沢からはガラガラとなった。水上からの普通列車とすれ違う形で、越後湯沢を発車した列車は、上越新幹線の高架橋と分かれて、次の岩原(いわっぱら)スキー場前へ向けて走っていく。線路も沿線も積雪していて、車窓は真っ白に。この雪の車窓こそ、冬の上越線の醍醐味。雪に強い上越線でも、降りすぎると除雪のために運転見合わせになったりするので、天気が気になっていたが、程よい積雪で雪の車窓を楽しむことができた。列車は岩原スキー場前駅に到着。駅周辺はリゾートホテル・マンションが立ち並んでいて、スキーの本場ならではの光景が広がっていた。

岩原スキー場前駅を発車すると、列車は一度北を向いた後、180度カーブして、今度は一転南を向く。カーブしながら、この先の谷川連峰の峠へ向けて、ジワジワと坂を登っていく。恐らく、夏であればきれいな田園風景が広がっているであろう沿線の景色も、真っ白でどこが道でどこが家でどこが田んぼなのかもよくわからない。雪の下に埋もれた景色を想像しながら進んでいく。まるで列車でスキーをしているかのようだった。

列車は越後中里駅に到着。ホームはドア前こそ除雪と消雪パイプのおかげで雪がなかったが、端の方は、雪の壁ができていて、雪のトンネルのようになっていた。ここは越後湯沢方面から来た列車の一部が折り返す駅。そのため2面3線になっている。ここから先はさらに列車本数が減り、定期列車5往復ゾーンに突入する。そういえば、昨年春の旅で越後川口から小出まで乗車した普通列車が、越後中里行きの列車だったのを思い出した。車窓の反対側には、目の前にスキー場があり、多くの人がスキーを楽しんでいるのが見えた。駐車場とスキー場の間には客車車両が並んでいた。どうやら休憩所として使われているらしい。

越後中里から先がこの路線の一番の見どころになる。駅を発車後、まもなく関越道と交差すると、その先で上り線と下り線が分かれて別々の場所を走っていく。乗車している上り線は、ここからループ線へ入り、次の土樽駅へと進んでいく。一方、下り線は上りのループ線の外側を迂回するように進むが、こちらにはループ線がない。
上り線のループ線は通称松川ループ線という。国内の鉄道路線で、山を登る目的で設置された現役のループ線は5ヶ所あるが、そのうち2ヶ所は上越線のもの。上越線の上り線は、水上までの間に松川ループと湯檜曽ループの2つのループ線を走っていく。こちら松川ループ線は大部分がトンネルとなっていて、列車がカーブしている感覚でしかループ線を走っているのがわからない。ちなみに松川ループ線を串刺しにする形で上越新幹線の大清水トンネルも同じ場所を通っている。ループ線を通過し、トンネルを出るとまもなく下り線と合流し、列車は土樽駅に到着した。

越後湯沢でも雪深かったのに、土樽はさらに雪深くなった。上越線における新潟県最後の駅である土樽。関越自動車道のパーキングエリアでも有名な場所である。土樽を出た列車は魚野川の鉄橋を渡って谷川連峰を貫く清水トンネルへ入る。写真のコンクリートの橋梁は下り線のもの。先述の通り、上越線は現在の上り線側が先に開業し、その後しばらく経ってから下り線側が開業している。このため、上下線で橋の構造が全く違う。下り線はコンクリート橋だが、上り線側は橋脚が石積みの鉄橋である。
川端康成の小説「雪国」の一節、「トンネルを抜けるとそこは雪国だった」は、現在の上り線の清水トンネルを抜けた先の光景がモデルになったと言われている。まさに写真の場所のこの光景のことである。

列車は長さ9702mの清水トンネルへ入り、しばらくトンネル内を走行、このトンネルの途中で新潟県から群馬県へと入り、関東地方に突入した。このあたりは上越線の上下線、上越新幹線、それに関越道の上下線の計5本のトンネルが近い場所を走っている。新清水トンネルは約13.5km、上越新幹線の大清水トンネルは約22.2km、関越道は約11km(上下線で長さが若干異なる)といずれも非常に長いトンネルとなっている。上越線は土樽から湯檜曽まで上下線が少し離れた場所を走る。清水トンネルは土合駅手前までだが、新清水トンネルは湯檜曽駅の先まで続いている。
トンネルを出た列車はま、もなく利根川水系の湯檜曽川を渡って、土合駅に到着した。土合駅は上越線の駅の中でもとても有名な駅。上り線のホームは至って普通だが、下り線のホームは大清水トンネルの途中にあり、改札口から500段近い階段を下りて行かないと辿り着けない。山の中の駅だが、ここも立派な観光スポットになっている。鉄道ファンとして、この駅には訪れておきたいので、後ほど立ち寄ってじっくり見てみたいと思う。

土合駅を出た列車は、次の湯檜曽駅へ進んでいく。この2つの駅の間には、この路線2つ目のループ線である通称湯檜曽ループ線がある。先ほどの松川ループ線は、ほとんどがトンネルだったが、こちらは山の上からループした後の線路が見えるのが特徴的。写真の手前から奥へ続く一本の線が、この列車が数分後に走る上り線の続きである。ここから山の中をぐるっと一周まわって標高を下げていく。ちなみに湯檜曽駅があるのは、湯檜曽川と利根川の合流地点。画面の左手の方から利根川が流れてきて、湯檜曽駅から先の上越線は利根川に沿って進んでいく。

湯檜曽駅も土合駅と同じく、上り線のホームは新清水トンネルの中にある。かつてはループ線の頂上付近に駅があったが、複線化された際に現在の位置に移設された。県境を跨ぐ前の新潟県内で別れた上り線と、ここでようやく合流する。こんなに長く上下線が別々の場所を走る区間も他にないだろう。
湯檜曽駅を出た列車は、利根川を数回渡って、終点の水上へ。越後山脈を源流とする利根川はここから関東平野をひたすら流れ、関東一円の水を集めて銚子から太平洋にそそぐ。前篇の鹿島線で渡ったあの大河も利根川。そして今渡っているまだ小さな川も利根川である。このあたりで段々と雪は少なくなり、青空が広がり始めた。上越国境の谷川連峰を挟んで、群馬県と新潟県では天気も気候も全く異なる。ただし、水上はまだ関東の中でも雪深い場所。沿線には雪が多く残っていた。

越後湯沢から40分ほどで終点の水上駅に到着。ようやく今回の旅の目的地である北関東に到着した。新潟のE129系が営業列車としてやって来るのはこの駅まで。上越線の普通列車はここで完全に系統が区切れるので、臨時列車でない限り、上越線を旅する乗客は、必ずこの駅に降り立つことになる。乗車した列車もここで新前橋行の普通列車に接続。やがて211系がやってきて、E129系と顔を合わせた。乗車していた列車の乗客の多くも、新前橋行の普通列車へ乗り換えていた。
水上駅で折り返して土合駅へ

この後も上越線を上って行くが、時間がたっぷりあるので、ここからは一旦折り返して土合駅を訪問する。今回はガーラ湯沢からこの日の宿泊先の桐生までのきっぷを使用しているので、ここで一旦途中下車して、水上~土合間の乗車券を購入した。水上駅から土合駅へは、列車の他にバスでもアクセス可能である。上越線の普通列車は本数が少ないので、なかなか列車だけでは途中の駅には行きにくい。今回は往路は列車で行き、帰りはバスでここへ戻って来る。
折り返しの列車の発車までは30分ほど時間があったので、少し駅前を歩いてみた。水上駅は旧水上町の玄関口。現在のみなかみ町は水上町と月夜野町、新治村という3つの自治体が合併して誕生した町であるで、現在は月夜野地区にある上越新幹線の上毛高原駅が街の玄関口としての役割を果たす。また、みなかみ町の町役場はここから高崎方面へ2駅進んだ後閑駅の近くにあり、在来線では水上駅と並んで町の代表的な駅となっている。

水上駅は有人駅だが、みどりの窓口既に廃止されている。代わりに指定席券売機が設置されており、特急券等はここで買うことができる。2010年までこの駅は特急水上の終点の駅として、定期特急列車が発着する駅となっていた。現在、この駅にやってくる定期列車は普通列車のみだが、年末年始は特急水上が臨時列車として毎年運転されていて、年に数回だけは現在もこの駅発着の特急列車が運転されている。
駅前には小さいながら土産物屋が立ち並んでいた。ここは水上温泉という温泉地の玄関口であり、観光客の姿も多い。駅前には旅館の送迎車がやってきて、宿泊者を出迎えていた。

水上→土合の乗車券で改札を入り直して、先ほど乗車列車の折り返しである13時32分発の普通長岡行に乗り込んだ。この普通列車、昨年春の旅では越後湯沢~長岡間で乗車している。区間は違えど、乗車するのは2回目ということになる。
先述の通り、上り線は土合駅までの間にループ線を通過したが、下り線は湯檜曽駅の手前から新清水トンネルに入る。上り線がループ線をまわる関係上、土合-水上間の所要時間は、上下列車で大きく異なっている。上りは14分かかる一方、下りは8分しかかからない。
乗車記録 No.4
上越線 普通 長岡行
水上→土合 E129系
“日本一のモグラ駅”こと土合駅を観光する

水上を発車した列車は、湯檜曽駅の手前から新清水トンネルに入り、土合駅に到着した。土合駅の下りホームは新清水トンネルの湯檜曽駅方から約7km進んだところにある。
山岳トンネルの中にある駅は、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインの筒石駅や北越急行ほくほく線の美佐島駅などが有名で、関東・甲信越エリアに点在している。特にこの土合駅の下り線ホームは、改札口とホームとの高低差が82mもあり、改札とホームとの高低差は日本一。そのため、「日本一のモグラ駅」と呼ばれている。
かつての土合駅下り線は、通過線1本と待避線1本があり、待避線の側のみにホームが設けられていた。現在、待避線は廃止されており、通過線側にホームが設けられている。外はとても寒いが、トンネル内はちょうどいい気温。夏も冬もトンネル内は15度くらいに保たれている。

ホームから改札口へ行こうとすると、それを阻むかのように長い階段が現れる。これこそが日本一のモグラ駅の象徴、462段の階段である。下り線ホームは改札口から直線距離で480mほど離れている。水平移動だけでもかなり遠いが、その間にこの462段の連続的な階段と、その先の通路に設置された階段の合計486段の階段を上っていかなくてはならない。列車を降りて改札口を出るまでには早くても10分くらいの時間を要する。徒歩10分というのは途中休憩を考慮していないので、途中で休憩を挟めば15分~20分はかかる。不動産における駅近物件の定義が徒歩10分以内ということなので、下り線ホームは改札内なのに駅近物件より遠いということになる。この462段の連続階段は、は5段おきに踊り場が設置されている。テンポよく上らないと少々歩きにくい。

下り線ホームからひたすらに続く階段を一段ずつ上っていく。標高差82mというのはビルで例えるなら大体18階建てになるらしい。200段を超えたあたりから、だんだん後ろを振り向くのが怖くなってきた。200段でも結構高い。階段の横には溝があり、そこを流れる水のせせらぎがトンネル内に響いていた。正直、下り線ホームと改札口を結ぶケーブルカーが欲しい。周辺に家はほとんどないので、定期利用者はいないと思うが、この駅から水上方面へ定期利用するとしたら、帰宅時に強制的に運動させられる。要は18階建てのマンションの最上階の家に、階段だけで到達しようとしているのと変わらない。もし通勤するのにここが最寄りだったら、恐らく使わないだろう。いや、むしろ車を捨てて、健康維持のために使ってみるのも手かもしれない。

462段の階段を上り切るとピラミッドの頂点に立ったかのような気分になった。後ろを振り向くと、ぞっとするほど高い。階段を上った先の通路は急に明るくなる。外の景色はほとんど見えないが、通路はここで湯檜曽川を渡っている。通路を少し歩くと扉があり、「お疲れ様でした。」と労われる。列車に乗っていて、「長らくのご乗車お疲れ様でした」と言われることはあっても、ホームから改札口へ歩くだけでお疲れ様でしたと言われたのは過去に記憶がない。改札口はもうすぐそこな気がするが、下の方には「改札出口まで後143メートル、階段2ヵ所で24段です。がんばって下さい。」と悲報と励ましが書かれていた。改札口はまだ先である。

この先、通路は少し狭くなる。窓から外を見ると、下には道路が走っていた。ブロックが積み上げられた通路は殺風景というかちょっと不気味で、写真を暗めに加工したらちょっとホラー画像になりそうな雰囲気が漂っている。通路を進み、途中で残りの24段の階段を上ると、ようやく駅舎に到着。途中写真を撮ったり、休憩したりしながら来たので、なんだかんだ20分くらいはかかったと思う。

下り線ホームから長い階段・通路を歩いて、ようやく駅舎の外に出てきた。かつては有人駅だった時代もあるが、現在は無人駅。有人駅時代に使われていた改札口が今も残っているので、車で来た観光客が入場券を買わずに中に入っていいものか迷っていた。一部鉄道会社では、券売機で入場券を売っていたり、運賃回収箱に入れてと書かれている場合もあるが、JR東日本の駅の場合は、無人駅の場合、入場料金の徴収は行っていないので、勝手に入って問題はない。
入口の三角形が特徴的な土合駅。ここは谷川岳の南側とは言え豪雪地帯であるため、駅も雪国仕様になっている。この日は晴れていたが、吹雪の日には外に出るのも難しくなる。有人駅時代に事務所として使われていた部分は、カフェになっているが、現在は休業中のようで営業はしていなかった。このあたりの観光スポットでもあることから、駅前には観光客の車がたくさん止まっている。列車で来る人も多いが、車で来る人の方がもっと多いのではないかと思う。

改札を出ずにそのまままっすぐ進むと、上り線のホームがある。もちろん下り線ホームに比べれば近いが、それでもホームまでは若干の距離がある。外へ出ると線路と駅舎の間の空間は雪で埋もれていた。風が吹くと雪が舞い上がる。水分が少なくサラサラした雪は九州人にとってはとても新鮮。九州でも時々雪が降るが、それとは雪の質が全く異なっていた。

土合駅のホームは結構長い。定期列車だと4両が最長だと思うが、たまに都内から臨時列車が運行されていて、6両編成の列車も結構頻繁にやってくる。ホームには待合室があった。ホームの先の方へ来ると、何やら滝の音がする。ホームの反対側を見ると、山の上から水が流れ落ちていた。

帰りはバスで水上駅へ戻る。土合駅前バス停は駅前を走る国道上に設置されている。この国道は前橋と柏崎を結ぶ国道291号線。”結ぶ”と書いたものの、道路は土合駅からもう少し進んだ一ノ倉沢という場所で途切れていて、そこから先清水峠を挟む区間は車が通れる道はない。上越国境を一般道経由で越える場合は、赤谷湖や苗場を経由する国道17号線を使う。国道17号線と国道291号線は前橋からみなかみ町月夜野まで重複区間となっていて、その先二手に分かれて上越国境を越える。新潟県へ入ると、六日市付近からしばらく並走し、小出で再び合流。そして小千谷で新潟・柏崎を目指して分かれていく。国道は除雪されて雪の壁が出来上がっている。この先行き止まりということもあり、ここを通る車は土合駅か谷川岳ヨッホに向かう車に限られる。車は少なく、人通りの方が多かった。

土合駅の入口の近くで、国道を跨いでいるのが、先ほど歩いた下り線ホームへ続く連絡通路である。赤いドーム屋根の下は湯檜曽川が流れていて、通路は国道と川を跨いでいる。ちょうど国道を路線バスが通過していった。この後乗車するバスの折り返し前の便だった。バスは谷川岳ヨッホが終点。すぐに折り返しの上毛高原駅行として帰って来る。

土合駅前バス停には一応、待合室の小屋が建っているのだが、雪の壁で完全に入口が塞がれていた。それと共にバス停の標柱も完全に雪の中に埋もれていた。もうどこがバス停なのかもよく分からないが、雪の壁が少し窪んだところでバスを待つ。時折冷たい風が吹いて、雪を巻き上げていた。
関越交通の路線バスで水上駅へ戻る

土合駅からは関越交通の上毛高原駅行のバスに乗車し、水上駅へ戻った。関越交通は群馬県の北部で路線バスを運行するバス会社。今回初めての利用となった。土合駅前を経由するバスは、谷川岳ヨッホと水上駅・上毛高原駅を結んでおり、登山客やスキー客の利用も多い。また湯檜曽駅のやや手前にある湯檜曽温泉へのアクセス路線にもなっている。列車だけだと理想の滞在時間を確保するのがなかなか難しいが、列車の本数よりもバスの本数の方が多く、列車と組み合わせることで土合駅へアクセスしやすくなる。土合駅から水上駅までの所要時間は20分ほどだった。
乗車記録 No.5
関越交通 水上線 上毛高原駅行
土合駅前→水上駅

水上駅では次の列車まで30分ほど時間があったので、列車とバスの車窓に見えていたD51を見に行ってみることに。最近の旅では展示されたD51とよく出会っているが、ここでもまた立派な展示車両を見ることができた。かつての水上駅には水上機関区が設けられていて、上越国境区間の列車運行を支えていた。現在この蒸気機関車が展示されているこのエリアはもともと機関区として使われていた場所だった。水上駅には現在も、現役の蒸気機関車が臨時列車としてやって来る。この展示車両の後ろには転車台が設置されていて、高崎から来た機関車はここで方向転換を行う。転車台の周辺は公園として整備されていて、転車の様子を間近に見学できるようになっていた。
上越線の高崎行普通列車に乗車して新前橋へ

ガーラ湯沢→桐生の乗車券で再び入場。水上15時53分発の普通高崎行に乗車した。越後湯沢の上越線は運行本数がかなり少なかったが、この駅から高崎方面は列車本数も1時間に1本~2本に増える。高崎方面の列車は時間帯により、高崎まで行く列車と新前橋止まりの列車がある。新前橋止まりの列車は終点の新前橋で両毛線からの普通列車に接続。どちらでも所要時間に大差はない。群馬県・栃木県の両毛線・信越線・上越線で活躍する211系はここが運用の北限。冬の水上駅周辺では、基本的に太平洋側で運用され、雪とはあまり縁のない湘南色の211系と雪のコラボレーションを日常的に見ることができる。
乗車記録 No.6
上越線 普通 高崎行
水上→新前橋 211系3000番台

乗車した列車は越後湯沢からの普通列車と接続。日曜日の夕方の列車ということもあり、この列車からの乗り換え客に加えて、水上駅からの乗車も多く、発車の時点で各車両座席の7割~8割程度は埋まっていた。
水上を出た列車は利根川に沿って南へ進んでいく、水上駅を出てしばらくは利根川の峡谷に沿って走る。秋には紅葉が、そして冬の大雪の日には雪の車窓が楽しめる場所でもある。水上駅周辺は大平洋側と日本海側の天気の境目になっている。水上駅付近はやや雲が多かったが、後閑駅あたりまで来ると、雪もなくなり、冬の関東平野を象徴するような青空が広がった。

列車はみなかみ町を出て、沼田市に入った。沼田駅はその沼田市の中心駅。都心方面へ帰るとみられる乗客が多く乗車していた。旅行前の想像では、沼田市付近から景色が開けてくると思っていたが、沼田と渋川の間も峡谷になっていて、利根川と国道17号線、そして上越線の線路が並んで狭い場所を走る区間もあった。沼田駅付近までは進行方向の右側に利根川が流れていたが、沼田駅の先で鉄橋を渡り、今度は左側に川が見えた。写真は利根川に建設されている綾戸ダムのダム湖。ここからは見えないが、利根川の奥の方には赤城山が聳えている。

敷島駅付近から再び周りの景色も開け始め、このあたりから上越線と利根川は関東平野へ出る。沼田駅の先で何度か利根川を渡ってきたが、渋川駅の手前で渡る鉄橋が、上越線が最後に渡る利根川の鉄橋となる。鉄橋を渡ると渋川の市街地へと入り、吾妻線と合流して、渋川駅へ。渋川から先の区間には前篇の旅で乗車していたので、渋川駅の到着をもって上越線の全区間を乗り終えたことになった。渋川からも多くの乗車があり、車内は立ち客が多数出る混雑となった。渋川を出た列車は車窓の左手に赤城山を見ながら走っていく。山は夕日に照らされていて、とても美しかった。

水上駅からおよそ45分で新前橋に到着。列車は高崎まで行くが、両毛線に乗り換えるため、ここで列車を降りた。前篇では駅前に宿泊した新前橋駅には約2ヵ月ぶりの訪問となった。今回は改札外へは出ず、そのまま乗り換える。車両基地ではE233系が入換作業をしていて、やがて高崎方面からもE231系が入線してきた。この時間は両毛線との接続が悪く、待ち時間は25分と長めだったが、いろんな車両が出入りするので、見ていて楽しかった。
新前橋で両毛線に乗り換え桐生へ

新前橋からは高崎始発の小山行普通列車に乗車し、宿泊地の桐生へ。両毛線も前篇で小山→高崎で乗車してお世話になったが、今回も区間利用でお世話になった。下車する人の入れ替わりで座ることができたが、伊勢崎までは立ち客が出て混雑。伊勢崎以降は混雑も落ち着いた。群馬県の主要な都市を結ぶ両毛線。決して目立つ存在ではないが、縁の下の力持ちとして、沿線の移動を支えている。列車は新前橋から35分ほどで桐生に到着した。
乗車記録 No.7
両毛線 普通 小山行
新前橋→桐生 211系3000番台

1日目はここ桐生がゴール。駅名標の背後に写る東横イン桐生駅南口に宿泊した。上越線をメインに旅した1日目は、豪雪地帯である谷川岳周辺の雪の景色と、日本一のモグラ駅で知られる土合駅を存分に楽しむことができた。2日目は群馬県から栃木県へと移動しながら、わたらせ渓谷鐡道、そして2023年夏に開業した新路線、宇都宮ライトレールを旅していく。今回はグルメ旅ではないので、食費に関しては節約。駅前のドン・キホーテで食料を買い込んでホテルにチェックインし、この日の日程を終えた。
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