【旅行記】新潟・北陸乗り鉄ぶらり旅〜空いた時間で相模線と京急大師線へ乗りに行く〜
東京駅に到着し、3泊4日で旅してきた新潟・北陸の鉄道旅は、これで幕を閉じた。東京には12時半過ぎに到着したが、九州へ戻る飛行機まではまだ6時間以上の時間があった。そこで、ここからはこの空いた時間を使って、1日目の旅の冒頭と同様に関東地方を走る鉄道路線の再訪の小旅に出た。
空いた時間を活用し、JR相模線を再訪する
そもそも、なぜ東京で6時間以上もの空いた時間が生じたのか。まずは、その言い訳からしておきたい。今回の旅は、計画当初、新潟を訪ねた後に仙台へ移動し、そこで乗り鉄をするつもりでいた。しかし、富山地方鉄道本線への乗車を優先することとなり、目的地を北陸へ変更したことは、これまでの旅行記の中でも述べてきた通りである。
当初の計画では、夕方に仙台から東京へ戻り、夜の飛行機で九州へ帰る予定だったため、九州行きの航空券は夜便を予約していた。一方、北陸へ行き先を変更した後も、もう少し北陸に滞在し、夕方の列車で東京へ戻るという選択肢はあった。しかし今回は、朝夕にしか走らない「かがやき」に乗車したいという思いがあり、その結果、東京にはお昼過ぎに到着する行程となった。

こうした経緯で生まれた、東京での空白時間。今回は半日ほどの余裕があるため、都心からやや離れた路線を再訪することもできる。いくつか候補はあったが、今回はその中から、神奈川県の橋本と茅ヶ崎を結ぶJR相模線へ乗りに行くことにした。関東地方のJR路線の中でも、やや地味な存在の相模線だが、前回の乗車からすでに5年が経過し、その間に新型車両もデビューしている。なかなか乗りに行く機会がない路線だからこそ、こうしたタイミングで再訪しておきたい。
相模線への小旅は東京駅からスタートし、極力JR線のみを利用しながら羽田空港方面へ近づく行程とした。今回は、東京→八王子→橋本→茅ヶ崎→川崎というルートで旅していく。これはもちろん、大都市近郊区間における運賃計算の特例、いわゆる「大回り乗車」を活用し、できるだけ安く移動するためである。もっとも、安さを重視しつつも、道中では普通列車グリーン車を利用し、旅の快適性はしっかりと確保した。
東京駅では一旦改札を出て、Suicaで入り直した。前回この駅を訪れたのは、寝台特急「サンライズ出雲」の旅を始めたときだった。日中に東京駅前に立つのは、いつ以来だろうか。今年に入ってからも何度か訪れてはいるが、その多くは旅の始まりか終わりであり、昼間にこの場所に来ることはほとんどない。不安定な天候が続いていた北陸とは打って変わり、関東平野には清々しい青空が広がっていた。東京駅周辺の高層ビル群も、その青空を映し、きらきらと輝いて見えた。
中央線快速の普通列車グリーン車を初めて利用し八王子へ

東京から相模線が走る橋本までは、いくつかの行き方が考えられる。しかし今回は、JR線のみで一筆書きの経路を作るため、必然的に中央線快速を利用し、八王子を経由するルートを選んだ。中央線快速を使うのであれば、今年(2025年)3月にサービスが開始された普通列車グリーン車を利用しない手はない。
中央線では、かねてよりグリーン車導入に向けた準備や工事が進められてきた。2024年秋からはグリーン車の組み込みが始まり、いわゆる「お試し期間」が設けられた後、今年3月から本格的なグリーン車サービスが開始された。これにより中央線は、青梅線とともに普通列車グリーン車連結路線の仲間入りを果たした。
東京から乗車したのは、13時3分発の中央特快・高尾行き。日中の中央線快速は、快速のほかに中央特快が3本、青梅特快が1本運転されている。このうち中央特快は、大月発着が毎時1本、高尾発着が毎時2本設定され、速達輸送を担っている。中央特快および青梅特快は、新宿―立川間で中野、三鷹、国分寺のみに停車し、三鷹と国分寺で快速列車を追い抜いて立川に先着する。その後は各駅に停車し終点を目指す。

1面2線のみという構造の東京駅中央線ホーム。入線してきた列車はいずれも、数分で折り返していく。グリーン車では、そのわずかな時間の中で座席の転換と車内清掃が手際よく行われる。到着から乗車可能になるまで、わずか1分ほど。清掃員と入れ替わるように車内へ入り、二階席へと進んだ。
従来から活躍するE233系0番代の中間にグリーン車2両を組み込み、12両編成となった中央線の列車。中央線では従来から特急列車が12両で走るため、特急が停車する駅は12両に対応しているが、特急が停車しない駅と、青梅線内の各駅では12両へ対応するため、ホームの延長工事などが実施されている。組み込まれた2両は、普通列車グリーン車の代名詞ともいえるダブルデッカー構造を継承しつつ、扉を両開きとするなどの改良が加えられた。特に折り返し時間の短い東京駅では、この両開き扉が混雑時に大きな効果を発揮する。形式上はE233系となるが、車内の雰囲気はE235系のグリーン車とほぼ共通しており、落ち着いた空間が広がっていた。
乗車記録 No.25
中央線快速 中央特快 高尾行
東京→八王子 E233系0番台

東京を発車した列車は、神田、御茶ノ水、四ツ谷、新宿と停車していく。この区間の中央線には何度となく乗っているが、クロスシートに座って車窓を眺めるのは、かなり久しぶりのことだった。進行方向右手には東京ドームや外濠、ドコモ代々木ビルが次々と現れる。高い位置から眺める中央線の車窓は、どこか新鮮に映った。

日中の列車ということもあり、新宿からの乗客はそれほど多くない。筆者が利用した二階席も、乗客は数人程度だった。新宿を出た列車は中野を経て、三鷹、国分寺、立川と停車していく。三鷹と国分寺ではそれぞれ快速列車と接続し、この列車が先行する。筆者は2019年に短期間ながら京王線沿線に住んでいたことがあり、吉祥寺や三鷹から中央線を利用する機会も多かった。三鷹では「めだかの学校」の発車メロディーが車内にも微かに聞こえてきて、懐かしさを感じる。国分寺手前まで続く高架区間を行く中央本線を、グリーン車二階席から眺める。見晴らしがいい上に、天気もよく、清々しい気分になる。

立川を過ぎると、車窓の表情は少しずつのんびりとしたものに変わっていく。列車は多摩川を渡り、日野、豊田と停車しながら八王子へ向かう。反対側の車窓に広がる豊田車両センターで、信州色の211系が留置されているのが見えると、いよいよ東京の終わりを予感させる。この先、中央線で山梨方面へ足を延ばすのも久しくしていないが、それは今後の旅の楽しみに取っておくことにして、東京から約50分、八王子で列車を下車した。
八王子で横浜線へと乗り換え橋本へ

八王子では横浜線へと乗り換える。八王子を訪れるのは、これで3回目ということになるだろうか。最初は京王線から横浜線への乗り換え、2度目は中央線から八高線への乗り換えだった。東京西部エリアの主要駅の一つである八王子駅には、特急列車もすべて停車する。

乗り換えまで少し時間があったので、横浜線ホームとは反対側に位置する八高線ののりばへ足を運んでみた。久しぶりに対面する八高線の列車。八王子と倉賀野を結ぶこの路線は、八王子-川越線・川越間と、非電化区間を含む高麗川-高崎間に列車系統が分かれている。筆者がこの路線を乗りつぶした際には、まず八王子-川越間を乗り通し、後日あらためて拝島-高麗川-高崎と移動して全線を走破した。最近、非電化区間では新型車両も導入されたらしい。この路線も、近いうちに再訪したい路線の一つである。

八王子からは横浜線の快速・桜木町行に乗車し、橋本へ向かう。横浜線には快速と各駅停車が設定されているが、八王子-橋本間に限っては、快速列車もすべての駅に停車するため、実質的な差はない。所要時間はおよそ12分。少し日が傾き始めた多摩の街並みを車窓に、列車は静かに走っていく。このあたりの横浜線は比較的空いており、車内の乗客もまばらだった。
乗車記録 No.26
横浜線 快速 桜木町行
八王子→橋本 E233系6000番台
横浜線に揺られながら、今朝まで敦賀にいたことをふと思い出す。敦賀と橋本を同じ日に旅するなど、これまでであれば考えられなかったことである。北陸新幹線がなければ、敦賀から九州へは大阪経由で戻るのが自然な選択だったはずである。敦賀から東京を経由し、さらに橋本を経由して九州へ帰る人など、おそらくほとんどいないだろう。福井、金沢、富山、新潟、長野と長距離移動を重ねてきた数時間前の旅と、いま進行中のローカルな移動。その時間軸の落差が、不思議な感覚を呼び起こす。敦賀駅を歩いていたのが、昨日のことのようにも思えた。

快速列車を橋本で下車。ついに相模線が発着する駅へと辿り着いた多くの乗客が改札口へ向かう中、筆者を含む数人は相模線ホームへと歩いていく。この駅は京王相模原線の終点でもあり、都心からのアクセスは京王線を利用するのが一般的である。八王子経由で訪れる人はあまり多くないだろう。橋本駅は相模原市内でも主要な駅の一つで、市内の駅では最多の乗降客数を誇っている。
リニア中央新幹線の駅が設置される予定の橋本駅は、近年あらためて注目を集めている。駅周辺ではすでにリニア駅の工事が進められており、将来は品川の隣駅となる予定である。開業すれば、品川までおよそ10分。品川-蒲田間が約10分であることを考えると、その距離感はにわかには信じがたい。定期券の有無や運賃などは未知数だが、もし通勤利用が可能になれば、この一帯の人の流れに大きな変化をもたらすことになるのかもしれない。
E131系投入で生まれ変わった久しぶりの相模線を楽しむ

さて、橋本からはお目当ての再訪路線、相模線へと乗車した。前回乗車したときはまだ205系が活躍していたが、2021年に新型車両E131系500番台がデビューし、現在はすべての列車がこの車両で運転されている。域外からの来訪者にとっては、なかなか利用する機会のない相模線。関東のJR路線の中でも目立たぬ存在だが、神奈川県の南北を結ぶ貴重な鉄道路線の一つとして、地域の交通を支えている。
筆者が相模線に初めて乗車したのは、横浜や鎌倉周辺で乗り鉄をした帰り道だった。京王線沿線に住んでいた頃で、湘南エリアから帰る際に相模線と京王相模原線を乗り継ぐと都合がよく、混雑する都心ルートを避けて、あえて相模線ルートで京王線沿線にあった自宅へ戻ったのを覚えている。しかし九州に戻った今となっては、相模線どころか、都心寄りを走る横浜線や南武線に乗る機会すらほとんどない。中でも都心から離れた相模線を乗り通す機会は作らなければなかなかない。だからこそ、今回あらためて相模線に乗りに行こうと考えたのだった。

相模線は普通列車のみの運転で、一部に茅ヶ崎-海老名間の列車が設定されているものの、大半は茅ヶ崎-橋本間で運転されている。かつては朝夕を中心に、橋本から横浜線へ直通し、八王子発着となる列車も運転されていたが、E131系がデビューして間もない2022年3月のダイヤ改正で廃止された。列車内のLCDディスプレイには、現在も八王子から橋本間の各駅が表示され続けていが、八王子~橋本の区間の色がグレーから変わることはない。
相模線は、ほぼ全時間帯にわたって毎時3本の運転となっている。橋本や海老名など、東京近郊の住宅地の拡大とともに利用客も増えており、朝夕は混雑する路線として知られているが、全線単線であることから増発が難しい状況にある。相模線で活躍するE131系は500番台で、4両1編成を組む。各線区で異なる仕様・カラーリングの車両が活躍しているが、個人的には相模線で活躍するこの500番台が一番気に入っている。
乗車記録 No.27
相模線 普通 茅ヶ崎行
橋本→茅ヶ崎 E131系500番台

橋本を発車した列車は、南橋本、上溝、番田と停車していく。まずは橋本から乗車した利用客が次々と降りていき、海老名・厚木へ近づくにつれて、今度は小田急線などへ乗り換える乗客が増え始める。相模線は相模川に沿って南下する形で走っており、車窓には住宅地が広がる一方、ところどころで田園風景が現れ、その奥には大山を望むことができる。都市と郊外、そのちょうど中間地帯を縫うように走っていく路線である。
海老名では少しの徒歩連絡で小田急線・相鉄線と接続し、次の厚木でも小田急線と接続する。この2駅で車内の乗客は大きく入れ替わった。その後、東名や東海道新幹線と交差しながら列車は南下し、茅ヶ崎へ向かう。車内も次第に混雑し始め、列車は終点・茅ヶ崎に到着した。

多くの人を乗せて走りながらも、都心の路線や大手私鉄の幹線とはどこか趣を異にする相模線。広域輸送を担うJRの路線でありながら、地方民鉄のようなローカルさを感じさせる一面がある。俗に「東京ギガループ」と呼ばれる環状的な移動ルートの一つとされ、都心から放射状に延びる路線同士を結ぶ役割を担っている。鉄道版の圏央道と呼ぶこともできるだろう。
途中で小田急線と交差することもあり、実際に沿線の利用状況を見ていても、全線を乗り通す利用者は多くない。観光地も少なく、決して目立つ路線ではないが、縁の下の力持ちとして黙々と地域の移動を支えている。その姿を、今回あらためて実感することができた。程よい混雑と郊外の車窓に、ささやかな旅情を感じられる相模線。乗車時間は1時間ほどと気ままな乗り鉄にもちょうどよく、また折に触れて乗りに行きたい路線である。
上野東京ラインの普通列車で川崎へ

「希望の轍」が発車メロディーに採用された、サザンの聖地・茅ヶ崎。この駅に降り立つのも2度目だが、今回も改札の外へは出ない。駅構内に響く発車メロディーに湘南を感じつつ、次の列車へと乗り換える。相模線の再訪を終えた後、茅ヶ崎からは上野東京ラインの普通列車・宇都宮行きに乗車し、川崎へと向かった。
ここでも再びグリーン車を利用する。中央線快速では二階席を利用したので、今度は一階席を選んだ。ダブルデッカー車両は二階席からの眺めが抜群で、つい毎回そちらを選びがちだが、一階席もまた、駅に入線する際のホームすれすれの車窓が楽しい。何度も乗ったことのある区間では、あえて一階席を選ぶことが筆者もよくある。
乗車記録 No.28
上野東京ライン 普通 宇都宮行
茅ヶ崎→川崎 E233系3000番台

時刻は次第に帰宅時間帯へと入り、各駅では家路を急ぐ人の姿が増え始める。西陽を受けて輝く沿線の街並みを眺めながら、列車は東へと進んだ。大船を過ぎるころには太陽も山の影に隠れ、あたりは徐々に夕暮れへと移り変わっていく。横浜を経由し、列車はそのまま東進。およそ40分ほどの乗車で川崎に到着し、ここで列車を下車した。
東京から八王子、橋本、茅ヶ崎とぐるりと周回し、川崎で改札を出る。大都市近郊区間の運賃計算の特例により、このルートであっても運賃は東海道本線経由として計算される。川崎駅でICカードから引き落とされた金額は318円だった。
川崎でさらに寄り道、京急大師線に乗車する

川崎に到着した時点で、計画上は今回の再訪の旅は終わる予定だった。東京駅を出た段階では、京急川崎から京急線に乗り換え、そのまま羽田空港へ向かうつもりでいたが、帰りの飛行機まではまだ少し時間がある。そこで急遽、もう一つだけ路線を再訪していくことにした。
川崎駅で改札を出場し、隣接する京急川崎駅へ向かう。ここまでは当初の計画通りだが、羽田空港方面の列車には乗らず、大師線のホームへと足を向ける。乗車したのは、大師線の普通列車・小島新田行きだった。

京急川崎から小島新田を結ぶ京急大師線は、川崎の市街地中心部と臨海部を結ぶ短い京急の支線である。これもまた地味な路線だが、京急の路線の中では最も古い歴史を持ち、三大厄除け大師の一つとして古くから信仰を集めてきた川崎大師への参詣路線として開業した経緯をもつ。現在も川崎大師への参拝客を運ぶ一方で、周辺の住宅地に住む人々の足として、また臨海部の工場地帯へ通勤する人々の足として利用されている。
筆者がこの路線に初めて乗車したのは2017年のことで、小島新田で京急全線完乗を達成した。当時は羽田空港に宿泊しており、そこから蒲田、川崎と移動してこの路線に乗りに行ったのを覚えている。今回は大師線を往復するのではなく、再訪後は路線バスで羽田空港へとアクセスしてみる。日が暮れても、まだ今回の旅は終わらない。
京急川崎駅自体も久しぶりの訪問だが、大師線もこの数年の間にいくつかの変化があった。一つは車両の変化である。一昔前は1500形が主力だったが、現在は600形、あるいは1000形での運転が中心となっている。もう一つは途中区間の地下化。終点・小島新田の一つ手前にあった産業道路駅は地下化され、その後、大師橋駅へと改称された。
やがて大師線のホームに1000形が入線してきた。8年ぶりの大師線。この1000形も以前から代走や増発時に入線することがあるとは聞いていたが、現在では主力の一つとなっており、時代の移り変わりを感じさせる。今も増備が続く京急1000形だが、最初の編成がデビューしたのは2002年。実は筆者ともそこまで大きく年齢は変わらない。
乗車記録 No.29
京急大師線 普通 小島新田行
京急川崎→小島新田 京急1000形

さっそく乗り込み、ひとまず終点の小島新田へ向かう。所要時間はおよそ10分。京急川崎から乗車した乗客も途中駅で次々と下車し、大師橋に到着するころには車内はすっかり空いていた。川崎の住宅街を眺めながら、列車は終点・小島新田に到着した。
8年ぶりに降り立った小島新田駅。来たからといって、特別に何かがあるわけではない。それこそが、この地の日常を支える縁の下の力持ちとしての鉄道路線の証でもある。以前はホームドアも設置されていなかったが、現在では支線であっても設置が進み、大師線でも一部の駅にホームドアが整備されている。かつては工場地帯の駅という印象が強かったが、リニューアルが進み、駅全体も随分ときれいになっていた。
駅の近くからは、機関車の警笛が聞こえてくる。小島新田駅のすぐそばを東海道貨物線が横切っており、ここは川崎貨物駅の端にあたる。貨物線はこの付近で天空橋の地下へと入る長いトンネルに差しかかる。川崎貨物駅からは、貨物専用の神奈川臨海鉄道の路線が臨海部へ延びており、聞こえてきた警笛はおそらくその機関車のものだろう。その先には工場地帯が広がっている。
貨物線の線路を跨ぐ跨線橋からは、続々と通勤客が現れ、早足、あるいは駆け足で列車へと乗り込んでいく。この時間帯の大師線は5〜6分間隔で列車が運転され、ひっきりなしに行き交っている。
乗車記録 No.30
京急大師線 普通 京急川崎行
小島新田→大師橋 京急600形
羽田空港は目と鼻の先にある小島新田駅。ここから直接空港方面のバスに乗ることもできなくはないが、少々歩く必要があるため、一駅戻ってバスの始発となる停留所へ向かうことにした。小島新田での滞在時間は10分足らず。乗ってきた列車の一本後に出る折り返し列車に乗車し、隣の大師橋駅で下車した。
地下された大師橋駅から川崎臨港バスで羽田(天空橋)へ

先述のとおり、大師橋駅は2019年に地下化された駅である。以前は産業道路駅を名乗っていたが、2020年に現在のものへと変更された。産業道路とは、駅の付近で大師線と直角に交わる県道6号線の通称であり、大師橋はその県道6号線が多摩川を渡る橋の名前である。
駅の近くには、この産業道路と工場地帯を東西に結ぶ浮島通りが交わる大師河原交差点があり、さらにその頭上を首都高速横羽線が通過している。駅の北側には大師ジャンクションが位置し、ここで川崎線が分岐する。川崎線は浮島通りとともに臨海部へと延び、その先で東京湾アクアラインへ接続するとともに、湾岸線へもつながっている。まさにこの一帯は、道路交通の要衝となっている。
多摩川の対岸では京急空港線も産業道路を跨いでいるが、こちらも地下化され、その地下に大鳥居駅が設けられている。幹線道路との平面交差を避けるため、京急では両路線とも地下化された形である。大師橋駅のコンコースはやたらと広く、駅周辺では現在もロータリー整備工事が進められていた。バス停への行き方には少々戸惑ったが、一度産業道路へ出ることで、無事にバス停を見つけることができた。
大師橋駅からは、川崎臨港バスの大109系統・天空橋行きに乗車した。大師橋からは主に、浮島の臨海工業地帯へ向かうバスと、多摩川を渡って天空橋・羽田空港第3ターミナルへ向かうバスが運行されている。これから乗車する後者のバスは、2022年に運行を開始した比較的新しい路線だ。2022年3月に羽田空港第3ターミナル近くで開通した多摩川スカイブリッジを渡り、川崎市の臨海部と羽田エリアを直接結んでいる。筆者も以前から川崎駅と羽田空港を結ぶバス路線の存在は知っていたが、この大師橋発着の路線については知らなかった。

もちろん、今回のように川崎から羽田へ向かう際の一ルートとしても利用できるが、この路線が設定された最大の理由は、スカイブリッジ手前に広がる「キングスカイフロント」と呼ばれるオフィスエリアの存在にある。この路線は、ここに勤務する人々の川崎方面・羽田方面双方からの通勤手段として運行されている。なお、この路線は京急バスとの共同運行路線で、日中の便は天空橋を経由して羽田空港第3ターミナルまで運行されている。川崎臨港バスの一般路線で東京都へ乗り入れるのは、この大師橋発着と浮島バスターミナル発着のスカイブリッジ経由2路線のみである。大師橋-天空橋間の所要時間はわずか15分ほどだが、地味ながら県境を越えるバス路線となっている。
乗車記録 No.31
川崎臨港バス[大109]天空橋駅行
大師橋駅前→天空橋
大師橋から乗車したのは筆者ひとりだけだった。バス停の誘導員に案内されて産業道路へ出ると、大きな大師河原交差点を直進。その後すぐに、路線バス専用の右折レーンへ入り、殿町通りという比較的狭い道路へと進む。そこからしばらく殿町通りを走り、キングスカイフロントへと向かう。研究施設などが集積するキングスカイフロントでは、東西2か所のバス停に停車。ここでようやくまとまった乗車があり、車内も少し混雑した。その後、多摩川スカイブリッジを渡って東京都へ入ると、突き当たりを左折して天空橋に到着。通勤客に混じって、筆者も天空橋に降り立った。
天空橋に到着し、今回の再訪の旅はここで終了となった。相模線に加え、予定外ながら京急大師線も再訪し、中央線のグリーン車や、このバス路線など、新たな出会いや発見も多い旅となった。今後もまた東京で時間ができたら、こうした再訪の旅を企画してみたいと思っている。
天空橋からは京急空港線に乗車し、羽田空港第1・第2ターミナルへ向かった。今回は予想外の展開で新幹線に乗って東京へ来たため、羽田空港を利用するのは前回の旅の往路以来となった。その後、飛行機に搭乗して九州へと戻り、新潟・北陸の未乗路線を巡る今回の旅の全日程を終えた。
おわりに
今回の「新潟・北陸乗り鉄ぶらり旅」では、新潟県から福井県にかけての日本海側各地を巡り、現在運行中の未乗路線を中心に乗車した。新潟から敦賀までを範囲とした今回の旅は、移動中こそあまり実感はなかったものの、改めて移動経路を地図に描いてみると、想像以上に広範囲にわたる旅であったことに気づかされる。
ローカルな地域の移動を支える路線、関西・東京と北陸を結ぶ新たな幹線としての役割を担い始めた路線、そして日本の発展を支える電力を生み出すために建設され、現在も観光路線としての役割とともに暮らしや産業を支えている路線と、さまざまな性格をもつ鉄道を巡ることで、改めて鉄道という存在の形や役割の多様さを実感する旅となった。
中でも、3日目に乗車した富山地方鉄道本線は、今後の運行方針が議論されている路線であることを、本文中でも触れたとおりである。2026年11月での廃止は先送りされたものの、再来年以降の行方については依然として不透明な状況が続いている。どうかこの地域に暮らす人々にとって、最もよい選択がなされることを願いたい。
一方、地鉄本線とあわせて乗車した黒部峡谷鉄道は、能登半島地震の影響により、今回は猫又までの乗車となった。2026年夏以降には全線再開が見込まれており、もしかするとまた来年、この地を訪ねることになるかもしれない。猫又から先、黒部川渓谷の車窓を再び眺められる日を、今から楽しみにしている。
同時に今回は未乗路線とともに北陸新幹線の延伸開業に伴い並行在来線として第三セクターへと移管された区間にも乗車。特急列車が姿を消し、より地域密着となった旧北陸本線の現在の姿を改めて確かめることができた旅でもあった。北陸新幹線の終着点として、また関西と北陸を結ぶ結節点としての役割を担い始めた敦賀駅の変貌ぶりにも驚かされたが、この駅での乗り換えも、また福井と東京が一本の新幹線で結ぶれるというかつてない光景もすっかり日常のものとなり、北陸の人の流れも大きく変わったことを実感することができた。
2025年も北海道から九州まで各地を旅してきたが、今回の旅が今年最後のものとなった。今年は、関西地方・関東地方の完乗という、乗りつぶしの面でも大きな区切りを迎えた一年だった。乗車率はいよいよ99%に達し、残る未乗路線は15路線ほど、距離にして約300kmとなった。来年、あるいは再来年の初めには、運行中路線の完乗という、ここ15年あまり続けてきた鉄道趣味の一つの目標にも区切りを打つことができるだろう。
もっとも、旅のあり方というものはこの十数年で少しずつ変化してきた。学生時代の旅は、とにかく鉄道路線に乗車すること自体が目的であることが多かった。しかし、こうして旅行記を書くようになってからは、鉄道で訪ねる「街」にも自然と意識が向くようになった。現在は、交通機関で移動することに加え、訪れた街で一呼吸置き、その土地の景色や空気、文化に触れることを大切にする旅のスタイルへと変わりつつある。今回の旅でも弥彦や柏崎の街を歩いたが、これからも各地の空気感に触れることをもう一つの軸として、来年以降も旅を続けていきたいと思っている。
その他甲信越・北陸地方の旅行記
今回初めて乗車した路線・区間
【鉄道路線】
JR東日本 越後線 新潟-柏崎間
JR東日本 弥彦線 弥彦-東三条間
黒部峡谷鉄道 本線 宇奈月-猫又間
富山地方鉄道 本線 宇奈月温泉-電鉄富山間
JR西日本 北陸新幹線 敦賀-金沢間
【バス路線】
西武バス 東京-長岡・新潟線 バスタ新宿-万代シティバスセンター
川崎臨港バス[大109]大師橋駅前-天空橋駅