【旅行記】釧網本線と根室本線で納沙布岬を目指す旅〜快速ノサップで一路根室へ〜

前話
 
 早朝に網走を出発。釧網本線の普通列車に乗車し、オホーツク海の流氷や冬の釧路湿原を眺めて釧路に到着した。釧路では1時間15分の待ち合わせの後、根室本線(花咲線)の快速列車で根室を目指した。

下り1日1本の快速ノサップで花咲線区間をゆく

 根室本線は滝川駅を起点に富良野、新得、帯広、釧路を経由して根室へ至る路線である。滝川~根室間の営業キロは443.6kmで、道内では一番長い路線となっていた。しかし、区間のうち東鹿越~新得間は、2016年夏の台風で甚大な被害が発生。以後、長期不通となりバスによる代行輸送が行われた。輸送密度が低い区間ということもあり、同区間の復旧は断念され、2024年4月1日に被災区間を含む富良野~新得間が廃止に。現在は滝川~富良野間と新得~根室間で線路が分断され、両区間を合わせた営業キロも362.1kmとなって、北海道では函館本線に次ぐ第二位の長さの路線となった。
 そんな根室本線に初めて乗車したのは、この旅行記で何度も言及している2021年秋の旅。この時は特急おおぞらと釧網本線の普通列車で、新得~東釧路間に乗車したのが根室本線との出会いだった。その後、2022年春には、「北海道の廃線予定路線を巡る旅」で、代行バスへの乗車を含めて、新得~滝川間に乗車した。これにより、根室本線の未乗区間は、東釧路~根室間の末端区間のみとなった。また、前回の北海道旅行(特急宗谷と日本海オロロンライン路線バスで行く道北・稚内旅)では、日高本線と宗谷本線に乗車した。これにより、この根室本線の未乗区間が、北海道のローカル線としては最後の未乗路線となった。今回は釧路から根室へ根室本線を走る快速列車に乗車し、この区間を乗りつぶすと同時に、根室本線の全線完乗を目指していく。
 釧路から乗車したのは、11時15分に発車する快速ノサップ根室行き。根室本線の末端区間は、旅行日の時点(2025年3月ダイヤ改正前)で、釧路~根室間の列車が6往復、釧路~厚岸間の区間列車が2往復の合計8往復が運転されていた。釧路~根室間で運転される6往復のうち、下り2本、上り1本の1.5往復は快速列車として運転。1往復が快速はなさき、0.5往復が快速ノサップとなっていた。
 現在は旅行日の直後に実施されたダイヤ改正で、釧路~根室間、釧路~厚岸間のそれぞれ1往復が廃止され、全体の運行本数は6往復となっている。廃止された釧路~根室間の1往復のうち、下り列車は、快速はなさきが廃止対象となった。ダイヤ改正前は下りだけ、快速はなさきとノサップの両方が走っていたが、改正後は下りはノサップのみ、上りははなさきのみの運転となった。同じ路線の中に2つの快速列車の名称があるのは、停車駅が異なるため。快速はなさきは釧路側、快速ノサップは根室側で通過駅が多く設定されていて、停車駅が異なっている。
 
 これから乗車する根室本線の末端区間には花咲線の愛称がある。釧路駅では帯広・新得方面の列車が根室線として案内される一方で、根室方面の列車は花咲線として案内され、根室線とは案内されない。「根室」本線なのに根室側は根室本線とは呼ばれていないのである。
 根室本線の運行系統は釧路で完全に分かれている。通常はこの駅を跨いで帯広側から根室側へ走る列車は存在しない。花咲線区間は湖や湿原が車窓に広がり、まさに北海道の大自然の中を走っていく。地球の美しさを感じられる路線であることから、「地球探索鉄道」とも呼ばれている。釧網本線と同じくこの路線も、鉄道ファンだけでなく、観光客にも人気がある。そのため、時期や列車によっては混雑し、座れない場合も多い。昨年からは、繁忙期である夏場に、期間限定で指定席の設定も行われている。観光利用が多い一方で、やはり沿線の利用は減少が続く。同区間の輸送密度は2023年度に221人/日であり、留萌本線の深川~石狩沼田間に次ぐ少なさとなっている。このため沿線ではフリーパスの発売などで観光利用を軸とした利用促進を進めている。
 列車は発車の30分前にはホームに入線してきた。キハ54形は座席と窓の位置が合っていない座席が多いが、まだ発車までかなり時間があったため、窓と座席がぴったり合う座席を確保することができた。花咲線はこの列車が始発から数えて3本目の列車となる。もし釧路に宿泊していた場合は、8時21分に発車する普通に乗車するのが時間的にもちょうどいい。したがって、釧路スタートで根室を目指す人たちは多くが前の列車に乗っている。
 一方でこの列車は、札幌を6時48分に発車した特急おおぞら1号と接続する。札幌スタートで根室を目指す場合、最初に乗れるのがこれから乗車する列車である。網走スタートで釧網本線の普通列車から乗り換える場合は、特急列車よりも先に快速ノサップが入線してくるので、特急列車の到着前までに乗車しておくと、いい座席を確保できる。他の乗客の動きを見ていると、自分と同じく釧網本線の普通列車から乗り継ぐ乗客もちらほらいたが、やはり特急列車から乗り継ぐ人の姿が多く、特急到着後に乗客の数が一気に増えた。最終的には座席の7割程度が埋まり、発車時間となった。
 
乗車記録 No.4
根室本線(花咲線) 快速ノサップ 根室行
釧路→根室 キハ54形
 

釧路市街地を抜けしばらく森の中を走行して厚岸へ

 発車時刻となり、列車は釧路を発車。最初の一駅間は先ほど釧網本線の普通列車でも通った区間となる。再び釧路川を渡って、列車は東釧路に到着。ここで数名の乗客を乗せた。東釧路を出ると、釧網本線の線路がカーブして分かれていき、根室本線の未乗区間へと突入した。先述の通り、快速ノサップは釧路側での停車駅が多く設定されている。快速はなさきの方は、釧路を出ると次は厚岸まで停車しないが、ノサップはここから上尾幌まで各駅に停車する。
 
 東釧路を発車した後も、しばらくは車窓には住宅街が広がっている。まもなく列車は武佐に停車。周辺に住宅や団地が立ち並ぶこの駅では、1人が下車して行った。武佐を出ると、列車は小さな武佐川と少し大きな別保川を渡る。その後は別保川に沿う形で釧路の街を後にして、山の中へと分け入っていく。次の別保駅の近くには、釧路町の町役場が見えた。歴史的な経緯から、この地で釧路を名乗る自治体は釧路市と釧路町の2つがある。釧路市は大正時代に北海道で区制が実施されたときに誕生した。当時区制を実施するにあたっては区の面積に対して、市街地の面積が大きくなければならないという制約があり、一部を釧路村として分割することで、釧路区成立にこぎつけたという歴史がある。その分割された釧路村を元とするのが釧路町である。現在は釧路の市街地もかなり拡大していて、釧路町内へも広がっている。市街地の真ん中に同じ名前に市と町の境がある。
 
 別保でも乗客2人を降ろした列車は、ここからさらに山の中へと入っていく。列車は周辺に道もないような場所をしばらく走っていく。航空写真を見てもこのあたりは線路が右に左にカーブしていて、峠越えしていることが分かる。列車は警笛を連発しながら走っていく。線路沿いにもエゾシカの群れがもはや当たり前のようにいる。花咲線区間の根室本線はエゾシカの出没が非常に多い区間となっている。未開発の森に線路が敷かれているので、どちらかと言えば列車に乗った人間が出没すると言う方が正しいのかもしれない。
 
 しばらく森の中を走ると、やがて景色が開けてきて、列車は上尾幌駅へと到着した。釧路からここまでは各駅停車だったが、この先は通過駅が現れる。列車はここから尾幌と門静の2駅を通過して、次の厚岸へと向かう。上尾幌を出た後も再びしばらく森の中を走っていくが、やがて景色が開け、車窓には牧場地帯が広がる。列車はのどかな車窓の中を軽快に走り抜けていった。
 
 門静を通過すると、車窓の右手には太平洋か広がる。左側に座っていたので、写真を撮ることはできなかったが、風光明媚な厚岸湾を眺めながら列車は走っていく。次第に建物が増えてくると、列車はまもなく厚岸駅に停車した。厚岸は現在、花咲線区間では唯一となる途中駅の有人駅である。朝夕には釧路-厚岸間の区間便の運行もあり、夜間停泊も実施されている。この駅では比較的多くの人が下車していき、車内は空席が増えた。厚岸は小さい街ながら、全国的な知名度は高い。ほっき、牡蠣、ホタテなどに代表される海の幸の産地として、ネームバリューがあり、厚岸産というだけでとてもおいしそうな感じがする。
 

厚岸湖の湖畔を眺めて雪に覆われた湿原の中を走る

 厚岸駅の前後は、花咲線の中でも絶景区間として知られている。門静~厚岸間は厚岸湾を眺めて進むが、厚岸から先は厚岸湖が車窓に広がる。厚岸湖は厚岸大橋付近を境に厚岸湾と繋がる湖。列車はこの湖畔を辿るようにして、しばらくの間走っていく。ちょうど厚岸で下車した乗客が座っていた座席が空いたので、ここへ移動してしばらく湖の車窓を眺めた。穏やかだったこの日の厚岸湖。線路脇では鳥たちが悠々と泳いでいるのが見えた。
 
 厚岸湖の北側の方には湿原となっている。やがて車窓の景色も湖から湿原へと移り変わる。別寒辺牛湿原と呼ばれるこの湿原は、別寒辺牛川などの厚岸湖に流れ込む川の周辺に広がっている。列車は別寒辺牛川に沿って進みながら、この湿原の真ん中を走っていく。車窓には両側に湿原の景色が広がる。釧網本線の釧路湿原同様、こちらも雪に覆われていた。花咲線区間を撮影した鉄道写真の多くはこの湿原周辺で撮られたものが多い。周辺に湿原が広がる景色の中を走る列車。外から見ても中から見ても、その光景はとても幻想的で、正に地球を感じられる鉄道路線になっている。
 
 雪に覆われて凍結した湿原を車窓に進む列車。周辺には建物もなく、まるで海外の広い平原を走っているかのような景色が続く。JRの列車に乗っているのに海外旅行で列車に乗っているような気がする。警笛と共にブレーキが強めにかかったかと思えば、鹿が線路脇が逃げていった。このあたりは花咲線の中でも、特にエゾシカの出没が多い区間である。出没というよりはもはや常駐している。YouTubeで「花咲線 鹿」などと調べると、このあたりで撮影された動画が多数投稿されている。鹿は突拍子もない動きをするので、運転士さんも大変だろうなと思う。
 
 湿原を後にして、しばらく森の中を走った列車は、次の停車駅茶内に到着した。列車は茶内駅の手前で厚岸町を出て、浜中町へと入った。厚岸と茶内の間にはかつて糸魚沢駅があったが、2022年3月のダイヤ改正時に廃止され、現在は厚岸からここまで20kmもの間、駅が一つもない。根室本線では一番駅間距離が長い区間となっている。
 ここまでで釧路を出て、1時間10分ほどが経過した。花咲線区間はちょうどこのあたりが中間地点である。茶内ではこの列車が釧路を出たのとほぼ同時に根室を発車した快速はなさきと行き違った。先述の通り、快速はなさきは釧路側で停車駅が少なく設定されている。快速はなさきは茶内を出ると、次は厚岸に止まり、その次は終点の釧路まで止まらない。なんと40分以上無停車で走っていく。今回は乗車しないが、こちらもいつかは乗ってみたい列車である。

根釧台地の南側を走り、根室の市街地へ

 茶内を出た列車は続けて浜中に停車。茶内と浜中の2駅の駅名標の横にはルパン三世のキャラクターのパネルが展示してある。キハ54形にもルパン三世ラッピングの車両がいたのを思い出して、なぜだろうかと調べてみると、どうやらルパン三世の作者が浜中町の出身らしい。
 浜中を出た列車は、ここから根釧台地の南側を走っていく。線路脇に防風林が設置されているので、遠くまで見通せる場所というのはそう多くはない。しかし、時折車窓には広大な牧場地帯が広がる。奥の方には小さく雪を積もらせた山々が見えた。根釧台地の北側に聳える知床の山々である。
 
 姉別を通過し、なおも牧場地帯を駆け抜けた列車は、厚床に停車。姉別と厚床の間で、浜中町から根室市へ入った。厚床は1989年までここと中標津を結ぶ標津線の支線も乗り入れていた。廃止後は根室交通が廃止代替バスを走らせていたが、2023年10月に廃止に。現在は同じルートを走る根室-中標津空港間の空港バスが廃止されたバスの代替の役割を果たしている。このバスにはまた明日乗車する。
 
 厚床を出た列車はここからやや南向きに走っていく。明日は根室から先述した中標津空港へのバスに乗車するが、このバスが走る国道44号線と根室本線の線路はこの先少し離れた場所を走っていく。国道44号線は根室半島の北側から直線的に根室市街へ向かう一方で、根室本線は一度落石まで南下し、半島の南側から市街地をまわり込むようにして走っていく。厚床の次の駅は現在、別当賀だが、この間にも、かつては初田牛という駅があった。やがて牧場地帯は終わり、列車はしばらく森の中を走っていく。やがて落石が近づくと、高原のような場所を走る。車窓の反対側には切り立った崖が独特な落石海岸が見えていた。もう車窓の先には山がない。いよいよ最東端の街が近づいてきた。
 
 列車は最後の途中停車駅、落石に停車。次はいよいよ終点根室となった。ここからしばらくは車窓の右手に太平洋を見ながら進む。沖合にはユルリ島が浮かんでいるのが見えた。このあたりの海岸線も独特な地形をしていて美しい。昆布盛、西和田と通過すると、次第に景色も開けてきて、再び牧場地帯が広がる。それと同時に段々と建物が多くなっていき、道を走る車の数も増えた。
 
 西和田と次の東根室の間にもかつては花咲という駅があった。この路線の愛称である花咲線というのは、ここ花咲地区に由来するのだが、花咲駅は2016年に廃止されてしまった。線路は丘の上を走る一方で、地区は海岸沿いにあり、駅と地区はかなり離れている。それに根室市街へは路線バスが運転されているので、列車を使う人はほぼいなかったのである。
 やがて車窓には根室の街が広がり始めた。2時間20分ほどの乗車時間も残りわずかとなった。根室本線の終端部は、根室市街地を南から反時計回りで回り込んで根室市街地へと入っていく。列車は住宅街を横目にカーブして、その途中で数日後に廃止される予定だった東根室を通過した。駅のホームにはたくさんの人。この列車はこの駅には停車しないが、根室駅からの折り返し列車に乗る人たちだろう。東根室を通過すると、列車はスピードを落とし、到着放送とともに、ゆっくりと終点の根室に到着した。

日本の鉄路の東の終点、根室に到着

 ついに根室本線の終点、根室駅に到着した。これにより根室本線を完乗。同時に北海道のローカル路線も完乗することができた。いつの日か行けたらと、雑誌や動画を見ながら夢見ていた根室に、今降り立つ。昨年の稚内もそうだったが、やはりこの瞬間が一番嬉しく、また楽しい。乗り合わせていた他の乗客もまた、思い思いに写真を撮って、根室へ来たことを実感していた。自分も何枚か写真を撮ったのち、釧路からの乗車券に記念印を押してもらい駅の外へ出た。
 海岸を眺め、湿原の中を走り抜ける花咲線は、地球探索鉄道の名に相応しく北海道の大自然を満喫できるそんな路線だった。釧網本線と根室本線の花咲線区間に乗車することが、この旅の最大の目的だったが、この上ない晴天に恵まれて、風光明媚な車窓を楽しむことができた。乗車した快速ノサップの表定速度は62km/h。快速列車としては全国の列車の中でもかなり俊足の部類に入る。これまでJR北海道の名称のついた気動車の快速列車に乗車したことはなく、この列車が初めての利用だったが、その軽快な走りも心地よかった。
 
 乗車した車両は、折り返し時間わずか数分で、普通列車釧路行きとして帰っていく。待合室には折り返しの列車に乗車する人の長い行列ができていた。朝に網走を出て、合計5時間30分も列車に乗車して、ようやく根室へと辿り着いた。長距離列車に揺られた後の背伸びしたくなる疲労感、個人的にはとても好きである。稚内は札幌からも特急列車1本で行くことができるが、根室駅は乗り換えが必要で、直通列車はない。また、今回は網走側からやってきたということもあって、稚内以上に果ての街に来た感じがした。
 今回根室には1日滞在する。接続よく納沙布岬行のバスに乗れるが、納沙布岬には明日朝から行くことにして、この後は根室駅周辺を散策し、路線バスと列車で数日後に廃止予定だった日本最東端の駅、東根室駅を観光しに行った。
 
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