【旅行記】関東地方の全線完乗を目指す旅+α 〜273系特急「やくも」と500系「こだま」を乗り継ぎ九州へ~

 
 東京から寝台特急サンライズ出雲を乗り通し、約22年ぶりとなる寝台特急の旅を満喫した。12時間に及ぶ長旅を終え、列車は出雲市へと到着。3日目はその後、来た道を戻る形で岡山まで特急「やくも」に乗車し、その後は新幹線に乗り換えて九州へ戻り、この旅を締めくくった。

2024年春に新型車両に置き換えられた特急「やくも」に乗車

 今回、サンライズ出雲の予約に挑戦しようと決めた時、出雲市から九州へどう戻るかについてはいくつか候補があった。
 一つは航空機を利用する案で、出雲空港から福岡空港へはJAC運航のJAL便が1日2往復就航しており、両区間を結ぶ最速の移動手段である。しかし、生憎運航時刻との折り合いが悪く、今回は見送ることにした。
 他にも、特急やくもで岡山へ戻る案、高速バスで広島へ抜ける案、そして特急スーパーおきで新山口へ向かう案があった。新規性という点では広島行きの高速バスが優位だったが、広島には別の未乗路線があり、その際に改めて訪ねたいと考えている。そこで今回は、久しぶりに特急「やくも」へ乗車することにした。
 寝台特急「サンライズ出雲」は遅延しやすい列車であるため、最終日の行程にはかなり余裕を持たせていたが、この日は幸いにも定刻通り出雲市へ到着した。遅延時も考慮して設けていた2時間半の余裕を使い、駅前を少し散策した後、駅へ戻って特急「やくも」の入線を待った。
 
 山陽と山陰を結ぶ、いわゆる陰陽連絡の役割を担う特急「やくも」。全列車が岡山―出雲市間で運転され、山陽本線・伯備線・山陰本線を経由しながら、岡山と米子、松江、出雲市などを結んでいる。
 この列車は長年にわたり国鉄型の381系で運転されてきたが、昨年、新型車両273系が導入され大きな話題となった。国鉄、そして昭和の雰囲気が色濃く残っていた伯備線に、モダンな新風を吹き込み、特急「やくも」のイメージを大きく変えた。今回は、運行開始から1年半が経過し、地域にすっかり馴染んだ新型車両の「やくも」を乗り通してみる。
 この列車を乗り通すのは2016年夏以来となる。学生時代、毎年恒例だった夏の大規模旅行で、旅の舞台を山陰から名古屋へ移す際に利用し、この時に伯備線を乗りつぶした。その後も区間的に伯備線や「やくも」を利用する機会はあったが、全区間の乗り通しはその時以来である。
 余談だが、その2016年の旅では、台風接近により名古屋行きの夜行バスの乗車地を高松から岡山へ直前で変更した。縁もゆかりもなかった岡山駅のバス乗り場で、偶然地元の友人と出会ったのは、今でも印象深い思い出である。
 
 273系は1編成4両で構成され、通常は4両編成、多客期には2編成を連結した8両編成で運転される。柔軟な編成が可能だった381系時代と異なり、現在の「やくも」は4両または8両に編成が統一されている。
 車両構成は、出雲市側の先頭となる1号車がグリーン車およびセミコンパートメント席、2~4号車が指定席である。381系では1両分用意されていたグリーン車が半室へ縮小される一方、家族連れや少人数のグループ旅行を意識し、2人用・4人用のセミコンパートメント席が新設された。なお、273系導入に伴い、特急「やくも」は全席指定席化され、自由席の設定はなくなっている。多客期に8両編成となる場合は、グリーン車とセミコンパートメント席が出雲市側の1号車と中間の5号車に配置される。
 381系時代は6両編成での運転が多かったため、現在の通常4両編成は実質的な減車となる。そのため混雑しやすくなった点はやや残念だが、381系最大の弱点であった酔いやすさは大幅に改善された。各座席にコンセントが設置されるなど、快適性も大きく向上している。筆者も過去、夜間に利用した際にスマートフォンを見ていて軽く車酔いした経験があるだけに、この改良はありがたい。三半規管があまり強くない人には、なおさらの進化と言えるだろう。
 
 273系への置き換えと同時に減車された特急「やくも」。指定席は比較的混雑しているようだったため、今回はグリーン車を利用した。出雲市から博多まで、金券ショップで入手したJR西日本の株主優待券を活用し、通常料金よりもお得に乗車することができた。
 上り列車では最後尾となるグリーン車は、381系時代に比べ座席数が減り、273系では半室構成となっている。座席配置は2+1列で全6列。1列目は荷物置き場の関係で1人掛け座席がなく、また荷物スペース前の座席のみ窓がやや小さい点には注意が必要である。
 登場当初から、隣接するセミコンパートメントとの静寂性が気になっていたが、今回乗車した列車では話し声が気になる場面は一度もなく、終始快適に移動することができた。
 
 乗車したのは12時38分発の特急やくも18号。この時間帯の出雲市駅は発着列車が続き、列車は発車5分前に西出雲駅に隣接する車両基地から回送されて入線してきた。慌ただしく乗り込むと、ほどなく発車時刻を迎える。岡山まで、およそ3時間の旅が始まった。
 
乗車記録No.25
特急やくも18号 岡山行
出雲市→岡山 273系
 
 出雲市でグリーン車に乗車したのは、筆者のほかにもう一人だけだった。一方、隣のセミコンパートメント席はやはり好評のようで、ほぼ埋まっているように見えた。普通車もドア付近に乗車列ができており、全体的に座席はかなり埋まっていたのではないかと思う。
 定刻に出雲市を発車すると、列車はしばらく一畑電車と並走しながら市街地を抜けていく。
 今も残っているかは定かではないが、山陰本線と一畑電車が分かれる地点にある踏切の動画を、子どもの頃、YouTube黎明期によく見ていたのを、この場所を通るたびに思い出す。JRと一畑電車で警報機や警報音が異なり、踏切自体は共用という珍しい構造だったはずで、確か一畑電車側だけが電鈴式だった記憶がある。
 かつて走っていた381系では、発車チャイムにシューマンの「見知らぬ国」が使われていた。旅情をかき立てる、あの落ち着いた旋律がとても好きだったが、273系では山陰出身のメンバーで構成されたバンド、official髭男dismの楽曲をアレンジしたチャイムに変更されている。
上り列車では「Pretender」、下り列車では「I love…」が使用されており、さらに自動放送も搭載されるようになった。このあたりにも時代の変化を感じる。個人的には、これらの曲をコロナ禍真っただ中だった2020年前後にラジオでよく耳にしていたこともあり、自由に旅ができず、悶々と過ごしていた日々をふと思い出した。
 
 乗車した特急やくも18号は、出雲市を出ると玉造温泉、松江、安来、米子と停車していく。直前に乗車した寝台特急サンライズ出雲は宍道に停車したが、この列車は玉造温泉に停車する。宍道に停車するやくもも存在するものの、全体的には玉造温泉停車の列車の方が多い印象だ。
 初めて特急やくもに乗った2016年の旅では、玉造温泉に宿泊した。松江牛を楽しむプランで予約したのだが、夕食は文字通り牛尽くしで、今でも印象に残っている。また機会があれば、ぜひ泊まりに行きたい場所である。
 玉造温泉付近では、車窓に宍道湖を望むことができる。先ほどのサンライズ出雲でもそうだったが、車内では観光客向けの案内放送が流れる。穏やかな湖面と、変化に富んだ山陰本線の風景は、この路線の車窓の中でも特に好きな区間の一つである。
 
 やがて市街地が広がり始め、列車は松江の市街地へと入っていく。高架を進み、松江に到着すると、ここでも多くの乗客が列車を待っており、グリーン車にも数人が乗り込んできた。松江を最後に訪れたのは、一畑電車に乗った2018年の夏以来だろうか。またお堀を巡る遊覧船にも乗ってみたいと思う。宍道湖に近く、水に恵まれた街である。
 
 松江を発車すると、列車は宍道、安来を経て米子へ向かう。市街地を抜けると大橋川が現れ、やがて中海が車窓いっぱいに広がる。
 24時間前には筑波山に登っていたこの時間、わずか1日で山陰の風景を眺めていることが、なんとも不思議な気分だった。しかも飛行機を使ったわけではない。在来線だけを乗り継いで、ここまで来たという事実が、旅の実感をより強いものにしていた。
 
 安来を出ると、列車は県境を越えて鳥取県へ入り、まもなく米子に到着した。ここでも多くの乗客が乗り込み、列車は数分間停車する。米子駅は最近駅舎が新しくなったが、ホームにはまだ昔ながらの雰囲気が色濃く残っている。まだ新しい駅舎は目にしていないが、そのうち訪れる機会もあるだろう。
 米子を発車すると、境線の列車がホームに停車しているのが見えた。
 
 米子を出た列車は、わずかに山陰本線を進んだのち、並走する日野川を渡る。直後に通過する伯耆大山で山陰本線と分かれ、伯備線へと入っていく。伯耆大山には、伯備線を走る貨物列車の拠点であるJR貨物の伯耆大山駅があり、ちょうどコンテナの積み込み作業が行われていた。先頭には、伯備線の貨物輸送を支えるEF64形機関車が停車しており、その姿が一瞬、車窓に映った。
 
 大きくカーブしながら伯備線へ入った列車。ここから先、倉敷までこの路線を走り抜けていく。やがて車窓には、鳥取の名峰・大山の姿が見え始めた。しばらくの間、列車はこの山を眺めながら走っていくことになる。
 1日目には神奈川の大山(おおやま)を訪ね、最終日には鳥取の大山(だいせん)を見る。漢字は同じだが、読みも場所も異なる。その偶然が、少しだけ面白く感じられた。
 鳥取の大山には、個人的な思い出がある。前話でも触れた2004年、小学生の時に父と出かけた旅の際、今は亡き祖父から「鳥取に行ったら大山がきれいだから見てきなさい」と言われていた。しかし前夜は夜行列車泊だったこともあり、このあたりの山陰本線区間では米子まで爆睡。結局、そのときは大山を見ることなく帰ってきてしまった。
 その後も何度か山陰を訪れる機会はあったものの、ことごとく天候に恵まれず、山は雲に隠れたままだった。初めて大山の姿をはっきりと目にしたのは、2022年春、特急スーパーおきに乗車したときのことだった。祖父に「見てきなさい」と言われてから、実に18年。ようやくその言葉を果たすことができたのだった。
 
 大山を眺めながら走ってきた列車は、やがて日野川と合流し、その後はこの川に沿うように進んでいく。およそ2本に1本が停車する根雨を通過するあたりから、車窓は次第に山間の景色へと変わり、列車はいよいよ中国山地を貫く、本格的な山登りへと挑んでいく。
 日野川は進行方向右側を並走しているため、こちら側からはあまり見えない。つい先ほどサンライズ出雲の車窓から眺めていたこともあり、反対側の景色はおおよそ想像がついた。
 列車は生山に到着する。根雨と生山は千鳥停車となっており、多くの列車がどちらか一方に停車する。ホームでは、これから乗り込む人を見送る姿が見られた。特急停車駅ということもあり、小さな駅ながら指定席券売機が設置されている。九州でも以前に比べれば設置は進んだが、伯備線沿線では新見や備中高梁といった中規模以上の駅でなければ、あまり見かけない設備である。
 
 生山を出ると、列車は引き続きのどかな田園風景の中を走っていく。振り子式を採用するこの車両は、伯備線内では他の列車よりも高い速度で走行できるため、先ほど乗車していたサンライズ出雲よりも、流れる景色が明らかに速く感じられる。
 乗り心地は、まったく揺れないわけではないが十分に快適で、むしろ伯備線よりも山陰本線区間で感じた小刻みな揺れの方が印象に残った。381系時代は「酔いやすい」と言われ、筆者自身も一度軽く酔った経験があるが、新型車両ではその心配を感じることはなかった。
 田畑と点在する家々を眺めながら、右へ左へとカーブを繰り返し、列車は徐々に標高を上げていく。上石見を通過すると県境のトンネルへ入り、これを抜けると列車は山陰・鳥取から山陽・岡山へと入った。
 
 県境を越えると、今度は一転して下り勾配で山を下っていく。いくつもの鉄橋を渡り、山間に広がる緑の車窓を眺めているうちに、列車は新見に到着した。サンライズ出雲では街の裏側しか見ることができなかったため、新見の市街地をしっかり目にしたのは今回が初めてだった。
 ホームを出てすぐの留置線には、姫新線・芸備線で活躍するキハ120形のほか、伯備線の227系や113系の姿が見えた。227系は2023年から新見までの運用を開始し、旅行日の直前には新郷~新見間でも運転されるようになったという。
 朝、米子で227系の試運転列車を見かけたが、いずれ県境を越えて山陰方面へ足を延ばす日も、そう遠くはないのかもしれない。
 
 新見を出ると、列車は高梁川に沿いながら進んでいく。石蟹~井倉間では高梁川がS字に蛇行し、伯備線は山陰本線の保津峡や福知山線の武田尾と同様に、トンネルとコンクリート製の橋梁で山と川を串刺しにするような線形を描く。そうした光景も束の間、再び列車は川に寄り添うように走っていく。
 川は進行方向右手に並走する区間が多く、こちら側の車窓は基本的に崖や森が続く。今回は朝のサンライズ出雲で反対側の車窓を十分に眺めていたこと、そして日差しの向きも考えてあえてこちら側の座席を選んだが、単体での乗車であれば、反対側の方が景色は良いだろう。
 
 備中高梁を経て、しばらく川沿いを進むと、総社の手前で一気に視界が開け、川と並走する区間も終わりを迎える。ここまで加減速を繰り返してきた列車は、一転して速度を上げ、颯爽と総社駅を通過。あっという間に市街地を抜けていった。伯備線の終わりを告げるかのようなラストスパートを見せると、やがて列車は倉敷の市街地へと到達する。
 
 列車は倉敷に到着。山陽本線と合流し、ここで伯備線を後にする。ここから岡山までは普通列車でも15分ほどだが、このグリーン車にも新たに2名の乗客が現れた。せっかくなら、という気持ちでグリーン車を選んだのだろうかと想像する。ホームは帰宅する高校生で賑わっていた。
 
 倉敷を出ると、列車は山陽本線に入り、終点の岡山を目指す。日も次第に傾き、沿線の街や樹木は夕日を受けて輝いている。そんな車窓を眺めながら、自然と今回の旅を振り返る。
 夕刻の景色は、静かに旅の終わりが近づいていることを告げ、心は少しそれに抗おうとする。これから新幹線に乗り換えるとはいえ、日常が一歩ずつ近づいてくる感覚は否応なく訪れる。日常が嫌いなわけでは決してない。むしろ旅に出る前には、「なぜこんな旅程を組んだのだろう」「ずっと日常にいたい」とすら思うこともある。それでも、旅の終わりが近づくと、また旅を続けていたいと思ってしまう。この列車の軽やかな走りと同じように、心もまた、旅によって軽くなっていた。
 
 北長瀬を通過すると、まもなく車窓に岡山の車両基地が見え始める。直前、最後の自動放送が終点・岡山への到着を告げた。乗り換え路線の多いこの駅では、かつて車掌による詳細な乗り換え案内放送が長時間行われていたが、現在は簡素化され、発車時刻が迫っている列車のみが案内される。227系の投入からしばらくが経ち、車両基地に並ぶ黄色い電車の割合も、ずいぶんと減ったように見えた。旅行日の直前には113系の運用も終了し、過去の旅でお世話になった車両たちが、また一つ姿を消している。
 列車はまもなく終点・岡山に到着する。倉敷同様、帰宅する学生で溢れるホームに降り立った。
 新型車両273系で改めて乗り通した特急「やくも」。天候にも恵まれ、3時間に及ぶ乗車時間は、美しい車窓とともにあっという間に過ぎていった。快適で、記憶に残る旅路だった。

引退迫る500系「こだま」を乗り通す

 岡山からは山陽新幹線で博多へ向かう。いつも利用する「のぞみ」や「さくら」では面白くないので、今回は岡山始発・博多行きの「こだま」を乗り通すことにした。
 山陽新幹線の「こだま」を始発から終点まで乗り通すのは、新大阪~博多間でも、また岡山~博多間でも一度経験がある。ここでもまた、始発から終点まで乗りたい病が発動してしまった。
 途中駅から乗ると、どこか映画やドラマを途中から観ているような感覚に陥ってしまう。この列車が始発からその駅までに見てきた景色や、人の流れ、車内の空気を共有していないことに、どうしても勿体なさを感じてしまう。映画を番宣からエンドロールまで通して楽しむように、列車もまた始発から終点まで乗り通してこそ味わえるものがある。筆者にとって、列車は一つの「作品」のような存在なのである。
 予約した当初は、てっきり700系だろうと思っていた。しかし、数日前に時刻表を確認すると、この列車は500系であることが判明した。500系は2027年の引退がすでに発表されており、引退が迫る中で、この車両を使う列車を乗り通せるのは絶好の機会となった。
 
乗車記録No.26
こだま857号 博多行
岡山→博多 500系
 
 岡山から博多までの所要時間は約3時間。「のぞみ」が新大阪~博多間を2時間30分で駆け抜けることを考えると、やはり時間はかかる。この日は運転のない臨時列車も考慮したダイヤとなっており、ほぼ全ての駅で数分の停車時間が設けられていた。停車時間が短いのは広島と小倉の2駅のみである。
 夕方の列車で、隣の号車には団体客も乗車していたことから、車内は終始5割前後の乗車率で進んだ。主要駅では「のぞみ」などからの乗り換え客が加わり、また各駅から主要駅へ向かう乗客も多い。そのため、乗客の入れ替わりが激しいのが、この「こだま」という列車の特徴である。始発から終点まで乗り通すのは、さすがに筆者くらいだったが、それでも比較的長い区間を利用する乗客の姿は見られた。
 
 岡山の街を背に、夕日が山へと沈んでいく。その景色を「こだま」の車窓から眺めながら、列車は一駅一駅を噛みしめるように西へ進んでいく。「のぞみ」や「みずほ」で俊足を味わうのも楽しいが、「こだま」でのんびり旅をするのもまた良い。特に旅の帰り道は、時間が許す限り、ゆっくり帰りたくなる。
 何本もの列車に追い抜かれながら、「こだま」は九州へと向かう。20時前に博多へ到着し、関東地方の鉄道完乗と、寝台特急サンライズ出雲の乗車という二つの目的を果たした今回の旅は、ここで幕を閉じた。

おわりに

 関東地方の未乗3路線と、22年ぶりとなる寝台特急の旅を満喫した今回の旅。旅程は概ね順調に進み、筑波山ケーブルカーへの乗車をもって、無事に関東地方の鉄道路線・全線完乗を達成することができた。
 蜘蛛の巣のように路線が張り巡らされた関東地方。その一方で、地下鉄からケーブルカーに至るまで、性格も役割も異なる鉄道が共存する地域でもある。乗りつぶしという趣味を始めた当初、このエリアの全線完乗は果てしない夢であり、途方もない挑戦に思えた。しかし、東京に住んでいたわずかな期間に加え、その後も何度も足を運び、地道に乗車を重ねていくことで、ついに長年の目標を達成することができた。
 大幹線として多くの人々の移動を支える路線がある一方で、そこから枝分かれするように延び、地域に密着して暮らしを支える路線がある。大手私鉄の路線では、各社ごとに異なる沿線の雰囲気や直通運転の顔ぶれを楽しむことができ、北関東などに目を向ければ、のどかな空気の中を走る路線も数多く存在する。そうした一つ一つの路線が支え合い、連携し合うことで、東京という巨大な都市圏は成り立っているのだと、改めて実感した。
 
 関東地方の鉄道路線巡りについては、今回で一つの区切りを迎えるが、旅が終わるわけではない。今後も新路線の開業が予定されており、直近では2029年にひたちなか海浜鉄道の延伸、2031年にはJR東日本の羽田空港アクセス線(仮称)の開業が控えている。その他の路線でも延伸計画や検討が進められており、これからは「開業したら乗りに行く」という、防衛戦のフェーズへと移っていくことになるだろう。
 一方で、今回の旅の冒頭に東急池上線へ乗車したように、今後はこれまでに乗りつぶした路線の再訪も行っていきたいと考えている。特に東京在住時代に慌ただしく乗りつぶした路線については、沿線の街をじっくり見て回る余裕がなかった。これからは、気になる路線を改めて訪ね、路線と街との関係をより深く味わう旅をしてみたい。
 
 一方で、今回の旅では大山ケーブルカー、筑波山ケーブルカーへの乗車をもって、国内に22路線あるケーブルカーについても全線完乗を達成した。路線距離は短いものの、乗車するためのハードルは意外に高く、観光用として運行される路線も多いため、公共交通を軸とした旅とはやや趣旨の異なる部分もあった。それでも、生駒ケーブルや六甲ケーブルのように、山上と麓を結ぶ日常の足として使われている路線もあり、全路線に乗ると決めて取り組んだことで、それぞれのケーブルカーが持つ個性や、その先に広がる風景まで含めて楽しむことができた。時には遊園地に入園して往復し、時には観光船を乗り継ぎ、さらには全長0.8kmの地下ケーブルカーのために青森県を二度訪れるなど、一筋縄ではいかない旅もあったが、今ではどれも良い思い出となっている。
 
 そして今回の旅のもう一つの大きな目的が、22年ぶりとなる寝台特急「サンライズ出雲」の乗車だった。幼少期以来となる寝台特急の旅、そして初めての個室寝台での一夜は、改めて鉄道旅の面白さや浪漫を強く感じさせてくれるものだった。22年前、寝台特急「はやぶさ」の車窓から見た、見知らぬ街の灯りは、間違いなく現在の旅という趣味へと繋がっている。眠りたいけれど、眠ってしまうのが惜しいという、あの寝台特急特有の葛藤を久しぶりに味わい、懐かしさと共に胸が熱くなった。
 非日常の空間から、線路沿いの日常の景色を眺める。その体験はどの列車にも共通するものだが、寝台特急が持つ非日常感は、やはり別格である。現在、寝台特急の再興に向けた動きも見られるが、時代の流れや働き方の変化などから、かつてのような隆盛が戻ることは難しいだろう。それでも、夜行列車という旅の形が持つ魅力とポテンシャルの高さを、改めて感じさせてくれた時間だった。
 さて、2025年も数多くの旅を重ねてきたが、次回が今年最後の旅となる。締めくくりの舞台は新潟、そして北陸。新潟の未乗在来線を巡るとともに、トロッコ列車や存廃議論が進む路線、さらには昨年新たに開業した新幹線の延伸区間へと足を運んだ。

その他の関東地方の旅行記

今回初めて乗車した路線・区間

【鉄道路線】
伊豆箱根鉄道 大雄山線 小田原-大雄山間
大山観光電鉄大山鋼索線 大山ケーブル-阿夫利神社間
東海道本線支線(通称:羽沢線) 東戸塚-鶴見間 ※乗りつぶし対象外
筑波観光鉄道筑波山鋼索鉄道線 宮脇-筑波山頂間
 
【バス路線】
箱根登山バス 関本-新松田駅間
神奈川中央交通 [伊10]伊勢原駅北口-大山ケーブル間
神奈川中央交通 [伊11]大山ケーブル-伊勢原駅北口間
関東鉄道 つくば-東京駅線 東京駅前-つくばセンター間
関東鉄道 筑波山シャトルバス つくばセンター-つつじヶ丘間
関東鉄道 筑波山口-土浦駅西口間
関東鉄道 土浦駅西口-つくばセンター間