【旅行記】関東地方の全線完乗を目指す旅+α 〜特急湘南8号で小田原から東京へ〜

 
 昨年春に箱根の鉄道やバス路線を巡ったとき以来、1年半ぶりに宿泊した小田原で迎えた2日目の朝。前日はあいにくの雨だったが、この日は朝から青空が広がり、まさに旅行日和となった。
 2日目の最大の目的は、茨城県を走る筑波山ケーブルカーに乗車して関東の鉄道路線巡りを完了させ、夜には東京駅から寝台特急の旅に出ることである。まず小田原からは、少し特殊な経路で走る特急「湘南」を乗り通した。

東海道貨物線を経由する特急湘南に乗車する

 この日の目的の路線は茨城県にあるのに、前日に新宿からわざわざ小田急線を下って小田原に宿泊したのは、以前から特急「湘南」に乗ってみたいと思っていたからだった。
 特急「湘南」は、平日朝夕の時間帯に東京・新宿〜平塚・小田原間で運転される通勤特急で、東海道本線沿線から都心への通勤輸送を支える存在である。乗客の大半は通勤客だが、鉄道ファンにはよく知られた列車であり、朝のラッシュ時に多数の列車が走る中、日本の在来線の雄・東海道本線の設備をフル活用して疾走するのが特徴である。
 この列車の最大の魅力は、走行経路に複数のバリエーションがあること。時刻表からは分かりにくいが、特急「湘南」にはさまざまなルートが存在している。といっても迂回路線を走るわけではなく、使うのは基本的に東海道本線。しかし、東京近郊の東海道本線には貨物列車が主に使う貨物線や、旅客線から枝分かれした支線が多数あり、特急「湘南」はこれらの経路を駆使して走行する。朝のラッシュ時間帯は旅客線が特に混雑しているため、別ルートを使うことで速達性を維持するとともに、一般列車の運行に干渉しないよう配慮されている。これは前身の「湘南ライナー」時代から受け継がれる伝統的な走法である。
 
 朝6時台から8時台にかけて、小田原駅からは特急「湘南」が次々と発車していく。今回はその中から、6時58分発の特急湘南8号に乗車することにした。
 特急湘南8号は、数ある「湘南」の中でも特に走行経路が珍しい列車である。小田原を出るとすぐに旅客線に並走する貨物線へ入り、その後は鶴見までひたすら貨物線を走行する。なかでも東戸塚〜羽沢間の線路は、特急「湘南」の一部列車しか通らない貴重なルートとなっている。鶴見の先では新鶴見を経由し、横須賀線・湘南新宿ラインが使用する品鶴線に入り、これを通って品川へ向かう。
 多くの特急「湘南」は東京駅の地上ホームを発着するが、この8号は品川から先で地下区間へ入り、東京駅総武地下ホームに到着する。始発から終点まで一貫して貨物線を走り、最後に東京駅の総武地下ホームに入線するのは、この列車だけである。ほかの経路との比較や各線の特徴については、乗車記の中で改めて触れたい。
 
 改札を通りホームに下りると、まもなく隣のホームへ、これから乗車する列車の前を走る特急湘南6号が入線してきた。東京着が8時前後となる平日早朝の小田原駅では、特急湘南が10~15分間隔で次々と発車していく。6号も後続の8号とほぼ同じ経路で小田原から貨物線を走る貴重な列車である。
 6号と8号のの違いは品川以降に現れる。8号は地下区間を通って総武地下ホームへ向かう一方、6号は品川で東海道線の旅客線に復帰し、東京駅では地上ホームに到着する。品鶴線から東海道本線への転線も珍しく、どちらに乗車するか少し迷ったが、今回は総武地下へ入る8号を選ぶことにした。
 6号が発車し、その直後に快速籠原行きも出ていくと、まもなく熱海方の留置線から特急湘南8号がゆっくりとホームに滑り込んできた。E257系0番台から改造された2000番台に乗るのはこれが初めて。伊豆方面の特急にもまだ乗車経験がないので、東海道本線の昼行特急そのものが初体験となった。
 この8号は9両編成での運転だが、列車によっては付属編成の2500番台5両を東京方に連結し14両編成となる。この14両で運転される特急列車は、同系列の「踊り子」と並び国内最多両数を誇る。
 
 特急湘南は沿線の通勤客に好評で、なかでも藤沢以降は混雑する。この日は月曜日ということもあり、混雑を避けて指定席ではなくグリーン車を選んだ。E257系2000番台のグリーン車は小田原方から4両目で、0番台では半室だったものを改造時に全室へ拡大している。そのため車内の造りが前後で微妙に異なる。
 元からグリーン車だった小田原寄りの半室は座席ごとに独立した窓だが、東京寄りの半室は広窓となっており、3つの広窓の中に5列が収まる構造となっている。このため窓枠と座席位置が合わない席も存在し、えきねっとや券売機のシートマップでは注意文が表示される。
 今回は元グリーン車の小田原寄り半室を指定した。ちなみに小田原~東京間のグリーン料金と特急料金の合計は1,790円。普通車指定席は1,020円なので、旅行の快適性を考えればグリーン車も十分に選択肢に入る。紙のきっぷで乗車したが、チケットレスだとさらに割引を受けることができる。
 事前に把握していたとおり、小田原発の特急湘南は設定本数が多い一方で、小田原からの乗車率は低い。小田原〜東京間は普通列車で約1時間半、当駅始発も多く着席しやすい。速達性を求めれば新幹線、あるいは新宿方面には小田急線という選択肢もある。この日もグリーン車で小田原から乗車したのは筆者のみで、普通車も数名程度と非常に空いていた。
 
乗車記録No.14
特急湘南8号 東京行
小田原→新宿 E257系2000番台
 
 小田原を発車した列車は、駅構内をゆっくりと進みながら複数回の転線を行う。ここが、この列車における最初の見どころ。ホームを出て列車が向かったのは、一般の旅客列車が走る旅客線ではなく、その隣を並走する貨物線である。
 東京近郊の東海道本線には、旅客線のほかに、主に貨物列車が使う専用の線路が設けられている。都心側からはここ小田原まで貨物線が用意されている。通常、この貨物線を旅客列車が走行することはないが、朝夕のラッシュ時に限っては、通勤輸送力の確保のために一部の旅客列車も貨物線を走る。先述のとおり、特急「湘南8号」は前を走る6号と同じく、小田原から貨物線を走り続ける貴重な列車である。
 もっとも、特急湘南は常に貨物線を経由するわけではない。全区間で旅客線を走る列車や、途中駅から貨物線へ転線する列車など、運行時間帯によって経路にはいくつかのバリエーションがある。8号が走る時間帯は、東京駅に8時〜8時半ごろに到着する列車が密集する、まさに最混雑時間帯。普通列車もひっきりなしに続行しているため、この時間帯に走る6号と8号は、小田原発車時点から貨物線へ入り、旅客線の混雑を避けて走っていく。
 
 列車は酒匂川を渡り、鴨宮を通過。やがて車窓には御殿場線の姿が現れ、高架橋で貨物線を跨いでいく。同時に、御殿場線から貨物線へと延びる連絡線とも合流する。特急湘南の一部列車が停車し、一般列車では全列車が停まる国府津駅も、当列車は颯爽と通過した。貨物線はあくまで貨物列車のための線路であり、ホームが設置されている駅はごく限られる。国府津駅にも貨物線上にホームがないため、乗降はできず必然的に通過となる。
 東海道本線の貨物線上にホームがあるのは、茅ヶ崎と藤沢の2駅のみである。したがって、小田原発の特急湘南が貨物線を走行する場合、途中の停車駅はこの2駅に限られる。主要駅である平塚や大船にも貨物線ホームがないため、いずれも通過となってしまう。
 旅客線と貨物線は一部の駅で行き来ができるようになっている。小田原で旅客線に入った列車がそのまま旅客線しか走れないわけではなく、平塚・茅ヶ崎・大船などで貨物線へ転線することが可能である。国府津や平塚から特急湘南に乗車したいニーズにも対応するため、6号・8号以外の多くの列車は小田原から旅客線を進み、国府津・二宮・平塚(国府津と二宮は一部列車のみ停車)に停車した後、平塚で貨物線に入る。
 一方、大船駅には貨物線上にホームがなく、旅客線から貨物線への転線も駅手前でしかできない。この構造上、大船に停車する特急湘南は全区間を旅客線で走行し、貨物線には入らない。こちらは走行経路自体は他の東海道線列車と変わらないが、横浜通過という見どころがあり、これはこれで乗ってみたい列車である。
 
 貨物線は前を走る列車がほとんどなく空いているため、列車は快調に速度を上げていく。都心からはまだ距離がある区間なので、車窓にはのどかな景色も広がり、早朝の清々しさを感じられる。やがて列車は貨物線の大磯-平塚間にある相模貨物駅を通過した。
 一方、反対側の車窓に目を向けると、普通列車を次々と追い抜いていく様子がよく分かる。時には普通列車と並走しながら、何本もの列車を一気に追い越していく。列車によっては、特急湘南が先発の特急湘南を追い抜くなんてこともあるらしい。
 こうした並走シーンや、のちに姿を見せる貨物ターミナルの景色を楽しむには、本来であれば進行方向右側の座席の方が向いている。しかし、進行方向左側の座席は、ほぼ全区間にわたって朝日が真正面から差し込む。この日が曇りか雨であれば座席を変更しようと思っていたが、天気予報は見事に晴れ。車窓を楽しむためには日差しの向きの事前調査と多少の妥協も必要である。
 
 やがて列車は平塚の市街地に入り、東海道線の主要駅・平塚を颯爽と通過した。平塚駅は当駅発着の列車も多い拠点駅だが、貨物線側にはホームが設けられていないため、旅客線を経由しない限り停車することができない。駅を出た直後には旅客線と貨物線を行き来できるポイントがあり、小田原から旅客線を走ってきた特急「湘南」の一部列車は、ここで貨物線へと転線していく。平塚を通過してしばらく進むと、列車は相模川を渡った。
 
 相模川を渡ると、列車は再び市街地へと入り、まもなく最初の停車駅・茅ケ崎に到着した。相模線と接続するこの駅には貨物線側にもホームがあり、指定席車両を中心に多くの乗客が列をつくっていた。グリーン車にも数名が乗り込み、筆者が座っていた前の列にはスーツ姿の男性が着席。座席がきちんと固定されておらず、危うくお見合い状態になるところだった。
 ホームの反対側には相模線ののりばが見える。かつては205系が活躍していた相模線も、いまではE131系に置き換わって久しい。この路線には、2019年夏に横浜近辺の乗り鉄と合わせて乗車したのが最後だ。次回の旅では最終日に東京で半日ほど時間が取れそうなので、久しぶりに乗りに行こうかと考えている。首都圏のJRの中でも地味な存在で、旅行者が乗る機会はなかなか多くない路線だが、独特のローカル感があり、まさに地域密着なJR線である。
 
 茅ヶ崎を発車した列車は辻堂を通過し、貨物線上にホームがある藤沢へと滑り込んだ。ホームでは多くの乗客が折り返すようにして長い列を作り、その一部は階段付近まで延びていたのが印象的だった。特急「湘南」は藤沢からの乗車が特に多く、もはやこの駅から都心へ向かう利用者のために運行されていると言っても過言ではない。
 現在はえきねっとで特急券を買うことができるが、以前運転されていた湘南ライナーでは、ライナー券を駅で購入する必要があった。毎日ライナーを使う人向けにセット券も発売されており、発売日には窓口も混雑したという。筆者が小学生くらいの時に読んだ本には、専業主婦の奥さんが通勤する旦那さんに変わって発売日に並ぶ光景が見られると書かれていたのを覚えている。ライナーから特急への格上げはもちろん値上げの側面もあるが、共働きやキャッシュレス・チケットレスがふつうとなった現代への対応でもある。
 この駅で普通車指定席はほぼ満席となり、グリーン車も、窓側がすべて埋まり、通路側もいくつかの列が埋まった。藤沢を発車すると、この列車は次の停車駅である品川まで一気に走り抜ける。ここから先が特急「湘南」最大の見どころと言える区間である。
 
 藤沢で多くの乗客を乗せた列車は、いよいよこの列車最大の見どころへと入っていく。次の大船は藤沢以上に乗り入れ路線が多い主要駅の一つだが、平塚と同様、貨物線上にはホームが設置されていないため、この列車は自動的に通過となる。一方、先述のとおり特急「湘南」の一部は大船にも停車し、これらの列車は全区間を旅客線経由で運転される。というのも、大船以降には旅客線から貨物線へ転線する設備が存在しないためだ。なお、旅客線経由の特急「湘南」は“横浜通過”という別の見どころがあり、こちらにもいずれ乗ってみたいと思わせる魅力がある。
 大船を出ると、東海道本線は旅客線・貨物線に加え、主に横須賀線列車が使用する複線(以下、横須賀線)も並走し、複線が三本並ぶ三複線の状態となる。この状況は戸塚の次の駅で、横須賀線の複線上にだけホームがある東戸塚駅まで続く。東戸塚を過ぎると三つの複線はそれぞれ別方向へ進み始める。東海道本線の旅客線は他の二つより一段高い位置に入り、ややショートカットするようにカーブする。一方、横須賀線は大きく外側へ膨らむようにカーブを描く。この二つの線路はカーブの直後に再度合流し、保土ヶ谷・横浜方面へ向かっていくが、貨物線だけは東戸塚を通過した直後、長いトンネルへと吸い込まれていく。
 
 この長いトンネルこそが、特急「湘南」貨物線経由便の最大の見どころである。ここまでは東海道本線の旅客線に寄り添うように走ってきた貨物線だが、東戸塚を出ると旅客線と別れ、都心へ向けてまったく異なるルートを進み始める。列車が走るのは、東戸塚〜鶴見間を結ぶ東海道本線の支線で、横浜の中心市街地を大きく迂回し、郊外のニュータウンの地下を長いトンネルで貫く。途中には横浜の貨物拠点である横浜羽沢駅も控えている。
 現在走行している東海道貨物線は、東京貨物ターミナル(厳密には休止中の大汐線の起点・浜松町)から小田原までを結ぶ長大な貨物ルートである。ただし、この名称は正式な路線名ではなく、複数の支線や旅客線・複々線区間の貨物線部分を総称した通称にすぎない。これまで走ってきた小田原〜東戸塚間は、複々線の貨物線部分に当たるが、ここから先は支線区間となる。この区間には「羽沢線」という通称があるが、この支線を含む東海道貨物線全体が一つの名前で呼ばれているため、あまり使用されていない。
 この支線を旅客列車として走るのは、今乗車している特急「湘南」貨物線経由便だけである。途中に旅客駅がなく旅客営業キロも設定されていないため、運賃・料金計算上は旅客線を走行したものとみなされる。しかし時刻表では、横浜近辺だけルートが異なることを示す「=」が付けらている。また、Google Mapなどの一般的な地図でも、この区間は普通の鉄道路線として扱われておらず、まるで“道なき道”を走っているかのような気分を味わえる。
 ちなみに筆者が設定している「乗りつぶし」のマイルールでは、対象となるのは旅客営業キロが設定された路線のみとしている。この支線は営業キロがないため乗りつぶし対象外だ。こうした区間は、函館本線の藤城支線や武蔵野線の国立支線など全国にいくつか存在し、団体列車しか運転されないケースも多い。そのため完乗を目指す予定はないが、定期または臨時で列車が運転されている区間については、できる限り乗車してみたいと考えている。
 
 東戸塚から長いトンネルへ突入した列車は、しばらくトンネル内を走行。やがて外へ出ると、横浜羽沢駅の横を通過した。なお、この長大トンネルには、実際にはトンネルとトンネルの間をつなぐ高架橋区間が存在する。しかし、その高架橋には騒音対策としてシェルターが設置されており、外の景色はほとんど見えない。列車は貨物ターミナル構内の最北側を走る線路を進むため、こちら側の車窓は終始防音壁ばかりが続く。
 横浜羽沢駅構内では、相鉄新横浜線・羽沢横浜国大駅から続く接続線がこの貨物線に合流する。この区間には埼京線の相鉄直通列車が運転されている。筆者はこの直通列車にはすでに2021年9月に乗車しており、ここから先の区間については一度走破済みである。羽沢横浜国大〜鶴見間には開業時に旅客営業キロが設定されたため、乗りつぶしの対象にもなった。
 では、相鉄直通列車に乗車しておらず、特急湘南で貨物線経由として初めてこの区間を通過した場合、羽沢横浜国大〜鶴見間を“乗りつぶした”とみなせるだろうか。これはあくまで筆者の個人的なマイルールによる判断だが、結論としては「みなせない」。理由は、東戸塚〜鶴見間の東海道貨物線と、羽沢横浜国大〜鶴見間の相鉄直通線(通称)は、同一の線路を走る部分がありながら、路線としては“二重戸籍”のように扱われている区間であるためである。例えば田端駅のように信号場と駅が同一地点とみなされるケースはあるが、横浜羽沢駅と羽沢横浜国大駅は隣接はしているが同一地点ではない。そのため、特急湘南で通過しても乗りつぶしにならないという解釈になる。
 もっとも、貨物線経由の特急湘南と相鉄直通列車の車窓の景色はほぼ同じだ。それで十分と考えるのも一つの考え方である。あくまでも“乗りつぶし”はマイルールの世界であり、どこまで厳密に追求するかは人それぞれだと思う。
 
 羽沢貨物ターミナルを通過すると、列車は再び長いトンネルへと入った。この区間にもわずかに地上部分があるものの、ここもシェルターに覆われており、ずっとトンネルを走っているように見える。やがて列車はカーブを描きながら速度を落とし、地下区間を抜けて地上へと顔を出す。直後には横浜の湾岸沿いを進み、桜木町で根岸線へ接続する高島線(こちらも東海道本線の支線)や旅客線との接続線が合流する。
 こうして複数の線路が集まる地点を過ぎると、列車はホームのない鶴見駅をそのまま通過する。東海道貨物線自体は、ここから八丁畷・浜川崎を経由して東京貨物ターミナル方面へ向かうが、このまま進んでも東京駅には到達しない。そのため特急湘南は、鶴見付近で貨物線から分かれ、別の路線へと入るルートを辿っていくことになる。
 
 鶴見を通過すると、列車は東海道貨物線から分かれ、横須賀線の列車が走る線路と並走しながら高架橋へと上がっていく。やがて東海道本線と京浜東北線を跨ぎ越し、さらに地上へと降りると、今度は横須賀線の高架橋が頭上を横切る。ほどなくして、新鶴見信号場へと差しかかった。
 鶴見〜新鶴見間は東海道本線の支線であり、横須賀線・湘南新宿ラインが走る通称・品鶴線、武蔵野線、そして新鶴見と尻手を結ぶ尻手短絡線という3つの路線が重複する極めて複雑な区間である。あまりにややこしいので、ここでは便宜的に品鶴線と呼ぶことにするが、この品鶴線にも旅客線と貨物線があり、現在乗車している特急湘南は貨物線側を進んでいる。近年は相鉄直通列車もこの区間を走るようになり旅客列車の本数も増えたが、本来は東海道本線方面から来た貨物列車が武蔵野線へ向かう際に使われるルートである。
 新鶴見信号場は、東海道本線から武蔵野線方面へ、あるいは東京貨物ターミナル方面から武蔵野線へと向かう貨物列車が次々と行き交う、首都圏最大級の信号場である。機関車の基地も併設され、敷地いっぱいに貨物列車の姿を見ることができる。特急湘南はその広大な構内の端をかすめるように走り抜けていく。信号場の北側で武蔵野(南)線がトンネルへ潜り込むと、列車はついに横須賀線・湘南新宿ラインが走る品鶴線の旅客線へと合流する。こうして、長く続いた貨物線の旅路はここでようやく終わりを迎える。
 
 この鶴見から武蔵小杉手前の合流地点までの線路も、以前はライナー列車でしか通ることのできない区間だった。251系で運転されていた「おはようライナー新宿」に一度乗ってみたいと思っていた時期もあったが、残念ながらその機会を得ることはなかった。
 列車はやがて武蔵小杉を通過する。ちょうどこのあたりで東海道新幹線の線路が合流し、颯爽と駆け抜ける新幹線や林立するタワーマンション群を横目に、特急「湘南」は都心へ向けて進んでいく。東海道本線を一貫して走る列車とは異なり、この列車は途中で貨物線へと分岐し、その後は品鶴線へと進むため、まるで二つの“コブ”を描くような軌跡をたどる。その複雑な経路を思い浮かべつつ、頭の中で路線図を描いたり、東海道本線の配線図を照らし合わせたりしながら乗ると、さらに旅の面白さが増す。
 
 武蔵小杉を通過した列車は、まもなく多摩川を渡り、いよいよ東京都内へと入った。この先の品鶴線は、品川までの間ずっと東海道新幹線と並走する。最初のうちは両線がほぼ同じ高さを走るため、運がよければ新幹線との並走シーンを楽しめることもある。ただ、この時間帯は残念ながらその光景を見ることはできなかった。
 やがて新幹線は高架を駆け上がり、列車は西大井を通過する。湘南新宿ラインが使用する通称・大崎支線が枝分かすると、ほどなく大きなカーブへ差しかかり、山手貨物線から続く線路との接続点(旧・目黒川信号場)を通過。ここで山手線と合流し、列車は品川へ向けて進んでいく。
 この品鶴線も東海道本線の支線の一つであり、この経路を使う場合、横浜・羽沢横浜国大から品川、大崎以遠に向かう乗車については、運賃・料金計算上「東海道本線・山手線経由で品川を通ったもの」として扱われる特例がある。今回の特急「湘南」の料金計算も同様で、実際には品鶴線を経由しているにもかかわらず、計算上は“川崎を通る東海道本線”として扱われる。走行経路、運賃や料金の計算の仕方、本当にこの列車を取り巻くいろんなことがややこしいのだが、それこそがこの列車の面白さであり、鉄道趣味の奥深さなのである。
 
 やがて京浜東北線・東海道本線を新幹線とともに跨ぎ、列車は品川に到着した。1本前を走る6号は、品川駅のホーム手前で品鶴線から東海道本線へ転線して旅客線ホームに入り込むが、この列車は他の横須賀線系統の列車と同様、そのまま進んで横須賀線用ホームに到着する。
 品川でも一定数の乗客が下車していったものの、思ったほど多くはなかった。ちょうど朝8時が近いこともあり、ホームは通勤客であふれている。品川を出ると、列車は横須賀線と同じく地下区間へ入っていく。この地下区間は一般には“横須賀線”と呼ばれるものの、実際には東海道本線の線増扱いとなっている区間である。結局、この列車は東海道本線の列車でありながら、小田原を出てから一度も一般の旅客線を走らないことになる。遠回りのように見えても、混雑する旅客線を避けることでこちらのほうが早い。まさに「急がば回れ」である。
 地下へ潜ると、列車は新橋・東京と停車していく。次の新橋は、地上の東海道本線にもホームがあるものの、横須賀線経由で走る8号・10号の2本以外は停車しない。この列車が新橋に停まる最初の列車となる。“サラリーマンの街”として知られるだけあり、新橋では多くの乗客が降りていった。新橋を出れば終点の東京はもうすぐ。列車は小田原から1時間15分、定刻どおりに朝ラッシュ真っ只中の東京駅へと滑り込んだ。
 
 東京駅の総武地下ホームに到着した特急湘南8号。E257系2000番台がこの地下ホームに姿を見せるのは、なかなか珍しい光景である。列車は到着後すぐに回送列車となり、一旦総武本線を数駅進んで錦糸町の留置線へ収容される。その後、改めて回送列車として東海道本線を下っていく。
 ライナー時代から一度は乗ってみたいと思っていた、貨物線経由の特急湘南。相鉄直通線の開業以降、貨物線走行の“珍しさ”はやや薄れたものの、貨物線ならではの躍動感ある走りを存分に味わうことができ、限られた列車でしか体験できない貴重な乗車となった。先述のとおり、こうした営業キロが設定されていないものの一般旅客が乗れる貨物線・支線は全国にいくつか存在し、特に関東圏では武蔵野線周辺に多い。今後も機会を見つけて、こうした小さな支線を訪ねていきたい。
 さて、時刻は8時15分を回ったところ。東京駅はちょうど通勤ラッシュの最盛期を迎えていた。旅の2日目は、この東京駅から関東最後の未乗路線が走る筑波山方面を目指していく。小休憩を挟んだのち、高速バスに乗車し、筑波山への路線バスが発着するつくばへと向かった。
 
続く