【過去旅回想】2022年1月 JAC 福岡-鹿児島線に搭乗する旅

JAC 福岡-鹿児島線に搭乗し、空から九州を再発見する小さな旅
2021年から2022年にかけて企画した”九州を再発見するシリーズ”の旅。鉄道路線はすでに完乗していたため、メインはバス路線巡りとなったが、時には空を飛ぶこともあった。ここでは2022年1月のJAC(日本エアコミューター) 福岡-鹿児島線に搭乗した旅を回想する。
2022年1月は、何を血迷ったか3週連続で鹿児島を訪れている。前年には初めて北海道を訪れたり、福塩線・木次線・芸備線へ乗りに行ったりと、徐々に遠出の旅も本格的に再開できつつあったこの頃。しかし、年末年始を挟んだ後の社会情勢は見通せず、状況によっては遠出が難しくなる可能性もあった。そこでこの年の1月は、あえて比較的近場への旅を連続して行うことにした。
第1週目は鹿児島空港から丸尾、霧島神宮、都城、雀ヶ野を経由して、宮崎駅へ向かう路線バス乗り継ぎの旅を企画。第2週目に今回の空旅へ出かけ、翌週は佐多岬に近い場所にあった九州最南端バス停を目指して、大隅半島を旅した。このうち、3週目の旅は「【過去旅回想】2022年1月 九州本土最南端『ホテル佐多岬』バス停を目指す旅」にまとめている。
この日は路線バスではなく、飛行機に搭乗することが最大の目的だった。鹿児島空港からは各地へ飛行機が就航している。筆者もそれ以前に羽田線で利用した経験がある空港だったが、当時”九州を再発見する”をテーマに旅していたこともあり、鹿児島と福岡を結ぶ路線に特に関心を持っていた。
九州には、長崎と鹿児島に離島のほか、橋で本土とつながった熊本県の天草にも空港があるため、九州地方内で完結する路線は意外と多い。その一方で、九州「本土」で完結する定期航空路線は福岡-宮崎線、福岡-鹿児島線の2路線のみとなっている。特に福岡-宮崎線は、高速バスとシェアを二分する高需要路線で、筆者も前年の10月に搭乗したばかりだった。鹿児島線の方も気になっていたので、同じ時期に予約を入れていた。
当時の旅程
鹿児島港-[桜島フェリー]-桜島港-[鹿児島交通 垂水港行]-垂水港-[鹿児島交通 鹿児島空港行]-鹿児島空港-[JAL3654便]-福岡空港

搭乗予定の飛行機(JAL3654便)は、鹿児島空港を16時5分に出発する。空港には15時過ぎに到着すれば十分間に合うため、それまでの時間を利用し、まずは鹿児島市街へ向かい、そこから鹿児島空港へ向かう小さな旅を楽しむことにした。
この日の九州は、雲ひとつない快晴だった。高速バスを終点の鹿児島本港で降りると、鹿児島のシンボルである桜島が雄大な姿を見せていた。冬晴れで空気が澄んでいたこともあり、桜島がいつもよりも近く感じられた。
鹿児島本港からは、港周辺を歩いて桜島フェリーのターミナルへ向かった。空いた時間で何をしようかとあれこれ考えていたが、今回は桜島フェリーで桜島へ渡り、そこから路線バスを乗り継いで、垂水港経由で鹿児島空港まで行ってみることにした。
桜島フェリーと路線バスを乗り継ぎ垂水港経由で鹿児島空港へ

計画していた便より一本早いフェリーに乗り、桜島へ向かう。桜島フェリーに乗るのは、昨年10月以来だった。青空を映して青く輝く錦江湾を、フェリーは静かに、ゆっくりと横断していく。やがて、どっしりと構えた桜島が近づいてくる。進行方向の右手の奥には開聞岳が、左手の奥には霧島連山が姿を見せる。鹿児島を象徴する名峰三点セットを一度に眺められる、贅沢なひとときだった。
桜島の背後には、大隅半島の山の稜線がうっすらと浮かび、水平線の彼方へと続いている。翌週には再び鹿児島を訪れ、その先に広がる佐多岬エリアを旅する予定。つまり、あの地平線の向こうへ、路線バスで向かうことになる。その先にどんな風景が待っているのだろうか、そんな期待に胸を膨らませながら、錦江湾を渡っていった。

桜島港では、バスとの乗り継ぎに少し時間があったため、港の横にある公園まで散歩に出かけた。港の西側には海水浴場やビジターセンターがあり、その奥には「溶岩なぎさ公園」という公園がある。その名の通り、公園周辺の海岸に点在するゴツゴツした岩場は、桜島から噴出した溶岩が冷えて固まったもの。黒くゴツゴツとした岩肌が、今も活動を続ける火山の力を物語っていた。

公園のいちばん奥まで進むと、鹿児島市街や桜島、霧島連山を一望できる露天の足湯がある。鹿児島では空港はじめ、さまざまな場所に足湯が設けられているが、これほどのロケーションの足湯は見たことがない。穏やかな錦江湾に行き交う桜島フェリーと、対岸の鹿児島の街並みを見ながら、のんびりした時間を過ごす。防波堤に目を向けると釣り人たちが海釣りを楽しんでいた。
錦江湾のこちら側とあちら側では、まるで違う時間が流れているように感じる。これまで何度も鹿児島を訪れてきたが、これほど青い錦江湾は初めて見たかもしれない。それほどまでに、空と海は青く、まぶしく輝いていた。

1時間余りを公園でゆったり過ごし、桜島港に戻ったのち、旅を再開する。ここからは鹿児島交通の桜島港-垂水港線に乗り、桜島の南側を抜けて大隅半島へ向かう。バスには5名ほどの乗客が乗り込み、桜島港を発車。国道224号に入るとすぐに悠然と聳える桜島御岳が目に飛び込んできた。
赤水、東桜島で乗客が次々に下車していき、車内はあっという間に貸切状態となった。車窓には、青く輝く錦江湾と、その向こうに広がる鹿児島市街の景色が見えていた。火山と共に生きる桜島の人たちの暮らしを垣間見ながら、バスは国道をくねくねと走って行く。火口からわずか数キロの場所にも人家があり、それが桜島の日常なのだと改めて感じる。
大隅半島が近づくと、鹿児島市街は見えなくなり、代わって薩摩半島南部の車窓に広がる。開聞岳も、鹿児島市街付近から眺めるより、一層くっきりとした輪郭を見せていた。溶岩展望所を過ぎるとバスはいよいよ大隅半島へ。垂水行きの便だが、一度国道220号を北上して桜島港バス停で転回するルートをとる。
大隅半島に入ると、以前も利用した空港-国分駅-垂水線と同じルートに合流する。この後は再びこのルートを通って鹿児島空港へ行くことになる。車窓の後方には、さきほどまで走っていた桜島が見えていた。海潟地区を過ぎると、バスは垂水市街へ入り、垂水中央病院を経由して本城川を渡る。そして、終点垂水港に到着。東桜島から終点まで、結局ずっと貸切のままだった。

鴨池-垂水フェリーが発着し、大隅半島の玄関口の一つとなっている垂水港。ここには昨年2度来ているが、1度目はバスでそのまま通過、2度目はバス同士をわずか30秒で乗り換えただけだったため、きちんと降り立つのはこれが初めてだった。
1階からエスカレーターを上がるとフェリーのりばがあるが、今日はフェリーには乗らず、ここから鹿児島空港行きのバスに乗り継ぐ。出発まで45分ほど時間があったので、桜島のコンビニで買っておいた昼食を食べて座っていると、屋上に上がれることに気づき、階段を上ってみることにした。
屋上へ上がると、錦江湾の絶景が広がっていた。右手には先ほどバスで走ってきた桜島の南側と、その奥に鹿児島市街が見える。正面は平川の街並みがあり、前年の正月明けにはあそこにある福平峠を上り枕崎まで行ったのを思い出す。左手に目を向けると、指宿の知林ヶ島が錦江湾に浮かんでいるのが確認できた。
やがて、鴨池港からのフェリーがこちらに近づいてくるのが見えた。鴨池港からの所要時間は45分で、大隅半島から鹿児島市街への通勤通学にも使われているフェリーである。昨年この地域へ訪れた際は、2度とも天気に恵まれなかったが、思い返せば14年くらい前、亡くなった叔父と桜島をドライブした日も、今日のような快晴だった。あの日も、鹿児島市内から桜島を経て、国分へと向かったことを思い出しながら、しばし屋上からの景色に見入っていた。

垂水港でひと休みした後、鹿児島空港行きのバスに乗車し、そのまま空港を目指す。この垂水〜鹿児島空港線は、以前にも一度乗ったことがあり、今回は2度目の乗車となる。バスは国分まで、錦江湾沿いの道をひたすら走っていく。
この路線は、かつて国分から垂水・鹿屋を経て志布志へとつながっていた大隅線の廃止代替バスである。先ほど乗車した桜島港〜垂水港間も含め、現在は鹿児島交通が運行しているが、以前はJR九州バスが担当していた路線だった。

バスは貸切のまま垂水港を出発。桜島口までは、先ほど通った道を引き返す。垂水市街では、通院や買い物帰りとみられる高齢者が数人乗車し、車内は少し賑やかになった。運行距離は長いものの、利用客の多くは沿線の短距離利用で、順次、集落ごとに降りていく。
桜島口を過ぎると、バスは牛根大橋を渡る。橋の下には、湾内に係留された船の姿が見えた。このあたりから国分市街がすぐ近くに見えるものの、実際には湾が大きく湾曲しており、道のりは意外に長い。錦江湾が巨大なカルデラであることを、周囲の急峻な山並みが実感させてくれる。登っていく道はどこも九十九折りで、その景色は、かつて阿蘇の内牧を走った国道212号を思い出させた。
黒酢で知られる福山を過ぎると、国分市街に入る前に亀割峠という峠を越える。車窓の奥には、さきほど渡った牛根大橋が見えていた。道が大きく湾曲しているため、自分が通ってきたルートを一望でき、旅の軌跡を振り返る楽しみがある。
やがてバスは国分市街に入り、中心部のバス停で途中から乗っていた乗客たちが下車していく。代わりに国分駅から、鹿児島空港へ向かう乗客が数人乗車し、ここでようやく“空港行きのバス”らしい雰囲気になった。バスは国分市街を縦断し、日当山地区から空港バイパスに抜ける。最後に山道を駆け上がると、終点・鹿児島空港に到着。所要時間はおよそ1時間半とやや長めだったが、車窓から眺める錦江湾の美しい風景に見惚れているうちに、あっという間に感じられた。
JAC 鹿児島-福岡線に搭乗し、福岡空港へ

さて、鹿児島空港到着後はいよいよ今回の旅の本題に入る。16時5分発のJAL3654便に搭乗し、福岡へ飛んだ。鹿児島空港は、鹿児島だけでなく、南九州全体の空の玄関口となっており、東京(羽田)-鹿児島線は、全国の航空路線でも五本の指に入る利用者数を誇る。このように空港自体の規模も比較的大きいが、最大の特徴は、奄美・南西諸島への離島便が多く発着し、離島路線のハブ空港になっている点にある。種子島、屋久島、奄美大島、徳之島などへの県内離島路線を多く運航するJALグループの日本エアコミューター(JAC)は、ここ鹿児島空港に本社を置いている。
離島便を多数運航するJACだが、鹿児島発着でも松山線・福岡線といった離島以外の路線も運航している。このうち、これから搭乗する福岡線は、九州本土内で完結する短距離の路線。鹿児島から福岡へは、現在では新幹線でも1時間半で行くことができ、鹿児島空港にも福岡からの高速バス「桜島号」が乗り入れている。もはや航空便が運航される必要もないように思えるが、現在も1日1往復の運航が続いている。
かつて新幹線がなかった頃には、鹿児島市と福岡市間の都市間移動の需要も担っていたこの路線。現在ではその需要はほとんどなくなった。それでも1日1往復が維持されているのにはいくつか理由がある。最大の理由と言えるのが、福岡と鹿児島県内離島間の乗り継ぎ客への対応である。現在福岡からは屋久島と奄美大島へは直行便があるが、それ以外の離島へ行くには乗り継ぎが必要となっている。この乗り継ぎ客用に運航されているのが、これから搭乗する鹿児島-福岡線である。また、鹿児島から福岡で乗り継ぎ、各地へ向かう乗客の利用も見込める。
さらにもう一つの理由として、機材運用上の都合も挙げられる。JACは福岡空港で、鹿児島線の他に出雲線、屋久島線に就航している。その福岡へ機材を送り込むというのも、この路線の役割の一つとなっている。例えば、これから搭乗する機材は、鹿児島から福岡へ飛んだ後、出雲を往復し、翌日は再び出雲を経由して隠岐まで往復。その後、福岡から屋久島へ飛び、伊丹に向かい、さらに但馬線に入るという運用が組まれている。つまり、しばらく鹿児島から離れる機材運用の第一便目となるのが、このJAL3654便なのである。
お隣の宮崎空港と福岡空港を結ぶ路線は、3社が合計10往復以上を運航する高需要路線であり、もはやこの区間では航空機利用が主流といってよい。一方、鹿児島-福岡線は、九州本土内の移動が目的ではなく、離島各地と福岡とを結ぶ、中継便としての役割が強く、その意味合いは全く異なっている。鹿児島本土から福岡へ向かう人はあまり多くないと思われるが、進行方向右側の座席に座れば、九州各地を眺めながらのフライトを楽しめる。九州を空から再発見するには、ぴったりの路線である。

保安検査を通り、搭乗口へ向かう。ふつう、飛行機に搭乗するときは遠出の旅行になるため、リュックサックを背負っていくことが多い。しかし、この日は日帰りだったので、小さなショルダーバッグしか持っておらず、最低限の荷物で保安検査を通過した。おそらく今後も、これほど最小限の荷物で飛行機に搭乗することはないだろう。
出発時刻の15分前には搭乗が開始され、ボーディングバスで搭乗機へ向かった。JACが2017年に導入したATR42-600型機に搭乗する。実はこのとき、まだターボプロップ機には搭乗したことがなく、これが初めての体験だった。その意味でも今回の搭乗を楽しみにしていた。ATR機は後ろから乗り込むスタイルである。それまで搭乗した中では、Embraer E170が一番小さな機材だったが、これから乗り込むATR42-600がその記録を更新した。この日の搭乗率は5割ほど。出発準備が整うと、プロペラが回転し始め、離陸の準備が始まる。まだ体験したことのない、ターボプロップ機での空の旅。プロペラが回転する音に、フライトへの期待感が高まっていった。

滑走路34から離陸すると、まもなく機窓には霧島連山の山々が広がった。鹿児島から羽田や伊丹へ向かう飛行機は、離陸後すぐに旋回し、空港を見ながら高度を上げていくが、福岡行きはそのまま直進しながら高度を上げていく。ターボプロップ機であるうえに短距離路線ということもあり、飛行高度も低く、機窓の景色を楽しめるのがこの路線の魅力のひとつである。この日は雲ひとつない快晴で、機窓の景色を存分に楽しむことができた。
写真は鹿児島県湧水町や宮崎県えびの市周辺をとらえたもの。「し」の字状に広がる平地の中央には、川内川が流れている。画面の右下に見える街は湧水町の中心地、栗野で、そこから右へ進み、山を越えた先にあるのが、肥薩線と吉都線の分岐点として知られる吉松である。さらに奥は宮崎県に入り、えびの市、そしてその先には小林市が見えている。朝は高速バスで鹿児島へ来たので、今こうして朝に通った高速道路を空から眺めているという、少し不思議な体験をしていることになる。

その次に見えてきたのは、熊本県内陸南部に位置する人吉盆地である。日本三大急流のひとつとして知られる球磨川が、この盆地の中央を流れており、肥薩線・くま川鉄道がこの川に並行して走っている。球磨川は、人吉盆地の東側(写真では奥)を源流とし、盆地を貫いた後、再び狭い峡谷へい入り、八代平野へ注いでいく。数年前には大雨による水害が発生し、この地域では肥薩線(八代-吉松)とくま川鉄道(人吉温泉-肥後西村)が現在も不通のままとなっている。手前に広がる街が、この盆地の中心地である人吉市で、空から見ると盆地全体が球磨川に向かってなだらかに傾斜しているのがよくわかった。
短距離路線であるため、この便では飲み物のサービスは行われない。その一方で、乗客には「黄金糖」という飴が配られる。これは日本エアコミューターの伝統であり、名物になっている。その黄金糖を口の中で転がしながら甘さにひと息つき、機窓からの景色を楽しむ、それだけでも十分に贅沢な気分になれる時間だった。

その後は九州山地の山並みを眺めながらの飛行となり、やがて八代市の日奈久温泉の付近から八代海へと出た。眼下には、八代駅の背後にある製紙工場の煙突から、蒸気が白く立ち上がっている様子が見えた。駅から見ると大きく感じるあの煙突も、空の上から見下ろすと、ずいぶん小さく見える。
やがて宇土半島の上空を通過し、次第に熊本市街地が姿を現す。平野の中央を流れるのは緑川で、その右岸には宇土の街が広がっている。川と街の間に見える白い建物は、九州新幹線の熊本総合車所である。一方、左側の海沿いに広がる山は熊本市のシンボル、金峰山。その山裾を白川が流れており、熊本市街地はこの白川沿いに広がっている。空の上からは、市街地の中で蛇行する川の流れをはっきりと見ることができた。そして、市街地の奥には、噴煙を上げる阿蘇山も確認できた。大都市を空から見下ろすというのもまた見ごたえがあった。

その後は熊本県の玉名、さらには福岡県の大牟田、久留米などを見ながらの飛行となった。背振山地を越えて一度玄界灘へ出た後、博多湾から福岡空港へアプローチ。この日は福岡市街の景色を楽しめることで知られる、この空港名物のサークリングアプローチでの着陸だった。
夕日を浴びる福岡市街を眼下に、高度を徐々に下げ、春日付近で大きく旋回すると、福岡空港へと着陸。フライト時間はわずか45分ほどの短い空の旅だった。ATR42-600型機は福岡でももちろん沖止め。駐機場に到着すると、隣には天草への出発を待つ、天草エアラインのみぞか号の姿があった。

到着口へのバスに乗り、ターミナルに到着。時刻はまだ17時過ぎだったため、帰る前に展望デッキに立ち寄り、飛び立つ飛行機をしばらく眺めた。数時間前に眺めた桜島や錦江湾の大自然の景色も心に残るものだったが、都市の向こうに沈んでいく夕日もまた、心に沁みる光景だった。やがて日の入りの時刻を迎え、夕日が背振山地の稜線へと沈んでいく。茜色の空を背に飛び立つ飛行機を見上げると、静かな感動がこみ上げてきた。
おわりに
空から九州を再発見する、それが今回の旅のテーマだった。幸運にも旅は一日を通して清々しい晴天に恵まれ、機窓には地元九州のさまざまな景色が広がっていた。
何度も訪れた街、一連の「九州再発見の旅」で足を運んだ土地、そしてまだ見ぬ景色たち。その一つひとつが、まるで記憶のページをめくるように現れては過ぎていく。空から眺めると、地形や街と街とのつながりが立体的に浮かび上がってくる。山や川といった自然の輪郭に沿って人の営みが広がっているのがよくわかる。同時に、空から見れば、境界線など存在しないことに改めて気付かされる。県境も市町村の区分も、地図上の線にすぎないことがよくわかる。県境を越えても、街と街は互いに寄り添い、つながり、影響し合って存在している。
空から街を眺めると、その街が果たしている役割がぼんやりと見えてくるような気がする。港町、農業の町、観光の町、工業の町などなど、地形や街並みの配置から、そこに息づく人々の営みが静かに立ち上ってくる。そして、陸路では何時間もかかるはずの街が、空の上から見るとすぐ隣にあるかのように感じられる。その距離感の違いに、思わず驚かされた。
中でも最も心に残ったのは、自分が暮らす街の姿を機窓から見つけた瞬間だった。実はこの便、自宅のある街の上空を通るため、日常でも飛行機が飛ぶ姿を見かけることがある。たまに空を見上げて、「この飛行機に乗れば、私の街はどんなふうに見えるのだろう」と思い描いていた。それが今、自分の目の前に広がっていた。普段は地上から見上げていた飛行機に、今は自分が乗っていて、逆に地上を見下ろしている、そんな不思議な感覚が、旅の一コマに深みを与えてくれた。
私たちはつい、境界線という人工的なものを基準に、いろんなものを括ろうとしてしまう。しかし、その内側には一言ではとても言い表せない、多様な暮らしと営み、文化がある。そのことを忘れてはいけない。小さな旅からも生き方と暮らしの多様性を知り、学ぶ。九州再発見の旅は、それまで効率重視だった筆者の旅に、そうした楽しみをもたらしてくれた旅でもあった。
この旅で乗車・搭乗した路線
鹿児島市船舶局 桜島フェリー 鹿児島港-桜島港間
鹿児島交通 桜島港-垂水港 桜島港-垂水港間
鹿児島交通 垂水港-鹿児島空港(旭通経由) 垂水港-鹿児島空港間
JAL 鹿児島-福岡線 ※JAC(日本エアコミューター)運航
※航空路線の経路は、当日のフライトの経路をおおよそ再現したものです。当日の滑走路の向きや天候、混雑状況により、飛行経路は大きく変わる場合があります。