【旅行記】新潟・北陸乗り鉄ぶらり旅〜予定外と再訪から旅を始める〜

新潟・北陸の未乗路線と新幹線並行在来線を巡る旅
暑い夏、そして秋が終わり、季節は冬へと進みつつある。今年も精力的に各地を旅してきたが、いよいよ今回が2025年最後の旅となった。目的地に選んだのは、新潟・北陸エリア。新潟から敦賀にかけての日本海側を、列車で巡る旅である。
旅は東京からスタートし、最終日には再び東京へ戻ってくる。これまで新潟へは新幹線や航空機を利用して訪ねてきたが、今回は高速バスを選んだ。東京―新潟間の高速バスの所要時間はおよそ6時間。1日目は、この移動にほぼ一日を費やす行程となる。
一方、新潟県については、今年の年始に上越線ガーラ支線と、上越線の越後湯沢以南の区間に乗車している。過去の乗車記録と合わせると、未乗となっているのは県央部を走る越後線と弥彦線の2路線のみとなっていた。今回は2日目にこの2路線に乗車し、新潟県内の鉄道路線完乗を目指す。その後、旅の舞台を北陸へと移す。
今回の旅は、今年の春先に立案した段階では、新潟滞在後に高速バスで仙台へ移動し、仙台近郊の鉄道路線を巡る計画であった。しかし富山県では、富山地方鉄道が本線の上市―宇奈月温泉間について、沿線からの支援が得られない場合、2026年11月末をもって廃止する方針を示した。
筆者は富山地方鉄道本線について寺田以東を、また黒部峡谷鉄道についても一部区間を乗り残している。黒部峡谷鉄道は、2024年1月に発生した能登半島地震による橋梁損壊の影響で、一部区間が不通となっており、復旧は2026年秋以降とされている。この区間については復旧を待ってから乗車したいと考えていたが、地鉄本線の存廃が不透明な状況であることを踏まえ、こちらを優先すべきと判断した。そこで行き先を仙台から西へ変更し、北陸を訪ねることにした。
北陸エリアでは、富山地方鉄道本線と黒部峡谷鉄道の現在運行されている区間に乗車するとともに、2024年秋に延伸開業した北陸新幹線の金沢―敦賀間を乗りつぶす。さらに、新幹線延伸に伴い並行在来線としてIRいしかわ鉄道、ハピラインふくいへと移管された旧・北陸本線にも改めて乗車する。新幹線開業を挟んで2年半ぶりの訪問となり、開業前後の変化を見に行く旅でもある。
なお、今回の旅は、乗車する高速バスや新幹線の都合で、1日目と最終日には東京で少し空き時間がある。ここでは本題から少し趣向を変えて、東京近郊を走るいくつかの鉄道路線を再訪してみる。
今回の旅も、いつものように前日のうちに飛行機で羽田へ移動する予定で、その朝を迎えた。しかし、思わぬ出来事に見舞われ、旅は波乱の幕開けとなり、慌ただしいスタートとなった。
波乱な旅の幕開け〜大幅遅延の飛行機を避け、新幹線で東京へ
旅に出る日の朝、この日は全国的に清々しい天気で、世の中は三連休の初日を迎えていた。筆者はこの日日中は仕事だったが、午後以降は時間があったため、のんびりと旅の支度を整え、夜の飛行機に乗るべく、日没後に出発するつもりでいた。
しかし昼になり、フライトレーダーで搭乗予定の機材が順調に運用をこなしているか確認したところ、本来であれば定刻で飛行しているはずの場所に機影が見当たらず、出発空港まで辿ってみても飛行記録が確認できなかった。「ん?」と思い、さらに調べてみると、搭乗機が使用される朝の便で急病人が発生し、別の空港に着陸した後に再就航しており、この影響で2時間の遅延が発生していることが分かった。
のんびりとした旅立ちは、ここで一気に緊迫する。2時間の遅れを夜まで引きずった場合、羽田への到着は日付を跨いでしまう。そうなると京急の終電には間に合わない。宿泊地は蒲田なので、この点についてはタクシーでどうにかなるとはいえ、深夜の到着となれば翌朝からの旅程に影響が出る。
さらに、万が一午後以降に機材トラブルなどが発生し、遅延が拡大すれば欠航もあり得る。そうなれば、翌日の新潟行き高速バスの発車時刻に間に合わない可能性すらあった。三連休初日ということもあり、前後の便や他社便は満席。振替も難しく、代替手段の確保は困難に思われた。
そこで新幹線を調べてみると、45分以内に出発できれば、当初予定していた時間帯に蒲田へ到着できることが判明した。ここは「辿り着けない」事態を避けることを最優先し、即座にe5489で新幹線を予約。航空券を解約し、大慌てで荷物をまとめて旅をスタートさせた。

まずは自宅最寄りの新幹線駅へ移動し、そこから博多へ向かう。博多では15分という少々慌ただしい乗り換え時間の中で、きっぷの発券と夕食の購入を済ませ、東京行きの「のぞみ」に乗り込んだ。日没を迎えた博多の街を後にし、一路東京を目指す。
乗車記録 No.1
のぞみ56号 東京行
博多→品川 N700系
今年は春の旅で「のぞみ」を九州から東京まで乗り通したが、またしてもこの区間の移動に同じ列車を使うことになった。今回は蒲田に宿泊するため、品川までの乗車となる。品川駅で新幹線を降りるのは、これが初めてだった。
思わぬ形での旅のスタートとなったが、逆にルーティン化していた最近の旅の始まりとは一風変わった展開で、とても新鮮に感じられた。九州に住んでいると、夜に東海道新幹線を上る機会はあまりなく、夜の東海道新幹線そのものも初めての経験だった。日中とはまた異なる表情を見せる沿線の車窓が、印象的に映った。

5時間余り「のぞみ」に揺られ、品川には22時30分ごろに到着。いつもであれば空港に降り立ち、遠くに見えるスカイツリーや東京タワーを眺めながら、翌日からの旅に思いを巡らせる。しかし今回は始まり方が違い、品川に着いた時点では、まだ東京に来たという実感が湧かなかった。
乗車記録 No.2
京浜東北線 各駅停車 磯子行
品川→蒲田 E233系1000番台
品川からは京浜東北線に乗り換えて宿泊地の蒲田へ。普段は京急蒲田から歩くため、今回は逆方向からホテルに向かうことになり、どこか落ち着かない。ホテルに到着してようやく、いつもの前泊ルーティンに戻り、そこで初めて東京に来た実感が湧いた。
てんやわんやな旅のスタートとなり、追加の出費は痛かったが、固定化されていた前泊の流れに、ひとつ新鮮さを加えてくれた出来事でもあったと思う。
今年の旅は、前回まで大きな遅延もなく順調に進んできたが、やはり毎年何か一つはハプニングが起こる。公共交通で旅をする以上、これは致し方ないことだ。だからこそ、こうした事態にも対応できる余地を残した行程作りと、当日の情報収集を今後も心がけていきたい。そして何より、朝の便で急病に見舞われた方の無事を祈りたい。
蒲田から東急多摩川線・世田谷線を再訪しつつ新宿に向かう
無事に東京へ辿り着き、いつも宿泊する蒲田で一泊。翌朝、蒲田から今回の旅の1日目がスタートした。今回の旅は乗り鉄が主目的だが、1日目は高速バスを利用して最初の目的地・新潟へ向かう。
前日の東京入りを新幹線に切り替えるくらいなら、いっそ出発を1日遅らせ、翌日の便で飛行機と新幹線を乗り継ぐという選択肢も考えられなくはない。しかし、この日の旅は高速バスへの乗車そのものが目的であり、どうしても朝までに東京へ到着しておく必要があった。目的地への移動手段そのものも、今回の旅における重要な構成要素なのである。
蒲田からは、高速バスの始発地である新宿へ向かう。前回の旅でも新宿が起点となり、その際は東急池上線を経由したが、今回も品川を経由しない別ルートで新宿へ向かってみることにした。

まず蒲田から乗車したのは、東急多摩川線の各駅停車・多摩川行きである。東急多摩川線は、池上線と並んで蒲田駅に乗り入れる東急電鉄の路線の一つで、東横線の多摩川駅と蒲田を結んでいる。名称の通り多摩川の右岸を走り、全長は5.6km、所要時間はおよそ9分。隣を走る池上線と比べると、コンパクトな路線となっている。
現在は支線的な扱いで、決して目立つ存在ではないが、東京近郊に数多くの路線を張り巡らせる東急電鉄の中でも、長い歴史を持つ路線である。現在は他路線との直通運転は行われておらず、すべて線内運転となっているが、蒲田駅周辺では京急蒲田駅直下へ至る新路線、いわゆる「蒲蒲線」の計画が進められている。将来的には東横線や京急空港線への直通運転も構想されており、京急蒲田までの開通は2038年以降とされている。10数年後には、この路線の風景も大きく変わっているかもしれない。
乗車記録 No.3
東急多摩川線 各駅停車 多摩川行
蒲田→多摩川 東急1000系
多摩川線では池上線と同様、1000系と7000系が活躍している。今回は1000系の列車に当たった。大田区内を南北に貫く多摩川線の沿線には、終始住宅地が広がる。各駅で乗客を降ろしては乗せ、淡々と進んでいく列車。何気ない街の日常の中から、今回の旅は静かに始まった。

蒲田からわずか9分で終点・多摩川に到着する。多摩川線はこの駅では地下ホームに発着する。前回乗車したのは6年前。久しぶりに降り立つと、わずかながら懐かしさを覚えた。乗客たちは足早に東横線や目黒線へと乗り換えていく。両路線へは地上階のコンコースを経由しての乗り換えとなる。筆者もその流れに続き、東横線のホームへ向かった。
乗車記録 No.4
東急東横線 各駅停車 和光市行
蒲田→多摩川 横浜高速鉄道Y500系
乗車記録 No.5
東急田園都市線 各駅停車 中央林間行
渋谷→三軒茶屋 東急5000系
多摩川からは東横線の各駅停車・和光市行きに乗車し、渋谷へ向かう。そのまま新宿三丁目へ向かえば新宿に到着するが、ここでもう少し寄り道をすることにした。渋谷では東横線から田園都市線へ乗り換え、各駅停車・中央林間行きで三軒茶屋へ向かった。

三軒茶屋からは、2路線目の再訪路線となる東急世田谷線の下高井戸行きに乗車した。東急世田谷線は三軒茶屋と下高井戸を結ぶ全長5.0kmの路線で、現在東急が運行する路線の中では唯一の軌道路線である。道路との併用軌道区間はないものの、路面電車的な運行形態を持つ路線である。
この路線には、京王線沿線に住んでいた6年前、野球観戦の帰りに初めて乗車した。あの時に感じた、のんびりとした雰囲気が印象に残り、またいつか乗ってみたいと思い続けていた路線である。
乗車記録 No.6
東急世田谷線 各駅停車 下高井戸行
三軒茶屋→下高井戸 東急300系
路線名の通り、世田谷区内を南北に走る世田谷線。交差する幹線路線とは対照的に、沿線の人々に日常的に使われ、愛されている路線という印象が強い。車窓には、ここでもひたすら住宅街が続く。各駅での乗り降りも多く、やはり三軒茶屋、山下、下高井戸といった幹線路線と交わる駅周辺では混雑が見られた。
都内に残る軌道路線は、都電荒川線とこの東急世田谷線の2路線のみである。いずれもダイナミックに都市を貫く幹線路線とは対照的な、穏やかな走りが魅力だ。都電荒川線についても、機会を見つけて再訪したいと考えている。

三軒茶屋から下高井戸までの所要時間は20分ほど。世田谷の街並みを眺めているうちに、終点・下高井戸に到着した。世田谷線の小さな旅は、ここで幕を閉じる。
前回と今回の旅を通して、大田区、そして世田谷区内を走る東急の路線を3路線も再訪することができた。幹線路線には他社線を含めて乗車の機会が多いが、支線的な路線は意識しないとなかなか再訪できない。だからこそ、時間を見つけてこうして再び乗りに来たいと思う。実は今回の旅、最終日にも少し時間があり、そこでまた別の路線を再訪する予定である。
目の前を京王線の列車が颯爽と通過していく下高井戸駅。短い期間ではあったが、かつてこの沿線に住んでいたこともあり、京王線の列車を見ると、どこか安心する。ダイヤや路線網が比較的シンプルなこともあって、当時はあまり興味をそそられなかった京王線だが、今となっては東京で最も身近に感じる私鉄となった。
とはいえ、京王線に乗車するのも久しぶりである。しばらく下高井戸駅のベンチに腰掛け、通過する列車を眺めた後、各駅停車・新宿行きに乗車し、新宿へと向かった。
乗車記録 No.7
京王線 各駅停車 新宿行
下高井戸→新宿 京王8000系

東急多摩川線と世田谷線を経由して新宿に到着。前回の旅と同様、今回もここが旅の本題としてのスタート地点となった。起点は同じ新宿だが、前回が関東地方を巡る旅だったのに対し、今回は新潟、そして北陸へと向かう旅であり、旅のスケールは少し異なる。
この日は、次に乗車する乗り物が、この日の最後の移動手段となる。少し早めではあるが、ここで食事を済ませ、旅立ちの準備を進めることにした。新南口のテラスには、数体のSuicaペンギンが鎮座している。旅の数週間前には、このペンギンキャラクターのSuicaからの引退が発表されたばかりで、おそらくこのテラスに設置されている銅像やモニュメントも、いずれ撤去されるのだろう。

昼食を終えた後は、新南口にあるバスタ新宿へ向かう。東京の一大バスターミナルであるバスタ新宿。筆者もこれまで、羽田空港へのリムジンバスや「はかた号」で利用したことはあるが、東京発着の高速バス利用はまだ多くなく、数えるほどしか経験がない。このターミナルからバスに乗車するのは、実に7年ぶりのことだった。
鉄道の乗りつぶしも終盤を迎える中、以前から気になっていた高速バス路線にも、今後は積極的に乗ってみたいと考えている。今回はその第一歩として、新潟行きの高速バスに乗車する。
まだ東京から一歩も外へ出ていないが、次に乗るこの一本のバスから、今回の旅は本格的に動き始める。初日の再訪の旅を終えた新宿で、話を一旦区切ることとして、高速バスの旅については、次話で詳しく書くことにする。