【過去旅回想】2021年9月 耶馬渓・玖珠エリア路線バスの旅

現在に続く前泊旅の第一回目、耶馬渓・玖珠の路線バスを巡る旅

 感染症禍の影響から遠出の旅がしにくくなり、それならいっそこのタイミングで九州を旅しなおしてみようと、2021年から2022年にかけては「九州再発見の旅」に出ていた。2021年前半は、まだ社会情勢的にも宿泊旅行がしづらい状況だったため、日帰りで旅をしていたが、後半には旅行に対する自粛ムードも薄れ、宿泊を伴う旅も再び行えるようになっていった。2021年9月に旅した大分県の耶馬溪・玖珠エリアの旅は、感染症禍に入る直前に出かけた広島・尾道旅行以来、久しぶりの宿泊旅行だった。
 このサイトに掲載している旅行記の多くは、現地または経由地まで前日のうちに移動する「前泊」を採用している。前泊をすることで、目的地での時間を最大限に活用できるメリットがあるが、この旅は、現在へと続く「前泊旅」の第一回目となった。それ以前にも、四国旅などで夜行バスを活用し、前日から旅に出ることはあったものの、前夜にホテルに宿泊するのはこの時が初めてだった。
 目的地の大分県・耶馬溪エリアは、かつて鉄道が走っていたものの、筆者が生まれるかなり前には廃止され、現在は路線バスがこの地域の交通を支えている。筆者も以前から、日田から中津までバスで行けることは知っており、この路線に乗車することがこの旅の一番の目的だった。一方で、このエリアのバスについて調べる中で、玖珠エリアへ抜けるバスがいくつかあることも知った。そこでこの旅では、日田-中津間のバスに乗車するとともに、玖珠エリアにも足を伸ばし、耶馬溪と玖珠という2つのエリアを走るバス路線のいくつかに乗車してみることにした。

当時の行程

日田バスターミナル→[大交北部バス 守実温行]→守実温泉→[玖珠観光バス 豊後森行]→豊後森→[玖珠観光バス 菅原行]→菅原→[玖珠観光バス 豊後森行]→二瀬→[徒歩]→宝泉寺→[玖珠観光バス (九重町役場経由)豊後森行]→豊後森→[玖珠観光バス 柿坂行]→柿坂→[大交北部バス 守実温泉行]→旬菜館→[大交北部バス 中津駅行]→中津駅→[大交北部バス 守実温泉行]→守実温泉→[大交北部バス 日田バスターミナル行(前便からの直通)]→日田バスターミナル

前泊から始まる山間の旅路、路線バスで行く守実温泉と豊後森

 前日は西鉄天神高速バスターミナルから、西鉄が運行する「ひた号」に乗車し、日田バスターミナルへ向かった。早朝の久大本線の列車を利用すれば、前泊しなくても行けなくはないが、久大本線も朝は混雑するため、前泊を選んだ。一部区間で断片的に乗車したことがあった「ひた号」だったが、福岡から日田まで乗り通したのはこれが初めてだった。その後はバスターミナルから少し歩いて、宿泊先のホテルへ。1年8か月ぶりのホテル宿泊だったこともあり、チェックインという手続きができることすら嬉しく感じられた。
 翌朝は7時45分頃にホテルを出発し、日田バスターミナルへ。ここから大交北部バスが運行する守実(もりざね)温泉行きのバスに乗車した。日田バスが管理する日田バスターミナルは、高速バス「ひた号」や福岡-杖立・黒川温泉線のほか、杖立・玖珠・皿山などへの路線バス、さらに日田市街地を循環するコミュニティバスなどが発着している。路線バスの多くは日田バスが運行しているが、中津市の守実温泉という場所からは、大交北部バスの路線も乗り入れている。
 日田-守実温泉間のバスは、2016年まで運行されていた中津-日田間のバス路線が系統分離されたもの。かつては特急バスも走っており、日田-中津間で一つの系統として運行されていた。現在は日田-守実温泉、守実温泉-中津駅と系統が分かれているが、バス自体は直通しており、今でも日田から中津へは1本のバスで行くことができる。
 日田バスターミナルを出たバスは、観光地としても知られる豆田町を北上し、その後は国道212号線を経由して大石峠を越え、守実温泉へ。バスはここで中津駅行に代わり、中津市街地まで走っていくが、”乗り通し”は帰りに取っておくこととして、まずは守実温泉でバスを下車した。
 
守実温泉バス停近くの広場にて 小さく写るバスは大交北部バス(中央)と玖珠観光バス(右)の車両
守実温泉バス停近くの広場にて 小さく写るバスは大交北部バス(中央)と玖珠観光バス(右)の車両
 中津市の山国エリア、旧山国町の中心地である守実温泉。山国川沿いに小さな町が広がっている。かつては中津からの大分交通耶馬渓線が乗り入れていたが、この鉄道は1975年に廃止され、その後は「中日線」が代替交通として運行されている。現在のバス停は、かつて駅があった付近に設置されており、商工会の建物の入口には、当時をしのばせる駅名標のモニュメントが設置されていた。
 ここでは1時間20分の待ち合わせ時間を過ごし、玖珠観光バスの豊後森行きに乗り換えた。この旅で乗車した路線の中でも、最も乗車難易度が高かったのがこの路線である。区間便はいくつかあるものの、守実温泉から豊後森まで通して運行されるバスは、平日1日2往復(当時)しかない。
 バスは主に県道43号線を通って豊後森へ向かう。少し年季の入ったマイクロバスがやって来た。途中までは貸切状態だったが、豊後森が近づくにつれて各集落からの乗客が次々と乗車し、到着時には車内もにぎやかになっていた。本数は少ないが、このバスを必要としている人々が今もいることを実感できた。
 日田から久大本線の列車を使えば、豊後森までは約30分で到達できる。しかし守実温泉を経由したことで、今回は2時間40分もかかった。豊後森駅は久大本線の主要駅のひとつで、特急列車も停車する。これまで何度か通過はしていたが、実際に降り立つのはこれが初めてだった。なお、この時期の久大本線は、前月に発生した大雨による被害の影響で、日田-豊後森間の運転が見合わせとなっていた。代替手段として、日田方面へは代行バスが運行されていた。

豊後森から菅原行のバスで旧国鉄宮原線沿線へ

 豊後森ではおよそ15分の乗り継ぎで、同じ玖珠観光の菅原行きに乗車し、旧国鉄宮原(みやのはる)線の沿線を訪ねることにした。宮原線は、豊後森の一つ大分寄りにある恵良駅から、熊本県小国町の肥後小国駅を結んでいた路線で、利用者減少により1984年に廃止された。
 廃止後は大分交通(のちに玖珠観光バスへ分社)によって代替バスが運行され、比較的最近まで小国へと行くことができたが、2013年に熊本県内区間が廃止され、現在は県境手前の麻生釣で路線が途切れている。麻生釣まで行く便は本数が少なく、今回の旅程に合わなかったため、今回は手前の集落である菅原行の便に乗車した。
 
豊後森からのバスの終点の一つ「菅原」 
豊後森からのバスの終点の一つ「菅原」 
旧国鉄宮原線の宝泉寺駅跡に設置された玖珠観光バスの宝泉寺バス停
旧国鉄宮原線の宝泉寺駅跡に設置された玖珠観光バスの宝泉寺バス停
 バスは豊後森の中心部を経由した後、主に国道210号線、国道387号線を経由して、宮原線の沿線へ。途中で玖珠町から九重町へ入った。その後は南山田や宝泉寺を経由。最後は国道から離れて集落へ続く隘路を通り、終点の菅原へ到着した。
 この日もSUNQパスを使って旅していた。大分交通グループの玖珠観光バスでももちろんこの乗車券が利用可能となっているが、こんな小さな集落へ行くバスでも使えるというこの乗車券の便利さ、万能さを改めて実感することとなった。
 バスは10分の折り返しで豊後森へと帰って行く。さすがにここで次のバスを待っていると、数時間待ちになってしまうので、ここではすぐに折り返した。豊後森から菅原までのバスは1日4往復。そのうち1往復は、菅原を経由した後、国道へ戻り、熊本県との県境に近い麻生釣まで走っている。
 菅原のバス停は集会所の隣にあり、周囲にはバス旅でなければなかなか訪れないようなのどかな集落が広がっている。折り返し便に乗ると、運転手さんから「バス好きなの?」と声をかけられた。バス旅をしていることや、この後は宝泉寺で下車することを伝えると、ちょうど昼時ということもあり、「お昼ご飯はどうするの?」と気遣ってくれた。実は筆者も昼食場所に迷っていたのだが、宝泉寺の一つ手前の「二瀬」バス停近くに小さなスーパーがあるという情報を教えてもらった。
 運転士さんの親切に感謝し、帰りのバスを二瀬で下車。豊後森からのバスの一部も折り返すこのバス停の前には、地元の小さなスーパーがあり、ここで昼食を調達した。小さい店舗ながら、総菜が豊富で、当初は昼抜きかもしれないと覚悟していたが、美味しい昼食を食べることができた。
 宝泉寺は、この一帯の集落では中心的な役割を果たしており、温泉地としても知られている。小さな温泉旅館が集落の中にいくつかある。先ほどバスを下車した二瀬から豊後森間は、平日日中であれば1時間に1本程度のバスがある。
 宝泉寺バス停は、かつて国鉄宮原線の宝泉寺駅があった場所に設けられており、現在も駅名標のモニュメントと、腕木式の信号機などがここに駅があったことを示す。宝泉寺では45分ほどの待ち合わせで後続の豊後森行きに乗車。基本的には行きと同様の経路だが、今度の便は引治駅前や九重町役場を経由するルートとなっていた。

豊後森から深耶馬渓を経由するバスで柿坂へ

 宝泉寺から豊後森へ戻った後は、再び耶馬渓エリアへと向かった。先ほどは15分ほどしか乗り換え時間がなかったが、今度は少し余裕があったため、駅の裏手にある旧豊後森機関庫を見学することにした。久大本線の車窓からも見え、「ゆふいんの森」ではビューポイントの一つとして案内される旧豊後森機関庫。久大本線の中間に位置し、かつては宮原線も乗り入れていたこの駅は、鉄道の街として栄えた場所である。現在は2面3線の小さな駅だが、かつては機関区が設置され、蒸気機関車が所属していた。現在も1934年に建てられた立派な扇形機関庫と転車台が保存されており、国の登録有形文化財に指定されている。
 
豊後森駅裏手にある登録有形文化財「豊後森機関庫」は扇形機関庫と転車台が残る
豊後森駅裏手にある登録有形文化財「豊後森機関庫」は扇形機関庫と転車台が残る
 さて、豊後森からは柿坂行きのバスに乗車した。先ほどは守実温泉と豊後森を結ぶ路線に乗車したが、山国エリアと玖珠エリアを結ぶ路線には、もう一つ、柿坂と豊後森を結ぶ路線がある。こちらは主に県道28号線を経由し、深耶馬渓を通って2つのエリアをつなぐ。発車時刻になってやって来たのは、またしても年季の入った中型バスだった。先ほどの守実温泉からのバスもかなり山深い場所を走っていたが、こちらの路線はさらに奥地を走る。これほどの山間部に今もバス路線が残っているのは、珍しいと言えるかもしれない。
 バスの車窓には、深耶馬渓の奇岩が姿を見せる。しばらく進むと、今度は耶馬溪湖が広がった。終始のどかな景色の中を、バスは静かに進んでいく。結局、終点の柿坂まで他の乗客は現れず、貸切状態のまま終点の柿坂に到着した。

耶馬渓を抜けて中津へ、その後折り返して日田へ戻る

 さて、ここまでしばらく大分県の内陸部を旅してきたが、ここからはいよいよ中津駅を目指して進んでいく。柿坂での乗り継ぎバスは1時間40分待ちだったため、まずは守実温泉行きのバスに乗車し、「耶馬溪ふるさと村 旬菜館」へ。ここでトイレ休憩を取ったのち、中津駅行きのバスに乗り継いだ。
 
深耶馬渓を経由する豊後森からのバスを下車した柿坂バス停
深耶馬渓を経由する豊後森からのバスを下車した柿坂バス停
 バスは山国川沿いを走りながら、中津の市街地を目指す。この路線最大の見どころは、耶馬溪の象徴とも言える「青の洞門」を通る区間である。奇岩が川に迫り出すそのすぐ下を、バスはゆっくりと走っていく。トンネルは手掘りで交互通行、さらに岩が道路に迫り出している場所もあるなど、耶馬溪を象徴するような迫力ある車窓を、バスの車内からも楽しむことができる。やがて景色が徐々に開けてくると、バスは中津市街地へ。久しぶりに広い平野が見えると、どこか安心感に包まれた。
 旬菜館から約40分で中津駅に到着。本当はここで少し時間を取って、名物の唐揚げでも食べて帰りたいところだったが、今回はすぐに折り返すことにした。というのも、ここから日田駅へ戻るには、16時30分発の直通バスがその日の最終便であったからである。中津駅ではわずか20分の乗り継ぎ時間で、来た道を戻る守実温泉行きのバスに乗車した。
 帰りのバスは、朝に日田駅から乗車したものと同じ車両だった。帰宅時間帯ということもあり、車内では高校生の利用が目立った。再び中津市街地を抜け、バスは再び「青の洞門」へ。先ほどよりも日が傾き、オレンジ色の夕日が耶馬溪の奇岩を照らしていた。
 山奥へ進むにつれて、車内の乗客も次第に減っていき、守実温泉に到着する頃にはわずか数人に。バスはそのまま日田バスターミナル行きに切り替わり、日田の市街地へ向かう。日田に着くと、また通勤客らしき乗客を乗せて、終点の日田バスターミナルに到着した。
 日田からは久大本線の普通列車で筑後吉井まで移動し、吉井からは西鉄バスで久留米へ向かった。この日もSUNQパスを使用していたが、使えるところではしっかりと活用し、耶馬溪・玖珠エリアの小さな旅を締めくくった。

おわりに

 九州を再発見する旅の候補地として、大分県では国東半島と並んで、かねてより訪れてみたいと思っていた耶馬渓エリア。久大本線・日豊本線・日田彦山線に囲まれながらも、鉄道路線が一切通っておらず、筆者にとっては完全に未踏の地域だった。
 マイナーな路線に多く乗車したが、守実温泉-豊後森、豊後森-菅原など今回の旅を企画する中で、初めて存在を知ったバス路線も多かった。これまで九州をそれなりに巡ってきたつもりでいたものの、知らない土地や交通網がまだまだ数多く残されていることに気づかされた。それと同時に、公共交通旅の奥深さと、それを掘り下げることの楽しさ・面白さを改めて実感した旅だったように思う。
 特に印象に残ったのは、観光地として脚光を浴びるわけではない、いわば地元の生活に根差したバス路線も、日常の足として、地域の人たちに親しまれ、愛されて、しっかりと機能していたことだった。利用者は少ないながらも、地域の人々の暮らしを支える交通が確かに存在している。地方の交通と言えば廃止や縮小の話題が目立つ昨今、こうした現役のローカル路線に実際に乗ってみて、その土地に生きる人々の生活の息づかいに触れることができたのは、非常に意義深い経験だった。

この旅で乗車した路線

大交北部バス 中日線 日田バスターミナル-守実温泉間
玖珠観光バス 古後線 守実温泉-豊後森間
玖珠観光バス 菅原線 豊後森-菅原間
玖珠観光バス 宝泉寺線 宝泉寺-豊後森間
玖珠観光バス 深耶馬渓線 豊後森-柿坂間
大交北部バス 中日線 中津駅前-守実温泉間
 
 

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