【旅行記】西鉄貝塚線を再訪する小さな旅

10年ぶりに西鉄貝塚線を訪ねる
2026年5月のとある日曜日。福岡市内に出かけていたこの日は、日中に半日ほどの空き時間が生じた。その空き時間を使って、筆者は10年ぶりに西鉄貝塚線を再訪する小さな旅へ。ここでは10年前の初めての乗車を記憶に呼び起こしつつ、この日の旅を振り返る。
福岡市営地下鉄箱崎線と接続する貝塚駅から、粕屋郡新宮町の西鉄新宮までを結ぶ西鉄貝塚線。もともとは宮地岳線という名前で、西鉄福間を経由して津屋崎駅まで運行されていた。しかし、2007年に区間短縮され、現在は西鉄新宮で線路が途切れるとともに、路線名も貝塚線へと変更されている。
西鉄は福岡県内で合計4つの鉄道路線を運行しているが、その中で唯一孤立している路線であり、他の西鉄路線とは接続していない。一方、現在の使用車両はすべて天神大牟田線系統からの移籍車となっている。近年では、1990年に貝塚線へ移籍してきた600形が主力として活躍してきたが、今年からは7050形への置き換えが進められており、現在は2形式ともに貝塚線の運行を支えている。
2両編成の列車が行き交う小さな路線だが、福岡市中心部への通勤・通学路線となっており、一日を通して利用客が多い。特に朝ラッシュの時間帯は混雑が激しく、国土交通省の2024年の調査では混雑率164%という数値が出ている。国内では、東京都交通局の日暮里・舎人ライナーに次ぐ混雑路線としても知られている。

筆者は2016年5月にこの路線に初めて乗車した。この時は福岡県内の路線をいくつか巡っており、朝から北九州モノレールや平成筑豊鉄道伊田線に乗車。その後、福北ゆたか線で博多へ向かった後、改めて普通列車で新宮中央駅を目指し、徒歩で西鉄新宮へ向かって、この路線に乗車した。少し時間に切羽詰まっていたこともあり、夕方の新宮の住宅街を走って西鉄新宮までアクセスしたのを今でもよく覚えている。乗車記録を振り返ると、乗車したのは2016年5月の第3日曜日だった。奇しくも今回再訪したのは、2026年5月の第3日曜日。日付こそ数日違うが、今回はちょうど10年ぶりの乗車ということになった。
この日は別の用事で福岡市街地を訪ねており、昼から夕方にかけて時間があった。まだ行ったことのない能古島に渡ってみるとか、久しぶりに宇美の方に行ってみるといった、いろんな案を思いついたが、西鉄貝塚線に長らく乗車していないことを思い出し、再訪することに決めた。路線環境自体は10年前と大きく変わってはいない。しかし、先述のとおり、天神大牟田線系統から移籍してきた7050形が貝塚線でデビューし、車両置き換えの過渡期を迎えている。今回は新旧の車両を楽しむことも目的の一つとしながら、再訪した。
前旅 札幌近郊乗り鉄旅
西鉄バスで以前から気になっていたアイランドシティへ
お昼ごろの天神から再訪の旅をスタートさせた。ここから地下鉄に乗り込めば、10分強で貝塚線の起点、貝塚駅にたどり着くことができる。しかし、貝塚線自体、片道25分ほどの路線であり、ただ往復しただけでは、2時間もかからないうちに天神へと戻ってきてしまう。そこで、再訪と同時に、以前から気になっていた街を訪ねてみることにした。

天神から最初に乗り込んだのは西鉄バス。天神の街一帯が巨大なバスターミナルのような様相を呈しているが、その中の一つ、天神中央郵便局前バス停から乗り込んだのは、13時5分発の行先番号22B、アイランドシティ照葉行きのバスだった。
このバスの終点であるアイランドシティは、福岡市東区香椎浜にある人工島である。福岡市街地から北東を見たとき、遠くに見えるタワーマンションが建っている場所である。また、福岡空港に着陸する飛行機からも、着陸間際に見える。博多・天神を歩くとき、たまにすれ違う「アイランドシティ照葉」行きのバスを見ながら、いつか行ってみたいと考えていたが、住宅地であるため、わざわざ目指していくほどの場所でもない。今回の西鉄貝塚線再訪が、ちょうどいいタイミングだった。
乗車した行先番号22Bのバスは、天神とアイランドシティを結ぶバス系統の一つで、呉服町ランプ~香椎浜ランプ間では都市高速を使う。日中時間帯は22Nというバスも運行され、こちらの方が本数も多いが、その違いは降りるランプにある。Nは香椎浜ランプを、Bはその手前にある名島ランプを表している。他にも朝夕には、アイランドシティ内にあるアイランドシティランプから直接都市高速へ入る系統なども運行されている。アイランドシティへは天神・博多双方から路線バスが運行されている。さらに、海の中道や貝塚線の三苫駅へ向かう系統などもアイランドシティを通過する。バスの運行本数は日中でも多い。
乗車記録 No.1
西鉄バス[22B]アイランドシティ照葉行
天神郵便局前→アイランドシティ照葉
日中の便ということで、7・8人の乗客を乗せたバスは天神中央郵便局前を発車。天神四丁目、中洲、博多五町、蔵本と停車して乗客を拾う。蔵本を出ると、呉服町ランプから都市高速へ入り、千鳥橋JCTから1号香椎線へと入っていく。この区間は上下2層式となっており、下り線の方が上を走っている。バスは博多湾を高い位置から眺める。遠くには海の中道。この日は雲も少ない快晴で、車窓の景色も美しかった。
バスは貝塚JCTから先も引き続き1号香椎線を走行し、香椎浜ランプで都市高速を下りた。直後にイオンモール香椎浜バス停に停車し、ここで数名の乗客を降ろす。香椎浜JCTの真下にある交差点を左折すると、バスはやがて御島かたらい橋という橋を渡って、アイランドシティに上陸する。高層マンションなどが立ち並ぶ住宅街をコの字型に走行しながら乗客を降ろすと、バスは終点のアイランドシティ照葉に到着。ここでバスを下車した。

福岡市街地から見たとき、そして福岡空港へ着陸する飛行機から見たときのどちらからも、この島の目印となっている「アイランドタワー・スカイクラブ」。3棟が連結した形のタワーマンションの真下に、バスの終点、アイランドシティ照葉バス停がある。近くには西鉄バスの車庫があり、多くのバスが待機していた。アイランドシティが起終点となるバスの多くは、このバス停を発着している。一方、ここから400mほど離れた場所には西鉄バスのアイランドシティ営業所もあり、車庫で折り返して営業所へ戻っていくバスも多い。営業所の入り口にある香椎照葉センターマークス前バス停発着の便も一部に設定されている。
バス停の周辺は、病院や介護施設が立ち並んでいる。福岡市立こども病院は、以前、福岡ドームの近くにあったが、10年ほど前に現在の場所へ移転。朝はアイランドシティから中心部への通勤・通学客を運びつつ、そのままこれらの病院への通院客を運ぶ循環系統も運行されている。
公園を中心にタワーマンションが林立するアイランドシティ
アイランドシティ照葉では、30分ほどの乗り継ぎで千早駅行きのバスに乗り継ぐ。それまで、目の前にある公園を歩いてみることにした。アイランドシティの中心部はアイランドシティ中央公園となっており、現在はその周囲に住宅地が広がっている。住民の憩いの場として中央に公園が配置される構造は、典型的なニュータウンと言えるが、そのおかげで緑が多く、無機質な住宅街に癒しとふれあいの場を作り出している。

アイランドシティ(正式名称は福岡アイランドシティ)は、2005年に街びらきが行われた比較的新しいニュータウンである。島の東側は博多港の港湾施設が広がり、コンテナが無数に積まれていると同時に、その背後には倉庫業を営む会社の倉庫街が広がっている。一方、島の中心部を貫く通りの東側は居住ゾーンとなっており、マンションや戸建て住宅が広がる。北側はまだ空き地が多く、今まさに街が造られている途中である。
福岡空港が街中にある福岡市街地では、航空法で規定されている高さ制限により、高層の建物を建設することができない。近年では規制緩和によって天神周辺に高いビルが建ち始めているが、基本的に福岡市街地には高い建物が少なく、その分、JR博多シティに代表されるように、細長い建物が多い。

一方、アイランドシティは空港から離れているため、高さ制限が比較的緩やかである。そのため、高層のタワーマンションも建設が可能だった。福岡市街地は、中心部に低い建物が多い一方、臨海部のアイランドシティと百道エリアに高層の建物が建つという特徴的な構造をしている。アイランドシティ照葉バス停の横に立つ「アイランドタワー・スカイクラブ」は高さ145.3mを誇る。周辺に高い建物が少なく、その高さは圧巻だが、現在は近くに建っている「アイランドシティ オーシャン&フォレスト タワーレジデンス WEST・EAST」の方が高くなっている。それでもやはり、この形が今もアイランドシティの象徴となっている。
日曜日の昼間ということで、公園ではレジャーシートを敷いてくつろいだり、井戸端会議を開いたりする人の姿が見られた。この日、福岡はまだ梅雨前にもかかわらず、厳しい暑さとなっていた。さすがに暑すぎて人の姿はまばら。もう少し気候のいい春先や秋には、さらに賑わうのだろう。
東京に住んでいた頃、休日に公園を訪れたことがある。自然を求めて訪れたはずの公園は多くの人で賑わっており、自然を楽しみに来たのか、人混みを見に来たのか分からないような状態だった。田舎育ちの筆者からすると、自然を求めてわざわざ人の多い場所へ出かけるというのは、どこか不思議な感覚である。そう考えると、公園はこれくらいの人の方が落ち着く。
この時間、福岡空港は北風運用となっていて、アイランドシティの上空では離陸した飛行機が旋回していく。数分に1度、静かな公園にも飛行機の轟音が響いていた。
アイランドシティ照葉から再びバスに乗り込み千早駅へ
さて、しばし公園で小休憩を取ったのち、再びアイランドシティ照葉バス停に戻る。今度はここから、行先番号1番の千早駅行きに乗車した。博多・天神とともに、アイランドシティ発着のバスの主要な行先の一つとなっている千早駅。日中も20~30分に1本程度が運行されており、利便性が高い。また、平日朝夕は快速便として運行され、アイランドシティから鹿児島本線・西鉄貝塚線・地下鉄箱崎線沿線を目指す乗客を運んでいる。
乗車記録 No.2
西鉄バス[1]千早駅行
アイランドシティ照葉→千早駅
アイランドシティ周辺での運行ルートは、直前に乗車したバスと同様である。イオンモール香椎浜前まで来ると、そのまま直進して香椎浜の住宅街を抜ける。その後は国道3号線を経由して、千早駅を目指した。

アイランドシティ照葉から20分ほどで到着した千早駅。今回の目的である西鉄貝塚線と、鹿児島本線が乗り入れる福岡市街地の主要駅の一つである。鹿児島本線では快速停車駅としてもおなじみで、駅の博多方には貨物列車用の千早操車場も設けられている。ここからは福岡貨物ターミナルへ向かう貨物線も分岐している。隣の香椎駅、箱崎駅はともに訪ねたことがあったが、千早駅に降り立つのは、何気に今回が初めてだった。
千早駅から西鉄貝塚線の”新型車両”7050形に乗車
千早駅からはいよいよ西鉄貝塚線に乗車していく。早速改札を通ってホームへ。乗車するのは2度目とはいえ、この駅から乗るのは初めて。駅のベンチに腰掛けて、貝塚線との久しぶりの再会を待つ。

先に貝塚行きの600形が姿を現した。久しぶりに貝塚線の車両と対面する。天神大牟田線の車両がアイスグリーンとボンレッドをまとっている一方、貝塚線の車両はオキサイドイエローという黄色をまとっている。現れたのは、10年前に乗車したのとまったく同じ車両だった。
西鉄千早駅の香椎方は撮影地としても知られており、この日も列車を撮影している人の姿があった。普段はあまり撮影者を見かけないが、この日は他の駅でも同業者の姿も多かった。車両が置き換わる時期らしい光景である。
貝塚線は全線が単線。日中ダイヤでは隣の名島駅で行き違いが実施される。再びホームで列車を待っていると、やがて西鉄新宮行きの電車が到着。やってきたのは貝塚線にとっての「新型車両」、7050形だった。天神大牟田線では何度が乗車したことのあるこの車両に、貝塚線で乗り込む。貝塚線の新時代の到来を感じさせる光景だった。千早駅からは貝塚線の終点、西鉄新宮を目指す。
乗車記録 No.3
西鉄貝塚線 普通 西鉄新宮行
西鉄千早→西鉄新宮 7050形

日中も比較的混雑している貝塚線。終点の西鉄新宮へは20分もかからないので、最後尾で立っていくことにした。千早駅を発車すると、高架橋のまま香椎宮前、西鉄香椎と停車していく。香椎駅周辺のビルやマンションの間を、ゆっくりとした速度で走る。西鉄香椎で、車内の混雑も少し落ち着く。香椎で高架区間は終わりとなり、その後は住宅地の中を駆け抜けていく。最近廃止された行き違い設備が再整備され、折り返し運転が可能となった香椎花園前、唐の原と停車すると、JR香椎線の線路が近づき、列車は西鉄和白駅に到着する。
先ほどの千早と同様に、JRと西鉄の数少ない乗り換え駅となっている和白駅。西鉄天神大牟田線を含め、基本的にJRと並走する格好の西鉄だが、直接乗り換えができる駅というのは、現在、大牟田駅、千早駅、和白駅の3駅しかない。隣接するものの、駅はそれぞれ独立しており、この駅の先で貝塚線は香椎線の上を越える。

その後、西鉄三苫駅を経由すると、車窓の住宅地の間にも田畑が増え始める。千早駅では混雑していた車内も残り数人となり、列車は終点の西鉄新宮駅に到着した。筆者も10年ぶりにこの駅へ降り立つ。隣のホームには先発の列車が停車しており、こちらも7050形だった。
数分並んだ後、先発の列車が貝塚へ向けて発車していく。静かな西鉄新宮駅にもVVVFインバーター制御の音が響く。7050形自体も登場から20年以上が経過している車両だが、昭和の雰囲気を色濃く残す600形に比べれば、見違えるほど新しく、貝塚線の生まれ変わりを実感した。
10年ぶりに降り立った貝塚線の終点・西鉄新宮駅

10年ぶりに訪ねた西鉄新宮駅。この駅に降り立って感じたのは、懐かしさだった。10年前の訪問は夕方18時頃だったと記憶している。新宮中央から、犬の散歩をしている地元住民を追い越しつつ、駆け足でこの駅へ来て、列車に乗り込んだ時の記憶は今も鮮明にある。
この時間は乗客の姿も少ない。朝夕はおそらく、たくさんの人が改札を通り、駅前は車や自転車で混雑するのだろう。住宅地が広がる駅ならではの静かな雰囲気が、派手ではないこの路線の役割を伝えている。

西鉄新宮駅も、もともとは途中駅として営業していた駅。住宅街に面した駅舎とホームは、構内踏切で結ばれている。その光景がまた私鉄らしいというか、西鉄らしい。この駅がある新宮町は近年、福岡市のベッドタウンとして大きく発展してきた。駅周辺は、古くからの住宅地と新しい住宅地が交わるような格好になっている。駅前は昔ながらの面影を残す一方で、東側には杜の宮という新興住宅地があり、戸建て住宅が整然と並んでいる。一方、海岸線も近く、駅の北側には松原が広が広がる。この先、宮地岳線は一部でこの松原の中を走行する区間があった。

2007年の区間の廃止によって、終点となった西鉄新宮駅。今は車止めが設置されており、駅周辺でこの先に線路が続いていたことを示すものは少ない。ただ、線路の向こうにバスの発着所が設けられ、その先には道路と道路の間に、やや不自然に住宅が1列に並んでいる。これこそが、かつての宮地岳線の廃線跡である。
ホームの先端から廃線跡の方を撮影してみる。帰宅してから10年前の写真を見返してみると、同じ構図で撮影した写真が出てきた。社会も境遇も10年で変わったが、今も昔も考えていることはたいして変わらないと、つくづく思う。

バス停からは新宮町のコミュニティーバスが発着しており、JR新宮中央駅や、猫の島として知られる相島への渡船のりばへ行くことができる。一方で、ここから廃線跡をたどり、福間方面に向かうバスはない。宮地岳や津屋崎からは、わずかに天神行きの路線バスの運行があるが、基本的には福間駅でJRと乗り継いでアクセスするのが一般的となっている。宮地岳線は廃止されたとはいえ、沿線には住宅街が続いている。もし今、廃止されていれば、茨城県の日立電鉄線のように、自動運転BRTとして専用道に転換するという可能性もあったのかもしれない。
復路は旧型の600形に乗車し貝塚へ

さて、西鉄新宮からは貝塚線を折り返して、貝塚へと向かう。計画を立てた時点で、往路が旧型だったら新型に、新型だったら旧型に乗ろうと思っていた。往路は7050形だったので、帰りは600形で帰る。ちょうど後続の車両が600形だったので、これに乗車することにした。現れたのは、先ほど千早駅で見かけた652編成。先述のとおり、10年前に貝塚線に乗車した時はこの編成に乗車している。10年前と同じ場所にしゃがんで、同じ車両を撮った。

写真を撮影して車内に入り、一番後ろの運転席横の席に座って発車を待つ。帰ってから10年前の写真を見返すと、同じ座席から運転席を写した写真と動画があった。意図せず、10年前と同じ座席に座っていた。座席選びでも、やはり考えることは10年前と変わっていない。
上下二段の窓の前に一直線に並ぶロングシート。そして、車両中間部のドアもなく、先頭まで見渡せる車内。車歴としては、大手私鉄の中でも古参であり、そのお下がりとして地方私鉄で活躍する車両たちと同じということになる。大手私鉄の路線ながら、近年旅した三岐鉄道や上信電鉄のような雰囲気を感じる。車両の世代が違うだけで、乗車する人の沿線や車窓の受け取り方もまた異なってくる。往路はこれからの貝塚線、復路はこれまでの貝塚線を感じながら進む。同じ路線であっても車両を変え、種別を変え、時間帯を変えれば、違う光景が広がる。それが乗り鉄という趣味の面白いところである。
乗車記録 No.4
西鉄貝塚線 普通 貝塚行
西鉄新宮→貝塚 600形
時刻は15時を過ぎた。下り列車はジワジワと混雑してくる時間帯だが、この時間から天神方面を目指す乗客も多くはなく、車内は行きよりも空いていた。しかしながら、やはり千早駅から先は立ち客も現れる程度には混雑する。やがて隣の鹿児島本線を813系の普通列車が颯爽と追い抜いていった。6両や9両の列車が行き交う大動脈と、その隣を走る地域密着の2両の列車という、その対比が鉄道が持つ様々な役割を映し出している。最後に多々良川を渡った列車は、貝塚線の車両基地を横目に終点の貝塚に到着した。
隣でJR新駅の建設が進む貝塚駅、アイスグリーンの車両に出会う
徐々に日が傾きつつある16時前の貝塚駅に降り立つ。西日が眩しく照り付けるホームでは、すでに多くの乗客が列を作っており、列車の到着とともに乗客が入れ替わる。乗り合わせた乗客は、足早に地下鉄のホームへ向かう。ここも福岡市街地の主要駅の一つだが、駅というよりは、乗り換え拠点のような場所というのが、現在の立ち位置である。西鉄貝塚線と地下鉄箱崎線は、対面する形でともに終点となっている。平面での乗り換えが可能で、2つの改札を通って、乗り換え客はすぐにもう一方の改札内へと進んでいく。

到着直前に車両基地を眺めていると、アイスグリーンをまとった600形が入換作業を行っているのが見えた。どうやらこの後、ホームに入線してくるらしい。改札を出る前に、この車両を撮影していくことにした。乗ってきた車両が西鉄新宮へ向けて発車した後、アイスグリーンの600形がホームへと入線してきた。休日はほぼ全時間帯にわたって15分に1本程度の運行となる貝塚線。この時間は、ちょうど車両の入れ替えが行われる時間だったらしい。
大半の車両がオキサイドイエローをまとっている貝塚線だが、1編成だけ天神大牟田線と同じアイスグリーンをまとった車両がある。600形も、もともとは天神大牟田線で活躍していた車両だった。貝塚線に移籍後はオキサイドイエローとなったが、西鉄では引退を前にアイスグリーンの車両を復刻させた。その車両を、偶然撮ることができた。

貝塚線のホームの先には、JR鹿児島本線の線路が見える。現在ここでは、九州大学箱崎キャンパス跡地を活用した再開発が行われており、その一環として、貝塚駅の隣にもJRの新駅が開設される予定となっている。訪ねた日の時点では、すでに駅舎らしきものが姿を現していた。新駅は来年開業予定。なかなか博多からはアクセスしにくかった貝塚駅だが、来年からはアクセスも容易になる。10年前に訪ねたときも、博多へ向かうのに箱崎までタクシーを使ったのを覚えている。

地下鉄の線路の終端は、貝塚線のホームの横まで続いている。貝塚線と地下鉄箱崎線の直通は、かなり昔から構想され、何度も計画実現に向けた動きが出てはいるものの、地下鉄が6両編成であるのに対し、貝塚線は2両編成と、設備面での壁が高く、なかなか実現には至っていない。果たして、数メートルの複々線となっているこの線路が結ばれる日は来るのだろうか。今後の展開が注目される。
福岡市街地を一望する博多ポートタワーを訪ねてみる
さて、貝塚で西鉄貝塚線の再訪を終え、この後は福岡市の中心部へと戻る。地下鉄で戻ってもよかったのだが、あえて路線バスに乗車して、博多港エリアを目指した。この日は天気が良かったので、少し眺めのいいところから、福岡市街地を一望してみることにした。
乗車記録 No.5
西鉄バス [20] 天神ワンビル前行
貝塚駅→築港口
行先番号20番の天神ワンビル前行きに乗車して、目指したのは博多港・ベイサイドプレイスにある博多ポートタワー。博多港自体は、これまで志賀島航路に乗船したり、マリンメッセでのライブの際に立ち寄ったりと、何度も訪れたことがある。しかし、そこに建つタワーにはまだ登ったことがなかった。

入場は無料で、特に受付などはなく、エレベーターに乗って展望台へと進む。福岡には別に福岡タワーがあると同時に、このタワーはそれほど高いわけでもないため、正直、そこまで眺めはよくないだろうと思っていた。しかし、エレベーターのドアの先には、思った以上の絶景が待っていた。想像以上の眺めの良さに驚く。
博多ポートタワーは、東京タワーなどで知られる内藤多仲が設計し、1964年に完成したタワーで、現在も博多港のシンボルとして親しまれている。内藤多仲は東京タワー、さっぽろテレビ塔、名古屋テレビ塔、通天閣、別府タワーなど、各地のタワーの設計を手掛けた人物で、「塔博士」の異名を持つ。これらの塔を合わせて「タワー六兄弟」と呼び、この博多ポートタワーは、その中で最も完成が遅く、末っ子に位置付けられている。塔は展望台としての役割を持つと同時に、港湾施設としても使用されている。塔の高さは100mで、展望台は70mの高さにある。

これまで登ったことがなかったのは、このタワーがそこまで高くなく、眺めもあまりよくないだろうと勝手に考えていたというのが一番の理由だった。福岡にはさらに高い福岡タワーもあるが、こちらも登ったことはない。そもそも福岡は観光ではなく、ライブや野球観戦、またはショッピングなどで訪ねる出かけ先であるため、正直あまり観光をしたことがなく、どちらのタワーにも登ったことはなかった。
しかし、アイランドシティの項目でも書いたが、福岡市街地は福岡空港の高さ制限の影響を受け、そもそも高い建物が少ない。これが他都市であれば、さらに高いビルに視界を遮られてしまっているはずだが、ここは周囲に高い建物が少なく、この高さでも博多・天神エリアはもちろんのこと、遠く大野城方面やアイランドシティ方面を一望することができた。空港から離れれば離れるほど高さ制限は少なくなる。ここから眺めると、空港周辺からジワジワと建物の高さがこちらに向かって増しているのがよくわかる。

真下には博多港のターミナルが広がっており、西戸崎・志賀島・玄界島への市営渡船、海の中道へ向かう安田産業汽船、そして壱岐・対馬方面への高速船・フェリーが就航している。その中でも便数が多いのは西戸崎・志賀島への市営渡船で、頻繁に船が港へ現れ、折り返して西戸崎方面へと出港していく。
一方、手前から奥へは福岡市の大動脈、首都高速環状線と1号線が伸びており、市街地と港湾エリアを隔てている。このあたりは交通量が特に多い場所であり、車や西鉄バスが流れるように走るその光景は、文字通りの「大動脈」の様相を呈している。車が行き交い、船が出港し、飛行機が発着する様子は、活気ある街の姿を映し出す。市営渡船が港に残す航跡が、西日に照らされて輝く。その光景がとても美しかった。

遠くには先ほど訪ねたアイランドシティが見える。その脇からは海の中道の海岸線が左側へと続き、画面外だが西戸崎や志賀島が市街地の反対側に広がっている。海の中道のさらに奥には、沖合に浮かぶ相島、さらには宗像市の大島も見えていた。
目の前に見えるのは博多港の国際線ターミナル。JR九州が運航していた高速船「ビートル」がなくなった現在は、釜山へのフェリー「カメリアライン」だけが就航している。博多港の発着は午前中で、午後にターミナルを発着する船はない。

この時間、福岡空港は南風運用となっており、展望台からも海の中道の上空から福岡空港へ着陸している飛行機がよく見えた。ある意味、管制塔のような感覚で飛行機を眺めることができる。着陸機が博多湾から内陸へ入るあたりで、滑走路の奥の方を眺めると、離陸機が空へと舞い上がる。着陸機は次第に高度を下げて、やがて街中へ姿を消す。ここから見ると、滑走路自体は市街地の建物の向こうに埋もれている。改めて、街中にある福岡空港の特殊性を感じることができる。
フライトレーダーを眺めていると、羽田空港からのJAL便がBoeing 777-300(ER)で運航されているのを見つけた。この機材は国際線用だが、しばしば国内の幹線路線でも使用される。それなら福岡空港へ行くべきだったかと思ったが、この時間、空港のデッキは日差しをまともに受けるため、撮影はなかなか難しい。せっかくなので、ここからその着陸シーンを眺める。やはり、Boeing 737-800やEmbraer E190、E170などと比べると、その大きさは歴然。位置的には先ほどまでいた貝塚駅の真上を飛ぶ形だが、ここからもその白い機体をはっきりと見ることができた。次は夜に来たいなと思いつつ、展望台を後にして、貝塚線再訪の小旅を終えた。
おわりに
10年ぶりに西鉄貝塚線を訪ねる小さな旅。車両の世代交代が進むタイミングで、改めてこの路線に乗車し、7050形と600形という新旧の車両の走りを楽しむことができた。また、沿線に広がるベッドタウンと福岡市中心部を結ぶ地下鉄とをつなぐ路線として、今日も目立たず淡々と列車が走るその姿は、縁の下の力持ちとしてのこの路線の役割を物語っていたように思う。
九州の鉄道路線を完乗してから、やがて10年が経つ。もちろん、この10年の間に再訪した路線もある一方で、今回の西鉄貝塚線のように、しばらく訪ねていない路線もある。個人的に今再訪したいと考えているのは、筑豊電鉄と西鉄甘木線。今後とも折に触れてそうした路線を訪ねる機会をつくりながら、身近な九州を再発見、再探訪していきたいと思っている。
今回初めて乗車した路線・区間
【バス路線】
西鉄バス[22B]天神郵便局前-アイランドシティ照葉
西鉄バス[1]アイランドシティ照葉-千早駅
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